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「世間の評判も高く、帝の覚えもよろしいようです」

中納言(ちゅうなごん)におなりですが、今後のご出世はお早いと思います」


 春の長雨が細く簀子(すのこ)の先を濡らすが、眺め暮らして泣き暮らしたりはしない。悪意を図に描く手立てを講じる。例の如くに二人の従者が傍に控える。


 柏木(かしわぎ)は帝であるわが兄と気が合うらしい。地位こそ夕霧の下だが、若手の中では他者を圧倒するほどの(ちょう)を誇る。正室も迎えた。私の姉の女二の宮だ。そのことだけはわずかな呵責(かしゃく)を覚えるが、たくらみをやめるつもりはない。


「しかし……宮さまが直に接することは、あまりに御身を軽んじていらっしゃる。何か別の手を考えさせてください」


 按察使(あぜち)の言葉に冷たく答える。


「私自身を(おとし)めれば貶めるほど、源氏をそうすることになるのよ。他のことでは代わりにはならないわ」


 人を通して傷を与えるなど遠まわしな手などはもう取らない。私は直接彼に刃を突きつける。ゆゆしいほど美しいといわれた源氏の過去など、水面の泡と変えてやる。


「けれど、昔の猫の件などを考えるとあまりにも危険です」

「くどい」


 過剰に言い募る按察使を控えさせる。卓越した彼女の知性はともかく、感情などほしくない。

 按察使は頭を下げ、女房の立場を超えて僭越に過ぎた自分を謝した。


「ただの恋慕の情以上の心を得たいの。それについての意見はないかしら」


 中納言に目を向けると、彼女はしばし考え込んだ後に答えた。


「権威に弱い傾向をお持ちのような気が致します。失礼ですが、正妻たる二の宮さまは更衣(こうい)腹でいらっしゃるせいか、その扱いは人前だけを取り繕っているようにお見受けします」

召人(めしうど)(情人)などの好みは」

「伝え聞くところによると、美貌を好みます。背丈や体格などにはさほどこだわりはないようですが、気性は強めの女が多いようです」

「なるほど」


 彼の男の母堂は、わが祖母大后の同腹の妹だ。それに似たのか美しいが激しい性格の女であるらしい。

 この方が柏木の軸なのかもしれない。そして、父方の亡き祖母は桐壺院と同腹の姉妹である大宮だ。自負の強い彼は父を越え、祖父に近づくことを目指しているのかもしれない。


小侍従(こじじゅう)の様子は」

「暇がある時は叔母を訪ねると下がるので、その際に彼に会っていると思われます」


 さすがにそこにまでは手の者はいない。推察に頼るしかないが、今や山の帝と呼ばれる朱雀院(すざくいん)鍾愛(しょうあい)の娘に仕えることしか誇ることのない彼女のことだ。いまだその話題に頼っていると思う。


「隙を作る必要があるわね……賀茂祭(かものまつり)の頃はどうかしら」


 斎院(さいいん)となった一の宮のお姉さまが忙しい時なので、女房たちを手伝いにやることになっている。


「物見に出る者も多いので、当日の昼間は人気が少なくなります」


 少し間を置いて、按察使がいつもより低い声で答えた。


「そうね。でもその日の夜は興奮していつまでも起きているはずだわ。むしろ御禊(ごけい)(賀茂祭などに先立つ(みそぎ)。この場合は斎院の禊で見物客が多い)、いえその前夜の方が準備に忙しくて私の前に人は少ないと思うわ。あなたの恋人……源の中将という人だったわね。その人をこの日の夜に(つぼね)に呼ぶことにしてね。宿直(とのい)はあなたと小侍従。でも途中で恋人を口実に下がっていいわ」

「…………」

「それまでは小侍従が予想外の動きをしないように、人の配置に気を配って。特に宿直は。中納言は彼女をわずかにおだてて得意がらせて。そのほうが事を起こしやすい性質だから」


 中納言は了承したが、按察使の態度は硬い。薄く微笑み、少し身を寄せた。私の髪が彼女の腕にはらり、と打ちかかる。


「何か不満があるの?」

「……あまりにあなたが危険です」

「充分に承知しているわ。それに、そうじゃなければ困るわ」


 私自身に何の価値もない。今更、守るものなど何もない。

 按察使の細く切れ長の眸を覗き込む。不安を抑えた苦い色がくぐもったように見え隠れする。


「山の帝もご心配になると思います。重ねて申し上げます。おやめください」

「何があろうと、この私が凡俗の男になぞ傷つけられるなんて考えないでほしいわ」


 彼女から目を放して空を見ると、雨はやんだが陰鬱(いんうつ)な雲が満開の桜に影を落とす。

 散るならば散ってしまえばいい。二度とあやめは見ることができない。だから、未練など持たずに私は破滅への弓弦(ゆづる)を引く。


 どうせ、白駒(はっく)(げき)を過ぎるが如き人生だ。鳥辺野(とりべの)の煙と化すまでの時間は誰もが短い。ならば同じことだ。歓楽を尽くすことも、災いに陥ることも。

 雛型に閉じ込められた運命などご免こうむる。私は自分の意思で派手で贅沢な不幸を選ぶ。


「とても楽しみだわ」


 穏やかに、そして悠然と二人の従者に笑いかけた。



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