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言霊使いと秘石の巫女  作者: Curono
6章 未来をつなぐもの
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届いた最期の言葉


 場所がわかると、すぐにウリュウは白い床に足で落書きするような素振を見せた。もちろんただの落書きではない。靴の先が床に触れるとそこにはうっすらと光る線が表れ、あっというまにウリュウはそれで魔法陣を書き上げた。その上に立つだけで人を一瞬で空間移動させる転送魔法だ。古王大陸の目的地に直接つながるように描いたのだろう。

「普通……ああいう場所って転送魔法がかからないように結界が張ってあるんだけど、多分、このドサクサに紛れれば転送魔法も余裕だと思うんだよねぇ。だから、魔法で飛ぼうか。あそこの国の奴らにボクの姿も見せたくないしね」

 彼の言葉に頷き、私達がその魔法陣に入ろうとすると、パネスがどこか物憂げな表情を浮かべて私達を見送った。

「気をつけて……。石はあなた達ならすぐ見つけ出せる。しかし……恐らくあの場所は石の暴走によって調和が乱れていることでしょう……。光の石の守護役であるあなた達ならば大丈夫だとは思いますが……それよりも敵にお気をつけて」

 光の神の言葉を聞きながら、私たちは魔法陣の中に入った。途端、視界は徐々に白んでいった。転送魔法が発動したのだ。


 視界が白い世界から戻された時、私達の目の前には同じように白い空間が広がっていた。一瞬、移動していないのかとも錯覚しそうなその空間は、もちろん光で白いのではない。白い瓦礫が見渡すかぎり広がっていたのだ。

「なんだ、ここ……。なんだか妙な場所だな」

開口一番、ダジトがそう言うのも頷けた。こんなにも白い場所は今まで見たことがなかった。白い砂漠のような地面が遥か彼方まで続いている。しかし地平線は見えない。白い霧のようなもやが辺りを漂い、視界を悪くしていた。

私は足元を見た。ただの白い砂浜かと思えばそれは違っていた。綺麗に磨かれた石の表面が時折見て取れる大きな石の破片、ギザギザな切り口の木の断面、妙に小高い砂の中にはほぼ同じ高さで断面口を見せている石の列。例えるなら爆発で砕けた何かの建物のように見えた。しかし爆発と大きく違うのは、少しも焼けこげることなく、全てがまるで一瞬で風化したような、そんな劣化の仕方をしていたことだ。きっと元は綺麗な建物だったのだろう。白く輝く石が無残に砕けて、元は平らだった筈の通路から突き出していた。

「……着いた……んだよな?」

 辺りを見渡しながらダジトが再び呟くように言うと、同じく周りを見ながらスランシャが眉を寄せる。その整った顔には怪訝そうな表情が浮かんでいた。

「転送魔法がちゃんと動いていたから間違いないわ。でも……それにしても……人の気配がないわ……」

 古王大陸はマテリアル種が多く、しかも転送された場所は詳しいところまでは分からないが都市のはずだった。であれば人がいないはずがない。しかし白いもやが時折揺らめく以外、嫌に静寂が包み込んだ場所だ。そう、音がしないのだ。思わず言葉が漏れた。

「……この辺りには……人がいないようだね……」

こんなにも私が沈黙を感じるのには理由がある。普通に聞こえる音だけではない。普通なら生き物が発するはずの音、エンリン術でしか聞き取ることのできない心音こころねなどが全く私の耳に届いてこなかった。もちろん、辺りを支配する光の力が強いことも要因にはあると思うが、何よりも一番の大きな要因、それは音を発する生き物の存在がない証拠だ。

「こんな大きな建物だったら……人がたくさん居てもおかしくない筈なんですけど……」

 あたりを見渡し、同じことを思ったのであろう少女がポツリと呟く。

「……嫌な匂いがする……。清らかすぎて気持ち悪いくらいにね……」

 そう呟いたのは、最後に転送魔法でこの地に降り立った案内役のウリュウだ。口の周りを覆うようにしてボソボソと言う男は、苦しげに表情を歪めていた。しかし彼の言葉は酷く納得がいった。そう、ついた時におかしいと思っていたのだ。ここの空間を満たすのは強い光の魔力だ。しかしその力が異様に純粋すぎる。自然にあふれた光の気配ではない。強すぎる光が辺りを支配していた。ネスグナのいた光の風の神殿よりもずっと強い。まるでこの場には光以外の存在を許さないような、それほどまでの威圧的な光の気配だ。おそらくこの空間に広がるこのもやのようなものは全て光の魔力の塊なのだ。

「……なるほど……。光の石の守護役ならば送り込んでも大丈夫というのは……そういうことか……」

 光の神が言っていた言葉がここに来て腑に落ちる。光の力に加護されている身であればどうとも感じることはないだろう。しかし、この強い光の力の中では、いくら精霊族であっても心身に異常をきたすだろうと思った。通常なら体に力を与え、時に治療にも使われる力だが、薬も度が過ぎれば劇薬だ。

「こんなに光の気配で満ちているのに……まるで都市が滅んだかのような感じですわね……」

 不気味そうに呟くスランシャの言葉に自然と納得がいく。もしも聖なるものがこの世を滅ぼすとしたら、清らかすぎる世界はこのような空間で満たされるのではないだろうか――。それほどまでに現実離れした空間である印象を受けたのだ。

 一方、彼女の隣でダジトがニヤリと笑みを浮かべて周りを見渡していた。

「でもこれだけ光の力が強いと、逆にオレたちには好都合だな。早いところアニムス達を探しだして石を奪い取ろうぜ」

 いつもは無鉄砲な印象すら感じさせるダジトだが、こんな時でも目的を見失わない強い意志は、逆にこの異様な空間に威圧されそうになる彼女には頼もしいことだろう。内心私も彼の言葉に少し勇気をもらった気がした。

 彼のその言葉に私達が頷くと、ウリュウは口元を袖で押さえたままボソボソと話しだした。

「今の君たちなら、各々の守護する石の在処を感じ取れるはずだよ。エンリン術を使わずともね」

 そこまで言って、細身の男は自分の周りにうっすらと結界をはる。彼を覆う薄いガラスのような膜は今まで見てきたものと違って薄暗い色をしている。光の力をはねのける闇の結界だ。どうやらいくら竜とはいえ、ここの光の力は強すぎるのだろう。一息大きくため息を付いて、ようやく落ち着いたふうに細身の男はヒラヒラと手を振る。

「ボクはちょっとここで休むよ。君らと違ってこれだけ強い光の魔力は普通は毒だからね」

 その言葉に私は内心いい気はしなかった。彼の言うとおり、普通なら身体に異常を起こすほどの異様な光の力なのだ。もし自分も今までどおりだったなら、今のウリュウと同じ現象を起こしているはずだ。それを起こさないということは――

 逆を言えば、光の石の守護役は、普通の人間とは違う特異な者なのだ。異質の力を授けられたとでも言うべきか――

 それは私に嫌な予感を彷彿させていた。きっと、この力はこれだけで終わるはずがない。もっと大きな何かを……私達は担うはずなのだ。

「……石の気配……確かに感じます……」

 私の隣で、黒髪の少女が遠い目をして一点を見つめていた。その瞳の色に私は一瞬ぎょっとした。いつもの藍色の瞳ではない。光をその目に宿らせたような金色を放っている。どうやら光の石を探しだす時に色が変わるらしい。リタの言葉に続けて、スランシャもその瞳の色を変えていた。石の在処を感じ取っているのだ。

「……まるでネスグナの……いや、パネス様の目みたいだな」

 私と同じことを感じたのだろう。ダジトもわずかに眉を寄せて呟いていた。

 私は彼を見て一つ笑みを浮かべると、すぐに彼女たちに習って石の在処を探る。石を頭にイメージするだけで、石の方から私に力を投げかけてくるのが分かる。その力のある方に意識を向けると、自分の中に光の力が溢れてくる。これが光の石の力――。

 石の力を感じ取る今の私の瞳も、おそらく金に輝いているのだろう。

「だがこれで目的の物はすぐ見つかるね」

「どうする、手分けして探すのか?」

 ダジトの言葉にスランシャが首を振る。

「さすがにそれは避けたほうがいいわ。あのアニムスたちがまだ襲ってくる可能性はあるもの」

「せめて二手に別れよう。この衝撃の後とはいえ、油断は出来ない敵だからね」

 私の言葉に全員が頷いた。この地区一帯を砕いたとはいえ、あの敵がそれでやられたようにはどうしても思えなかったのだ。

 私の提案に三人はすぐに頷いて、各々の守護する石の方向を指さした。

「光の水の石……こちらの方向にあるようですわ」

「近いな……光の炎の石もそっちの方向だ」

 スランシャに続けてダジトも答えると、一方のリタは私の顔を見上げて指を差した。

「私の石はこっちの方向です。クーフさんは……光の風の石の場所……分かりますか?」

「ああ、私の石はまた少し方向が違うようだが……」

 そうなのだ。三人の石の方向は微妙に違えども全て似通った場所を指しているようなのだが、私の感知できる光の風の石は微妙に方向が違っていた。その上……どうにも移動しているような気がしてならない。

「どうする、クーフさん。オレとスランシャで動いていいか?」

 ダジトの提案にスランシャもリタを見ながら口を開く。

「リタの石とクーフさんの石の場所は微妙にずれているようですけれど、単独……というわけにはまいりませんものね……」

 すると私が答えるよりも先に、ウリュウが口を挟んだ。

「ボクも少し休んだら結界ごと移動するよ。危ない方に手助け行くから安心していいよ」

 細い目でうっすらと笑みを浮かべる男の言葉に、私は頷きリタを見た。

「リタ、一先ず一緒に行動しよう」

「はい!」

「よし、待ち合わせはここな!」

「皆さん、気をつけて!」

 私達はお互いに目を合わせると深く頷いて各々の石の奪還に向かった。




 分かれて動き出して、いくら歩いても人の気配はなかった。強すぎる光の魔力と、私を呼ぶ光の石の存在だけが聞こえてくる以外、他の音が消されている。目の前に広がるのはどこまで行っても白い空間。時折砕けた屋敷の破片が色を見せる以外、白いもやと白く風化させられた残骸が、この空間を占めていた。現実世界ではないような、そんなどこか異様な空間だ。

 少女と並んで歩いている間、私はパネスに聞きそびれていたことがずっと胸に引っかかっていた。石が沈むという危機を聞いて一刻の猶予もなかったからこそ、こうやって石の在り処までやってきたわけだが、確認したいことは山ほどあった。光の石はそもそもどれほどの力があるものなのか、その石に守護役をつけるということの本当の意味……『要』になるとはどういうことなのか――そして――

 ここまで来て少しも話に出てこないが、私はある存在が気になっていた。光の石と対になるもの――そう、闇の石だ。光の神が歌った古代から伝わるあの歌の中に、気になる言葉が含まれていた。確か二つ目の歌詞だ。


 「古の神 力を封ず

  溢れし闇を 闇で押さえて――」

 

 『溢れし闇を闇で押さえて――』

 その言葉は、以前ズスタの神殿の中で聞いた言葉に似ていた。

(光の石を失うとき、混沌が訪れる。混沌を防ぐのが光の石の守護役の使命――)

 そしてその混沌を防ぐために闇の力が必要だと――の神殿の地下にはそのような意味の警告文が書かれていた。だとしたら、光の石を取り戻すだけで本当に全てが解決するのだろうか――

 それを思って無言でいると、不意に心音こころねが響いてハッとする。視線を向ければ案の定、黒髪の少女が見上げていた。視線を合わせて微笑めば、少女は少しだけ頬を赤らめて見つめ返してくる。

「どうしたの、リタ」

「えっと……ちょっと、クーフさん考え事かなと思って……」

 少女の言葉に私は静かに息を吐き、少女に何と言って切り出そうか悩んだ。周りの音を聞き分けようと耳を澄ませながら言葉を紡ぐ。

「――光の神が言っていた光の石の守護役の役割が気になってね……。石の暴走……石が沈む……封印……正直検討もつかないけれど、きっと私達が鍵になるのだろうと思って」

 どう言おうか迷ったけれど、素直に思ったままに口にする。少女の目を正面から捕らえて答えれば、吸い込まれそうな藍色の瞳が私の言葉に一瞬閉じる。

「私も……不安です……。よくわからないままに、石が……封印だなんて――世界中の魔力がおかしなことになって……超古代文明の時と同じように……世界が滅ぶかもなんて言われても、よくわからなくて……でも、なんだか本当に良くないことが起こっていることだけはわかるから……。ちゃんと私で守れるのかなって……」

 そこまで言って、急にリタは勢いよく私を見上げて、あの藍色の瞳で私をじっと見つめた。急なことで私は思わず瞬きする。

「で、でも、私これだけは……自信持って言えるんです。私、クーフさんがここまで助けてくれたから頑張れるんだって。いつもいつも……自分のこと後回しで、私達を助けてばっかりで……。だから……ちゃんと石を取り戻して……ううん、ちゃんとこの世界を守って、クーフさんが助けてくれたことに応えようって、そう思ってるんです」

 強い心音こころねだった。彼女の信念が迷いなく決意できていることがよく伝わってくる。

 私は瞳を閉じた。

 これから何が起こるのか、私達が、いや、光の石の守護役が一体何をなすことになるのか、そして本当にこの世界がどうなってしまうのか……。不安がないはずがなかった。自信を持って成し遂げられるかもわからない。ただ一つ、今の私に言えるのは――

「――リタ」

 私はまぶたを開け、見上げている少女を正面から見つめた。ナナリーにも似たあの面影を含んだ少女、が私の視線を受け止めて見つめてくる。

「私も、正直不安だよ。恐れがないかと言ったら嘘になる。でも、私も自分にできる全力をつくすことを誓うよ。そして必ず、成し遂げてみせる。師匠にためにも、ナナリーのためにも、そして――君のためにもね」

 今にして思えば、こうなることを光の神パネスも、ウリュウも、そして師匠もわかっていたのだ。いつかあの石が、この世界を脅かす存在になることを。そしてその日のために、それを阻止できる者を向かわせなくてはならないことを――

 それが、光の石の守護役であり、エンリン術を使える私やミズミだったのだ――

 師匠の望みを叶えるためにも、そして何より――

 私は目の前の少女を見つめ、微笑んでみせた。

 リタが生きているこの世界を、壊すわけにはいかない――

 きっと、ナナリーもそう思っていたはずだ。私を生かしてくれた彼女の思いに、私は答えなくては――

 そう思って見つめていた私に、リタは少し頬を赤くして私に微笑み、言葉を紡いだ。

「私も、クーフさんのためにも、頑張ります! クーフさんと一緒に居られるこの世界が好きだし……それに、これからはクーフさんに、ちゃんと幸せになってほしいから!」

優しさの溢れる美しい笑顔を私に見せて、小さな少女はそう言った。

 その表情に、そして言葉に、私は思わず呼吸が止まった。

 とっさに脳裏に浮かんだのだ。最期に私に囁いた愛しい人の死に顔が。今にも消えそうなあの心音こころねとともに、最期の瞬間とは思えないほど綺麗な笑顔――

 リタの言葉は一瞬――あの時のナナリーの言葉のように聞こえた。

 何のために、戦っていたんだろう。きっとナナリーの時にはあの人を守りたかったから――少しでも彼女の笑顔を見ていたかったから――

 今の私もきっとあの時と同じように思い、戦っているはずだ。では、リタは――?

 リタも、私と同じように思って戦っているとしたら――ナナリーもあの時――同じ思いで私を助けてくれていたとしたら――

「――リタ」

「うわっ……あ……」

 急なことで少女の小さな悲鳴が聞こえる。それに構わず私は腕に力を込めた。私よりも小さな体を、両腕でしっかりと抱きしめた。暖かな彼女の体温を手のひらに感じながら、その感覚を忘れないように、記憶に刻むように感触を確かめた。細くて華奢な肩に、同じく細い腕、狭い背中――手のひらに伝わる暖かな体温――

 ナナリーとは違うけれど、でも彼女もリタも、同じ思いでいたのだとしたら……私はどれだけその言葉を裏切るような行為をしていたのだろう。そう思うと、悔しさと彼女の暖かさと優しさに、胸がいっぱいだった。

 ナナリーを死なせてしまったことを悔やみ、自分を恨むばかりで、彼女の思いに答えられなかった自分――

 そうだ、どうしてあの時彼女は私を助けてくれたんだ。命をかけて私を生かしてくれたのは、彼女の意思だった。彼女は最期に言っていたのだ。


(ありがとう――幸せになって――)


 あの唇の動きが――あの時には聞こえなかったあの言葉が――今更になって自分の胸に届いたのだ。

 しかも、彼女の愛娘、そして今私が大切にしたい存在のリタの口から――

「――ありがとう、リタ……」

 そう言って静かに彼女を抱きしめた腕を離すと、リタは顔を真赤にして私を見上げていた。恥ずかしそうに潤んだ瞳を向けてくる彼女を見つめ、微笑んでみせた。

「……必ず――必ず、この使命を成し遂げることを誓うよ。そして、リタの願いも――叶えてみせる」

 今までは思うこともなかった決意をもって、私がつむぐ言葉を、愛おしそうに聞き入って、黒髪の少女は力強く頷いた。

「――はい、私も……必ず――!」

 光の音ばかりが辺りを支配する中、力強い生きた感情が二つ、この空間に響いていた。




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