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清く、貧しく、美しく  作者: 早瀬 薫
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十六章

 それから約半年後、私達は結婚した。桜の舞う季節だった。結婚式の前日、黄金山に登り、花吹雪の舞う満開の桜を満喫した。私は、低く垂れ下がって咲いている桜に、雄蕊の数が数えられるかと思うくらいに顔を近付け、「自然の物じゃのに、なんでこんなに綺麗なんじゃろう?」と言うと、翔太は「自然の物じゃけん、綺麗なんと違う?」と言い、私は「あ、そっか」と返した。私は落ちている桜の花びらを掻き集め、翔太の顔に吹きかけた。翔太も負けじと私の頭に花びらをかけた。翔太は「やっと、ここの桜が見れた」と喜んだ。何年も経って気付いたのだが、翔太はその桜の花びらを持ち帰り、樹脂で固めてキーホルダーにしていた。キーホルダーを裏返すと、『世の中に 絶えて 桜子のなかりせば 我の人生 のどけからまし』と刻印されてあった。在原業平の『世の中に 絶えて 桜のなかりせば 春の心は のどけからまし』をもじった俳句だった。現代語に直訳すれば、この世にもし桜子がいなければ、自分の人生はのどかだったことだろうという意味なので、桜子はとんでもないお転婆だとも取れるが、桜子に先に死なれたら自分は生きていけないとも取れて、一人でニヤついてしまった。私はそれを彼の机の抽斗から見つけたとき、女性より男性のほうがロマンティストなんだなと気付いた。

 いざ結婚生活を始めたが、結婚して住居が変わったわけでもないので、以前と別段変わったところも無かったが、収入の面では、今度は、私は普通に、翔太は格段に上がった。収入が良くなった分、生活は楽になったのに、それでも同じ狭いマンションに住み続け、高田先生とも度々公園で三人で、ときには大勢で(高田先生を通じて他にも大勢の浮浪者のおじさんと友達になった)、お茶会を開いた。

 二年後、私達は待望の女の子を授かり、そのまた二年後には男の子を授かった。家族四人ともなるとさすがに1DKでは手狭になったので、ここから一キロと離れていない同じ西区内の家族向けの3DKのマンションに引っ越した。

 七年後、四十二歳になった翔太は本社の営業部長になり、その二年後には取締役、そのまた二年後には四十代の若さで広島支社の代表取締役に就任した。翔太はホテルでの社長就任披露パーティーの後、こっそり私を連れて会社に戻り、最上階の社長室からの眺めを見せてくれた。昔、翔太が私に言ったことが、本当に実現する日が来ようなどと考えてみたこともなかった。翔太と知り合って二十四年、まさに彼と歩んできた道は「えー!? うそーっ!? マジでー!?」の連続だった。初めて見る社長室からの、眼下に広がる煌くパノラマを、私達は飽くことなくずっと眺めていた。


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