第11話 分析スキル
解体屋ホーマーを出たのは二十刻を過ぎたくらいだった。この後、試したいことがあったので、興味はあったが「今度、ゆっくりいただきます」と、酒は飲んでいない。
解体を教わることができ、ホーマーさん達から色々な話しを聞け、皮袋とナイフまでもらってしまった。ホーマーさん達にはいつか恩返ししたいと思う。そのためにもまずは、ここで生きていけるようになることだ。
そんなことを考えながら帰る途中で風呂に寄ったら、二十刻までとなっていた。
……風呂つきの家に住めるくらいにはなろう。
解体で血生臭いまま、家へと帰る。まだ二十一刻にもなっていないが、すぐに横になる。初めての迷宮に、仕事と自分で思っていた以上に疲れていたのかすぐに意識を手放した。
目を覚まし、外を確認しに部屋を出る。まだ辺りは真っ暗で、静まりかえっている。
他の生徒達の部屋からまだ明かりがもれているものがあるのを見ていると、二十四刻を示す鐘がなった。
眠りについて、三刻といったところか。
昨日まる一日行動して、必要な睡眠時間が約三刻。眠気や疲労は全くない。おそらく俺の睡眠耐性スキルは、疲労回復に必要な睡眠を除いて、眠気というものを感じさせはないのだろう。
辺りの暗闇を眺めながら、深呼吸して、改めて覚悟を決めると部屋に戻り用意をする。といっても、ものはほとんどないので、一分もせずに終えて、再び部屋を出る。
ホーマーさんにもらった背負い袋の中に水筒を入れ、腰には解体用のナイフとギルドからかりている剣。
俺は暗闇の中を歩き出す。そう、俺は迷宮へと向かっているのだ。
俺がすぐにでもやっておきたかったこと、それは自分の能力の把握、スキルを知ることだった。迷宮の中で表示される分析スキルによるマップについて確認するのと、魔物との戦闘ができるのかを試しにいく。
迷宮には、夜になると昼間とは全く違う魔物が出現したり、魔物が活発になったりするものもあるらしいが、この西村にある迷宮にはそのようなものはない。昼とか夜とか言う時間の変化がないとのことだった。
俺がこんな夜中に迷宮に向かうことにしたのは、夜の方が他の探索者が少ない、というか、ほぼいないからだ。迷宮から得られるものが同じならわざわざ昼夜逆転の生活をする必要はないし、迷宮への行き帰りに村の店などを利用することを考えると日中に入るのが普通だ。
俺の場合は、スキルについては他者に知られたくないし、魔物との戦闘は、昼間のコクモノ平原一層の魔物との遭遇率をを考えると、他の探索者は少ない方がいい。睡眠耐性スキルのおかげで夜中でも活動できるなら夜に迷宮に入った方がいいと考えたのだ。一人で迷宮に入る危険はあるが、それは昼でも変わらない。
大通りには、酒を飲んでいた者、店を閉めている者がちらほら見られたが、迷宮の方へと向かうにつれ少なくなり、迷宮につく頃には誰一人見かけなくなった。
緊張しながら迷宮へと入ると、そこには昨日と同じ昼間の平原が広がっていた。
そして、迷宮に入ると同時に俺の視界にはマップが表示された。マップは縮尺を変更でき、前回進んだところまでは表示できる。まずは、一層のマップを埋めることを目標に歩きはじめる。
十分程歩くと、先の方に茶色い動くものがいる。マップを確認すると、マップには赤い点が表示されている。スモールボアだ。他の探索者がいないせいか、すぐに遭遇した。
どうやって仕掛けようか考えていると、スモールボアがこちらの方に走ってくる。どうやら向こうもこちらに気づいたようだ。考えている暇はない。
俺は、昼間のマチルダさんの動きを思い出す。俺にすれ違い様に切りつけるなんてことはできそうにないので、まず突進を避けて一撃を入れることにする。剣を抜き、突進してきたスモールボアをかわし、一撃入れようと足をとめ振り向く。そこには俺に向かって跳びついてきたスモールボアがいた。速い! 俺はとっさに腕をクロスさせる。直後に両腕に衝撃をうけ、ふきとばされる。強く握りしめたおかげか、剣は落とさずにすんだが、衝撃で息がとまる。そのとき、視界に何かが表示されるが、確認している暇はない。ふきとばされたおかげでできた距離をスモールボアが再び突進してくる。俺はそれを避ける。今度は、足を止めない。さらに横に跳ぶ。一瞬遅れて、さっきまで俺がいた位置にスモールボアが跳ぶ。その一撃を俺に避けられ、胴体を晒したスモールボアへ振りかぶった一撃をいれる。スモールボアに受けた一撃でまだ腕がしびれていたせいか、浅い傷をつけただけで致命傷にはなっていない。それでも無防備なところに一撃を受けて、スモールボアがの態勢が崩れる。俺は続けざまに一撃を入れる。わずかだが先程より、手応えがある。また視界に文字が表示される。
スモールボアに3のダメージを与えた。
スモールボアに4のダメージを与えた。
その上には二つのバーがあり、下のバーが四分の一ほど短くなっている。それが何を示すかはおそらくだが理解できた。しかし、それを確認している暇はない。
俺の二撃を受けて、多少動きが鈍くなったものの、再びスモールボアが向かってくる。それを避け、動きを止めずに反撃の隙を窺う。それを繰り返す。徐々にスモールボアの攻撃が減って、俺の攻撃が増えてくる。最初の一撃以降は、スモールボアからの直撃を受けていないが、俺にも余裕は全くない。常に動き続け、息はあがっているし、スモールボアの攻撃はあたりどころによっては、一撃でひっくり返されそうだ。
そろそろ体力がヤバいと思ったころ、何度目か分からない俺の攻撃がスモールボアに入り、スモールボアが倒れる。
肩で息をしながら、視界のバーの方を確認すると、下のバーが消えている。やはり下のバーは、スモールボアのものだったようだ。ゲームで言うところのHPをバーで表示したものだろう。上の少し減っているのが俺のものだろう。
それを確認すると、俺も地面に寝ころがる。視界のタイマーを確かめると、スモールボアとの戦闘が十五分程度だったのが分かる。極度の緊張からかもっと長かった気がする。常に動き続けたことでとにかく疲れた。
体力が戻るまでそのまま寝ころがり、マップとバーを確認していた。戦闘中に表示されていた、ダメージのログは消えている。俺のバーは、マップと反対側に表示されたままで、十分の一くらい減っている。スモールボアの一撃を両腕でガードして受けたときのものだろう。ログを確認する余裕がなかったので、どれだけダメージを受けたのか分からないが、ガードできていなかったらもっとダメージを受けていたかと思うと少し恐くなる。
ただ、自分と相手の生命力? をバーで表示することと、与えたダメージの数値化はかなり使えそうだ。分析スキルの効果だと考えると、マップの精度からこの二つもかなりの精度だろう。
生命力を表すバーをHPゲージと呼ぶことに決め、三十分程休んだ。HPゲージの方は回復していない。やはり体力とはちがうようだ。
確認していて、スモールボアを放置していることを思い出す。スモールボアを見ると、さっきまで必死で気づいてなかったが、命を奪ったことを実感する。前世でも他の生き物を糧に生きてきたのに違いはないが、自分の手で生き物の命を奪ったのだ。俺は合掌し、少しでも無駄にしないように解体を始める。
ホーマーさんからもらったナイフで魔石を取り出し、首のあたりを切って血抜きをする。
血抜きをしている間にマップと周囲を見ていると、俺が背を向けている方に赤い点が表示された。距離は五十メートルくらいのところだ。振り向いて注意して見ると、そこにはシードがいた。
俺は剣を手にもち、シードの方を警戒する。シードは気づいていないのか、スモールボアのように襲ってくる習性がないのか分からないが、こちらに向かってくる気配はない。俺はマップの方へと意識を向ける。
マップには、そのまま赤い点が表示されている。俺はこれまで自分の認識をマップへと表示しているのだと思っていた。しかし、さっきは俺の後方に赤い点が出た。……ひょっとして、俺がはっきりと認識はしていないが、無意識的に感じた音や匂い、気配といったものを分析スキルが分析してマップへと反映しているのか? そうだとしたらこのマップは、 迷宮内においてとんでもなく役にたつのでは?
分析スキルの可能性に少し興奮しつつ、意識をシードへと戻す。相変わらずこちらに反応していない。
俺は音をたてないように近づいていく。五メートルくらいまで近づいていたときにシードが反応する。どちらが正面なのか分からなかったが、振り向くように動いた瞬間、もの凄い勢いでこちらに跳んできた。スモールボアの突進を上回るスピードだ。距離があったことと、昨日見ていたおかげで何とか反応し、剣で受ける。衝撃で腕が痺れるがダメージは受けていない。弾かれ落下したシードの元へと跳びこんで剣を振り下ろす。「ガン」という音と硬いものを切りつけたような手応え。
シードに1のダメージを与えた。
一応、ダメージは入ったようだが、シードはすぐに跳び反撃してくる。先程のスモールボアとの戦闘のおかげか、反撃を予想していた俺は、それを避ける。落下したシードへの元へと跳びこんで、再び一撃。
シードに1のダメージを与えた。
集中していれば、シードの攻撃を避けることはできるが、とにかく硬い。ダメージを1しか与えることができない。ただ、シードのHPは低いらしく、1のダメージでもHPゲージは減っている。
避けては一撃を、十回くらい繰り返すとシードのHPゲージがつきた。
息を整え、シードへと近づき、完全に動かないことを確認してシードを持ち上げる。
シードを持ってスモールボアの元に戻り、解体を始める。ホーンラビットよりも大きな体に苦戦しながら、一時間ほどで解体を終える。肉は、平原の木の根元あたりにはえているペリーアという葉に包んで背負い袋に入れた。
ホーマーさんによると、この葉には、少しだが肉の保存を助ける力があるらしい。見た目は前世の紫蘇にそっくりだ。確か紫蘇にもそんな効果があったはずだから同じものなのかもしれない。
次に、昨日ジムさんに教わったシードの種? と魔石の回収を行う。シードの硬さから二つに割れるか不安だったが、シードには戦闘中程の硬さはなく、剣で簡単に割ることができた。シードの中は繊維質のものがつまっており、食用にはできそうになかった。中央部分にある魔石と種を回収する。
二体の魔物との戦闘と解体を終え、迷宮に入ってから二時間半が経過していた。初めての戦闘で疲労もあるが、少しでもマップを埋めておきたいので先へと進む。
十分程進むとまたマップに赤い点が現れた。昼間と比べると、やはり魔物との遭遇率が高い。マップで正確な方角を確かめてから、魔物を探そうとマップに意識を向けると、また変化が起こった。
赤い点の横にシードと表示される。先程、シードをマップで見つけたときには、何も表示されなかった。シードとの戦闘を終え、その情報を含めた分析結果なのか?
マップの赤い点のある方角を実際に視て確認すると、四十メートル程先にシードがいる。どうやら間違いないようだ。
周囲に他の魔物がいないことをマップで確認し、シードへと近づいていく。やはり五メートル程で気づかれるが、跳んできたシードを避けることはできた。
シードにはやはり1ずつのダメージしか与えることができなかったが、先程よりは落ちついて戦うことができた。シードの回収をすませて、先に進む。十五分程進み、マップ上にスモールボアが現れるが、こちらに気がついているわけではないので、少し迂回して戦闘を避ける。
さらに二十分程進み、昨日進んだところまで来た。十分程そこから進む。スモールボアの反応が再びあるが、今日はここで戻ることにする。
マップの完成と魔物との戦闘のどちらも行っていきたいが、初めて一人で迷宮に入ったことと、初めての戦闘での緊張からか、かなり疲れている。何より、水が残り少ないのだ。五百ミリ以上入っていた水筒だが、戦闘後に飲んだのと、解体用のナイフを洗うのに使ったことで、もう三分の一程しか残っていない。
戻っていると、スモールボアがマップに表示される。そちらを確認すると、向こうも偶然こちらの方を見ていたのか、気がついたようで、俺に向かって突進してくる。
俺は剣を抜き、覚悟を決める。最初の戦闘の反省を踏まえ、足をとめない作戦でスモールボアへと向かう。スモールボアの突進をよけ、さらにバックステップ。野生の反応とでも言うべき、突進からの追撃をよけ、スモールボアを切りつける。
スモールボアに3のダメージを与えた。
そこからは、足をとめずに避けては一撃を繰り返す。少しずつだが、確実にダメージを与えていく。六回程切りつけ、スモールボアの動きが鈍くなってきたのが分かるくらいにダメージを与えた。そろそろかと考えながら、スモールボアの攻撃を避けたとき、地面のくぼみに足をとられ、態勢を崩す。スモールボアがその隙を逃すはずもなく、突っ込んでくる。俺は何とかスモールボアとの間に左手を挟み、少しでもダメージを減らそうとする。「がはっ」と思わず声が出る程の衝撃に息がとまる。
スモールボアから6のダメージを受けた。
ログが表示される。が、ゆっくり確認している暇はない。今すぐ膝をつきたいが、さらに追撃を加えようと跳んだスモールボアを体をひねって避ける。そのままさらに横に跳び、態勢をたてなおす。スモールボアもここに懸けているのか、すぐに方向をかえ跳んでくる。俺に先程までの余裕はなく、スモールボアの攻撃をギリギリで避けながら、剣を横につきたてる。突っ込んできたスモールボアの勢いもあり、カウンター気味にこれまでよりも深く剣がスモールボアの身体に入る。
スモールボアに6のダメージを与えた。
これまでの倍近いダメージを与え、スモールボアは倒れ、動かなくなる。HPゲージを確認すると消えている。
俺は、その場に座りこむ。マップを確認しながら三十分程休んだ。スモールボアの一撃を受けた場所がまだ痛むが、幸い骨折などはない。
HPゲージを確認すると、三分の一程減っている。さっきのダメージが6、最初の戦闘のダメージを3程度と仮定すると、俺のHPは約30。スモールボアは24、シードは10くらいと考えられる。HPは、少なくとも三十分程休んだくらいでは回復しないらしい。
まだ痛むところはあるが、あまり休んでもいられない。マップを警戒しながらスモールボアの解体を始める。一時間程で解体を終え、ナイフを水で洗い、残りの水を飲みほすと、ダンジョンの入り口へと向かう。
途中に確認できたマップ上の赤い点を迂回して少し遠回りしつつ、初めて一人で挑んだ迷宮から無事に帰還することができた。