幼馴染
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クーフさんから「守り者」をもらって、私はものすごく幸せな気分で帰り道についた。だって好きな人からの贈り物、その上この「守り者」だ。きっとクーフさんは知らないのだろうけど、この「守り者」は、この北方大陸では伝統物で特別な意味があるものだ。形だけでもいい。気持ちがなくてもいい。こうやって贈り返されたのだから、絶対大事にしよう!
そんなウキウキ気分で、私はクーフさんと宿に戻った。到着すれば案の定、ダジトさんが待っていた。でも、そのウキウキ気分から一気に現実に引き戻されるくらい、ダジトさんの空気は重かった。宿の玄関にある椅子に座り、うつむいている。……なんだか様子がおかしい。
「ダジト……どうしたんだろう」
「様子がおかしいですね……」
私はクーフさんと並んで、ダジトさんの元に歩み寄った。
「おかえり、ダジト。ごめんよ、ちょっと町を散策してた」
ダジトさんの前に立って、クーフさんが口を開くと、そこではじめて私たちに気がついたらしいダジトさんが頭を上げた。
「あ、ああ、クーフさん……リタ……。町、見てたのか」
「どうしたんですか? なんだか元気がないみたい……」
私はダジトさんの顔を覗き込むようにして言った。私の顔を見て、ダジトさんはまたうつむく。落ち込んでいるというわけではないけれど、なんだか真剣に悩んでいるような、そんな表情だ。
「スランシャに会ってきたんだ……。まだ石は無事みたいだ」
その言葉に、私も、クーフさんもほっとため息をつく。
「……その割に、随分浮かない表情だね。何かあったのかい?」
クーフさんが、ダジトさんの左隣に腰掛けて問う。つられて私もダジトさんの右隣に座り、二人で彼を挟むような形になる。
ダジトさんは唇を一瞬かんで、言葉を続けた。
「いや、石とは関係ないんだけどさ……スランシャの様子がなんか気になって……。アイツ、基本的に素直じゃなくてさ。ちょっと天邪鬼なところがあるんだけど、それにしたって様子がおかしいっていうか……」
幼馴染を心配する様子に、クーフさんと私は目を合わせる。確かに石とは関係なさそうだけど、どうもただ事ではなさそうだ。
でも、これを私たちに話すのも関係ないと思ったのか、ダジトさんは急に大きく息を吸って作り笑いをして頭を上げた。
「わりぃ!ごめん!やっぱなんでもない。よく考えりゃ、オレ個人の問題だしな、石とは関係ないし、忘れてくれ」
その言葉に、思わず私は彼の腕を掴んで口を開いた。
「そんな、ダジトさん、詳しく聞かせてください。なにか助けになれるかも……」
「いや、大丈夫だって。ははは」
私の言葉に、ダジトさんは豪快に笑い飛ばそうとするが、声の感じにやはり元気がない。その笑い声が消えないうちに、クーフさんが口を開いた。その声は優しくも、どこか重い響きのある声だった。
「そうでもないよ、ダジト。スランシャさんは君達と同じ、光の石の守護役だろう? もし、彼女の身になにか起こっているとしたら、これはただ事じゃないはずだよ」
その言葉に、ダジトさんがはっとする。そしてまた軽くうつむいて頷いた。
「そっか……そういえばそうだな……」
「ね、ダジトさん。話してみてよ」
私はダジトさんが話しやすいように、出来る限り優しく笑ってみた。私の表情を見て、すこしだけ彼の表情がやわらぐ。それを見て私も内心ほっとした。
「……実はさ、スランシャって、基本的に久しぶりに会うと冷たいんだよ。ま、もともと恥ずかしがりってのもあると思うんだけど……。それにしたって、石が盗まれたオレが間抜けだのドジだの、暴言吐くような女じゃなかったからさ……。まるで別人みたいな態度とられて……ちょっとショックだったんだろな、オレ」
その言葉に、思わず私は小さく口を挟む。
「もしかして、スランシャさんのこと好きだから……?」
途端、ダジトさんのひじが私を小突く。
「なんでそーなるんだよっ! ちがうっての!」
「な、何もつつかなくたっていいじゃないですか……」
そんなやり取りを見て、向こうでクーフさんがまた顔をそむけている。
「……クーフさん、そこ、笑わない……」
「いや、失礼」
ダジトさんの突っ込みに、クーフさんが笑いをかみ殺したような声で応える。やっぱり笑われてた……。ちょっと恥ずかしい……。
「で、それよりも気になったのが、アイツ、なんか具合悪そうなんだよ」
ダジトさんがなんとか気を取り直して言葉を続ける。その発言に、クーフさんが首をかしげる。
「具合が悪そう……? どうして?」
「それがさ、アイツ、最初オレが居た客間に入ってきたとき、ふらついてたんだよ。で、とっさに腕伸ばしたら、なんかオレに訴えかけるような表情してて……。でもそう思ったら次の瞬間にはもう、あの冷たい態度なんだもん。訳わからないよ……」
そういって、ダジトさんは自分の左手をぼうっと眺める。
「だったらなんで、あんなに苦しそうな顔……してたんだ……」
その時、急にクーフさんがダジトさんの左手首を掴んだ。突然のことだったので、私も、なにより当の本人のダジトさんがびくっとする。
「うわぁ! な、なんだよ、びびった……」
「ダジト……この左手で何に触れた?」
急に緊迫した声色のクーフさんに、ダジトさんはたじろぐ。
「え、な、何に触れたって……うーん…………。あ、スランシャ……スランシャに触れたかな。よろめいた時に支えるのに左手で……」
そんなダジトさんの説明を受けながら、その左手のひらにクーフさんは自分の右手をかざす。何か術を発しているわけではない。――あの様子は――きっとなにかの音を聞いているんだ。私はエンリン術のことを思い出して確信を持つ。でも訳が分からないのはダジトさんだ。クーフさんの顔と右手を見比べながら、明らかに困惑した表情をしている。
「え、何? なんなの、コレ? オレの左手、なんかあった?」
手をかざすのをやめ、クーフさんの無言で顔をしかめるのを見て、私はそっと声をかける。
「手がかり……ありました?」
私の言葉に、クーフさんは目線だけを動かし私を見る。そして、しばらくダジトさんを見ていたが、観念したように深く息を吐いた。
「……大きな手がかりがあったよ。でも……」
と、そこでクーフさんが正面を向いてひざの上でひじを突いて、顔の前で手のひらを組む。その上に軽くあごを乗せ、クーフさんは一つ息をついた。
「リタ……ダジトにも、軽く説明しなくちゃいけない。私の術のこと……」
その言葉をなんとなく予感していた私は、小さく頷いて返した。ダジトさんだけ意味が分からず、私とクーフさんを交互に見て、首をかしげていた。
「これはちょっと作戦がいるかもね。はやく部屋に行こうか」
そんなダジトさんをさておいて、クーフさんは荷物を片手に立ち上がった。そして私たちは宿の部屋に向かった――
翌朝のことだ。私は宿の部屋で一人留守番をしていた。正確には留守番はダジトさんもだったけれど、彼は町をずっと走り回っていた。例のトンネルで亡くなった人のことや、いつこの町に現れるかもしれないアニムスに備えての行動のようだった。私は一人、ベッドに横になってため息をついた。このままだと眠くなってしまいそう。昨夜の作戦会議が結構遅くなってしまったから尚のことだ。
私は枕元においてある自分の鞄を見た。そこにはクーフさんによく似たちいさな人形が座っていて、私に微笑んでいる。思わず私はそれに手を伸ばす。
「クーフさん、まだかなぁ……」
私は人形を両手で抱きしめながら呟いた。
その時、静かに扉の開く音がして、クーフさんが部屋に入ってきた。私がベッドから飛び起きて走りよると、気がついたクーフさんは軽く微笑んで口を開く。
「クーフさん! おかえりなさい!」
「ただいま」
「……どうでした?」
「探してみたけど、大丈夫。どうやらアニムスの気配はないよ」
私の問いに、クーフさんは静かに答える。私はちょっとほっとして肩を落とす。しかしクーフさんの表情は少し曇っているように見えた。私が無言で見上げていると、それに気がついたのか、小声で囁いてくれた。
「ただ……あの屋敷の中までは分からない。少し屋敷の中にも入ってみたけど、よく分からないね……。他の術の音が大きすぎて」
「そうですか……いくらエンリン術でも、万能って訳にはいかないんですね……」
私の言葉にクーフさんがわずかに笑う。
「音が聞こえるからって、なんでも出来るわけじゃないよ。それは他の魔法と同じ。ただ使い方次第で可能性が広がってくる、それが『術』というものだろう?」
クーフさんの言葉に私は感心して頷く。その時、また扉が開いて、今度はダジトさんが入ってきた。
「あ、クーフさんも戻ってたか。よかった。オレの方もやること終わったぜ」
その言葉に、クーフさんは頷いて、私とダジトさんの目を見て言葉を続けた。
「昨日の作戦通りに、動いてみよう。ダジト、頼んだよ」
「任せとけって!」
私たちは、宿を出て、スランシャさんの屋敷に向かって歩き出した。
初めて屋敷を見る私にとって、それは予想以上の建物だった。とてもお家とは思えない。なにかのお城のような大きさだ。思わず見上げてため息がもれる。
そんな私の傍らで、ダジトさんが屋敷の黒い柵の扉を押して、中に入る。屋敷を囲む壁の一箇所だけ柵の扉になっていて、そこを通って屋敷に入るようだ。ダジトさんはさすが、昔からの幼馴染というだけあって、門番の人もお手伝いさんのようなメイドさんも、みんなにこやかに迎え入れてくれる。なんだかすごいお客さんになった気分だ。
「ダジト様、昨日もおいでくださったそうですね」
「スランシャ様はここ数日、巫女としてのお仕事がお忙しいみたいです。きっと遊びに来てくれたことを喜びますわ」
「お久しぶりです、ダジト様。今日はお友達もご一緒なんですね」
次から次へ、いろんな人が声をかけてくる。
「すごーい……なんだか、ダジトさんまですごい人みたい」
思わず私がそんなことを口にすると、ダジトさんは私の後頭部を軽く叩く。
「すごい人みたいってなんだよ。一応光の石の守護役だぞ。すごいんだよ」
「なにも叩かなくったって……。大体光の石の守護役なら、私だってそうだもん」
そんなやり取りをしながら、私たちは客間に通される。きっと昨日ダジトさんが言っていた客間のことだろう。すごく豪華なソファに腰掛けて、私は思わずドキドキしてしまう。
「どうしたの、リタ?……もしかして怖い?」
唐突に、隣に腰掛けたクーフさんがそんなことを言うので、わたしは思わず首を振る。
「そ、そんなことないです! ただ、あんまりすごいお屋敷だからドキドキしちゃって……」
きっと私の心音を聞いてそう思ったんだろう。クーフさんの能力って、必ずしも当たるわけじゃないんだなぁ、と改めて思う。それは日常会話と一緒なのだろう。
「何があっても、二人とも一人にはならないこと。用心してね」
小声でクーフさんが囁くと、私とダジトさんは小さく頷いた。その時、扉の開く音がして、白いおじいさんが部屋に入ってきた。白いといっても服装が白いのではなく、真っ白いきれいな体毛に覆われて白いのだ。動物系マテリアル族の人なのだろう。服装を見ると、どうやら執事さんのようだ。
そのおじいさんは、ダジトさんの姿を確認するや否や、嬉しそうに近づいてきた。
「のほほほほ……。昨日に続いて本日も……いやはや、ありがたいですなぁ」
「昨日はごめんな、じっちゃん。スランシャも忙しい時だったみたいで……」
ダジトさんがおじいさんの肩を叩きながら言うと、少々残念そうにおじいさんはため息をつく。
「そうなんですじゃ……。ここ最近、スランシャ様は巫女としての仕事に力を入れているようでしてな……。なかなか神殿の祠の前から離れんのですじゃ。昨日もせっかく来てくださったのに、スランシャ様の素っ気ない態度……じいからも詫びさせてくだされ」
と、おじいさんは深々と腰を折る。なんて優しいおじいちゃん!
「ところで、今日も会えないかな? 実は大事な話があったんだけど、昨日話せなかったからさ、今日はちゃんと話そうと思って……」
ダジトさんの言葉に、白いおじいさんは困ったようにうなだれる。
「先ほどもお呼びしたんですが、人に会う暇はない、とおっしゃっておりまして……。なかなか出てこないのです……」
「そこを何とか頼むよ、じっちゃん」
執事のおじいさんに、ダジトさんが何度もお願いするが、なかなかハイ、と言ってくれない。見かねて、クーフさんが口を開いた。
「では、こう伝えていただけませんか? 光の石を狙う人物に心当たりがある……その手がかりを伝えたくて来た、と……」
その言葉に、おじいさんは大きくため息をついて答えた。
「わかりました、一応伝えてみましょう。でもあまり期待なさらないでくだされ」
そういって、客間からおじいさんは出て行った。
「……大丈夫かな? スランシャさん……来るかな……」
私がこっそりクーフさんに耳打ちすると、彼は微笑んで出されたお茶をすすった。
「ま、一種の賭けだね。駄目なときは強行突破してみよう」
「強行って……」
私は心配で眉を寄せる。
「ま、屋敷の中は、オレ結構知ってるからさ。万が一のときはそれもありだよな」
と、ダジトさんまでのん気にお茶を飲みながら続ける。ダジトさんはともかく、クーフさんからも強行突破、なんて言葉が出るなんて……。なるべくそうならないことを祈りながら、私はため息をついてお茶のカップに手を伸ばした。
待つこと数分、といったところだろうか。思ったより早く客間の扉は開いた。見れば先ほどの執事のおじいさんに続いて、きれいな女の人が部屋に入ってきた。白い服装を身にまとっているけれど、水色のきれいな肌に青い髪、宝石のようなきれいな瞳……。まるで氷の精霊のような姿――ああ、クリスタイス族の人だ。初めて実物を見て、その美しさに思わずため息がこぼれる。
「はじめまして、旅の方。ワタクシはスランシャ。この光の石の神殿で守護役を務める巫女です」
そう言ってスランシャさんは、上品にお辞儀をする。その身のこなしもきれいで、私は思わず見とれる。私たちも立ち上がって頭を下げた。
「よぉ、スランシャ。昨日は忙しいところ、悪かったな」
そんな中、唯一ダジトさんだけが不機嫌極まりない声をかけると、スランシャさんは口の端をゆがめて微笑んで見せる。その表情は、なんだか高圧的だ。
「いいえ、まさかそこまでの情報を持っていると思わなかったから、ワタクシも冷たくして失礼したわ。ところでダジト、このお二人はどなた?」
スランシャさんはそういって、私たちの向かい合わせのソファに腰掛けて問う。ダジトさんもソファに座りながら私とクーフさんを紹介する。
「こっちがクーフさん、で、こっちがリタ。二人とも、オレを助けてくれた命の恩人だ」
その言葉に、スランシャさんはにこやかに微笑んで口を開く。
「こんな野蛮な男を助けてくれて感謝いたします。こんな男でも、一応、幼馴染なものですから」
「野蛮で悪かったな」
すかさずダジトさんの不機嫌な声が飛ぶ。
「ところで、光の石を狙う人物とは、一体どういうことですの?」
スランシャさんは身を乗り出して私たちの顔を覗き込む。その視線を受けながら、クーフさんが口を開いた。
「ダジトを助けたときに、出会った男がいたんです。ダジトが言うには、その男が光の石を盗んだと……」
その言葉に、スランシャさんの目が細くなる。あごに手を当てて、頷きながら、続きを催促する。今度はダジトさんが口を開く。
「その男、名をアニムス、と名乗っていた。銀髪に浅黒い肌をした、瞳の赤い男だ。そんな男、この町で最近見なかったか?」
「銀髪に……肌の黒い……瞳の赤い男性……? ……随分変わった風貌ね。見たこともないわ」
ダジトさんの言葉に、彼女は目線を落として考え込む。その様子に、ダジトさんは息を吐いて肩を落とす。
「いや、見てないなら逆にいいんだ。まだ着てないってことだろうからな。実はオレも町のやつらに聞いて回ったんだが、今のところそういう男は見つかっていないようだからな」
その言葉に、スランシャさんがうっすらと笑ったように見えた。
「とにかく、そういう男には注意してくれよ。おまえにまでひどい怪我、してほしくないからさ」
少し目線を落としてダジトさんが言うその言葉は、本心で思っているのだろう。なんだか悲しい響きがあるような気がした。私も思わず目線が落ちる。一つ息をついてスランシャさんは明るい声で返してきた。
「心配ありがとう、ダジト。でも大丈夫。ワタクシが守護する石は幾つもの結界が張ってあるもの。そう簡単に破られはしないわ」
うっすらと微笑んで目を細めるその表情は、とても自信ありげに見えた。私がその様子を見ていると、スランシャさんは颯爽と立ち上がって、一礼した。
「貴重な情報をありがとう。このことを知っているのは、どうやらあなたたちだけのようね」
「そうですね、ダジトから聞いて、私たちだけしか知りません」
スランシャさんの言葉に、クーフさんが真剣な表情で答える。それを見て、水色の女性は目を細めてまた微笑んだ。なんだか女性らしい色気のある微笑だ。
「そうでしたか……わざわざお知らせしてくれて助かりますわ。では、尚のことワタクシも、術を急がねばなりません。また神殿にこもります。それでは……」
と、後ろを向いて立ち去ろうとするところを、ダジトさんの声が呼び止める。
「その神殿、ちょっと見せてくれよ、久々に」
その言葉に、スランシャさんの動きが止まる。しばしの沈黙の後、振り向きもせずにスランシャさんが声を発した。
「何故……? 何故あなたに神殿を見せる必要があるの?」
「もちろん、結界の強さの確認さ。オレは一度、そのアニムスに自分の結界を破壊されている。オレが見れば、きっといい判断材料になると思うぜ」
その言葉にスランシャさんは沈黙し、一つため息をこぼした。
「術の途中だったのよ……。あまりそんなところを人に見られたくはないわ。まして、あなたには」
「なんだと!?」
売り言葉に買い言葉で、険悪になりそうな空気を、唐突にクーフさんが壊した。
「では、私が見てみましょうか?」
その名乗りに、ダジトさんも私も、スランシャさんも振り向いた。
「ええっ!? クーフさん、分かるのかよ?」
「そうよ、光の守護役でもない人に、分かるわけがないわ」
ダジトさんとスランシャさんが同時に抗議するのを片手で制し、クーフさんは涼しく微笑んで見せた。
「これでも結界造りと破りは得意なんです。なんでしたら、今その証拠をお見せしますよ」
そういって、クーフさんはその指で不思議な模様を空中に描いてみせる。クーフさんの指が動くたび、空気中に光る文字が現れてどんどん伸びていく。見たことのない文字だ。これもエンリン術の一つなんだろうか?
私がそう思ってあっけにとられているうちに、光る文字はくるくると円を描いて、スランシャさんの周りを円状に回りだした。光る文字に周囲を回られて、戸惑っているスランシャさんを無視して、それを確認したクーフさんは静かに呪文を唱える。
「ボゥ……シューフ」
途端、スランシャさんの周りに球状の不思議な膜が出来上がる。膜といってもほぼ透明で、時折うっすらと青白く光ることで、それが膜であると分かる程度だ。まるでシャボン玉のようなその膜からは、魔法を跳ね返す光があることを感じ取る。
――すごい! こんな術もあるんだ!
「これも一つの結界……。おそらく、この結界なら、外部からの侵入は出来ないと思いますよ。どうですか、スランシャさん。信用いただけましたか?」
優しく微笑むクーフさんに、スランシャさんはようやく満足げに微笑んだ。その笑みはとても私には真似できない、女性らしい表情だ。
「……この術を解いてくださる?」
クーフさんに近づいて、見上げながら水色の女性が言うと、クーフさんはその手で膜に触れる。すると一瞬で光の膜が消える。一体どんな仕組みになっているんだろう……。
なんて考えようとしたその時、いきなりスランシャさんが、両手をクーフさんの腕に回し、その体に寄り添った。突然の行動にあっけにとられてしまう。
「とても頼りになりそうな方……。あなたなら、神殿を見せても構いませんわ」
そういって、上目遣いでクーフさんを見つめるスランシャさんの動きが、なんだかあまりに女性らしくて、思わず目をそむける。
――な、な、なんで急にそんな態度になるの!?
ちらと横目でクーフさんを見ると、あれ、クーフさんってば全く動じてない……。優しい笑顔のまま、スランシャさんを見て、よかった、と帽子を直している。
「なんだよ、スランシャ。クーフさんならいいのかよ?」
またしても不機嫌極まりない声でダジトさんが野次を飛ばすと、流し目でスランシャさんは微笑んで答える。
「光の石を奪われるようなドジよりは、頼りになりそうだもの。それに」
と、スランシャさんはクーフさんの腕にぴったり体を寄せて頭を肩につけて続ける。
「クーフさん……でしたっけ? 背も高くて素敵な方だもの……気に入りましたわ」
その言葉に、思わず私の胸が焦りで熱くなる。
あああ、なんであんなにくっつくの! 私だってそんなにくっついたことないのに!
なんて、ひどく心がもやもやするけど、今はそれを我慢しないといけないのよね……。私はなるべく表情に出さないようにこらえて、両手を握る。
「それでは、クーフさん、案内いたしますわ。どうぞこちらへ……」
そういって、スランシャさんがクーフさんの手を引いて客間を出て行こうとする。それを見て、ダジトさんがまた口を挟む。
「じゃあ、オレは屋敷の中で勝手に待ってるから。どーぞごゆっくりー……いてっ」
ごゆっくり、されたら困る! 思わずダジトさんの足を踏みつける私に、彼が飛び跳ねる。
「リタ、何すんだよっ!」
「あ、あの、クーフさん!」
怒って食って掛かるダジトさんを無視して、私はクーフさんに声をかける。私の声に、クーフさんはちらと振り向いて、無言で軽くウインクして見せた。その表情は、まるで私に「心配ないよ」と訴えかけるような微笑みだった。そしてそのまま客室の扉は重く閉ざされ、客間には私とダジトさんと、執事のおじいさんだけが残されてしまった……。




