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言霊使いと秘石の巫女  作者: Curono
6章 未来をつなぐもの
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希望をつなぐために


 ウリュウが準備を進める中、私達も結晶化に向けて位置についていた。スランシャの結晶化した光の水晶が立つ位置と対になるように、向かい合う位置にダジトが立ち、胸の前に光の炎の石を握りしめていた。そんなダジトを横目に見るように、私とリタも対角線上に位置につく。それぞれ石を持ち、深く息を吸い込んだ。

「クーフさん、オレ、先に結晶化してもらうよ。スランシャ一人に任せとくのは心配だしさ。ガトンナフさんに闇の石よろしくって、言っといてくれよな」

 気の早いダジトの決断はこういう時でも変わらない。逆に不安が大きくなるこの状況下では逆に有難いと思った。

「わかった、ダジト、すぐに私達も要になる。頼んだよ」

 私の言葉に、ダジトはいししといつもの笑みを浮かべる。続けてリタの方を向くとその笑みで大きく頷いてみせた。

「リタも、頼りにしてるぜ!」

「任せてください! ダジトさんも……幸運を祈ります!」

 ダジトはリタの言葉ににやりと笑うと、今度は目の前にある光の水晶を見つめ、表情を真面目にして呟くように言った。

「スランシャ……。必ず、一緒に戻るからな……。絶対に沈むなよ……!」

 決心をした少年に、光の神は厳かに近付いた。それに気づいてダジトが強い視線を向けると、パネスはその手を伸ばしてみせた。それを確認して、ダジト一度大きく深呼吸すると、大きく頷いた。

「大丈夫だぜ、パネス様。もう覚悟はできてる」

「……分かりました……。光の炎の石の守護者、ダジト……要となり、この世界の破滅を止めてください……!」

 言い終わると同時に、その手のひらから一筋の光が彼に当たる。たちまち光の音が鳴り響き、スランシャの時と同様足元から徐々に彼の姿も結晶の中に閉じ込められていく。

 祈るような気持ちでそれを見守っていると、金髪の少年は静かに瞳を閉じ結晶の中に閉じ込められていった。瞳を閉じていても、彼の揺るぎない意志が感じ取れる。絶対に石を沈ませないと心に決めた音が、光の音に混じって響いていた。

「続いて……リタさん、準備はいいですか?」

 ダジトの結晶化を確認して、光の神は黒髪の少女の方を向いた。まだウリュウが転送魔法の準備をしている。私がガトンナフさんに伝言を残す以上、私が最後にならざるを得なかった。リタは一瞬俯いて、深く息を吸うと小さな声で囁いた。

「パネス様……少しだけ、時間をください」

 少女の願いに、光の神は優しく頷いていた。リタはすぐに走り出した。ハッとする間もなく、彼女はすぐに私のもとまで走り寄ると、思いがけずその細い腕を伸ばし、私に抱きついてきた。彼女の小さな身長では、顔が私の胸の下で埋まってしまったけれど。

「リタ……」

 予想外のことに驚いて私が名を呼ぶと、リタは私の服に顔を埋め小さな声で言った。

「少しだけ……少しだけでいいです。こうさせてください」

 心音が、震えるように響いていた。暖かなあの優しい音と、鼓動のように震える興奮と、そして差し迫る恐怖心……。こんな小さな少女ですら、光の石の守護役として、使命を全うしなくてはいけないのだ。酷な現実に私は一瞬眉を寄せた。

 しかし、彼女なら……きっと乗り越えられる。そんな確信も同時に私の中にはあった。それでも、今は彼女を励ますよりも、彼女の気持ちに、そして何より、今の自分の気持ちに素直に応えたかった。

 私は静かに腕を回し、小さなその体を優しく抱きしめ返した。

「クーフさん……」

 震える声で名を呼ぶ少女に、私は静かに囁いた。

「覚えている? リタ……。私が初めて君に会った時、リタはまた会えるかって、とても不安がっていた。でも、会おうと思えばきっと会えるって、言ったろう?」

 その言葉に、リタが私を見上げた。微笑み返して私は言った。

「あの後、すぐに会えただろう? あの時のリタは本当に嬉しそうで、今みたいに私に飛びついてくれたっけ。びっくりしたけど、君の素直な嬉しい気持ちは、私もとても嬉しかったよ」

 リタは頬を赤らめ、静かに頷いた。

「また、必ず会える。いつになるかはわからないけど……。でもその時は、いつかのあの約束に、必ず答えるよ」

 私の脳裏に少女と初めて出会った時のことが浮かんでいた。リタに初めて思いを告白され、いつか必ず返事をすると、彼女の小指に誓ったあの約束だ。

 その言葉に、リタがますます頬を赤らめ、一瞬大きく心音も鳴った。

「ほ、本当ですか……? お、お返事は……どっちですか……?」

 押さえられない感情で思わず口走った言葉に、少女が後悔するように目線をそらすがもう遅い。私は少し腰をかがめ、彼女の肩を抱きしめ耳元で囁いた。

「……それは、あの約束の期日を過ぎてからね」

 そう言って静かに抱きしめる腕の力を強めると、リタもその腕で精一杯抱きしめてくれた。暖かな体温を感じ、深く息を吸い少女の感触を確かめる。その笑顔も、その香りも、その体温も、そして心音も。

 深く息を吐きだすと、リタも私も、お互いに腕を離し、顔を見つめ合ってほほ笑んだ。

「必ず、一緒に戻りましょうね!」

「ああ、必ず……!」

 少女は零れそうなほどの微笑みを向けると、踵を返し元いた位置に駆け戻った。

 そんな私達の成り行きを、目をそらすようにして見ていた光の神に気がついて、思わずリタが気まずそうに頬を赤らめ、その場に小さくなって立っていた。小さく咳払いして、光の神は小声で言った。

「では……リタさん、もう大丈夫ですか?」

「あ、は、はいっ!」

 少々動揺している少女を向かい側で見つめながら、私は微笑んでいたに違いない。光の神の結晶化の術が始まると、大きく息を吸い、心を落ち着ける少女に、私は大きく頷いてみせた。

(大丈夫――。私達なら、必ず成し遂げられる。そして必ずいつか、この世界で――)

 祈るような私の心音に、まるで答えるように、リタが微笑んで頷き返して見せた。

「大丈夫です! 絶対に! 待っていてくださいね!」

 そう叫ぶ少女の愛しい声は、光り輝く結晶の壁に飲み込まれるように消えていった――。


 辺りに爽やかな風が通り過ぎる以外、静かな空間だ。久しぶりの沈黙は、嫌なほど心に重くのしかかった。

「……いい女性と出会いましたね」

 唐突にパネスが私に振り向きそう言った。予想外の言葉に思わずまばたきするが、すぐに言葉の意味に気がついて、私は頬をかきながら苦笑いしてみせた。しかしそんな平和なやりとりは一瞬だ。

「さて、と。準備できたよ。まったく〜、場所くらい的確に教えてよ〜。結構探すの大変なんだよ?」

 文句を言いながら私達の前に現れたのは、細身で緑の髪をした男、ウリュウだ。見れば彼の手のひらに半透明な魔法陣のようなものが浮かんでいる。空間をつなげる言うなれば通信機のような働きをするものだ。

「今、ガトンナフって精霊族を見つけて彼のすぐ近くに空間を開く準備ができてるよ。君の呼びかけで彼が反応すれば、ちゃんと開く」

 ウリュウの言葉に私は頷いた。すると光の神パネスが少々重い表情で言った。

「クーフさん……。事態は予想以上に酷い。既に光の石が一つ沈んでいるということは、沈んだ石は既に二つあるということです。一度沈み始めると、その力が相殺されない限り、石は沈む方向に動き続ける……。光の石が沈もうとする力を、闇の石で相殺しない限り、この危機は回避できないのです」

 彼の言葉に私は頷いた。そうだ、光の闇の石は既に沈んだ状態、そして今回光の大地の石までもが沈んだ。二つ沈んだとなれば、連鎖反応が強くなるのは想像に容易い。

「闇の石を……早く沈めるように、精霊族にも伝えてください。そしてもう一つ……残念ながら光の石の時のように、悪意を持って闇の石を盗むものがいないとも限らない。それに対する危機も、伝えてください」

 言われて確かにそうだと思った。今回のアニムスやアニマのような奴らが、闇の石を狙わないとも限らない。もはや動くことの出来ない私達に代わって、誰にかのその危機を伝えなければならないのだ。

 光の神の言葉に再び頷き返すと、私はウリュウの準備した転送魔法に向けて声を飛ばした。

「ガトンナフさん……聞こえますか? ガトンナフさん」

 突然の呼びかけに、驚いたような声が響き、次の瞬間、ウリュウの手のひらに浮かぶ魔法陣が青色に変化した。空間が繋がった証拠だ。

『この声は……クーフか……? なんだ、一体どうなってるんだ? なんだこの浮かんでいる魔法陣は……』

 困惑する男の声は間違いなくズスタの軍の最高司令官、ガトンナフさんその人だった。

 私が説明しようか一瞬悩むその間に、ウリュウが苛立ちげに口を挟んだ。

「転送魔法で声だけ飛ばしているんだよ。アンタに大事な伝言があるっていうからやってんの。静かに話を聞きなよ」

 その言葉にガトンナフさんが困惑しつつも静かになったのを感じ取り、私は続けた。

「ガトンナフさん、時間がない。簡潔に言います。光の石は大地の石以外は取り戻しましたが、大変なことになりました。大地の石が地下深くに沈み、光の力がそれとともに封印されようとしています」

 突然のことに、彼も意味がわからず混乱しているように思えた。流石に心音は聞こえないが、彼の問いかける声には困惑の色が濃く出ていた。

『何、石が沈んだ? 封印だと? どういうことだ?』

「光の石は、光の力を支配する力がある……それは光の大地の石を軍事利用していたズスタ軍の最高司令官なら分かるはず……。底なしのあの光の力は、あの石がそれだけ強大な力を支配する事の表れです。しかしその石が、事故により大地深くに沈んでしまった……。石は連鎖反応を起こします。今はまだ沈んだ石が光の大地の石だけですが、いずれは、スランシャの水の石も、ダジトの炎の石も、そしてリタが持つ光の石も、風の石も沈んで……世界から光の力が消える時が来てしまう……。ですが、それを防ぐために、彼女たち光の守護役がいるんです。今彼らとともに、私も……石が沈まぬよう、最期の要になります」

 言いながら、妙に意識が薄らいでいることに気がついた。自分の足が光り始めている。視線をパネスに送れば、案の定、あの金の瞳を悲しげに伏せて頷いていた。やはりそうだ。私の身体も結晶化が始まったのだ。沈みだす力が強く、私の術を施さざるを得なかったのだろう。

 恐らく、これが最後の伝達になるだろう、と思った。

「どうする? 続けていいの?」

 冷静なウリュウの声に、私は静かに頷いた。私は彼が作った魔法陣に向かって声を飛ばした。

「私も守護役として、最後の要となります。次にお話できるのは、きっと石の封印が解かれた時でしょうね」

 私の言葉に、相手は無言だった。だがその無音の裏にあの人の覚悟があることを私は知っている。私は言葉を続けた。

「今、最初の要、スランシャが戦っています。彼女がもし沈んでしまったら、次は私達の誰かが次の要として耐える事になります。そうやって全ての石が沈むのを私達が耐えることで時間稼ぎする……それが最後の砦です」

 光が徐々に胴体に移っていた。手の感覚も鈍ってくる。胸から震えて伝わる魔力が、身体を痺れさせる。光の石と同化していく感覚は、自分が光の波に溺れていくような感覚だ。意識が徐々に薄れてくるのが分かる。喋りにくくなる私に代わって、パネスが説明を続けた。

「光の石の封印……つまりは陽の力の消滅を防ぐには、光の石を大地に沈めようと引く力を相殺する必要があるのです。そのためには……闇の石が必要です。それを集めるために、必ずあなた達大地の子に力を貸してくれる人が現れる……。その時まで、彼らが要として残っていられるのか、時々確認して下さい。いつでも、あなたなら迎え入れましょう」

 パネスの言葉を聞きなから、私の意識はますます遠のいていた。眠りに落ちる感覚にも似て、自分が世界に溶けていくような感覚だ。一瞬脳裏に消えていった師匠に姿が浮かぶ。師匠の最後は、こんな感覚だったのだろうか。

『わかった、必ず確認に行こう。今場所は何処だ?』

 無表情にも似た男の声が聞こえる。その声の響きが彼の意志の表れであることを感じて、少し私は安心感を覚えた。薄れいく意識の中で私は答えた。

「……ジフーラの森にある……光の石の神殿……その中です」

『ジフーラ……あの辺境の土地だな、任せろ、必ず行ってやる』

 力強いその返答に思わず笑みがこぼれた。

「……ありがとうございます」

 いよいよ意識は遠のいてきた。光は自分の肩に届くほどになっていた。薄らいでいく意識に、男の声が届く。

『他にオレたちにできることはないのか、その石の沈没を防ぐ方法は……』

「残念ながらないよ。これは石の守護役にしか出来ない。て、いうか、そろそろ彼も喋れなくなる。もう伝えることはないのかい?」

 焦る男に冷徹にウリュウが答える。喋りにくくなった私には逆にありがたかった。私はウリュウの言葉に無言で頷き、最後の伝言を頼んだ。

「闇の石を手に入れようと動くのは、恐らく二パターン……闇の石で光の石を相殺し、封印を妨げようとするか、もしくは――己の欲のために集める者か……。ガトンナフさん、もしも後者を見つけた時には……」

「わかった、全力で阻止しよう」

「よろしくお願いします」

 これで伝えるべきは伝えた。後は私達に出来ることをするだけだ。私は瞳を閉じた。

「じゃあね、精霊族の司令官さん。もう彼らは要となって眠りに落ちた。もう話せるものはいないよ。そしてこの転送魔法はこれで最後。また詳しく事情を知りたいときにはここまで来るといいよ。ボクももうここには残らないから」

 淡々とウリュウが説明しているのが遠くで聞こえる。

「これで、転送魔法は切ります。よろしいですね」

 静かに問いかけるパネスの言葉に、ガトンナフさんが答えたような気がした。

 もう外界の感覚はだいぶ鈍り、深い眠りに誘われるような感覚だ。

 私は必死に瞳を開いた。自分を引きこもうとする光の力に最大の反発を持ってまぶたを開いた。白く霞む視界の中、既に結晶の中に閉じ込められた黒髪の少女が見えた。神々しく瞳を閉じるその姿は、彼女の決意のようにも見えた。

 ――必ず、生きて戻ってこよう――

 祈る気持ちで私は再び瞳を閉じた。永遠の封印に縛られる未来はいらない。必ずこの地上で生きて再開するんだ――

 祈る気持ちで私はその白い光に意識を委ねた。そして――

 次の瞬間には外界の全てが絶たれ、たった一人、白い光の海に放り出されたような孤独な世界に浮かんでいた。それを自覚したのも束の間、次の瞬間には私は眠りに落ちていた。

 目覚めるかどうかもわからない、永久を感じさせるような白く深い眠りに――




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