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言霊使いと秘石の巫女  作者: Curono
1章 盗まれた古の秘石
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つかの間の休息

 私が町を散策したのには訳があった。もちろん、町の美しさを堪能したかった気持ちがなかったこともないが、一番の目的は町のつくりを知っておくことだった。この町にアニムスが来る可能性は高い。だとすればどこから入り込み、どこかで石を狙ってくるはずだ。まして、ダジトと戦ったときに見せたあの転送魔法……。だとすれば、今はいなくとも、後から突然現れる可能性も高い。そのためにある程度町を知っておいたほうがいいだろうと考えたのだ。

 尤も、転送魔法は、いきなり見知らぬ土地に飛ぶことはなかなか難しい。しかし一度いったことのある場所に移動することは意外にたやすい。アニムスがまだこの町に来ていないことを祈るばかりだが、もしかしたら来ている可能性もある。だとしたら尚のこと、今気配を感じずとも油断は出来ないのだ。

 リタにはばれないよう、町のあちこちを音で探りながら歩いていると、少女は楽しそうに声をかけてくる。美味しそうなお菓子を見つけてははしゃぎ、服を見つけては見とれ、町並みを眺めては笑い……本当に見ていて飽きない。図書館を見つけたときには、お互いに同じ反応をしてしまった。

「この町、こんな大きな図書館があるんですね……」

 見上げるほど高く大きい建物の図書館だった。中に結界は張ってあるのだろうが、中に様々な魔法の本があることを音で感じ取り、私もつい気持ちがうずく。

「さぞかし、いろいろな本が置いてあるんだろうね……。寄りたいけど、今は我慢だね」

「あれ、クーフさんって本好きなんですか?」

 私の言葉に、リタがなぜか嬉しそうに問う。

「そうだね、本を読むことで学ぶことがたくさんあるから……。丸一日いても飽きないよ」

「本当ですか! 実は私も本大好きなんです! たくさん魔法も学べるし、魔鉱石のこととかアイテムのこととか……。だからちょっと寄りたいんですけど……」

 私の言葉にリタも続いてそう言う。私たちはしばしの沈黙の後、顔を見合わせて口を開いた。

「寄ってしまうと」

「絶対、しばらく出てこれませんから」

 同じ考えだったことに、私もリタも笑いあう。

 空を見れば、もう大分夕方時だった。オレンジ色の光を浴びて、町並みも色変わりしていた。水色とオレンジの光のコントラストに、またも隣の少女が感嘆の声を漏らす。

「さて、と。そろそろ戻ろう。さすがにダジトも帰っているはずだ」

「はい!」

 水色の道の上、二人の影が二つ仲良く並んで薄い色を落として伸びていた。






*****

 金髪の少年は、豪華なソファに一人腰掛けていた。広い空間は数々の装飾を施された柱で飾られており、白い壁が薄く光を放っていた。床は水色に輝き、その底はまるで宝石のようにきらめいていた。相変わらずの豪邸だな、と内心少年は思った。これがこの屋敷の入り口なのだから恐れ入る。

 しばらく待つと、一人の年老いた男がやってくる。白くて艶のある体毛に覆われた、動物系マテリアル族の老人だ。品のいい黒い服装に身を包み、しずしずと金髪の少年の下に歩み寄る。

「これはこれはダジト様。お久しぶりでございます」

 体毛に覆われて、目玉の位置も分からない顔立ちだが、眉の辺りの毛が動くことで、嬉しそうに笑っていることだけが分かる。ダジトは老人の姿を確認するや否や立ち上がって笑顔で肩を叩く。

「久しぶり、じっちゃん!……じっちゃん変わんないなぁ……ホントに歳くってんの?」

「のほほほほほ……ダジト様も大きくなられて……。ますます力強くなった気がしますなぁ……。しかし本日は突然、どうされたのです?」

 久しぶりの再会を喜んだのもつかの間、老人の言葉に、ダジトの表情が真剣になる。

「実は、光の石を狙っているやつがいるんだ。オレの石が奪われた」

「な、な、なんですと!? 光の石を奪うものが!?」

 少年の言葉に、老人が驚いたように一歩下がる。ダジトは深く頷いて、緊迫した表情で言葉を続ける。

「だから、ここの石も狙われる危険があるんだ。どうだい、じっちゃん? 石は今のところ無事なのかい?」

「も、もちろんですじゃ。光の石は毎日スランシャ様が守りの結界を維持する魔法をかけておりますのじゃ。今朝もかけておられましたし……ここのところ、スランシャ様も神殿にこもってばかりですから……今のところは無事ですぞ」

 その言葉に、ダジトはほっと胸をなでおろした。

「ならよかった……。でも油断は出来ない。かなりの強敵だ。だからスランシャにも伝えたくてさ、あいつ呼んでくれよ」

 そう言った直後だった。勢いよく客間の扉が開き、水色の少女が部屋に入ってきた。白い裾が長く切り込まれた服に青色の編まれた長い髪、水色の肌……クリスタイス族の少女だ。その姿を確認するや否や、ダジトが声を上げた。

「スランシャ! 久しぶり!」

 しかし、少女の様子がおかしい。突然入って来るや否やその体をふらつかせ、勢いよく入ってきたというよりは、扉に激突するように入ってきたというべきか……。少々足をもつれさせるように歩き、うなだれている様子に、老人も少年も思わず歩み寄る。近づくと、少女の呼吸がやけに荒い。

「お、おい、スランシャ? どうしたんだよ?」

 ダジトが少女の手をとり、顔を覗くと……

「ダ……ジト……た……」

 荒い呼吸のなか、苦しそうに表情をゆがめながら、何かを訴えようとしているように見えたのだが――

 水色の少女は急に手を振り払い、後ろを向いて、大きく息を吸う。ふらついていた体を立ち直らせ、しゃんと姿勢を正す。

「お、おい、スランシャ? お前どうしたんだよ?」

 幼馴染のその様子に、思わずダジトが困惑して問うと、水色の少女は急に振り向いた。その表情は先ほどまでの苦しそうな様子はない。自信に満ち溢れた表情で、うっすらと口の端をゆがめ、微笑んですらいる。その表情におもわず少年は眉を寄せる。

「スランシャ……?」

「突然のことで失礼したわね。ごめんなさい。ちょっとめまいがしただけ」

 その笑顔のまま、少女が言う。

「ダジト……だったわね」

「はぁ? 何言ってんだよ。当たり前だろ」

 とても幼馴染に言う台詞とは思えない。その言葉にますますダジトが困惑する。

 たしかに久しぶりに会うと、冷たいことを言われることは昔からあったものの、ここまで他人行儀な言われ方をされたことはない。こいつ一体どうしたんだ……とダジトが考えている間に、少女は腕を胸の前に組んで、微笑んで続けた。

「光の石がどう……とか言っていたわね。何、あなた、光の石を盗まれたの? ……間抜けね」

「んだと!? おまえ、久しぶりに会っていきなり……。……随分性格悪くなったな」

 思わず売り言葉に買い言葉で、ダジトが食って掛かるが、スランシャの表情は変わりもしない。

「光の石のご心配なら無用よ。ここの石はワタクシが守護しているんだもの。あなたのようなドジはしないわ」

 そういって、スランシャはきびすを返して背を向ける。

「あ、おい! スランシャ!」

 あわててダジトが声をかけるが、水色の少女は軽く横を向いて流し目でちらと視線を送るだけだった。わずかに口の端をゆがめ微笑むと、手を振りながら言葉を続けた。

「その程度の忠告なら結構。ワタクシ、忙しいの」

 あっけにとられる少年の目の前で、少女は扉を開けて出て行った。

*****






 待ち合わせの宿屋に間もなく到着するところだった。西日を背に受けながら歩いていると、隣の少女がふと、一つの店の商品に目を奪われてることを感じた。急に立ち止まり、そのまま店の商品を見つめていた。私は振り返り、少女の背後にそっと歩み寄る。みればちいさな人形だ。布で縫われた三頭身ほどの手のひらの乗るような小さな人形が、所狭しと店の前に並べられている。見ればどの人形も形や色や装飾が違い、それぞれ個性的な人形であることが分かる。ただ大きさはみんな同じくらいで、首の位置に透明な魔鉱石が縫い付けられている。透明な魔鉱石は魔法を受けるための器だろう。

「かわいい人形だね」

 私が後ろから声をかけると、リタは私を見上げて恥ずかしそうに微笑む。

「……これ、『守り者』っていう古くからの人形なんですよ。北方大陸では伝統のものっていうか……。クーフさん、『守り者』って知ってます?」

 少女の問いかけに私は首をかしげた。

「聞いたことはあるけど、実は詳しく知らなくてね。たしか、持つ人を守ってくれる人形だったかな?」

 私がそこまで言うと、リタは楽しそうに笑う。心音も弾んでいることが聞こえるが、何がそこまで楽しいのかは分からない。思わず私は頬をかく。そんな私をさておいて、リタは私の腕の裾を引っ張って質問を投げかける。

「ねぇクーフさん。この人形の中で、どれが一番私に似てるかな?」

 唐突な振りに、私は思わずあっけにとられるが、早くと少女に急かされて、人形をしげしげと見つめて探す。悩んだ挙句、ようやく一つの人形を手に取った。

「この子かな……。髪長いし、ピンク色してて、リタに似てるかな」

 その言葉に、リタは嬉しそうに微笑んで、私の手から人形をとると、店の店主に声をかける。どうやらあの人形を買うらしい。人形をほしがるなんて、さすが女の子だな、と感心しているのもつかの間、買い物を終えた少女は、いきなりその人形を私に差し出した。

「はい、クーフさん! これあげます!」

 突然の言葉に、私はあっけにとられる。

「え……だって、これ、リタが買ったものだろう? 自分用じゃないのかい?」

 その言葉に、リタは楽しそうに笑う。

「クーフさん、やっぱり詳しく知らないんですね! 北方大陸の守り者人形は、こんな風に、自分に似た人形を、人にあげて使うんです。あ、ちゃんと魔法かけときますね」

 そういって、あっけにとられている私の目の前で、リタは人形に何か術をかけている。リタの手から発せられた魔法の力が、人形の首元にある魔鉱石に吸い込まれる。透明だった魔鉱石に、キラキラと金色の光が閉じ込められた。

「……これでよし! クーフさん、これ鞄でも何でもいいですから、ちゃんと身につけてくださいね!」

 少女に半ば強引に手渡され、私は頬をかいて苦笑した。これでは自分がほしいものを選んだ形ではないか。

「よく分からないけど、ありがとう。でも貰いっぱなしではいけないね、私もリタにこの人形を贈るよ」

 私がそういうと、なぜかリタの心音が跳ね上がり、態度も慌てる。

「え、その……そんな……。悪いです! いいんです、その守り者は、私があげたくてあげるから、お返しなんてそんな……」

「そういうわけにはいかないよ。ちゃんとお返ししないとね」

 私はそう返して微笑むと、リタの肩越しに人形を指さす。

「リタはどの人形がいい?……あ、やはり私に似た人形でなければいけないのかな?」

 私の言葉にリタが恥ずかしそうに笑う。

「そうですね、守り者としては……。え、いいんですか……?」

 少女は恥ずかしそうに私を見上げ、ひどく心音を弾ませて問う。その表情は愛らしくて、つい微笑んでしまう。私はその笑顔を向けたまま、頷いて見せた。途端、リタはわずかにうつむいて、軽く唇をかむ。そしてしばらく人形を見つめていたが、唐突に腕を伸ばす。

「じゃあ、これがいいです!」

 そういって、リタがとった人形は、灰色っぽい色をした地味な人形だった。帽子をかぶっているあたり、確かに私に似ている。それを見て思わず苦笑してしまった。

「こんな地味な色でいいのかい?」

「いいんです! クーフさんっぽくて……ホラ、帽子とかこの表情とかそっくり」

 そう微笑む少女に、私は優しくため息をはいて、その人形を受け取る。

「じゃあ、これを買うね」

 購入後、私はリタにそれを手渡した。表情は嬉しそうに受け取るリタの心音が、とても温かい音になっている。心底嬉しそうだ。

「あ、クーフさん、この人形になにか術とか……かけました?」

 リタの言葉に私は軽く頷く。実は購入した直後、既に術はかけていた。

「リタがかけてくれたのは、魔よけの魔法だろう? 旅の安否を気遣ってくれているんだね、ありがとう。だから私も、リタの身を守る術をかけたよ」

「ホントですか……。ありがとうございます」

 私の言葉に、リタは少し頬を赤らめてお礼を言う。

「でも……どんな術ですか? 魔法の力をあんまり感じないから……」

 リタは私によく似た人形をまじまじと見つめながら呟く。魔鉱石の色はわずかに白く濁ってはいるものの、透明に近いままだ。魔法を使う術者なら、アイテムに施された魔法の力を感じることが出来るのは当たり前だ。しかしそれは、普通の魔法なら、の話。エンリン術は魔法とは微妙に異なる。今の少女の力では識別できないだろう。私はちょっとだけ勝ち誇ったように微笑んで返した。

「リタじゃ分からないよ。私のような術者でなければ、見分けられない術だからね」

「ええ~……そうですか……。うーん、どんな術だろう……クーフさん、教えてください!」

「…………ヒミツ」

 そういいながら、私は宿に向けて歩き出した。後ろから楽しげに追いかけてくる少女の、温かい心音を感じながら、私は受け取った人形を優しく握り締めていた。





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