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言霊使いと秘石の巫女  作者: Curono
1章 盗まれた古の秘石
12/131

暗闇に潜むもの

「うう……寒い……」

「リタ大丈夫?」

「はい、とりあえず……。でも早く抜けたいですね」

 薄暗いトンネルの中、リタと私はそんなやり取りをして前進する。しんとしたトンネルの空気は非常に冷たく、容赦なく肌を刺す。風が吹いていないことが唯一の救いだろうか。

「だから言ったろ。ここの寒さはなめちゃいけないって」

 私たちの数歩前を行くダジトが振り向きながら言う。そんなダジトも寒そうに両腕を胸の前で組んで、肩をすぼめている。

「そういうダジトさんだって寒そうじゃないですか」

 彼の様子を見て思わずリタが笑うと、ダジトはちょっと胸を張って振り向く。

「いや、オレはそこまで寒くないぜ! 寒いときは炎の魔法を使えばいいしさ…………ハ……ハックシュン!」

と言いながら、一つ大きなくしゃみをするものだから、思わず私まで吹き出してしまう。

「うわ、クーフさん、そこまで笑うことないだろ」

「いや、失礼」

 鼻をすするダジトの恨めしそうな視線を感じながら、私は顔を横に向けて笑いを悟れないようにするが、手遅れというものだ。そんな私とダジトのやり取りをみて、リタがまたクスクス笑う。

「そういうクーフさんも薄着ですよね。マントも上着も、いつもどおりじゃないですか」

と、リタが改めて私を見上げて首をかしげる。その心音がまた聞こえ、私を心配してくれている様子が伝わってくる。

「いや、私は大丈夫。言うだろう、『心頭滅却すれば火もまた涼し』って」

 私の古い言葉の言い回しに、リタは意味がつかめずに首をかしげる。

「いや、クーフさん、意味難しすぎてわかんないよ」

と、ダジトまで苦笑しながら頭をかいて私に言う。思わず私も苦笑してしまう。

「はは、年寄りの言葉は古すぎたかな」

「年寄りって……クーフさん幾つだよ……」

 そこで急に私は気配を感じて表情を変える。急に私が緊迫した表情をするものだから、リタもダジトもはっとする。私はダジトを追い抜き、数歩先で立ち止まると、その前方に意識を集中する。――響く心音は、さびしげで道連れを求める暗い音――

「……ど、どうしたの、クーフさん……」

「……魔物か」

 私の後ろで、心細げなリタの声と、真剣なダジトの声が響く。私はダジトの言葉に頷き、静かに囁く。

「……恐らく……幽体系の魔物だ……。物理攻撃は効きにくいだろう」

 その言葉に、ダジトは私の横に並んで、奥にいるであろう敵に視線を送る。

「怨念から生まれた魔物ってわけか。へへっ。光の石の守護者相手に強気だな」

 ダジトの言葉が終わるか終わらないかの瞬間だった。暗闇から、人の手のような形をした魔物がぬっと現れた。しかも一体ではない。うねうねと人の腕が数本、波打つように現れて、そのままその腕を伸ばし、ダジトや私の腕を掴もうとする。

光華コウカ!」

「グァンシャ!」

 その魔物が触れる寸前に、双方の手のひらから発せられる光に当てられ、腕の形をした魔物は悲鳴を上げるような音を上げて霧消する。

「よっしゃ! こんなやつら余裕だぜ!」

「油断するな、まだ奥にいる!」

 隣で拳を握る少年に、私は鋭く声を飛ばす。奥から感じる魔物の音がやたら多いことを、私は危惧していた。この数の多さは、何かおかしい。

「リタ!」

「はい!」

 私の呼びかけにリタはすばやく返事をする。既に彼女のその両手には、魔法発動の準備がされている。さすがはリタ。私が次に何をお願いしたいのか、大分読めるようになってきている。私はその様子を横目で確認すると、わずかに微笑んで続ける。

「特大の魔法を準備しておいて……すごいのが来るから」

 そういいながら、自分もまた手のひらに術の準備をする。私は呪文とともに息を吸う。

「スィ……」

 その時だった。

 不穏な音が急に動いた。魔物が急に行動を変える予兆だ。思わず私はダジトの前に出る。しかし私が前に出るのと、ほぼ同時だった。不快な心音こころねとともに、耳を劈く魔物の声が響いて、私の目の前に大きな影が落ちる。

「げっ!」

「気をつけて、かなり陰の力が濃い!」

 後ろのダジトに言いながら、私はまず光系の術を発動する。

「グァンシャ!」

 私の放った光魔法は、目の前の魔物の中心を貫いた。私に落ちる影の真ん中に、空洞が出来る。

 魔物の形は随分と不安定なものだった。液体のような動きをして、体のあちこちに薄明るい丸があちこち並んでいる。どうもこの魔物の目玉のようだ。様々な方向に動いては、対象を捕らえようとしている。その瞳の一部が、私の背後に集中する。その目線はダジトを捕らえたらしい。

「気持ち悪っ!」

 魔物のたくさんの瞳に見つめられ、ダジトが思わず体を引く。

 その時だ。

 その魔物の瞳から、不気味な音が放たれた。音といっても、実際には魔物の悲鳴といった方がいいだろうか。思わず私は自分の気を張る。この音は精神を侵略するタイプの音――。その音をまとわせながら悲鳴が響いた途端、後方にいるリタが小さく悲鳴を上げて耳をふさぐ。

「きゃっ……クーフさん、これって……!」

「……いけない! ダジト、聞くな!」

 しかし私の指示は一歩遅かった。その音を私とほぼ同位置で聞いていたダジトは、途端瞳を見開いて硬直する。私は気を張っていたから無効だったようだが、どうやらあのエネルギーは金縛りを起こす作用があったようだ。

 獲物が硬直したことを確認し、魔物の触手は金髪の少年に集中する。私の術で体の中心に開いた穴から、見事に真っ二つに割れると、それぞれの体が、その一部を伸ばして、ダジトに触れようとする。恐らく魔物の体に取り込むつもりなのだろう。

「スィ……フェンファー!!」

 私はダジトをかばうように立ち位置を取ると、左から右に向けて、風の術を起こす。突如私の周りから発生した強風は、魔物の体を壁側へと流す。

「リタ!」

 私は頃合をみて、背後の少女に声をかける。リタの反応は早かった。

「……降臨、陽光!!」

 リタの足元を中心に、円状に光が地面から天井へ差す。その足元から現れた光は、まるで夏の日差しのように眩しく輝く。その光からこぼれるように生まれた光の粒は、少女の腕の動きにあわせ、魔物を一瞬にして貫く。不穏な響きを放つ断末魔の悲鳴がこだまし、魔物の体は徐々に光に打ち消されていった。見開かれたように大きくなった魔物の瞳も、体が消えると同時に空洞化して消えてしまった。

 私は魔物の気配が消えるのを確認して、構えを解いた。

「さすがだね、リタ」

 私が振り向いて言うと、リタは私に近づきながら微笑んだ。そして、まだ硬直したままのダジトを見上げて、眉を寄せる。

「ところで、ダジトさんは大丈夫なんですか?」

「ああ、魔物の陰のエネルギーに当てられて、ちょっと硬直しているだけだよ。リタ、清めるような治癒魔法はつかえる?」

 私の問いに、リタは頷いてダジトの体に触れながら魔法を発動する。少女の両手が光り、その手のひらから暖かな力が発せられると、ダジトがフラリと傾いた。それをとっさに支えようと、リタと私の手が少年の腕と肩をそれぞれ掴んだ。

「……っと……びびった……」

 ようやく自由がきくようになった少年は、その手でリタの肩を抱えるようにして体を支える。ダジトの調子が問題ないことを確認して、私はほっと胸をなでおろして手を肩から離す。おそらく、リタもほっとしたに違いない。

「ダジト、大丈夫かい?」

 私の言葉に、ダジトは寝ぼけた頭を覚ますかのように激しく首を振ってから私の方を向く。

「なんとかね……。それにしたって、あんな術使う魔物、ここで初めて会ったよ」

 その言葉に、私は思わず考えこむ。あの魔物の多さは尋常ではなかった。決して強い魔物ではないけれど、あれはかなりの数が集まっていた。一体どうして――

 私が考え込むその隣で、今度はリタが声をかける。

「傷は大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫…………って、あ、わりっ」

 急にダジトの心音が激しく動揺したのを感じて、思わず私は顔を上げた。見れば、急にリタの肩から手を外して、少々顔を赤くしているダジトが、その手で口を押さえていた。その一方で、リタも少々頬を赤らめている。

「そ、それより! 先進もうぜ! もう少しで中間地点だ!」

 そういって急に前進する少年を見て、なぜか自分の心音が揺らいだ。

 ……ああ、考え事が完璧に中断してしまった……。何が気になっていたのか忘れてしまった。

「ク、クーフさん……行こ?」

 隣に来たリタが、私の腕の裾をつまむようにして引っ張った。なぜか、少女の表情は恥ずかしそうに見えた。心音は……微妙に揺らいでいるが、いつもの音だ。

「あ、ああ……」

 私は気のない返事をして、少女の後を追った。


 しばらく進むと少し広い場所にでた。途中何度か魔物の攻撃にあったものの、光魔法を得意とするリタやダジトにとって、それはさして障害にならなかった。今までは四角く切り取られた通路が続いていたが、今到着した場所は今までとは違う。恐らく魔鉱石の結晶が育っていた場所なのだろう。中心に氷の湖があって、丸い空洞形に開けていた。まだ小さな魔鉱石が残っていると見えて、暗闇の中、キラキラと薄紫色の光が壁面をまばらに照らしていた。響く音も小さいながらも高音を響かせて心地よい。

「うわあ……きれい……」

 魔鉱石の輝く様子を見て、リタが思わず感嘆の声をこぼす。たしかのこの風景は、女性でなくとも見とれてしまうだろう。リタが思わず見とれて、湖の方向に歩みを進めると、慌ててダジトが彼女の腕を掴む。

「おっと、その先の湖は凍ってるから、近づいちゃ駄目だぜ」

「え? どうしてですか?」

「いや、急に割れたら危険だろ」

 そういって二人は湖の氷を見ながらあれこれ話しているようだった。私は二人の様子を後ろから眺めながら、近くの石の上に腰掛ける。二人の様子は、まるで兄と妹のようでなかなか微笑ましい。そう思う一方、ああ、自分とリタが並んでも同じように映るのかと思うと、少しくすぐったい気持ちになる。二人の様子を見ていると、何か心に突っかかっているような気もするが、それよりも気になることがあった。

 私は巨大な魔物にダジトが襲われた時のことを思い出していた。怨念から生まれた魔物にしては、規模が多すぎる。ダジトを硬直させた魔物にいたっては、怨念が集まりすぎた印象すら受ける。この道をよく知るダジトですら、あんな術を使う魔物は初めてだというし……。これは何か要因があるかもしれない。

 私は息を吸って瞳を閉じ、神経を集中させる。この地下通路にいる魔物の気配を探るべく心の耳を澄ます。気を自分の外へ外へと張っていくと、その先端がぱらぱらと魔物の気配に触れる。私は見つけた魔物のさらに奥へ意識を集中する。

 ……なにかいる……。深い深い悲みを放っている何かが……そこにいる。

「クーフさんっ!!」

 急な呼びかけに私は目を開く。目の前には、大きく目を見開いて心配そうな表情の少女……。

「……リタ……? どうしたの?」

 私は思いがけず少女の名を呼ぶと、名を呼ばれた少女は少し安心したように肩を落とす。

「どうしたのって、こっちの台詞です! クーフさん、いくら呼んでも気付いてくれないんだもん……」

 私は周りを見渡した。先ほど到着したばかりの魔鉱石の空洞……目の前には心配そうな表情のリタ、少しはなれた所には私を眺め、きょとんとしているダジト……。ああ、いつの間にか、二人とも湖から私の居る場所へ戻ってきていたのか。

「……ああ、ちょっとぼーっとしていたかな」

 私はそうとぼけて微笑んで見せた。リタはその反応に少々その頬を膨らませて私を見る。

「もお……せっかくきれいな魔鉱石拾ったから、クーフさんに見せようと思って持ってきたのに……。ほら、クーフさん見て! これすごいきれいなんです」

 そういって少女は握った自分の手のひらを、私に向けて開く。少女の手のひらには、キラキラと薄紫に輝く魔鉱石の小さな結晶が乗っていた。

「ホントだ、かなりきれいな状態の魔鉱石だね。よい石を拾ったね」

 私は思わずそういってリタに微笑むと、リタは嬉しそうに笑い返す。私はその石をつまんで、ダジトのライトにかざして見る。石の中に光が入り、中で乱反射して魔鉱石が光る。かなり純度の高い魔鉱石だ。

「なるほど……これだけの魔鉱石ともなれば、取り尽くされるわけだ。かなり物がいいね」

「そ。昔はかなり取れたんだ。今は取り尽くしちまったから、こうやって、知る人ぞ知る抜け道になってるけどな」

 私の言葉に、ダジトが腰に手を当てて軽く息を吐く。私はダジトの言葉に一つ引っかかるものがあって問い返す。

「ダジト、ここは知る人ぞ知る、と言っていたね?」

「あ? ああ、そうだぜ」

「では、ここを通る人はほとんど居ないんだね?」

 私の言葉にダジトは、何でそんなことをきくんだ? という困惑した表情で頷く。

「ま、まあそうなるかな……」

「…………そうか……」

 ダジトの返事に、私の心には一つ確信めいた感覚が影を落としていた。そんな私の腕の裾を掴んで、リタが私を呼ぶ。首を向けると少女の表情も不安げだ。

「……クーフさん、もしかして……なにかありました……?」

「……いや……あったわけではないが……」

 そこまで私が答えると、少女はそっと私に顔を近づけて耳打ちする。

「もしかして……心音こころねで何か聞いたんですか?」

 少女はそう小声で囁くと、そっと頭を離す。その言葉に私は少しうつむいて返事をする。

「……そうだね……悲しい声が、少し……」

 私も小声で返すと、リタの背後からずかずかとダジトが近づいてきた。

「な、ちょっと! 二人して、な、何してんのさっ!」

「な、何もしてないよっ!」

 慌ててリタが振り向いて首を振ると、ダジトの心音が急に乱れた。急な音の変化に私はあっけにとられる。ダジト……若干怒っているような……?

「い、今、リタ、お前何してたんだよ?」

 ダジトが口調を荒げて言うと、リタの心音が跳ね上がる。ああ、エンリン術の話をしていたことを悟られそうで驚いたんだな、と即、私は彼女の心境を察する。

「べ、別に何も……」

 話してない、と続きそうだった彼女の言葉に重なるように、ダジトが言葉を発する。

「まさか、キスしてたわけじゃないよな?」

「ちっがいます!!」

 あまりに突拍子のない発言に、私は吹き出し、リタは思い切り否定した。少女は見る間に顔が真っ赤になって照れている。心音も表情同様、激しく揺らいでいる。相変わらず分かりやすい子だ。

「な、な、何言ってるんですかっ! ちょっとコソコソ話しただけじゃないですか!!」

「こ、コソコソ話ぃ? ちょっと待てよ、それはそれで気になるじゃないかよっ」

「そ、そんな大した話はしてないですっ!」

「じゃあオレにも聞かせてくれたっていいだろ」

「それは……その……」

 なにやら誤解は解けたようだが、このままじゃ話は進まなそうだし、ケンカにでもなりそうだったので、私は話を折るように立ち上がって口を挟んだ。

「さ、休憩も済んだら先に進もうか」

 そういって私は先の道へ歩みを進めると、慌ててリタもダジトもそれに続く。

「あ、クーフさん、待って!」

「ちょっと!クーフさんも教えろよ!」

 薄暗い空洞に、賑やかな声がこだましていた。





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