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言霊使いと秘石の巫女  作者: Curono
6章 未来をつなぐもの
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危機迫る


 ミズミに案内されて闇の女神に会いに行った時だったろうか……。ミズミが闇の女神を守るために術を教えてくれと頼んできた時の会話が脳裏に浮かんだ。闇の女神が持つ力――つまりは光の闇の石の力を誰かに持ちだされることが嫌なのかと、彼女に問うたことがあった。あの時彼女はこう答えた。


(あれほどの闇の力が使いこなせるものなどいるものか。心身の破壊を招くだけだ。あの闇の力の解放には女神の代わりがいる。つまりはまた別の人間が大地に結合されるか、死亡して闇の力が世界に開放されて世界が滅びるか……そのどちらかしか無いんだよ)

 

 とても人間では受け止めきれなほどの力――世界を闇に染めてしまうほどの力――。それほどの力を自分のものにしようとしたら……その人自身が壊れるのだ。壊れて、溢れでた力が世界を汚染する。

 しかしそれは「光の闇の石」の話だ。他の石の場合は違う。他の石は、既に沈んでいる「光の闇の石」と同じ場所にあろうとするのだろう。溢れでた力はそのまま大地の奥深くへと沈むのだ。光の闇の石と同じように……。

「つ、つまり……光の石を自分のものにしようとしている奴がいるから……それを阻止しろってことなんだろ?」

 光の神の話を、ダジトが確認するように問うと、神は静かに俯いた。

「簡単に言えばそういうことです。恐らく石を狙っているものは六つの内五つを手に入れた……。と、すると恐らくその者達は「神」の領域に手を出そうとしている……」

「人が……神に……」

 思わず漏れた声にダジトもその唇を噛んでいた。その言葉はミズミの話を聞いている私達には重くのしかかった。それがどれほどにまで無謀なことか、目の当たりにしてしまったからだ。

「ですがきっと……それは叶わないでしょう……。過去に何人もの人間がそれを試みて身の破滅を起こした。超古代文明時代から、それに成功したものはいないのです。ただ一人、闇の女神を除いて……」

 その言葉に私は思わず顔をしかめていたに違いない。闇の女神が成功例だとしたら……それは恐ろしい例だ。あんな神の形を望むものなどいるのだろうか。

 光の神は続けた。

「光の石の力を我が物にできる人間はいません。ですが貴方達『光の石の守護役』……。貴方達には光の石のコントロールが出来る。我がものとして使うのではありません。この台座と同じように、それを地表に留めておくだけの力があるのです。ですから石はあなた達が見守り続けていて欲しい。それこそが石の安定になります。ですから私は――光の石の守護役を加護するのです」

 その言葉に、三人は納得がいったような表情で頷いていた。石の守護役として儀式を行う、その時に光の神の加護を受けたのだ。今眼の前にいるこの神から授かった力だとしたら……たしかに光の石のコントロールも可能だろう。

「あなた達光の石の守護役の使命です。石を取り戻し、この世界の安定を……保ってください」

光の神の言葉に、自分たちに課せられた使命を改めて感じ取り、三人は頷いていた。しかし私は一つ腑に落ちない点があった。まだ説明されていない気がかりなことが……。

感じていた疑問をぶつけようと口を開いたその時だった。不意に心臓を打つような低く不穏な音が響いた気がした。





*****

「待て、話が違うだろう!」

きらびやかな布で壁を飾られた、豪華な部屋だった。落ち着きある深みのある赤が白い壁に映える。赤い布には金の刺繍が施され、いくつもの蔦をあしらった刺繍がよりその赤色を豪華に見せていた。床にも同じような赤色絨毯が敷かれ、細長い絨毯の遥か向こうに階段状に高くなった広間が広がる。高い天井からも赤のカーテンが垂れ下がり、それをゆったりと持ち上げ、その曲線で空間を美しく飾っていた。そんな厳かな空間には不釣り合いな激しい声が飛んでいた。

 憎悪に表情を歪めて叫ぶのは銀髪の浅黒い肌をした男だ。背後に金で縁取られた大きな扉があり、それがつい今しがたゆっくりと閉じたところを見ると、部屋に入るや否や、男が叫んでいたのであろう。一方で、声をかけられたと思しき人物の、ため息のような音が聞こえた。階段状の広間の先にいる人物は、銀髪の男とは対照的に落ち着き払っていた。寧ろ余裕の表情で薄ら笑いまで張り付いているように見えた。

「違ってはいないだろう。石を融合するだろう、と私は言った。事実、融合儀式は行われている」

「その対象はシャドウ様だったはずでしょう!」

 銀髪の男の隣に立ち、それに負けないほどに表情を歪めて抗議するのは、黒髪の妖艶な女性だ。並んで立つ二人の男女は不思議と対照的な姿をしていた。肌の色、髪の色はまるで正反対、お互い髪を結える位置もピアスの位置も、瞳の色までもが対照的だった。そんな二人を、高い位置から見下ろしながら、男は口の端を歪めた。

「一言もシャドウを対象にするとは言っていない。それに今回のことはシャドウ本人も賛同し選んだことだ。違うかね?」

 男の発言に二人が更に食いかかろうとした時だった。彼らの背後の扉が開き、黒髪を逆立てた少年が部屋に入ってきた。

「どうした、二人とも」

「シャドウ様……」

 少年の姿を見て二人が訴えようとすると、二人が口を開くより先に階段の上から男の声がした。

「帰ったか、シャドウ。例の少女の儀式はどうなった?」

「そんなことよりシャドウ様!」

「静かにしろ」

 二人の必死の訴えも気に留めず、シャドウと呼ばれた少年は階段の先にいる男に頷いてみせた。

「今日行うと聞いていました。バンロウ様は何処にいるのですか」

「なんだ、まだ行っていなかったのか。たしかもう始まっている頃ではないかな? 西の研究所の敷地で行うと、私は聞いていたがね」

 少年の問いかけに、男は意外そうな声を上げてみせた。その言葉に少々目を丸くして、少年は後ろを振り返り扉を見つめ、動こうとして――すぐに踏みとどまった。

「――僕はこれから向かいます。いいでしょうか、父様」

 その呼びかけに男は微笑んだように見えた。

「もちろん構わないさ。行っておいで」

 その言葉にホッとしたように少年は表情を和らげ、すぐにきびすを返すと扉に駆け寄った。その様子に慌てたのは先ほどの男女だ。自分たちの背後に行ってしまった少年に、女の方がすがるように声をかける。

「シャドウ様、お話を聞いてください」

「おのれ、ヨウロウ……!」

 女の方は引き止めるように声をかけ、男の方は今しがた少年に許可を出した男を睨むように見上げ唸る。

 すると扉に手をかけた少年は、振り向きもせずに声を飛ばした。

「アニムス」

 その呼びかけ一つで十分だった。少年の幼い声の中に凛とした厳しさを感じ取り、睨みつけていた銀髪の男は憎々しげに口を閉じた。その様子を見ていた男は、階段の上から満足気に一つ笑みを浮かべてみせた。

 そんな男の表情とは対照的に男女の二人組は憎悪感むき出しに睨み上げていた。

 少年が扉を開け、背後の二人に振り返って声をかけようとしたその時だった。急に地鳴りが響いて、少年ははっとしたように西の方角を向いた。その直後、大きな地震が起こり地鳴りとともに大きく部屋が揺れた。

「おっと、地震とは珍しい……。まるで爆発のようだな……。警備のものに様子をうかがわせんとなぁ」

 どこかわざとらしい口調で男が呟いて、それを訝しげに男女が見上げていると、思いがけず少年が息を飲んだ。その様子に男女が思わず振り返ると、少年は何かを感じ取ったかのように呟いていた。

「――大地の力と……光の力……。何が起こったんだ……。まさか――レンファ……!」

 はっと気がついた様子を見せたのも束の間、少年は勢い良く扉を開けると脱兎のごとく飛び出していった。

「シャドウ様!?」

 少年の並ならぬ様子に、男女も後を追うように飛び出していく。それを階段の上から見守っている男には、どこか薄ら笑いが張り付いているように見えた。

「……失敗してくれたようだな……。クク……助かるぞ、弟よ……」

 誰に言うでもなく呟いたその声には、不気味な冷たさが漂っていた。

*****





 地鳴りのような音だった。地面が揺らいだと思ったのはほんの一瞬。しかし地震とは違う。波のように走り抜けたその音は、寧ろ何処か遠くから爆発の振動でも伝わってきたような振動だった。

「な、何……地震……ですか……?」

 リタが不安げに呟く言葉を聞いて私は嫌な予感がしていた。

「……いや、違う……。何かが動いた……?」

 そう、地面を震わせて何か大地の強い力が動いたことが伝わってきた。しかも大きすぎる力だ。音の波動が低すぎる。近くではない、相当遠くで何かが動いたのだ。でなければこんなに波の幅が大きく揺らめいて届くはずがない。

 風までも不安げに揺らめいて、遠くで鳥が慌てて飛び立つ音がした。嵐の前のような空気の色と感じにも似ている。空気までもあの一瞬で変わったような気がした。不安を覚えたのは私とリタだけではなかった。スランシャも空を見上げ不安そうに呟いていた。

「……地震にしては……なんでしょう……嫌な感覚がしますわ……」

「……ん? ウリュウ、どうしたんだ?」

 ダジトの問いかけに気付いて彼の方を向くと、あのウリュウが瞳を見開いていた。不気味なほど見開かれた瞳は、細長い瞳孔が爛々と光っていた。瞳だけは人型を保っていない、あの目は竜の目だ。

「――この力……まずいな……」

 呟くように言うその声とは裏腹に、響かせる心音こころねは低く唸る竜そのものだった。獰猛に牙を向くその音は、何かに対して襲いかかろうとしているかのようだ。

「え、まずいって……この地震のことか……?」

 困惑気味に問うダジトに答えたのは、光の神の方だった。

「……この力……光の石の力です……」

 思いがけず低い声で答えた光の神の表情は、驚くほど青ざめて見えた。その緊迫した表情に只事ならぬ空気を感じ、私達は顔を見合わせた。

「一体……どういうことなんだ……?」

「光の石の力って……この地震が、光の石の力だってことかしら……」

「で、でも……石はこの近くにあるとは……思えないけど……」

 光の守護役の言葉に、神は深く息を吸いその瞳を向けた。また強い光の魔力が発せられて皮膚を刺激する。その雰囲気だけでよくないことが起こっているのは察しがついた。

「光の石が……ずっと遠くにあるのは分かります……。そして石の一つがたった今……暴走しました」

 石が暴走した……? どういう状態なのか想像もできないが、だとしたら、この不思議な音は、その衝撃が走り抜けたということだろうか。あの石の力は一体どれほどのものなのか、パネスの言葉に私は音を探った。先ほどまでの走り抜ける音はもうない。しかしあの一瞬で精霊が沈黙したことは感じ取った。何かに怯えるような、そんな音すら響いている。

「石の暴走って……ま、まさか――」

「石の力を我が物にしようとして……自滅……したということ……?」

 ダジトとスランシャの言葉にパネスは静かに頷いた。

「恐らくは……。このままでは石が沈みだすのも時間の問題です」

 その言葉にウリュウが動いた。壁に寄りかかるようにして私達を見守っていたが、急にふらりと動いたかと思うと静かに跪いて神に声をかけた。

「パネス様……時間がない。はやく残る石の回収に向かわなければ、手遅れになりかねない」

 珍しく冷徹な声だった。間延びしたあのマヌケな雰囲気が消えて、静かに意見するその様子には緊迫感が見て取れた。焦っているのだ、あのウリュウが――

 竜の言葉に、光の神は静かに頷いて口を開いた。

「至急、光の石のある場所に移動してもらいましょう。的確な場所を探してそこに――」

「場所は、このエンリン術師が探し出せるはずですよ」

 そう言ってあの細い目を私に向けるウリュウと目が合う。私がウリュウに頷くのを確認して、光の神は急に白い石畳の上に手をかざした。その途端だ。石畳の上にうっすらと金に光る線が映しだされた。線がつながってくると全体像が見えてくる。これは……大きな大きなこの世界の大陸の地図だ。

「今の世界の地図を写しだしてみました。クーフさん……貴方の術で探し出せますか……?」

 彼の問いかけに私は無言で頷いて、その地図の前に立つ。あのアニマにかけた術がうまく反応してくれることを祈るばかりだ。

 私は息を吸い、術を思い浮かべてミズミから教えてもらった呪文を唱えた。

「ナウ……ビャウ……リン」

 言葉に反応して、地図に変化が起こった。私達のいる北方大陸が青く光ったかと思うと、そこから水の波紋のような音の波が広がっていく。その波に飲まれて地図が揺らめいていくとある一箇所だけが一瞬赤く光った。

「あっ!」

 それに気付いてリタが小さく声を上げる。

「今、赤く光った!」

「そこですね」

 即座に光の神はその赤く光った場所に手をかざした。たちまちその箇所に光の筒が出来上がる。

「場所は……随分離れていますね……こんな遠くの大陸だったとは……」

 光の神がそう呟く隣で、地図を覗きこんでいたダジトとスランシャが顔を見合わせる。

「この大陸に反応が出るなんて……予想外ね……」

「ああ……。クーフさん……ここ、魔法技術なんてほぼないぜ。ここ、古代技術が有名なとこ……古王大陸だ」

 その言葉にリタと私は顔を見合わせた。

「コ、コオウ大陸って……なんですか……?」

「私も詳しくは知らないが……たしか、古の王族の支配する土地ではなかったかな……。マテリアル種が多く住む豊かな土地と聞くけど」

 私の言葉に、思いがけず鼻で笑ったのはウリュウだった。思わずその方向を見ると、ウリュウは私の視線には合わせずに、ある方向を睨むようにして口の端を歪めていた。

「……古の民か……。嫌な予感しかしないねぇ……」

 そう呟くと、急に私に向き直ってウリュウはその両手を広げて大げさにジェスチャーしてみせた。

「さ、場所もわかったら直ぐに出発しようか。グズグズしていられないんだから」

 確かに彼の言うとおりだ。石が暴走を始め、地下深くに沈もうとしているのだとしたら、すでに世界中にある魔力に異変が起こり始めているはずだ。このまま放っておけば、最悪のことが起こるのだろう。全ての光の石が、連鎖的に大地に沈んでいくのだ。そして全ての光の石が沈んだ時――超古代文明時代と同じ、世界の終末が繰り返される――

 ウリュウの言葉に頷いて私達も動き出そうとした時だ。予想外にパネスが私を引き止めた。

「クーフさん……貴方は精霊族……ですよね?」

 急な質問に私が思わず振り向き瞬きすると、隣のリタまでも首を傾げる。

「そうですが……それが何か……?」

 問いかけると、光の神はその手のひらを私に向けて少々困ったような表情をしていた。

「……貴方にとって不本意だとは思うのですが……貴方にも光の加護を与えましょう。丁度欠員している『光の風の石』の守護役として――」

 その直後だった。急に彼の手が光ったかと思ったら、その光は一瞬で私の額に突き刺さった。あまりに急なことで思わず首を振るが、それはもう一瞬で完了したことを悟った。額から骨の髄に向かって、強い光の魔力が流れ込んでいることが直ぐにわかったからだ。身体に共鳴する強い光の音……この感覚は前に感じたことがある。光の石の守護役にしか反応しない神殿の様々な仕組み――それを私も乗り越えるためにリタに触れて光の力を自分の体に反響させたことがあった。あの時に伝わる光の振動にとても似ていた。

「ク、クーフさん、大丈夫ですか!?」

 急なことだったので額を押さえてうなだれた私を心配したのだろう、隣のリタが私の腕を掴んで顔を覗きこんでいた。

「心配はいりません。貴方がたにしていたように、彼にも私の加護を与えただけです。これで彼にも光の石の力を察知し、石をコントロールするだけの力が与えられました」

 私が額から手を外すと、心配そうに覗きこむ少女と目が合う。

「――大丈夫、急に光の力が入ってきたから驚いただけだよ」

 微笑んで見せると、ホッとしたように少女も微笑んだ。

「光の加護って……クーフさんもオレらと同じ、光の石の守護役になったってこと?」

 少々興奮気味にダジトが声を明るくすると、同じくスランシャも鈴のような声で笑った。「クーフさんも光の石の守護役だなんて、なんだか心強いですわ」

「私達と一緒になっちゃいましたね」

 そういって見上げてくる少女が嬉しそうにしているその表情に、思わず私の表情も緩んでいたに違いない。

 だが気がついてはいた。光の神は思いがけず暗い表情で私を見ていることに――。




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