王女の先見
我が輩は転生者である。名前は、エレオノーラ・マリア・セルリアン。セルリアン王国の王女である。
そしてこの世界は、私が前世にプレイしていた乙女ゲーム「セルリアンの恋人たち」の舞台である。
まじか、と聞かれそうだが、まじである。
私エレオノーラは、とある田舎町で生まれ育った。
物心付いたときには父親は病死しており、私は母親と一緒に暮らしていた。
母親は美人で、細い指先で一生懸命機織りをしているのが印象的だった。私は母親そっくりらしく、町の皆から「エリーちゃんはきっとお母さんみたいなべっぴんになるよ」と言われてきた。自分では、よく分からなかったけど。
でもそんな母親は私が十七歳の時に病死した。
そうして母親の葬儀が終わった頃、立派な馬車に乗った人たちが私を迎えに来た。すらりと背の高いイケメン騎士が言うには、私の母親はセルリアン王国の王妹で、私は王家の血を継ぐ王女らしい。
いきなりそんなことを言われても、田舎娘の私には理解しきれない。それなのに騎士たちは私を半ば無理矢理馬車に乗せてセルリアン王国に向かい、私は生まれて初めて対面した伯父である国王陛下に大泣きされてしまったのだった。
どうやら母親の死がきっかけで母親や私の素性がセルリアン王国に伝わり、王位継承権問題などの勃発を防ぐため、そして王妹の娘である私を庇護するため、国王陛下は半ば強制的にでも私を保護するよう命じたそうだ。
そうしていきなり始まった、お姫様生活。
国王陛下には、私の従兄弟にあたる王子がいた。王位を継ぐ可能性があるのは彼らで、正直私には王位なんて期待されていない。国王陛下としては帝王学とかよりも、私に何不自由ない生活を送ってほしいのだという。
家庭教師が付いてそれなりに勉強はしたし、パーティーに出たときに恥ずかしくないようマナーやダンスのレッスンもした。傷みまくっていた髪はばっさり切られ、化粧をされ、動きにくいっちゃありゃしないドレスを着せられる。
このときの私は、乙女ゲームだの転生だのなんて気づいていなかった。
そんな私は、ある吟遊詩人と出会ったことで変わっていくことになった。
これも公務の一環だ、ということで私はちょくちょく城下町に降りて国民たちとふれあう時間を持っていた。本来は国王陛下や王妃陛下、そして王子たちの仕事なんだけど、私の存在をアピールするという点でも私が行く意味があるらしい。
そうしているある日、私は街角で歌声を披露していた吟遊詩人と知り合った。
黒い髪に藍色の目。長旅のせいでよれた服を着ているしつばの広い帽子をかぶっているので表情はあまり読み取れないけれど、ものすごい美形だというのがすぐに分かった。
彼は、国民たちと一緒に歌声を聞いていた私の元まで来て、微笑んだ。
「あなたがセルリアン王国の王女殿下ですね?」
その声を聞いたとたん。
私の中で、何かが動き出した。
その頃は、「なんとなく」といった感じだった。
吟遊詩人アルと知り合ううちに、私の中で何かが生じるようになってきた。
たとえば、アルの顔を見て私は一番に、「この人は、隠し事をしている」と分かった。
出身地を聞いてもはぐらかされたけれど、私は「この人はバルトロメ帝国出身、それもかなりの高い身分の人だ」というのが分かった。
セルリアンはいい国ですね、と言われても、「本当は侵略したいと思っているのでしょう」と確信を持っていた。
初めは、アルのことを疑うようなことばかり考える自分自身が気持ち悪く、恐ろしかった。
でも何よりも恐ろしいのは、私の「なんとなく」が全て的中していたことだった。
アルの正体は、バルトロメ帝国の皇子アルベリック。
彼はぽっと出の王女である私を懐柔させ、セルリアン王国を蹂躙しようとしている。
彼はバルトロメ帝国の密偵とつながっており、酒場で情報交換をしている。
私はすぐさま動いた。
まだ自分の中はぼんやりしていたけれど、彼がセルリアン王国を狙っていると分かったら黙っているわけにはいかない。私はもう田舎娘じゃない。セルリアンの王族なのだから。
そうして私は護衛の騎士や従兄弟たち、そして国王陛下のご理解を得ながらバルトロメ帝国に対抗していった。最初は半信半疑だった皆も、私の指摘が続々的中するのを見ているうちに信頼してくれるようになった。国王陛下は、「エレオノーラにはきっと、先見の明があるのだろう」と言われた。自分はよく分からなかったけれど……。
私がアル――アルベリック皇子と出会って数ヶ月後。
バルトロメ帝国の企みは全て明るみに出て、国王陛下はバルトロメ皇帝と会談を取り付けるまでに至ったのだ。
セルリアンとバルトロメは長らく冷戦状態ではあったけれど、バルトロメがいずれセルリアンを滅ぼすつもりでいるというのは有名な話だった。
そんな中、バルトロメ帝国を追いつめる形で会談を取り付けた。
私は国王陛下たちだけでなく国民からも賞賛され、バルトロメ皇帝との会談の場にも同席することになった。
……そこまでは、いい。
問題なのは、会談数日前というタイミングで、私の前世の記憶が戻ってしまったということだ。