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言霊使いと秘石の巫女  作者: Curono
6章 未来をつなぐもの
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時間稼ぎ


 一瞬背筋が凍るような、過酷な使命を覚悟し、思わず私達三人は凍りついていた。

「石と同化……はしないけど……つなぐって……」

 乾いた声で言葉を綴るのはダジトだ。脳裏にはあの闇の女神の姿が浮かんでいるのだろう。一方で私の隣で硬直するリタには、古王大陸で見たあの白い空間の陥没地が浮かんでいるのだろうと思った。石と同化し、失敗して命を落とした者達のあの空間――

 いずれにせよ、とても酷な風景には違いない。自分達も下手をすればあの闇の女神やレンファさんのように――永遠の苦しみを受け続けるか、命を落とすか――その危険を知った上で使命を全うしなくてはならないということだ――。

「――石をつなぎとめる……柱に……私達がなるのですね……」

 突きつけられた真実を受け止めて私は言葉を返した。私の低い声に、パネスの瞳がこちらに向く。私達を心配するのと同時に、悟ったような表情が浮かんでいる。その表情がすべてを物語っていた。もはや道はないのだ。

「……こんな酷な使命をあなた達に課すことをどうか許してください……。それしか手がないのです……」

 苦しげに声を絞り出す光の神に、私は深く息を吸い、そして目を閉じた。

 視界を遮られた闇の中に、あの白い髪をなびかせた黒帽子と黒マントの姿が浮かんだ。

 守りたいものがあった、救いたい人がいた、そのために生み出したものはお前に託すと術を授けてくれた師匠――。

 命をかけて、敵の攻撃から私をかばってくれたあの時の大切な人――。

 同じように術を授かり、今もなお戦っているミズミ――。

 街で出会った私を支えてくれた、ガトンナフさんやジュータのような大切な仲間――。

 石を取り戻し、守護役としての使命を全うしようと共に戦ってきたダジトやスランシャ――。

 そして――恥ずかしげに笑う黒髪の少女が浮かんだ。私を――その明るさで救ってくれていた大切な少女――。

 まぶたの裏に、次々と大切な人たちが浮かんでは消えた。

「……何となくでしたが……あの歌を聞いた時から覚悟は決めていましたよ……。きっともっと重い使命が来るのだということを」

 瞳を開ければ、私を見つめていた光の神と目が合う。覚悟を決めて見つめ返す私の表情を見て、パネスはどこか悲しげに見えた。

「これが……光の石を守るための、最後の使命となるのですね、パネス様」

 私の問いかけに、パネスはその頭を垂れるように頷いた。

「……命を落とす危険は……あ、あるんですか……? 大地の石の時みたいに……」

 思わず問いかけるリタの言葉は震えていた。その問いにパネスは顔をあげずに答えた。

「命を落とす可能性よりも……そのまま……石とともに沈んでしまう可能性の方が高いでしょう……」

 その言葉に、ダジトは息を飲み、隣で光を強めているスランシャの腕を思わず掴んでいた。

「待ってくれよ……。じゃ、じゃあスランシャは今……」

 緊迫したその声に、落ち着いた声で光の神は答えた。

「今はただつないだだけに過ぎません。石をつなぐ要となり、地表に踏みとどまってもらうのです。そのためには石にだけ集中したほうがいい…‥。だから彼女を石ごと光の魔力で結晶化するのです」

 その言葉に思わず私達の視線はスランシャに向いた。見ればあの足元が光っているだけではなかったのだ。水に解けた物質が結晶化するように、冷えた鉱石が徐々に形作るように、スランシャの足元が水晶のあの切っ先のように光る石に覆われ始めていた。

「ど、どうなってんだ、これ……」

 慌てるダジトに、パネスの声が響いた。

「スランシャさんの身体ごと……光の石を結晶化しているところです。大丈夫……結晶化されるというのは眠っているのと同じです。結晶に閉じ込められても、死ぬことはありません」

 その言葉に少しホッとするのも束の間、すぐにダジトはスランシャの腕に手を伸ばす。

「しばらく――会えなくなるのか、オレ達……」

 そのしばらく、がどのくらいになるのだろうかと思った。少なくとも一日や二日で済むはずがない。何日、いや何十何百日、それとも数年――いや……もっとだろうか――想像もつかない。

 そんな途方もない時間を想像すると恐怖心は確かにあった。だがそれにおびえている暇もないのだということはすぐに察しがついた。こうしている間にも光の石を引く力は働いているのだ。それこそ、今はスランシャの持つ光の水の石が引き寄せられているようだが、いずれは私たちの持つ他の光の石も連鎖的に引き寄せられる可能性がある。石を引く力がすでに動き出しているのなら……それこそ、今引かれているスランシャの石は余裕などあるはずがない。一刻も早く地表に止める術を施す必要があるのだ。

そんな酷な現実を見つめ、思わず言葉がなくなる私たちに変わって、反応したのは渦中のスランシャだった。結晶化の進む中、水色の少女は薄っすらと瞳を開け、目の前のダジトに微笑んで見せた。神々しく光り輝くその様は美しくもあったが、同時にあまりにも人間離れしていて、まるで精霊がその場にいるような錯覚を起こさせる。思いの外、彼女の表情は穏やかで、この過酷な現実の中にいるとは思えないような、そんな微笑みだった。しかしそれは現実を知らないのではない。この現実を受け止めて、それを成し得ようと決心した、その微笑みだったのだ。でなければ、こんなにも神々しいはずがない。

私たちの見つめる中、スランシャは静かにその唇を動かした。

「……必ず……また会いましょう……。ダジト、必ず、あたくし、ここに戻るわ……」

 その言葉はまるで眠りにおちるかのように、徐々に小さくなり、最後には本当に眠りに落ちるように、水色の少女はやわらかな表情で瞳を閉じた。その顔を薄い光の膜が覆ったかと思うと、それは彼女の頭上で静かに繋がり、一つの大きな光る結晶となった。

「……結晶化が完了しました――」

 低く落ち着いた声で光の神が答えた。と同時に、その結晶からは安定した光の音が響いていた。それはまるでバラバラだった鎖が繋がって一本の鎖になったような、そんな音の繋がった鳴り響き方だ。それこそが、光の石とスランシャが一体となって結晶化したことの表れなのだろう。

光の神のパネスの言葉に、ダジトは大きく息を吸い、唇を噛んだ。

「スランシャ……なんだってこんな……こんな急に……別れだなんて……」

急に目の前に叩きつけられた現実にダジトが困惑しているのは、音を聞かずとも表情で十分にわかる。握りしめた拳がわずかに震え、また唇を強く噛んでいた。リタまでも不安げに彼を見つめ、どう声をかけようか思案しているのが伺えた。

私は一呼吸置いて、迷わず少年の肩を掴んだ。呆然とした表情と、必死に決意しようとしている表情の混ざった眼差しで、少年は私を見上げた。その瞳を見て、私は大きく頷いてみせた。

「別れになんかならないよ。必ずまた会える。そうだろう?」

強い決心を込めて声をかければ、私のその心音に共鳴するようにダジトの心音が震えた。一度俯向くが、深く息を吸うとすぐに強い光をその瞳に戻し、目の前のスランシャを見つめた。

「……ああ、もちろんだ。必ず――必ず、また会おうぜ、スランシャ」

そこまで言うと、今度は私を見上げ、金髪の少年はあのやんちゃな笑顔でニカっと笑ってみせた。

「もちろん、クーフさんも、リタも……必ずオレ、会えるって信じてるぜ!」

その言葉に私にも笑みが伝染する。リタまでも背後で大きな声で返事をしているのが聞こえた。

「はい、もちろんです!」

「では、あなた達の結晶化も急ぎましょう。残る石を全て結晶化し、繋いでしまったほうが地上で安定を保つことが出来ますから」

 決心を決めた私達に、落ち着いたパネスの声が響いた。優しく微笑んでいるがその裏に苦しい思いを隠しているのはすぐにわかった。彼とて、望んでこの役割を私たちに課しているわけではないのだ。

「パネス様……結晶化する前に一つ教えてくれよ。オレたちが開放されるのは、いつになるんだ?」

 ダジトが少々不安げに問いかけると、光の神は苦しげな表情を隠すように瞳を閉じた。それと同時に彼の溢れる魔力が光の粉となってハラハラと落ちていく。

「光の石を引こうとする連鎖反応が止まったときです。連鎖反応が止まれば、本来あるべき場所へ光の石は戻ろうとする。その連鎖反応を止めるまでの、あくまで時間稼ぎなのです」

 その言葉は、逆に私達の不安を煽った。連鎖反応を止める方法は、まだ聞かされていなかったのだから。

「連鎖反応が止まる時って……どうやれば止まるんですか?」

 立て続けにリタが問うと、パネスは静かにまぶたを開き、金の瞳を強く光らせていった。

「闇の石です……」

 思いがけない言葉にリタが息を飲む。

「闇の石……ですか……?」

 闇の石といえば、一度だけ見たことがあった。ズスタの地下神殿の中で、私とリタが見つけたあの奇妙な本だ。ここに来てあの石が必要になるとは想像していなかった。

 驚く私達を置いて、パネスは説明を続けていた。

「詩にあるでしょう……?

 『古の神 力を封ず

  溢れし闇を 闇で押さえて

  全てが消える 力は消えて 命は残る

  失われし時代――』

地上から光の力が消える時、闇の力が増えるのです。そしてその闇の力を封じるには、闇の石が必要なのです。この危機を知り、闇の石を封じてくれる者が必ず現れる。それまで光の石の守護役に時間稼ぎをしてもらうしかないのです」

 ここに来て闇の石の存在が如何に重要かを思い知る。ズスタの地下神殿で見つけた奇妙な本を思い出しながら私はあごを押さえていた。

「あのズスタで見つけたあの古い本……あのような闇の石が、光の石と同様に世界にあるのですね……」

 私が言葉を続けると、思い出したように、リタとダジトもはっと目を見開いた。

「あの石……そうか、そういうことか……」

「そんな……あの本、たしかガトンナフさんが知り合いに渡してしまったはずなのに……」

 その言葉に、私はふとあることを思いたった。

「……私達が結晶化している間、外部とのやりとりはできなくなりますよね?」

 唐突な問いかけに、光の神は一瞬言葉に詰まるがすぐに頷いた。

「勿論です。眠っているような状態になりますから。……もし、今のうちにやっておきたいことがあるなら、しておいたほうがいいですよ」

 その言葉に私は頷き、すぐにウリュウさんに向かって声をかけた。

「転送魔法を使えるあなたなら、声だけ転送する伝導術も使えますよね?」

 その問いかけに、ウリュウは目を細めた。

「……使えるけど、何処に連絡する気? あんまりパシられるの得意じゃないんだけどねぇ」

 憎まれ口を叩くが、動かない気ではないらしい。すぐに立ち上がると、私の方に歩み寄ってきた。それを確認して私は静かに深呼吸し、考えをまとめ口を開いた。

「どうか、この大陸のズスタに連絡を……。そこにいるガトンナフさんに、これから起こりうる危機を伝えておきたいんです」




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