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言霊使いと秘石の巫女  作者: Curono
2章 思い出の港町
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闇の石を知る者

 その日の夕方、私は基地に用意された自分達の部屋で待機していた。そう、私達四人が共同で使うあの部屋だ。私は椅子に腰掛け、例の本を眺めていた。四人部屋だが、起きているのは私一人。ダジトとスランシャは二人で買出しに出て、珍しくリタは昼寝をしていた。おそらく昨夜あまり眠れなかったのだろう。野宿に慣れていない上、きっと緊張もしただろうから無理もない。

 そうやって一人待機していると、扉が開いて一人の男が入ってきた。ボロボロのマントを身にまとう茶髪に無精髭の大柄な男――ガトンナフさんだ。

「なんだ、クーフだけか」

 呟く彼に、私は唇に指を当てて目線をリタに投げる。それに気がついた男はああ、と小さく呟いて、静かに扉を閉めた。

「なんだ、また二人きりのところ、邪魔したな」

 私に近づくなり小声でそんなことをいう彼に、私は、いえいえ、と適当に流す。

「それより、どうでしたか?」

 私の問いに、司令官は口の端をゆがめて軽く笑うと、空いているもう一つの椅子に腰掛けて口を開いた。その声は声量を抑えていることもあっていつもより低い。

「早かったぞ、闇の石らしきものをはめた本だと言ったら、すぐ食いついてきた。明日にでも来るそうだ」

「明日ですか? 随分早いですね」

 その言葉に私は驚いた。男は頷いて言葉を続ける。

「ま、研究熱心な上、実力のある野心家な男だ。アイツが本気になれば、こんな土地まで一瞬だろう」

「中央大陸から……北方大陸までの距離が一瞬ですか……」

 ガトンナフさんの言葉に私は思わず感心する。

 彼が知る「闇の石に詳しい人物」というのは、古くからの知り合いということだった。この大陸よりずっと離れた中央大陸に住む老人らしい。世の中にはまだまだすごい人物がいるものだ。そういいながら余計にその人物のことが気になってくる。

「一体、その……ご老人というのは何者なんですか?」

「ああ、ゴフじいさんか? 中央大陸にセイランという町があるのは知っているか?」

「ええ、名前くらいは……。確か、魔法技術の研究が盛んな町で、相当優秀な魔術学校があると聞きます」

 ガトンナフさんの問いに私はそう答える。セイランは非常に有名な都市だ。特に魔法を学びたい者にとっては憧れの町でもある。魔法技術も発達しているため、町自体も栄えた平和な町だったはずだ。正直この町の名前を知らない者の方が少ないだろう。

「そのセイラン魔術学校の校長をやっている。また超古代文明の研究の第一人者でもある男だ。昔はかなり腕のいい魔術師だったと聞く。ワシがゴフじいさんと知り合ったのは、もう彼が隠居してからだったがな」

「セイラン学校の校長ですか……それはまた、たいそうな人物ですね」

 彼の説明に思わず私は口元を押さえて感心する。

「闇の石の研究に一歩近づくならばと、その本の研究を喜んで引き受けるそうだ。ついでにあの神殿も少し見ていくとさ」

 その言葉に私は気にしていた疑問を思わず口にする。

「その……ゴフさんという方は……超古代文字が読めるんですか?」

「いや、まだ解読方法にはいたっていないらしいぞ。……きっとお前の術を話したら、お前まで中央大陸に連れて行かれるだろうなぁ」

 そういって肩を震わせて小さく笑う男に、私は内心感謝する。どんな重要人物相手でも、私の術のことを黙っていてくれるのはありがたかった。

「明日港に来ると言っていた。クーフ、お前も来ないか?」

「え、私も……ですか?」

 彼の申し出に私は一瞬戸惑う。

「お前の術の話はしてないがな、神殿の地下に入ってそれを持ってきた人物と話がしたいそうだ。詳しい神殿の詳細を聞いておきたいんだろう。……まぁ」

と、そこで彼の表情と心音が愉快そうになる。

「お前が来ないなら、リタくんとワシで行こうかと思うが」

「……私が行きます」

 私はため息混じりにそう答えると、中年の男はまた肩を震わせて笑う。

「ホントにお前は慎重だな……そんなにリタくんに余計な話をされるのが嫌か」

 男はそういって笑うが、実は内心、彼が余計な話をしないかよりも、昨夜神殿地下で何があったかをリタに聞かれる方が嫌だった。あまりそこを彼女に突っ込まれると困る。

「では明日の昼ごろだ。頼んだぞ」

 男は椅子から立ち上がり、部屋を出て行こうとする。去り際に、ベッドで静かに寝息を立てている少女に視線を向けて微笑むと、扉の前で私に振り向いてにやりと笑った。

「随分よく寝ているな。昨夜……あまり眠らせなかったのかね?」

「ガトンナフさん」

 私は思わず声を飛ばすが、既に男は部屋を出た後だった。私はため息をつく。――まったく、彼にとって私をからかうことはそんなに楽しいのだろうか。

 思わずリタが気になって、そっとベッドに近づいてみる。リタは薄い毛布を身体にかけて、横向きに横たわり静かに寝息を立てている。髪が少し乱れてはいるものの、そのきれいな艶に思わず手が伸びる。髪を指で挟んで持ち上げると、指ざわりがよくサラサラと指からこぼれた。寝顔を見ていると、確かに随分ぐっすり眠っているようで、これはしばらく起きそうにない。やはり昨日あまり眠れなかったのだろうか。

 そう思うと、また昨夜の夢を思い出して私は唇をかむ。そっとリタの頬に触れると、手に彼女の体温が伝わってきて、それが私を安心させた。今、目の前にいるリタの温度を感じることで、嫌な感覚を忘れたかった。

 私はしばらくそうやって彼女の寝顔を見つめていた。ダジトたちが帰ってくる頃には彼女を起こしてあげよう、そう思いながら。




 夜にはダジトもスランシャも戻ってきて、また部屋で作戦会議をした。

「と、いうわけで明日は私とガトンナフさんでこの本を調べてくれる人に会ってくる。その間、三人とも単独行動は控えてほしい」

 私の言葉に、女性陣は頷くが、退屈そうなのはダジトだ。

「いい加減さ、オレも動きたいよ。最近人捜しだの買出しだの、正直退屈なんだよなぁ」

「ワガママ言わないの。大事な仕事なんだから……」

 幼馴染の発言に、スランシャが厳しく言うと、ダジトはまだ食い下がる。

「オレらだけであの神殿調べてくるってのは? どう?」

「超古代文字が読めるなら、いいんじゃないかしら」

 スランシャの言葉にダジトはうなだれる。

「読めねーよなぁ……」

「読めないのに、何かあったらどうするのよ。それこそ閉じ込められて出て来れなくなっても、あたくし知らないわよ」

「まぁまぁ、基地を出て行く日も近いんですから、ちょっとくらいお手伝いしましょうよ」

と、リタがダジトの気持ちを汲んで慰める。その言葉に、ああ、と思い出したようにダジトが顔を上げる。

「そっか、基地出て行くのか……。なんか随分世話になっちゃったな」

「明後日くらいには、次の場所に出発、ですものね」

 リタが微笑むと、水色の少女が小首をかしげる。

「クーフさん、次の石の場所のありそうな場所は本当にその……森の中なんですの?」

 スランシャの言葉に私は頷く。

「多分ね」

 私はそういって、あの地下神殿で見た壁の地図を思い出していた。

 そう、あの黒い神殿の壁にあった地図だ。リタと一緒に地下神殿に閉じ込められた時、私は地下神殿に描かれた地図をよく観察していたのだ。あの地図に描かれていた土地は、微妙に形は違ったが今の北方大陸に非常に似ていることに気がついた。そしてその地図には、あの光の石の模様が描かれていたのだ。しかもその石の図は大陸の箇所ごとに描かれていて、どうにも光の石の在り処を示す地図のように思えてならなかった。というのも、リタの守る石、スランシャの守る石のあった場所が、北方大陸の実際の地図の位置と、その壁の地図の位置にあまりにも酷似していたからだ。

「あの黒い神殿の壁に書かれていた地図が、今の北方大陸に似ていたんだ。そしてそこに描かれた光の石の模様……それが、どうもリタ、ダジト、スランシャ、そしてこのズスタの土地と同じ位置に描かれていたからね。だとしたら、残るもう一つの光の石の模様……それが描かれていた場所に、光の石がある可能性は高いと思う」

 私の言葉に、ダジトが力強く頷く。

「クーフさんがそういうなら、可能性は高いよな! はやく探しに行きたいぜ!」

「まったく、ダジトってば、じっとしてるのが耐えられないんだから……」

 彼の様子に見かねてスランシャがため息をつくと、リタがくすくすと笑う。

「……でも、一つだけ気になる点はある……。どうしてあの地図には……石が五つだけしか描かれていないんだろう……」

 私は壁画の地図を思い出しながら小さく呟く。光の石は六つある、と前にスランシャが言っていた。そしてアニムスとアニマの会話からも、石は六つあることが示唆されている。だが超古代文明の遺産である、あの地下神殿の地図には五つの石しか示されていない……。一体これはどういうことなのだろう……。

 考え込む私のひざを、とんとん、と軽くリタが叩いた、目線を移すと彼女は微笑んだ。

「きっと探していけば、ちょっとづつ謎も解けるんじゃないですか。大丈夫ですよ」

 その言葉に私はつられて微笑んだ。

「……そうだね……。ひとまず、明日は旅支度を整えることにしよう」

 そんな会話をしていると、コンコン、と扉を叩く音が響いた。扉に一番近かったダジトがそれを開けると、茶色のボサボサ頭が顔を覗かせた。メガネをかけ、ガトンナフ司令官をもっと若くしたような青年――司令官の息子のロガッフくんだ。

「あ、すいません……お話中……でしたか?」

「いや、今終わったところだよ。ロガッフくん、もう仕事終わったの?」

 彼の姿を確認して私が立ち上がって言うと、彼は微笑んで私に答えた。

「はい、今終わりまして……あ、クーフさん、大丈夫ですか?」

「なんだ、クーフさん、今日も飲みいくの?」

 彼とのやり取りに、私が飲みにいくことにいち早く気がついたダジトが、にやりと笑って口を挟む。その言葉にリタが顔を上げて少々不安げな心音を響かせる。

「あ、クーフさん、今日も……いくんですか?」

「今日はロガッフくんとね」

 出来る限り優しく微笑んで見せるが、リタの不安げな音は消えない。

「いいなぁ……オレももう飲ませてくれてもいいのにな」

「あと一年、我慢なさいな」

 そんなやり取りを横目に、私は調査隊の隊長に声をかける。

「すぐに行くよ。場所はどこで?」

「あ、僕らの部屋で……今日はジュータさんも一緒なんですよ! あ、でもミローナさんにはヒミツです。……邪魔されたくないんで」

 そういって彼がクスクス笑うと、それを見ていたダジトとスランシャがこっそり顔を見合わせて、少々苦い顔で忍び笑いする。

「じゃ、先に部屋で準備してます! こっそり着てくださいね! お邪魔しました」

と、ロガッフくんは扉を閉めた。

「やっぱり、ミローナさんってクーフさんのこと好きなんだろうな。しょっちゅう狙われてない、クーフさん?」

「あの方がいると、男性陣は落ち着いて語れないようですわね……。心中お察ししますわ」

 どちらの言葉にも返事がしづらくて、私は苦笑するだけだった。気がつくとリタの心音が落ち着いていた。もしかしたらリタの心配も、ミローナさんだったのかもしれない。




 そして翌朝――

 一日ぶりに応接室で朝食をとり終えると、私達はいつものようにお茶を飲みながら、今日の行動について確認しあった。

「では、昼過ぎには戻れると思う。買出しはリタと私の分を頼むよ」

 私はそういってスランシャを見る。ダジトの金遣いの適当さから、基本的に買出しの財布の紐はスランシャかリタが持つことが多かった。スランシャはその言葉に頷き、リタは嬉しそうに私に微笑みかける。

「前にクーフさんと一緒に拾った氷水晶、あれ浄化が終わって、きれいになったんです。少しは旅のお金になりますか?」

「もちろん。ああ、じゃあリタ、私のもあげるから、売ってきてもらえるかな」

 そういって私は懐に入れていた小さな袋を少女に手渡す。

「あれ、随分いろいろ入ってますよ?」

 袋を覗きながら言う少女に、私は微笑んで返す。

「他にも売れそうなものは時折拾っているからね。それもついでに頼むよ」

 その時、応接室の扉が開いて司令官が部屋に入ってきた。

「おう! みんな、おはよう。クーフ、準備は出来たか? 間もなく港へ向かうぞ」

 その言葉に私は立ち上がって頷いた。それを見て、ダジトは片手を上げて笑った。

「じゃ、クーフさんいってらっしゃい」

「買い物はまかせてくださいな」

「早く帰ってきてくださいね」

 扉を締める直前、そう言って微笑むリタに、私は軽く手を振ってみせた。司令官に続いて部屋を出た途端だった。

「早く帰ってきて……か。そういってくれる人を、ずっと傍に置いていてもいいんじゃないか」

 ガトンナフさんが唐突にそんなことを言うので、私は不意をつかれて言葉に詰まる。

「……なるべく早く帰ることにしましょう、ガトンナフさん」

 仕方なく口をついた言葉が、本当に必要に迫られることになるとは……この時の私が知る由もなかった。




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