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言霊使いと秘石の巫女  作者: Curono
1章 盗まれた古の秘石
17/131

虎穴に入らずんば

「さてと」

 スランシャさんとクーフさんが出て行ったのを見て、ダジトさんは大きく息を吸った。

「すす、すいません……ダジト様……。なんだかスランシャ様、本当に最近機嫌が悪いみたいでして……」

と、残された執事のおじいさんが何故か代わりに謝る。その様子に、おもわずダジトさんが吹き出して笑う。

「なんでじっちゃんが謝るんだよ。それより、じっちゃん。スランシャはいつからあんな調子なんだよ?」

 ダジトさんの問いに、おじいさんは少し頭を上げて、遠い目(のような眉の動き)をして考え込む。

「はて……いつからだったですかねぇ……。神殿にこもる様になってから、機嫌が悪くなっておる気がしますから……三日前くらいでしょうかのう……」

「三日前か……。てことは、昨日、一昨日、その前……オレが襲われた次の日……ってことか……」

 おじいさんの言葉にダジトさんはあごに手をやりながら逆算する。

「ね、ねえ、ダジトさん。一日で、この町までいけるものなの?」

 私が小声で問うと、ダジトさんは難しい顔をして目を細める。

「あの抜け道を使わずに行ったとしたら、どう考えても二日は掛かる……。それをもし一日で行ったとしたら……かなりの術者だな……」

「あ、あのう……ところで、ダジト様はどうなさるんですか……?」

 私たちの会話をさえぎるように、おずおずとおじいさんが会話に割ってはいる。その言葉にダジトさんは、ああ、と答えて立ち上がった。

「そうだ、じっちゃん、ちょっと屋敷の中、散策してもいいか? さっき言ってた盗人が入れないかどうか、ちゃんと確認したいしさ」

 その言葉に、おじいさんは快く承諾してくれた。ダジトさんって、本当にこの屋敷の人たちからの信頼が厚いんだなぁ。

 ついてくる、と行ったおじいさんを説得して、ダジトさんと私は先ほどクーフさんとスランシャさんが出て行った扉を開けて、その先の廊下に出た。

「さてと、屋敷の中もいろいろ探させてもらおうか。アニムスの気配がないかどうか、探らないとな」

 そういって、ダジトさんは両手で一本の小さな枝切れを挟み込んだ。手のひらに乗り切るほどの小さな小枝は、ダジトさんの両手が放つ光に当てられて、手のひらで空中に浮かびあがった。ある特定の魔力を感知する、ダウジングのような追跡の魔法だ。この魔法は、まだ私には出来ない。思わず感心して覗き込むと、ダジトさんが口を開く。

「そーいや、リタはこの魔法つかえないのか?」

「うん、おばあちゃんに教えてもらったんだけど、全然……」

 その言葉に、意外にもダジトさんが優しく微笑んだ。ダジトさんもこんな表情するんだなぁ……なんて考えていると、予想外の言葉が返ってくる。

「実はオレも一年前まで使えなかったんだ」

「え? そうなんですか?」

 私の言葉に、ダジトさんはちょっとさびしそうに笑う。

「もともとスランシャが教えてくれたんだ。あいつ、かなり魔法の術には長けててさ。いっつも魔法の数では負けてたよ。偉そうに勝ち誇って笑うのがホントむかついてさ!」

 その表情が本当にむかついているのが伝わってきて、思わず私は笑ってしまう。

「でも、根はいいヤツなんだ。こんな屋敷に住んでるし、石の守護役だなんて、小さい頃から巫女の仕事に忙しいから……。友達もあんまりいないやつだけど、でもオレにとっては、大事な友達だからさ」

「スランシャさん……やっぱり、様子おかしいですか?」

 その言葉に、私が思わずうつむいて問いかけると、ダジトさんも口を閉じ、重々しい沈黙が続いた。






 スランシャさんの様子がおかしいことから、クーフさんが大胆な仮説を導き出したのは昨夜のことだ。今回もまた相部屋になってしまったのは不納得だったが、それでもクーフさんの寝顔を見れるのはやっぱり嬉しい……。って、それはさておき、また部屋にこもって私たちは話し込んでいた。クーフさんが真ん中のベッドで、左に私が、右にダジトさんが、クーフさんの方向を向いて座っていた。

「ダジトの左手に残っている魔法……かすかだけど、かなり強力な術の残りだと思う」

 最初にクーフさんはそう口を開いた。音……たしか、クーフさんと最初に泊まった町、カトの宿で感じたっていっていたあの話だ。クーフさんはエンリン術によって、力の強いものが放つ音が聞こえるっていっていた。恐らく残り音、というのはそれの一つなのだろう。私はすぐに納得がいくが、何も知らないダジトさんは首をかしげる。

「残り……? なにそれ?」

「魔力が発する音なんだ。強い力を持つものは、たとえその場にいなくとも、そこにあった形跡を残す。それこそ、香りのようにね」

 クーフさんの説明に、半分納得いったような腑に落ちないような表情でダジトさんは頷く。でも話は気になるのだろう。そのまま身を乗り出して話の続きを促す。

「で、それがオレの手に残っていたと……?」

「そう……かなり強い術だ。何かを押さえ込もうとする封印の術だと思う。そして、その術を施している人物の気配なんだが……実はこの人物に心当たりがある」

 クーフさんの言葉に、私だけでなくダジトさんも身を乗り出して、真ん中のベッドに座っているクーフさんを見つめる。

「だ、誰なんだ? もしかして……アニムス?」

 ダジトさんの言葉に、クーフさんは首をふる。その様子にダジトさんは気が抜けたような表情をする。

 しかしクーフさんの表情は重い。私ははっとして小声で囁く。

「もしかして……アニムスではなくて……もう一人の方……?」

 私の予感は的中した。クーフさんは静かに私の方を向いて頷いた。

「恐らく、リタの光の石を盗んだと思われる女性の方だと思う。アニムスにもよく似た音だったから……多分間違いないと思う」

 ということは……結局、スランシャさんにも、やつらの手が伸びていたことになる。私は事の重大さに思わず唇をかむ。

 イマイチつかめていないのはダジトさんだ。

「どういうことなんだ? アニムスの片割れ? そんなやつがいるのか?」

「ああ、おそらく、リタが守護していた石を奪った人物だろう。光の石を狙う人物は恐らく三人いる。アニムスと、それとよく似た女性、そして、恐らく子供が一人……」

 クーフさんはそういって目線を落とす。その表情が厳しいのを見て、私も思わず緊張が走る。初めてその三人のことを聞いたダジトさんは唇をかんでうつむく。

「アニムスだけじゃなかったのか……。あんなに強い術を使うヤツが少なくともあと一人いるんだな……」

 クーフさんはそこで顔を上げて、話を続ける。

「で、ここからは私の推測なんだが……。恐らく、スランシャさんは、体をのっとられているか操られているかしているのだと思う」

 あまりに唐突な発言に、私もダジトさんもあっけにとられて顔を上げる。

「体を……のっとられてる?」

「……か、操られているだって!?」

 思わずダジトさんが立ち上がる。

「そんなバカな! アイツはオレ以上に魔法の力が強いんだ。ましてやそういう補助的な魔法に弱いわけがない! ……けど……」

 そこまで言って、ダジトさんはうなだれた。

「……確かにあまりに急に変わりすぎだよな……。確かに……それなら納得がいく……」

 うなだれるダジトさんを見て、クーフさんが苦々しく声をかける。

「ダジトがそう思う気持ちはよく分かる。でも、感じた術が封印の音だったことが一番私は引っかかっているんだ。可能性の問題だから、他の可能性もあるけど、でも、探ってみるだけの価値はあるだろう?」

 その言葉に、私は深く頷いた。

「でも、どうやってそれを探るんですか?」

 私の問いに、クーフさんは微笑んで答えた。

「そうだな……。一番手っ取り早いのは、直接本人に聞くことじゃないかな」

「……どうやって?」

 私が疑問に思って問うと、クーフさんは微笑んだまま答えなかった。

 でも私には一つの考えが浮かんだ。そうだ、クーフさんなら、直接会えば、その心音こころねを聞く力で、アニムスの片割れかどうかなんて、分かってしまうのだろう。何しろ一度聞いたことのある音なら、今回のように見分けることが出来るんだから。私は始めてエンリン術について教えてもらった宿での話を思い出して確信した。

 クーフさんはその笑顔のまま自分の帽子を回し、独り言のように呟いた。

「とりあえず、明日は三人であの屋敷に行ってみよう。ダジトが、光の石を狙う人物を教えに来た、とでも言えば、向こうはここぞとばかりに迎え入れるだろう。何しろ、邪魔者がわざわざ懐に飛び込んでくるわけだからね」

「なるほど、その敵の裏をかくわけか……。いいぜ、オレその話のった!」






 私は昨日の話を思い出しながら歩いていた。昔からスランシャさんを知るダジトさんが、様子がおかしい、というのなら、体をのっとられているか操られている可能性が高い。

 しばらく二人の足音だけが続いたが、静かにダジトさんが口を開いて、私の質問に対して沈黙を破った。

「おかしい……と思う。スランシャ、確かに意地悪な発言もするけど、あんなに人を小ばかにした態度を取るようなやつじゃない。それに」

と、急に顔を上げて力強く言う。

「あんな大胆に男に迫れる女じゃない!」

 その発言に思わず私は吹き出して、笑い出してしまった。

「な、何でそんなに笑うんだよ……」

 弾かれたように笑い出した私に、ダジトさんが面食らって問いかけてくる。私は涙目になった片目を指でぬぐいながら答える。

「あはは、だって……ふふふっ……。スランシャさんのこと、ホントによく知ってるんだなぁと思って……。それにそこだけ自信たっぷりに言うもんだから……あはははは」

 私に思い切り笑われて、居心地悪そうにダジトさんが頭をかく。私の笑いを止めるように、ダジトさんは私に向き直って口調強めに口を開いた。

「そ、そーゆーリタだって! クーフさんにくっついたスランシャ見て、めちゃくちゃ動揺してたじゃないかよ」

 思いっきり図星なことを言われて、私は笑いが止まってしまって息をのむ。全く話題は違うのだが、あまりに図星だったので言い返すことを忘れてしまった。

 ……そ、そんなに分かりやすかったかな?

 ちょっと顔が赤くなっているのを感じながら、私はそっぽを向いて答える。

「そ、そんなことないよ……」

「そーかぁ? なんか思いっきりオレに八つ当たりしたように見えたけど」

と、ダジトさんが意地悪い目をして私の顔を覗き込む。図星なだけに悔しくて、私は思いっきり顔をそむけてさっさと歩き出す。

「そ、そんなことより、アニムスとやらの気配も探さなきゃ! それにクーフさんの方でもなにか動きがあれば連絡あるんですよね? それに向けて、屋敷の中の様子を探って、準備しておかないと!」

 話題を変えて歩き出す私の背後で、足音が止まり、ダジトさんが立ち止まっているのを感じた。私も思わず歩みを止める。

「……どうしたんですか?」

 動かないダジトさんを見て、私は思わず引き返す。

 何か気配でも反応があったのだろうか? そう思って彼の顔を覗き込もうとすると、ふいにダジトさんが真面目な表情で私を見た。急に真剣な表情をするものだから、思わず私もはっとする。

「ダジトさん……?」

「リタ……ってさ……。その……クーフさんのこと好きなんだろ?」

 思わず私は息が止まる。

 唐突に、なんて率直に聞くんだろう。予想を全くしていなかっただけに、彼の質問をごまかすことが出来ずに、私は思わずうつむいてしまう。すごく顔が熱いから、きっとすごく赤くなってるに違いない。

「……ま、見てりゃわかるけどな」

 何も言えずにいる私に、軽くため息をついてダジトさんが呟く声が頭上から聞こえた。

「……そ、そんなに分かりやすいですか……」

 ごまかしようがなくて、うつむいて思わず小声で言う私に、ダジトさんはため息混じりに答える。

「うん、めちゃくちゃ分かりやすい」

 きっぱり言い切られて、私はますます顔が熱くなっているのを感じた。心音が聞こえるクーフさんなら知られても仕方ないと思うけど、まさかダジトさんにまで知られているなんて……。私は、分かりやすすぎる自分の行動をちょっと恨んだ。

 ふいにダジトさんが私を追い抜いてゆっくり歩き出した。それを横目で確認して、慌てて私はそれを追う。ダジトさんは無言のままだ。

 しばらく無言のまま足音が続いたが、その沈黙は長くなかった。

「告白、しないの?」

 またしても唐突に、背後の私に無表情な声でダジトさんが問う。両手を前に出しているところから見て、術を使いながら歩いているのだろう。私はその後ろを歩きながらうつむいていた。顔が見えないまま会話できるのが唯一ありがたかった。

「告白……したよ、もう……」

 小さく呟いた自分の胸が痛い。あの時のことを思い出すと苦しくなる。

「したんだ……。すげーな……」

 なぜか感心したようにダジトさんの声が聞こえた。一瞬間を空けて、続けて質問が来た。

「……もしかして……ふられたの?」

 その言葉に胸が苦しくなるが、唇をかんで息を吸い、何とか答えた。

「……今は、駄目だって、言われた」

 しばらく考えないようにしていたのに、どうしてこんなこと聞くんだろう。なんだか私は心がもやもやして悲しくなった。あのときのクーフさんは、私の告白をどう受け止めていたんだろう。子供の私を傷つけないように、気を遣ってくれていたんだろうか。

 それとも……

 と、ちょっとだけ淡い期待が浮かぶ。

 本当に、「今は」答えられないだけなんだろうか。本当に二年後には、返事を聞かせてくれるんだろうか。「二年後の君次第」と言っていた、クーフさんの優しい笑顔を思い出して、私は思わず瞳をぎゅっと閉じる。

 あの時、わざわざ小指に……口付けをしてくれたのは、もしかしたら、本当に本当の約束だったんじゃないだろうか……。

「……うわっ」

 私は何かにぶつかってよろめいた。目を開ければ、前方を歩いていたダジトさんが立ち止まっていた。ああ、目を閉じて歩いていたりしたから、急に立ち止まられて、ぶつかってしまったんだ。私はぶつけたおでこを触りながら、ダジトさんの横に移動する。

「ど、どうしたんですか、急に立ち止まるから……」

 ダジトさんの顔を見上げようとした瞬間だった。私の頬に大きな手が触れて、そっと上を向かせて止まった。確認しなくても分かる。ダジトさんの手だ。顔をあげれば、真剣な表情をしたダジトさんが私を見つめていた。

 きれいなオレンジ色の瞳に射られて、急に私は鼓動が高まる。あんまり真面目に見つめるものだから、内心焦って視線を外そうかと思った矢先だった。

「リタさ……オレじゃ駄目か?」

「……へ?」

 あまりに突拍子のない言葉に、私は間抜けに聞き返してしまった。

 え、今のはどういう意味……?

 頭が混乱して私は考えをまとめるのに必死だった。

「え、え、え?……その……」

 ちょっと待って。クーフさんの話をしていた訳でしょ……。私が、クーフさんに告白したって話をしたときに、この話題の振りでしょ……。

 ――え、ということは……もしかして……?

 私が必死にあれこれ思考していると、急にダジトさんが笑って手を放した。

「ま、急な話じゃ困るよな。ま、オレはいつでもいいからさ」

 そういって、ダジトさんは急に方向を変えて、さらに先へと進んでいってしまった。

 

……い、一体なんだったんだろう……。


 そう思って混乱した考えをまとめようと頭を抱えた直後だった。急に気配が変わって、私ははっとする。それはダジトさんも同じだったようだ。何かが変わったわけではない。ただ、この空間が一気に何かに浸食されたような……そんな感覚だったのだ。

「何か……ありましたね……!」

 私の言葉に、ダジトさんは片手に乗った光る木の枝を見る。反応はない。どうやらアニムスではないらしい。だとしたらコレは一体……?

 私が緊張した面持ちで枝を睨んでいると、ダジトさんは急に枝にかけた魔法を解除し、新しく術をやり直す。

「え、どうしたんですか!?」

 私の問いに、ダジトさんは術を施す手を止めずに答える。

「この波動……アニムスに似ている……。もしかすると、クーフさんが言ってた、アニムスの片割れの波動じゃないか?」

 その言葉に、私ははっとする。

「もしかして、クーフさんが言っていた……スランシャさんに術をかけているかもしれないっていう……女の人の方?」

 だとしたら、急にこの屋敷を侵食する程の魔力を発揮したということなのだろうか。だとしたらスランシャさんは……それにクーフさんは……!

「ダジトさん、もしかしたらスランシャさんやクーフさんに何かあったのかも!」

 私が緊迫した表情で言うと、ダジトさんも厳しい表情で頷いた。

「これでこの魔力を放っている場所まで案内してくれるはずだ! 急ごう!」

 私とダジトさんは、追跡の魔法の矢印に従って走り出した。






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