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言霊使いと秘石の巫女  作者: Curono
1章 盗まれた古の秘石
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フラッシュバック

「まったく、オレにだって教えてくれたっていいじゃん。何ヒミツにしてんだよ?」

 まだコソコソ話が気になっているダジトは、隣のリタにブツブツと呟く。それを聞いてリタは楽しそうに笑って返事をする。その心音もまた、楽しげに響いている。

「クーフさんと私だけの秘密なんだもん。教えないですよー」

 そんな二人の少し後ろを歩きながら、私は気持ちを集中していた。薄暗いトンネルは相変わらず、ダジトのライトに照らされて黄色く光って、空気も相変わらず痛いほど冷たい。しかし、私は歩みを進めるにつれ、徐々に濃くなってくる音に胸騒ぎがしていた。もちろん、普通に聞こえる音ではない。エンリン術を使うものが最初に聞き取る「力が放つ音」……。魔物の心音の心臓とでも言うのだろうか。冷たく暗く、悲しい音が、先ほどから私の心の耳について離れないのだ。

「……ね、クーフさん!」

「……あ、ああ」

 急に振り向いた少女が、私に向けて同意を求めるように首を傾けて言うものだから、私は唐突に生返事をしてしまう。

「もう! またクーフさん、聞いてなかったんですか?」

 リタが歩みを止めて、逆に私に詰め寄りながら言う。

「ああ……いや、ごめんよ」

 とっさに私が謝ると、リタがはっと気がついたように私の顔を覗き込む。

「……もしかして……また……?」

 彼女の小声の問いかけに私は無言で返す。

「……あれ? どうしたんだよ、何で止まってんの?」

 話の途中で、リタまでも立ち止まるものだから、ダジトも立ち止まって私を見る。私は顔を上げてリタを見て微笑んでみせる。リタが私を見て、わずかに表情を和らげたのを見て、私は続けてダジトを見る。

「ダジト、道はまだ続くのかい?」

「あ?まあ、あと少しだぜ」

「そうか……」

 私は意を決し、そのまま一歩踏み出した。

「クーフさん……?」

 リタがまだ不安げに見上げながら、私の横をついてくるのを視界の隅で確認して、私は囁く。

「また危険なことが起こるかもしれない。私のそばから離れないで」

「……うん……」

 リタがちょっと頬を赤らめながら頷く。その後ろでダジトもついてくる。

「……一体どうしたんだよ、クーフさん……」

 彼の言葉に返す間もなく、道が二手に分かれるところに到達する。私がそこで立ち止まると、ダジトは気がついたように言葉を続ける。

「ああ、分かれ道か。ウレノの都市に繋がるのはこっちだぜ」

と、右の道を進もうとするのだが……。

「……クーフさん……?」

 私はその分かれ道で、立ち止まって動かなかった。

「……ど、どうしたんだよ?」

 思わず見かねてダジトが私に近づくと、私は反対の通路に視線を送りながら口を開く。

「……こっちの道は……? こっちの道の先には何がある……?」

 私の言葉に、ダジトは同じく左の道へ視線を送りながら答える。

「ああ……こっちはすぐ行き止まりなんだけどさ、その先が下の階層に繋がっちゃってて、落ちたら危険だから、誰も行かないんだ」

「そうか…………」

 ダジトの言葉に、私は一つため息をついて顔をダジトに向ける。

「……この逆の道……実は……」

 そこから先が言えなかった。急に増大する陰の力を感じて、私は一気に気を張った。

「リタ! ダジト! 気をつけて!」

 私が叫ぶのとほぼ同時だった。私が見つめていた左の道の暗闇から、いくつもの黒い手が一斉に伸びてきた。またあの魔物だ!

「グァンシャ!」

 突然の攻撃に、技の威力を高める余裕がなかった私は、単発の光の術で魔物を一閃する。しかし魔物の数は多すぎた。光に切られた魔物の裏から、あふれるように黒い手が伸びてくる。あっという間のことで、私たち三人の誰もが間に合わなかった。一斉に伸びてきた黒い手は、見る間に私たちの体に絡みついた。身動きが取れなくなりそうなほど、次から次へと腕が体に絡みついてくる。その腕から発せられる音は、悲しみに満ち満ちていて深い絶望に招こうとしているのが伝わってくる。

 私は魔物に取られ動けなくなった腕に意識を集中し、深く息を吸う。

『スィ……グァンシャ!』

 たちまち両手のひらから魔物を刺すように光が走り、私の周りの魔物が消滅する。すぐ隣に居たリタの半身は解放されたが、もう半分がとらわれたままだ。私はそれを確認するや否や、まだ術の切れない右手で魔物に掴まれた彼女の肩を掴む。私の手が触れた途端、少女に絡んでいた魔物は消え去った。苦しそうによろめく少女を、私はそのまま片手で受け止める。

「リタ!」

 私が声をかけた直後だった。

「……降臨!陽光!!」

 少女の言葉とともに、彼女を取り巻くように光の円が現れる。その光りに当てられて、あっという間に周りの魔物は蒸発するように消えてゆく。どうやら、魔物を確認した直後、召喚魔法の準備をしていたようだ。改めてリタの魔法の威力に感心してしまう。

「ぐあっ……!」

 リタの無事を確認して安心したのもつかの間、背後から少年の悲鳴が聞こえる。すぐさま振り向くが……

「ダジト!!」

 想定外の光景に、私は一瞬目を見張る。ダジトにまとわりつく魔物の数があまりに異常だったのだ。私やリタに絡みついた腕は、その腕や足の自由を奪う程度だったのに対し、ダジトはその魔物に飲まれそうなほど魔物が彼の周りをうごめいているのだ。これは明らかにおかしい。魔物の狙いは……ダジトなのか!?

『スィ……グァンシャ!!』

 そんな考えをめぐらせながらも、私は即座にその両手の術をさらに高めて、魔物の塊に向けて一閃する。悲鳴のような音がして、魔物の塊に亀裂がわずかに入るものの、その勢いが止まる気配はない。見る間にダジトの頭までもその魔物の塊に飲み込まれてしまう。生半可な術ではすぐに倒せそうにない。その様子を見ていたリタが即座に召喚魔法の準備をするが……

 そこで魔物の音が変わったことに私ははっとした。次の瞬間、魔物はダジトをその渦の中に絡ませたまま、左の通路の暗闇に吸い込まれるように移動した。リタの魔法発動の気配を感じ取り逃げたのだ。

「いけない!」

 迷っている暇はなかった。私はとっさにその左の通路に駆け出した。予想以上に魔物の動きは早い。スルスルと暗闇の奥へ奥へと、金髪の少年を引きずりながら逃げていく。

「クーフさんっ!」

 背後からリタが呼ぶ声がする。私は背後に向けて大声で叫ぶ。

「リタ、気をつけてついてきて! 私はダジトを追う!」

 気がつけばダジトの生み出したライトの魔法が消えている。ライトの魔法を持続できないほど、魔力を吸い取られたのかもしれない。そうでなくとも彼はまだ傷が癒えたばかりで、魔物の攻撃に耐え切れるほどの体力状態ではないはずだ。私は思わず唇をかむ。まさかこの魔物がここまで危険だったとは……。自分の読みの甘さに一瞬後悔するが、今はそれどころではない。

 真っ暗な道は、どこに魔物がいるのか、どんな道になっているのか、ダジトのいるところすら肉眼では確認できない状態だった。私は瞳を閉じ、その音だけで周りを探り感じ取りながら走り続ける。時々襲ってくる小さな魔物がいるが、今はそれに構っている暇はない。先に感じるダジトの音を追いながら、魔物を飛び越え、私は走り続けた。

 暗闇に慣れてきた私の進みが、徐々に魔物に追いついてきた。私は自分の音を極力消しながらも、自分の中の気を高める。息を静かに吸いながら、魔物に向けその足を進める。そして魔物の位置が、十分射程距離に届いたその瞬間、

『スィ……グァンシャ!!』

 高めておいた気を一気に前方の魔物に向けて解き放った。一気に周りが眩しく輝き、腕の塊だった魔物がひるんだ。その瞬間に、光の術が大きく魔物の塊を両断し、中にとらわれていたダジトがぐったりと崩れ落ちる。……成功したようだ。

 しかし、安心している暇はなかった。真っ二つに割れた魔物の塊は、今度は幾つもの瞳をその中からぎらつかせ、液体のように不確定な体を震わせながら、私に向けてその触手を伸ばしてきた。なるほど、あの目玉の魔物は、この腕の魔物の別の姿だったのか。

 私はまだ術で光っている両手で、魔物が伸ばしてきた触手を切り裂く。しかし敵の体は液体状だ。一方の触手を切り裂いたところで、何方向からでも私に攻撃が出来る。私が前方の攻撃をかわした直後だった。背後からその触手が伸びているのを音で感じ、思わず背後を睨みつける。

「クーフさんっ!」

 その刹那、私が睨みつける魔物のその背後に、リタが姿を現した。と、同時にリタはその両手を魔物に向けて突き出し呪文を発する。

光華コウカ!』

 鋭く刺すような光に当てられ、私に触手を伸ばしていたその魔物の体が、一部蒸発する。

 彼女のタイミングのよさに一瞬安堵した、その瞬間だった。

 魔物の瞳が一斉にリタに向いた。その魔物の発する音が、今までとは違うことを感じ、私は思わず息をのむ。今までは悲しみをまとわせる音だったのだが、急にリタに向いたその音の感覚は、激しい憎悪だったのだ。

「駄目だ、リタ!」

 私はとっさに叫んだが、リタはすでに私の元に駆け出していた。魔物の触手は一斉にリタに向き、水が落ちるような勢いでその触手が襲い掛かる――


 一瞬、脳裏に黒い光景がフラッシュバックする。

暗い森の中で、私の目の前に立ちふさがって、黒い爪に切り裂かれる、髪の長い女性――


「駄目だっ!!」

 少女の体に魔物の触手が迫り、リタがその触手に振り向こうとする様子がスローモーションのように見えた。気がつけば、彼女の腕を左手で引き寄せ、右手は既に魔物に向けられていた。

『ファイラン!!』

 私の口から言葉が漏れた瞬間、その右手から激しい力の渦が生まれていた。

 今まで見たことのない威力だった。使い慣れない呪文から発生した激しい破壊の力だ。それにもみ消されるように魔物が巻き込まれていった。激しい力の渦は、強風のように魔物を切り裂き、このくらい空間に吹き荒れた。

 渦が消え去ると同時に、あの黒い液体状の魔物の姿は、跡形もなく消え失せていた……。


「……ハァ…………ハァ…………」

 気がつけば、激しく息を吸いながら、私は地面に片ひざをついていた。左腕の中には、自分で引き寄せたリタが地面に片腕をついて、私の胸に寄りかかっていた。私の右手は魔物に向けた時と同じ状態で硬直していた。息を落ち着かせながら、私は自分の右腕を下ろす。呼吸はすぐに落ち着いたが、鼓動と心音は激しく自分の耳に響いていた。私は思わず瞳を閉じて頭をたれる。もうそこに魔物の気配はない。

「ク、クーフさん……?」

 私のすぐ近くで囁くようなリタの声に、私はまぶたをあける。視線を動かすと、すぐ近くにリタの顔があった。大きな藍色の瞳に色白な肌、長い黒髪……。

 ああ……そうか。彼女の幼い顔立ちから、私は急にあることを悟った。

 途端、胸が締め付けられるような感覚に襲われて、私はリタの頭を左手で自分の胸にゆっくり引き寄せた。リタの心音が激しく動揺したのを感じながら、私は彼女の頭に頬を寄せた。

「……無事でよかった……」

 私がそれだけ言うと、リタは胸の中で小さく頷いた。暖かい少女の体温に、私は安堵感を覚えた。両手に一瞬よみがえる感覚を消し去りたくて、こうして少女の体温を感じていたかった。私は深く息を吸い、しばらくそのままで動けずにいた……。




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