第9話 迷宮へ
目を覚ます。眠気はほとんど残ってない。眠りについたのは、外が明るくなってからだ。前世の最期の日も同じくらいの睡眠時間だったが、朝起きたときは最悪の気分だった。
昨夜、ギルドで買った迷宮案内を読んでいて、気がついたのだが、睡眠耐性のスキルは常に発動しているらしい。眠気というのがほぼない。
もっとも眠気がないことが、そのまま、睡眠が必要ないというわけではないと思う。昨日は精神的なものはともかく、体力的にはそこまで疲れたというわけではないのでいいが、疲労がたまれば眠って回復する必要があるだろう。眠ろうと思えば、きちんと眠ることができるようなので、使い方によっては、かなり役にたつ気がする。
さっき鳴った鐘の音から今は六刻すぎくらいだ。
部屋を出て、井戸の水で顔を洗う。
ギルドに集まる時間まではまだあるので、村の中を見てまわることにする。
住ませてもらっている長屋のあたりは、似たような長屋がたくさんある。アパートが集まっているといった感じだ。大きさも色々とある。
その少し先には一軒家のようなものもある。土の壁でできているのは同じだが、家の外には洗濯物が干してあったり、畑仕事に使う農具や鍬などがおいてあったりと、なかなか生活感がある。
ギルドのある大通りの方へいく。すでに通りには人が歩いていて、屋台のような店も何軒かあいている。
前世のように電気があるわけではないので、日がでている間に活動するようになる。自然と朝早くから活動するようになるのかもしれない。
ちなみに、部屋にあったランプのようなものは、迷宮の魔物からとれる魔石というものを使っているらしい。魔石は消耗品なので、定期的に買いかえる必要があるそうだ。昨日、大浴場でも使っており、気になったので聞いてみたのだ。
屋台では、パンに薄い肉を挟んだものを売っていた。これから迷宮に向かう人や、仕事の人に需要があるのだろう。
「すいません、一つください。」
「はいよ、銅貨二枚だ。」
俺はお金を払い、パンを受けとる。夜通し、ギルドで買った本を読んでいたので、腹が減っていたのだ。食べてみると、かけてある甘辛いソースが肉とよくあう。朝から食べるには少し重い気がするが、味は悪くない。
「美味しかったです。」
感想を待っているかのように、屋台の店主がこちらを見ていたので伝える。
「おう、ありがとよ。見ない顔だな? その格好からして噂の転生者か? 」
やはり高校の制服は目立つらしい。
「はい、昨日ここに来ました。なので、まだ分からないことだらけです。」
「そうか、がんばれよ。ここはギルドのあった辺りを中心に広がっている。この通りをギルドと反対に進むと迷宮があり、それより更に先には畑が広がっている。迷宮に潜るんだったら無茶はするなよ。」
「はい、ありがとうございます。」
四十代後半くらいの屋台でパンを売っているにしては、がっしりとしたおじさんにお礼を言う。普段はこの人も探索者をしているのだろうか?
ギルドにつくと、人はそれほど多くなかった。
同い年くらいの探索者らしき人たちが、仕事がのっている掲示板の前にいるくらいだ。
「おはようございます。早いですね。」ギルドの中を見ていると、後ろから声をかけられた。振り向くとナビルナさんがいた。
「おはようございます。目が覚めたので早めに来ました。仕事の依頼を受ける人って少ないんですか? 」掲示板の方を見て、聞いてみる。
「前日から受けている人が多いんですよ。迷宮の成果をギルドにもってきたときに、ついでに次の日の仕事を受けて帰る人が多いんです。」
ナビルナさんによると、ギルドは昼過ぎと夕方から夜の早いうちが混雑するらしい。早朝から迷宮に向かった探索者や午前中の仕事を受けた者が昼過ぎにくるのと、残りは夕方以降に来ることが多いそうだ。昨日も俺達がギルドを出てからは、混雑したらしい。
ナビルナさんと話していると、同じグループの連中もギルドにきていて、ナビルナさんを見つけ、こちらに集まってきた。
全員が揃うまで待っている間、他の連中の話しに聞き耳をたてていると、昨夜はあまり眠れなかったらしい。
全く知らない世界で生活していく、確かに不安で眠れない者がいてもおかしくない。
惟ねえは大丈夫だろうか? 中山先輩が一緒だから一人ではないが……
考えていると、八刻を知らせる鐘がなった。
ナビルナさんが確認すると、まだ全員そろってないらしい。
「来ていない方がいらっしゃるようですが、予定の時刻ですので」と言いかけたとき、「あっ、もう集まってるぞ」と男子生徒が四人やってきた。
俺にからんできた奴と二年がもう一人、一年二人だった。ナビルナさんはそちらを見て、ため息をつくと、「では、これから皆様に貸し出す武器を選んでもらいます。」と言って、カウンターの横の扉の方へと案内してくれた。
扉の側で待っていると、男性のギルド職員が、長方形の棺桶のような箱を二人がかりで出してきた。
職員の一人が箱のふたをあけると、中には剣や槍、手斧などが無造作に入れてある。剣は長剣や細剣などの種類があり、槍も少し長さが異なるものが数種類ある。が、よく見るとどれも刃こぼれしていたりと、くたびれている。
「この中から好きなものを選んでください。一ヶ月の間、皆様に貸し出します。」と言って、ナビルナさんは箱の横にたつ。
順番に選んで、ナビルナさんがそれを記録していく。俺の番がきて、箱の前にたつと「早くしろよ、どれでも意味ないだろうが」と後ろから聞こえる。
確認するまでもなくあいつだろう。ナビルナさんが「あなた」と言いかけたとき、俺は一本の剣をもち、「これにします。」と伝える。
後ろから箱の中を覗いていたときから決めていたものを手に持ってみて、少し重いと感じる程度だったのですぐにそれに決めた。短刀と剣の間くらいの長さで刃がかなり厚めの剣。刃の部分は少しかけており切れ味というのは期待できそうになかったが、頑丈そうだった。元々どの武器もまともに使えそうになかったので、せめて壊れにくそうなものがよかったのだ。
全員が武器を選び終わると、次に長さ三十センチ、直径四センチくらいの木の筒のようなものが配られた。筒の上部には詮がしてあり、中には液体が入っているのが分かる。どうやら水筒のようだ。
全員に配り終えると、ナビルナさんは記録した紙をもって、カウンターの職員へそれを渡すと、二階にあがっていった。そして、探索者らしき人を三人連れて戻ってきた。
「こちらが今日、皆様を迷宮へと案内してくれる赤い鷹の皆さんです。赤い鷹は優秀なEランクのパーティーで、西村を中心に村エリアで活躍しています。」
と言って、三人を紹介する。
「マチルダだ。一応、このパーティーのリーダーをしている。」赤い皮鎧をつけ、剣をもった三十代前半くらいの女性が名のる。その鎧にはいくつもの小さな傷があり、いかにも戦闘慣れしているといった感じだ。
「ジムだ。」
「レイドじゃ。」
続けて、二人の男性が名のる。ジムと名のった男性は、三十代後半くらいで腰に短刀を携えている。レイドと名のった男性は、六十前後といった白髪に白い髭をはやした男性で、弓を背負っている。
「今回、お前たちをコクモノ平原へと案内するが、私達がいるからと言って気をぬくことのないように。Gランクで入れる迷宮とは言え、油断すれば大怪我ではすまない。」
そう言ってから俺達の様子を観察するかのようにこちらを見た後、「準備を終えているならこのまま向かおう。では、ナビー行ってくる。」
そう言って、マチルダさんはギルドの外へと向かっていった。俺たちもすぐについていく。
「皆さん、お気をつけて。」そう言って、ナビルナさんが見送ってくれた。
ギルドを出て、通りをまっすぐに進んでいく。三、四十分位歩くと、直径四メートルくらいの円の上半分といった感じの洞窟が見えてきた。洞窟は地下へと続いているようだ。
コクモノ平原、全四層の迷宮で探索者になりたての者に推奨されている迷宮だ。
「おい、ケモミミだ。」俺が迷宮の入り口を見ていると、一人の男子生徒が声をあげた。指さしている方を見ると、迷宮の入り口のさらに先の方を二人の少女が歩いている。
一人は俺達と同じくらいの年で、もう一人は五、六歳といったところか。その二人の頭には、犬のような耳があった。村では見なかったが、獣人? というのもこの世界にはいるらしい。
「これから迷宮へと入る。」
マチルダさんの声で、迷宮へと意識を戻す。
これから迷宮へと向かうのに他のことに気をとられている場合ではなかった。マチルダさんの声で俺は緊張感を取り戻し、赤い鷹の面々の後に続く。
緊張しながら洞窟の入り口に立つ。洞窟の中は暗く、明かりがなくて大丈夫なのかと不安に思いながら入ったが、洞窟は入ってすぐ出口となっているようで、反対から明かりが漏れていた。
その明かりの方へと向かうと、そこは見渡す限りの平原だった。
足首くらいまでの草がはえている平原。所々に腰くらいの高さで横幅一メートルくらいの岩があり、数本ずつ二メートルくらいの高さの木がはえている。かなりの広さがありそうだ。前世ではあまり見ることのなかった光景に、他の生徒達は少し感動したかのように驚いていた。
俺も目の前の光景に驚いていたが、それ以上に驚いているものがある。俺の視界の右上の方に、見えている範囲を上から見たようなマップが表示されているのだ。マップの下には、ストップウォッチのように時間がカウントされている。迷宮に入ってからの時間が表示されているようだ。
他の生徒の様子から、俺以外には出ていないようだ。これが分析スキルの効果なのか?
俺はまわりに気取られないようにしながらマップを確認していた。マップは、ダンジョン系のゲームのマップのように表示されており、俺自信は青い点で表示されている。俺以外の生徒や赤い鷹はグレーで表示されている。
俺の視覚情報を分析してマップとして表示しているのか? これがスキルの効果ならマッピングというスキルに職業はマッパーとかの方がしっくりきそうだ。まぁ、かなり役立ちそうなのでいいのだが。
「これからこの階層の半ばくらいまで進む。おそらく途中、魔物がでるが魔物には私達が対応するので、慌てずに行動しろ。」マチルダさんはそう言って、進み出した。
色々と確認したいが、今は迷宮に集中しなければいけない。
マチルダさんが左前方、ジムさんが右前方、レイドさんが後ろと俺達を囲むようにして進む。
三十分程進むと、ジムさんが少し手を上げ、それを見たマチルダさんが俺達に止まれと右手で指示した。ジムさんは右前方を指さす。そちらを見ると百メートルくらい先に茶色い豚のような生き物がいた。
その生き物は、こちらに気がついたのか、走って向かってくる。かなり速い、猪のような生き物。スモールボア。コクモノ平原一層に出現する魔物だ。迷宮案内では、全長一メートル程となっていたが、近づいてくるとその迫力からか、かなり大きく見える。女子生徒をはじめ、かなり動揺している。
スモールボアとの距離が二十メートルをきったくらいで、マチルダさんがスモールボアと俺達の間に入る。スモールボアは、マチルダさんを敵と認識したのかまっすぐに向かってくる。マチルダさんとスモールボアが激突すると思われた瞬間、マチルダさんの体が少し横にズレ、スモールボアとすれ違う。すれ違い様に横なぎの一閃がスモールボアに入る。
スモールボアは自身の勢いから、五メートル程進み、倒れ、動かなかった。
男子は戦闘を見て、興奮している者が多い。一方、女子は「絶対無理」とつぶやく者や、青い顔をした者が多い。当然かもしれない。俺もそうだが、前世では直接的に生命を奪うという行為をしたことのない者がほとんどだ。
ジムさんがスモールボアに近づき、前足のつけ根あたりからナイフを刺し、手をつっこむ。その光景に一部から悲鳴が上がる。手を引き抜くと、こちらに向ける。
「これが魔石だ。」と向けられた手のひらに乗せられていたのは、直径五センチ程度の光沢のある灰色の石。
ジムさんによると、魔石は色が濃く大きなもの程、高価になるらしい。スモールボアは、魔力が低く、魔石の価値はほとんどないらしく、銅貨二枚程度にしかならないそうだ。スモールボアは肉の方に需要があり、銅貨八枚くらいになるらしいが、肉を売るには解体して持ち帰るか、丸々持ち帰る必要がある。解体の技術か持ち運ぶ手段が必要になる。
ジムさんも解体できるが、今日は俺達に迷宮を案内する方が優先なので、肉は持ち帰らないらしい。
元の隊形に戻り、さらに進んでいく。途中で、バスケットボールくらいの大きさの緑色のドングリのようなものが、地面を動いていた。シードという魔物だ。
ジムさんが近づくと、地面にいたシードはどういう原理か、ジムさんの顔めがけて勢いよく跳んできた。跳ぶスピードはスモールボアよりも速い。
それをひらりとかわし、地面に落下したシードに短刀を突き立てた。が、シードは硬いらしく、少し刺さった程度だ。シードが刺さったままの短刀を振り上げ、そのまま地面に突き立てる。
シードは二つに割れ、中からスモールボアと同じような魔石と魔石と同じくらいの大きさの種のようなものが出てくる。この種のようなものは、薬の原料になるらしく銅貨六枚になるそうだ。
スモールボアとシード、この二体がコクモノ平原一層の魔物だ。
シードとの戦闘を終え、入り口から一時間くらいのところで折り返す。戻っている途中、俺達より少し年下、中学生くらいの二人の探索者がスモールボアと戦っていた。平原に入ってから他の探索者を目にすることはけっこうあったのだが、戦闘を見るのは初めてだ。
戦いは終盤のようで、動きの鈍くなったスモールボアに二人がかりで槍を突いている。一人の槍が刺さり、スモールボアは倒れる。槍を引抜きもう一人の方へと話しかけようと顔を向けた瞬間、最後の力をふりしぼったのかスモールボアが起きあがり、体当たりをしようとつっこむ。もう一人の方が「危ないっ」と叫んだとき、スモールボアに矢が刺さる。スモールボアは、そのまま動かなくなる。
振り返り後ろを見ると、レイドさんが弓をかまえていた。
「油断大敵じゃ。」そう言って、弓をおろす。
何が起こったか理解した二人の探索者は、レイドさんに向かって頭を下げていた。レイドさんはそれを見て、何事もなかったかのように「さぁ、行くぞ。」と俺達に進むよう指示する。
俺達は、そのまま入ってきた所まで戻り、初めての迷宮を後にした。




