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言霊使いと秘石の巫女  作者: Curono
1章 盗まれた古の秘石

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囚われの少女

*****

 青年と水色の少女は、静かに通路を歩いていた。水色の少女は、男に腕にぴったりと体を寄せ、甘えるような仕草でその腕を撫でていた。しばらく行くと通路の壁に不思議な細工がしてある場所に到着し、そこで少女は立ち止まった。スランシャがそれに触れると、壁は静かに開いた。どうやら魔法の仕組みが働いているらしい。

「ここが神殿への近道ですの。どうぞ」

 水色の少女は艶のある笑みで青年を見上げ、静かに手をとる。その動作は美しく、男性であれば誰もが心奪われる仕草だろう。帽子の青年はわずかに微笑んで、水色の少女の手に従う。少女に導かれるように、壁にあいた不思議な穴を通り抜けた。すると背後で静かに壁がまた浮かび上がった。

「なるほど、あなたにしか反応しない扉なんですね」

 クーフが感心したように言うと、水色の女性は目を細めて笑う。

「ええ、あの石を守護するものにしか、開かない道なのです」

 薄暗い道を通る途中も、水色の少女は青年の腕に体を寄せて離れない。距離の近さからか、クーフの嗅覚を女性の放つ甘い香りがくすぐる。

「スランシャさん、何か香水でもお付けになってますか?」

 クーフが隣の少女に問うと、スランシャはまたも艶のある唇を動かして微笑んだ。

「いいえ、なにも……ワタクシの香りじゃないかしら……。お気に召さない?」

 迫るような口ぶりで言う少女に、青年は軽く微笑んで返す。

「いいえ、そういうわけではありませんが……」

 その答えに、少女は満足げに微笑んだ。

 しばらく行くと、白く開けた場所に出た。白い石畳が円形状にひろがり、その先に祠がある。そう、リタが居たサロフェの町で見たことがあるあの祠だ。白い石畳を囲う様に立つ柱の天辺には、魔法で光る不思議な珠があり、それがこの神殿を明るく照らしていた。屋敷の中にあるこの神殿には空がない。おそらく建物の奥深い場所にあるのだろう。この柱がライトの役割を担っているのだ。

 二人はその白い石畳の上を歩き、祠の前で立ち止まった。祠の形はリタの町のそれとは違い、随分ときれいに形が残っていた。

 しかし何よりも大きく違うのは、その祠の中で水色に輝く石がまだ光っていることだ。石は不思議に歪んだ雫の形をしており、その中心に水色に輝く丸い力があった。それを取り巻くように金色の光が雫型をして輝いている。

「なるほど、これが光の石ですか……。実物は初めて見ました」

 その美しさに感心するようにクーフが言葉を漏らすと、その唇に水色の手が伸びる。静かにその唇を押さえると、少女が彼の胸にもたれるようなに体を預け、ゆっくりとその顔を見上げる。その仕草はとても艶かしい。

「どうしました? スランシャさん……」

 男は優しく微笑んで、両手で少女の両腕を取り体を離す。腕を優しく捕らわれて、少女はその腕に甘えるように頭を寄せる。

「ねえ、クーフさん……。あなたなら、きっと今のこの結界の状態がわかると思うの……」

 少女の言葉に、青年は静かに祠の周りを見る。

 祠の周りには透明なガラスのような壁が光っているように見えた。キラキラと何かを反射して、時折光るそれは、明らかに祠を守護する結界だ。しかしその光の壁にはいくつかひびがあり、なんとかその形を守っているように見えた。

「大分……ひび割れていますね……。これは何者かに攻撃されたのですか?」

 静かにクーフが問うと、水色の少女はふわりと空中に浮かび上がった。明らかに何か術を発動したのだろう。浮かんだ途端、彼女を取り巻く魔力の質が変わる。どこか怪しく紫に光る魔力が体から溢れだす。その魔力で体を浮かせているのだろう。

 少女は浮かんだ状態のまま腕を青年の首に回し、甘い吐息を吐きながら言葉を続ける。

「そう……ワタクシがこの結界を壊そうとしているの……」

「……あなたが?」

 少女の言葉に、何故かクーフは動揺することなく、優しく質問を投げかける。その質問に、少女は満足そうに微笑んだ。そしてそのままぐっと顔を近づけて、その手のひらで男の頬を包むようにして言葉を続ける。口から漏れる吐息は優しく青年の頬をなでる。

「そう……。石の守護役が作った結界が強すぎて……今のワタクシには壊せないの……。ワタクシには、この石が必要なの……。だからお願い、クーフ……。ワタクシのために、この結界を破壊して……」

 そういって、その唇が彼の唇に触れそうなほど顔を寄せると、それが触れる直前にクーフの唇が動く。

「……わかりました、スランシャさん……。あなたの頼みです。叶えてみせましょう」

 その答えに、スランシャと呼ばれた少女は腕を放し満足げに微笑んだ。クーフの元から離れたその体は、まだ空中に浮かんでいたが、そのまま指を結界に突きつけて、微笑んだ。

「頼もしいわ……クーフ……。ワタクシのために、どうかお願いよ……」

 クーフは静かに瞳を閉じ、呪文の暗誦を始めた。

 その時だ。

 唐突に二人の背後から黒い渦が生まれ、空間が歪み始めた。空間がまるで水面のように揺れると、まるでその中心から吐き出されるかのように、黒い服装の男が現れた。銀髪の髪、浅黒い肌、そして赤い瞳――アニムスだ。

 アニムスの姿を確認し、空中に浮かんでいた水色の少女が口の端をゆがめて笑った。

「あら、アニムス。早かったわね」

 名を呼ばれた男は不機嫌そうに少女を見つめ、その隣の男を見て苦い表情をする。呪文の暗誦をしている男をあごで指しながら口を開いた。

「アニマ、ワタシの居ない間に何してるんだ? コイツ、たしか光・炎の石の守護役を助けた邪魔者だぞ」

 その言葉に、少女は艶っぽく微笑んで、隣の男にもたれるようにして囁く。

「ワタクシだけでは結界を破壊できないんですもの。この方に手伝ってもらっているのよ。素敵な方でしょう?」

「フン……ちゃんと術に掛かっているんだろうな?」

 女の言葉に、アニムスは冷たく言い返すと、少女は口の端をゆがめ妖しく微笑む。

「もちろんよ……。ワタクシの感触と香りに、もう精神は侵されているもの……。ホラ、ごらんのとおり、結界を破壊する術を発動してくれているもの」

 その言葉にアニムスは深くため息をついてきびすを返す。それを見て女は口を開いた。

「あら、石を手に入れるところまで確認していかないの?」

「ああ、遠慮しておく。大体、お前その男が気に入ったなら、そのまま食い物にする気だろ。頼むからそのスランシャとかいう娘の体は解放してからにしてくれよ。その娘はワタシのお気に入りだからな」

 そこまで言うと、アニムスは水面のように揺れている空間に触れながら振り返る。

「ちゃんと石を手に入れたら報告しろ。ワタシは次の石の場所を探す。シャドウ様があれこれ手を尽くしてくださっていることを忘れるなよ」

「ハイハーイ、アンタに言われなくてもちゃんと報告するわよ」

 機嫌悪そうに少女が顔を歪めて返すと、銀髪の男は鼻で笑ってその空間の水面に消えていった。

 その様子を確認して、水色の少女が深くため息をつくと、ちょうどクーフの呪文の暗誦が終わったところだった。

 その様子に満足げに少女は微笑むと、また浮かんだ体でそのまま彼の首に腕を回し、甘く囁く。

「準備が出来たのね……。さあ、お願いよ……」

 少女の囁きに、青年は優しく少女を見つめて微笑んだ。そして一歩前に踏み出して大きく息を吸うと、呪文を発した。

「ボゥ……スランシャ!」

 言葉とともに、何かが砕け落ちる音がした。と、同時に、甲高い女の声がこだました。しかしひびの入った祠を守る結界は何も変化がない。

 想定外だったのは、少女の方だった。

 空中に浮かんでいた少女の体から、黒い鎖のようなものがパラパラと落ち始めた。もちろん本物の鎖ではない。魔法で作られた、少女の精神を縛り付けていた鎖だ。

 黒い鎖がボロボロと落ちた次の瞬間、水色の少女の体がするりと下に落ちる。それを受け止めるようにクーフが腕を伸ばすと、その両腕に崩れるように水色の少女、スランシャが落ちてきた。そしてその少女が先ほどまで浮かんでいた空中に残っていたもの――

 片方だけが長い黒髪をした、肌の白い妖艶な女性だった。

 体をまとう白い服、青い瞳、身につけたピアス――。全てがアニムスと正反対の姿をしていた。

 水色の少女がその体から離れた途端、妖しい魔力が一気に放たれた。少女の中でうごめいて彼女を縛り付けていた魔力が解放されたのだろう。放たれた魔力が一気に屋敷内に充満する様子を感じ取りクーフは顔をしかめた。誘惑の効果があるこの魔力に、屋敷の住人が毒されないといいが……。

 そう思っている青年の前で、苦しそうに体を震わせながら、激しい息遣いで女は青年を睨んでいた。この展開はまったく予想していなかったのだろう。激しい憎悪の表情を向けて怒りのこもった声で叫ぶ。

「なんてこと……! あなた、ワタクシの術に掛かっていなかったのね……!」

 先程までのスランシャの声とはまるで違う。女性らしい色気ある息遣いを残しつつも、憎悪をむき出しに叫ぶ女は、ひどく意地の悪い声色をしていた。

 その言葉に、帽子の男――クーフは、にこりともせずに唇を動かした。

「生憎、精神侵略系の魔法には抵抗がありますから。それに、あなたのヘタな演技ならすぐに気がつきますよ」

 そういってクーフは、両手に抱きかかえた水色の少女を優しく床に寝かせて構えを取る。


 そう、青年が少女の正体に気がついたのは、少女が客間に現れてすぐだ。その少女の体から発せられる音が不自然であること、そしてその体から感じる音は、以前カトの町で感じた石を盗んだと思われる人物の音であることも、全て顔を見合わせたあの瞬間から見抜かれていたというわけだ。

「も、もしや、あの時結界を作って見せた、あの術の時に……」

「ええ、あの時、既にスランシャさんを捕らえている鎖に亀裂を入れていましたよ」

 アニマの言葉に淡々と、しかし厳しい響きを持ってクーフは答える。

「アニムスの片割れ、アニマ、と言いましたね。光の石を返してもらいましょうか」

 その言葉に、黒髪の妖艶な女性は口の端をゆがめて笑う。

「フフ、怒った顔もまた素敵ね……。でもいいのかしら? まだワタクシの術から解放されていない少女がいるのに、そんなことできるかしら?」

 その言葉に、クーフが一瞬眉をぴくりと動かすと、足元に寝かせた少女が、苦しそうに呻きだした。そこからは、黒髪の女性と同じ魔力が放たれている。長らくこの女が少女に入っていたからだろう。まだ暴きの術だけでは、彼女の魔力から解放し切れなかったのだ。

「無駄だ、今のあなたの力では、この少女を操ることはできない」

 冷静にクーフが言うと、女は冷たく微笑んだ。

「あら、操ることは出来なくても、殺すことは出来るのよ」

 そういって黒髪の女性が片手に力を込めると、横たわる少女が苦しそうに痙攣を始めた。

「……う……ぁああああ…………っ!」

「くっ!」

 思わずクーフがその両手を構えようとすると、目の前の女がそれを制す。

「怪しい動きをしないで頂戴。少しでもおかしな真似をしたら、この子の心臓を握りつぶすわよ」

 どうやら彼女の体に残っている魔力を操って、体の内部に攻撃を仕掛けているらしい。青年は険しい表情のまま女を睨み、動きを止める。

「……ふふ、聞き分けがいいわね。さあ、そんな構えを解いて、すぐ私のところに来て……」

 妖艶に微笑む女性を睨んだまま、クーフが一歩、歩み寄った。その様子に女が満足そうに微笑むが……。

 しかしすぐに止まってしまう。

 思わず女が次の句をつむごうとした直後だった。

『……降臨!天炎!!』

 突然、神殿内に男の声が響いたかと思うと、激しい光の炎が天井から降り注いだ。突然のことで、反応が鈍った女の隙をついて、青年は足元の少女を抱きかかえて後方に飛び上がる。

「くっ! 忌々しい!」

 アニマがクーフの動きに気がついた時には、既に時遅し。女の頭上に現れた炎の形をした光はまるで隕石の用に降り注ぐ。アニマは自分に降りかかる光の炎をよけるだけで精一杯だった。

「スランシャ!」

 男の声が響いて、足音とともに、一人の少年が姿を現した……。

 ダジトだ。

 クーフや体をのっとられたスランシャが来た方向とは違った方向から入ってきたところを見ると、正規の道順で着たらしい。

 クーフの元に走り寄ってきた少年は、ぐったりしている水色の少女を見て唇を噛む。

「スランシャ……!くそっ……オレがすぐに気がつかなかったばっかりに……悪い……」

「今は後悔している場合ではない。ダジト、アイツが彼女をのっとっていた犯人だ」

 クーフは水色の少女をゆっくりと床に寝かせながら声をかける。




*****

 私が到着したのはその時だった。スランシャさんの気配を感じた途端、一気に全力で駆け出したダジトさんに追いつけず、私は一足遅れてその神殿に入った。

 神殿に入ってすぐの入り口で、倒れているスランシャさんを見つけた。最初に見たときとは違って、その体から溢れるように邪悪な魔力が染み出している。私はすぐに浄化の魔法を発動する。

『降臨……月精……!』

 その途端だ。

「あああ、このガキ共が! こんなところで邪魔者が入るなんて!!」

 私たちの目の前で、苛立ちげな声が響いた。

 私は声の方向に目をやる。初めて見る人だ。黒髪に白い肌、青い瞳――まるであのアニムスの逆のような風貌だ。でも放っている魔力は、確かにクーフさんの言うとおり、何故か似通って感じた。

「アンタがスランシャを操ってたのか……! 石を盗むだけでも許せねぇのに……覚悟しろ!」

 激しく睨みつけて、構えるダジトさんを見て、黒髪の女性は舌打ちする。

「人質を奪われた上、相手が三人じゃ、分が悪いわね……」

 そういって、女の人の周りが怪しく歪みだす。あれはアニムスと同じ……空間の転送魔法?

 いち早く気がついたクーフさんが、すばやく呪文を暗誦して、その手から術を放つ。私も始めてみる黒い波動の術だった。その手から放たれた魔法は、女性に当たるか当たらないかの瀬戸際だった。空間の揺らぎとともに女性は消えたが、その揺らぎに放たれた波動は飲み込まれたように見えた。果たして術は当たったのだろうか……?

 女性が消えると同時に、屋敷全体に充満していた怪しげな魔力がうっすらと消えていく……。どうやら、この場から本当に消え去ったようだ。

「クーフさん……あの人は……?」

 私がそっと問うと、クーフさんはうつむいて息を吐く。

「アニマ……と言っていたよ……。やはりアニムスと同じ、石を狙う人物だ。それより」

と、クーフさんは後ろを振り向いた。そこにはスランシャさんを抱きかかえたダジトさんが心配そうに彼女の顔を覗いていた。

「はやく彼女の手当てをしないとね」

 私たちは気を失っているスランシャさんを連れて、神殿を後にした。






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