てのひらに魔方陣
息抜きにさくっと読んでいただければと。
与えられた数字を元にして一つずつ陣を埋めていくのがなんとも楽しくて、優李は魔方陣が好きだった。
「なんだ、それ?」
「知らないのか? 魔方陣っていうんだよ」
今日も今日とて解いていると、ご近所さんでクラスメイトの棗が不思議そうに手元を覗き込んでくる。
「魔法陣? そんなファンタジックな奴だったか、お前」
「違うわ。なんて言うか、数字遊びの一種だよ」
机の上で解いていた魔方陣は、まだ一つも埋まっていなかった。つい先程、新しく解き始めたからだ。
「どういう風に解くんだ、これ」
少し勉強が苦手なナツメが、しかめっ面をしながら問いかける。
「まず、ここに与えられている数字があるだろ?」
「うん」
「この数字を頼りに、一から……この問題だと四かけ四マスの正方形だから、十二までの数を一回ずつ使って縦・横・斜めの数の和が一緒になるようにするんだ」
「ほー……難しそうだな」
「意外と簡単だよ」
笑ってユーリがそう言うと、お前頭良いもんなぁ、と羨ましそうにナツメが呟いた。
そこで丁度、五限目の予鈴が鳴る。
「次の授業ってなんだっけ?」
「算数だよ。あー、やだなー」
「まぁまぁ、分からないなら教えるからさ」
「テスト前、頼りにしてる」
「はいはい」
しぶしぶならが席へと着くナツメをユーリは苦笑して見送る。
手元の魔方陣に視線を戻すと、じっと見つめて考え込む。そしてカリカリと鉛筆を滑らせると、一つ一つと陣が埋まる。
算数の教科書を手に担任の先生が入ってくる頃には、既にユーリの魔方陣は完成していた。
「やー、今日も疲れたなー」
「今日は体育あったしね」
小学校からの帰り道、ユーリとナツメは並んで歩いていた。少し日が傾いてきたぐらいで、空がほのかに赤みを帯びていた。
ランドセルを背負って、道をてくてくと歩いていく。あと一年ちょっとでランドセルとはオサラバだと思うと、ユーリは少し変な感じがした。
「でも今日のりったん、なんかご機嫌だったよなあ。何かいいことあったのかな?」
「さぁ? 星座占いが一位だったんじゃない? ああ見えて占い好きだって言ってたよ」
りったんとは、二人の担任の片桐理玖の渾名である。当の本人の前で呼ぶと怒るので言わないが、陰ではりったんりったんと呼ばれているのだ。
「へぇ、爽やかスポーツマンなのにな。お茶目か。ギャップ萌えか?」
「ギャップ萌えとか……、似合わない……」
ナツメの言葉にくっくっと体を揺らして笑いながらユーリは言う。
そんなたわいもない話をしながら歩いていると、不意に公園の前でナツメが立ち止まった。
「おい、ユーリ。あれ」
「え?」
ナツメの視線の先、公園の中で、小学一・二年生ぐらいのランドセルを背負った男の子がしゃがんで泣いているのが見えた。
無言で頷きあい、直ぐに二人はその子に駆け寄る。
「うぐっ……う……」
「おい、どうしたんだ?」
「どうしたの? 大丈夫?」
声に顔をあげた少年は、目をこすり過ぎで腫らしていた。いきなり自身より背の高い人二人に囲まれて、少しびくついているようだった。
「大丈夫、何もしないよ。どうして泣いているのか、教えてくれるかな?」
地面に膝をつき、穏やかに笑ってユーリがそう言うと、少し安心したのかおずおずといった様子で少年は口を開いた。
「学校の、友達が……髪色が変だって……おかしいって、笑うんだ……」
「はぁ!?」
いきなり大声を出したナツメに、びっくりして少年はユーリにしがみつく。立ったままのナツメを睨みあげると、少し不貞腐れて顔を背けられた。
「そっか。僕からしたら、とても綺麗な色だと思うよ」
「……ほんとに」
「うん、ほんとだよ」
優しく笑ったユーリの顔を少年は見上げて、少し嬉しそうにする。しかし、また少し悲しそうに唇を噛む。
「でも、明日学校にいったら、またあいつらに笑われるんだ……」
そう言って、また泣き出しそうになるのを堪えていた。それを見て、どうしたものかとユーリは考える。
ナツメは感情型だから、任せた時には『気合いで乗り切れるだろ! 気合いで!』だなんとか言いそうで任せられない。
そこで、ふと閃いた。
「ナツメ、ペン持ってたよね。貸してくれない?」
「? いいぞ?」
ランドセルの中から筆箱を、その中からペンを取り出すと、ナツメはユーリに渡す。ありがと、と言って受け取ると、少年に向き直る。その様子を不思議そうに少年は見ていた。
「じゃあ、おまじないをしよう。てのひらに書いてもいいかな?」
ユーリが聞くと、こくりと頷きが返ってくる。おずおずと差し出された左手に、ユーリはきゅっきゅっとペンを滑らせた。
「なに、これ?」
「これはね、まほうじんっていうんだよ。勇気が出るおまじないさ」
「まほうじん!」
打って変わって、きらきらとした瞳でまほうじんを見つめる。三かけ三マスの、一から九までの数字でできたまほうじんだ。
「また笑われるかもしれない。けれど、友達になってくれる子も居るはずだよ」
「そうだぞ。こんなに綺麗な色の髪の毛なんだから、褒めてくれる奴も居るって」
俺みたいにな、とナツメは調子良く笑って、少年の頭を撫でた。もう、少年は笑顔だった。
ばいばーい、と手を振り、少年と別れてまた二人は帰路につく。
「にしても、考えたな。魔方陣を書くだなんて」
「間違ったことは言ってないし、あれもまぁ魔方陣だしね」
「確実に違う方だと思ってたよなぁ。そーゆーとこずる賢いっていうか……」
「まぁ、いいだろう。一件略着だ」
ふふっと笑って、ユーリはそう締めくくった。まぁいっか、とナツメもにっと笑う。
「あ、そうだ! 母ちゃんがお菓子作ったからユーリにもって言ってたんだ。今から家、来るか?」
「じゃあ、お邪魔しようかな」
「んじゃ決まりだな! さっさと帰るぞー」
ははははっと笑って急に走っていくナツメ。はぁ、と溜息をついてから、その背中をユーリは追いかけるのだった。
翌日の帰り道。毎度同じくユーリとナツメが二人で歩いていると、一つ、小さな後ろから追いかける影。
「おーい!」
「ん?」
聞き覚えのある声に振り返ると、そこには栗色髪の少年が立っていた。
「おう、今日はどうだった?」
「今日ね、友だちができたんだ! お兄ちゃんが書いてくれたまほうじんを見て、勇気を出したんだよ」
お兄ちゃんたちありがとう、と笑顔で言った少年に、顔を見合わせてから、二人も笑みを返した。
「どういたしまして。友達ができてよかった」
「友達、大切にしろよ!」
「うん!」
元気に手を振りながら、少年は駆けていく。その手のひらの魔方陣は、もう既に消えていた。
その真新しいランドセルを見送ると、二人も家へと向かって歩き出す。普段よりすました顔をするユーリの脇腹を、ナツメがにやにやとした顔で突いた。
魔方陣は、用途用法によっては魔法陣になるうるのかも、しれない。