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言霊使いと秘石の巫女  作者: Curono
5章 秘石の謎解き
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竜と少年


「見えてきたぜ! ジフーラの神殿だ」

 深い森が続くその大地に、白く輝く神殿が見えてきた。深い緑とのコントラストは遥か上空から見てもとても目立っていた。ダジトがその白い神殿を指さすとウリュウは低く唸って心音こころねを飛ばした。

(そろそろ降りるよ〜。っていっても、この身体じゃ降りる場所なんてないから、ちょっと飛び降りてもらうようかなぁ)

「はぁ!?」

 ウリュウのまさかの発言に、思わずぎょっとしてダジトが声を上げたのも束の間、竜の巨体は落下かと思うほどの速度で急下降し始めた。風に帽子を飛ばされないよう押さえながら、私は隣のリタに腕を回す。

「きゃ……あ……」

 一瞬身体をこわばらせるが、手を回したのが私とわかると急に顔を赤らめてうつむく少女を私は引き寄せた。

「降りる準備を。ダジト、スランシャ、大丈夫かい」

 私の問いかけに、ダジトはまだ慌てているが、スランシャは落ち着いてその手を光らせ始めていた。

「本当なら、静かに降りる方法を考えていただきたいものですわね」

 言いながら、ダジトと自分自身に結界を張ったようだった。

「え、なにこれ?」

「物理攻撃反射と同じだけど、衝撃吸収の結界よ。着地の際の衝撃を和らげてくれるわ」

「衝撃吸収って……え、マジで飛び降りんの!?」

 そんなやりとりをしている間に、ウリュウの身体が縮んでいるのがわかった。座っていた足場が小さくなり、そこにいつまでも居ることは難しそうだ。下を見れば森の木々がもう足元近くまで迫っていた。

「足場は安全だろうし、風の精霊たちも居る。信頼していってみようか」

 私はそこまで言ってリタを片手で身体に寄せて声をかけた。

「行くよ」

「はい!」

 思ったよりも頼もしい返事がして、私達は滑り落ちるようにウリュウの背中から飛び降りた。続けてスランシャとダジトも飛び降りる。風を切る音が聴覚を支配する中、着地の準備をしようとした時だった。

 急に落下の速度が遅くなり、身体を優しく風が包み込んだ。

「あ、精霊さん……!」

 精霊の姿が見えるリタが、急に下を見て声を上げた、見ればキラキラと黄色に光る筋が私達の周りを回っている。どうやら、風の精霊が着地を助けに来てくれたらしい。急に風に身体を浮かされたような感じで、落下の速度はまさにそよ風のようにふんわりとしたものに変わった。風の精霊たちの笑うような音を聞きながら、私達はその地に静かに着地した。

「精霊に助けられましたわね」

 着地と同時にほっとしたようにスランシャが呟くと、隣でスランシャの肩にしがみつくようにしていたダジトもほっとため息をつく。

「まったく、心臓に悪いぜ、ウリュウのやつ……」

「失礼だなぁ、これも計算のウチだって〜」

 その声の方を向けば、いつのまに人型に戻ったのか、またあの細い目をした男がヘラヘラと笑みを浮かべて立っていた。

「ここは随分風の精霊達が多いじゃない。きっと助けてくれると思ってさぁ〜」

「あ、ウリュウ、元の姿にもどったのか」

 姿を見るなりダジトが声をかけると、また細身の男はプリプリと怒る。

「失礼だぞ、ダジトくん! こっちが仮の姿であっちが本来の姿なの!」

「ふふ、でもこちらの姿のほうがウリュウさんらしい気はしますわね」

「うん、私もこっちの姿のほうが安心するけどなぁ」

 女子二人にそう言われて、ウリュウもまんざらではないようだ。またヘラヘラと笑みを浮かべて上機嫌そうだ。今の姿にはとてもあの巨大な竜の面影はないが、やはり響かせる音は獰猛な獣のようで、私はあまり安心感を覚えたことはないのだが。

「それより、早くネスグナの所に行こうぜ! ウリュウも用があるんだろ?」

 ダジトの言葉にウリュウが答えるよりも先に、風の精霊が揺らめいた。その音に私が反応するのとほぼ同時に、リタもはっとしたように精霊の音の方向に目を向ける。

「え……精霊さん……どうしたの……?」

「どうしましたの? リタ」

 スランシャが不安げに問いかけると、リタも同じく不安そうな顔色で彼女を見上げた。

「なんだか……精霊さんたち、泣きそうな顔してて……あ、はやく神殿に来てって、呼んでるみたい」

 その言葉に私とダジトも顔を合わせて頷いた。

「やっぱ、よくないことが起こってるってことかな……」

「……急ごう」

 私達は風の精霊に案内されるように、彼らと同じ方向に向かって駆け出していた。


 木々の緑の隙間から、白い壁が見えてきた途端だった。その白い壁のその前に立っている一人の人物が見えた。茶色の髪に古めかしい布の服装、なにより金色の瞳が特徴的な少年――ネスグナだ。

「やはり……来ましたね。何となくそんな気がしていました」

 私達の姿を見るやいなや、少年は悲しげにその目を伏せて呟いた。その様子に私達は顔を見合わせた。

「ネスグナがこうしてここに居るってことはもしかして……」

「やっぱり……光の石が……?」

 ダジトに続いてリタがそこまで言いかけて語尾を飲み込んだ。起こっていてほしくない出来事に言葉を出せなかったのだろう。しかし茶髪の少年はその悲しげな表情のまま、静かに言葉を続けた。

「ええ……奪われました……。例の一味に……」




 彼に案内されてあの神殿の鍵の部分から中に入ると、以前に見たあの迷路の部屋に出た。中は特別荒らされている感じはなかった。神殿の壁も床もいつものように白く輝いて風が吹き抜けて平和な様子だ。

 だが、迷路を歩き始めた途端、黒髪の少女が首を傾げた。

「なんだろう……。なんだか、前とはちょっと……雰囲気が違う気がする……」

 そうなのだ、何かが違う。景色こそは一緒だが、そこにある空気が違う。あふれるような光の魔力がない。それだけで空気の色がまるで違う。それに彼らは気付いているのだろう。もちろん私には、耳に響く風の音や精霊の音に紛れていた光の音が明らかに感じ取れなくなっていた。

 神殿の一番奥に来て、ようやくネスグナは重い口を開いた。彼は空っぽの台座の横に立った。光の石を本来おいていたはずのあの台座だ。石が祭ってあった噴水部分には、小さな光の魔石が置いてあり、それはズスタの基地の模擬台座を思い出させた。魔石に触れる水はうっすらと輝くだけで、初めて見たあの時ほどの水の輝きはなかった。きっと森には早くも影響が出ているのだろう。だからこそ風の精霊が悲しんでいるのだ。

「……色々聞きたいことがあるとは思うんですが……まずは一つ一つ説明しましょう」

 彼の言葉に、まっさきに口を開いたのは案の定ダジトだ。

「じゃあ早速だけど、あの光の風の石は誰が奪いに来たんだ? やっぱりあの二人組か?」

 彼の問に、ネスグナは思いがけず首を振った。

「いいえ、彼らではありません」

 その言葉に三人がざわついている傍ら、私は嫌な予感が浮かんでいた。

「……もしかして……少年……」

 私の言葉に三人の視線が集まり、その一方でネスグナは予想通り頷いていた。

「黒い姿をした小さな少年でした。年の頃は恐らく十歳程度かと……」

 その発言に、思わず私を含めた全員が息を飲んだ。

「ど、どういうことですの……? そんなにも幼い子供がどうして……」

 少年だとは思っていたが、まさかそこまで幼い少年だったとは……。同じことを全員が思ったことは想像に容易かった。スランシャがようやく出した言葉に、茶髪の少年は静かに首を振る。

「私にもよくわかりません。ですが、私の作った結界や全ての術が彼には効きませんでした」

 この少年、ネスグナですら、恐ろしいほどの術の使い手だ。事実、だからこそあのアニムスとアニマは手出しができなかったのだから。そんな彼ですら太刀打ち出来ないとはどういうことなのだろう。

考えている間にもネスグナの説明は続いていた。

「ですが恐らく……あのアニムスたちの一味でしょうね……。彼は部下二人が取れなかったから自分が来た、と言っていましたから」

 ネスグナの説明に私は頷いて言葉を続けた。

「おそらく、シャドウという人物でしょう。何度かあの二人組から名前が出ていますから」

「あ……あの、シャドウ様、とか言っていた……」

「確かに、そんな名前が出ていましたわね……」

 続けて思い出したようにリタもスランシャも呟く。その隣でダジトは頭を抱え込んでいた。

「くっそー! 子供かと思ったらそんなに手強い人物なのかよ! ますますどうやって石を取り戻せばいいのか頭痛いぜ!」

またしても石を奪われ、状況は悪くなる一方だ。いくら闇族の大陸で石の存在を確認できても、それが盗まれる心配がないとわかっても、状況は好転したわけではないのだ。まだまだ課題は多い。

そう思って、ダジトだけでなく私も頭を悩ませていると、更に追い討ちをかけるような言葉が出てきた。

「そうだねぇ、敵も気になるけど、でもナニより先に、今の危険な状態を、皆にも分かってもらった方がいんじゃないの?」

 今までずっと無口だったウリュウだ。意味深なその言葉に、ダジトが眉をひそめていた。「危険な状況……って……。充分ヤバイってことはわかってるんだぜ? これ以上に何かあるっていうのか?」

それにウリュウが答えるよりも早く、ネスグナは頷いて思いがけないことを言った。

「竜がそう言っていることですし……色々と……闇の女神のことも……確認したほうが良さそうですね」

 その言葉に私達全員が彼の顔を凝視していた。それもそのはず、彼は今、私たちしか知りえないはずのことを口にしていた。竜、そして闇の女神……。それらはすべて光の石に関わることではあったが、それら全てを見てきた私たちしか、当然知りえないはずだった 最初に口を開いたのはスランシャだった。

「竜……って……ネスグナさん……。彼が竜だって気付いておられたんですの……?」

「どうして闇の女神のことを……アンタが知ってんだよ……」

 続けて声を発したダジトもスランシャも、驚きの色を隠しきれなかった。

 ウリュウの紹介すらしていなかったのだ。ネスグナが彼の本来の姿のことを知るはずがない。まして闇の女神と光の石の関連性など……それこそ実物を見たダジトや私しか知り得ないはずだった。

 しかしこれで逆に確信が持てた。彼はやはりただの「光の石の守護役」ではないのだ。

「……ネスグナさん……」

 低い声で呼びかける私に、茶髪の少年は落ち着いた様子で向き直った。

やはりそうだ。私達が驚くことも、彼にとっては想定内……。

その様子が、最後の躊躇いを打ち砕いて私に言葉を後押しさせた。

「本当は知っていたんですね…………全てを……」

 一瞬の沈黙が流れた。私の言葉に恐る恐る彼と私を見つめる視線を感じる。他の三人も困惑しているのだ。こんなにもこの少年が全てに詳しいのは明らかにおかしい。出会った当初から私が感じていた疑問を、三人もきっと今、感じているのだ。

 案の定とでもいうべきだろうか、私がかろうじて紡いだ言葉に、茶髪の少年は少し残念そうに微笑んでみせた。言葉を聞かずとも、その表情が全てを語っていた。彼はやはり知っていたのだ。光の石のことも、闇の女神のことも――

 謎が深まって無言になる私達を他所に、ネスグナは静かに言葉を続けていた。

「竜が来るほどですから、さすがにもう隠し切れないでしょうね……。――ウリュウ」

「はいはーい」

 ネスグナの呼びかけに、相変わらずの軽い返事でウリュウは答え、一歩前に出た。その細い体を見つめ一つため息をつくと、金の目をした少年はいつになく真剣な表情で彼に問いかけた。

 しかし、その声は今までの少年の声ではない。明らかに成人した男性の声だった。

「闇の女神は無事か?」

 その一声でウリュウの態度が変わった。正確には身体が先に反応したと言った方が正解だろうか。急にウリュウの心音こころねに緊張感が走ったのが聞こえた。緊迫した空気と若干のイタズラめいた音を併せ持って、ウリュウはその心音こころねを震わせた。そして次に彼は跪いて頭を垂れたのだ。それはまるで主である闇族王ミズミにするかのように。

「はい、無事です。スティラ様が変わらずエンリン術の結界を持って強固に守り続けていますからねぇ」

「ならば、魂の一部も無事か」

「はい。合わせて言うなら、スティラ様も無傷です」

 口調こそはいつもの調子だが、態度はまるで違う。ミズミに従っている時よりも、もしかしたら随分固く従っているのではないだろうか……。

 ウリュウは言葉を終えるとゆっくりと頭を持ち上げた。その表情にはいたずらな笑みが張り付いていた。

「それより、やはり貴方様でしたか〜……。ネスグナ様?」

 その言葉に私達は首を傾げるばかりだが、私の予感は敵中した。やはりネスグナは竜すらも従わせる人物なのだ。だとしたら一体……?

「お前にその名で呼ばれるのは慣れないな……」

「だったら、彼らに真実を教えてあげてもいいんじゃないですか〜。……実際」

と、そこでウリュウは細い目を更に細めてささやくように言った。

「石を奪う人物はどうにも光の石の本当の力を知っている……もはや一刻の猶予もないと……ボクは思いますけどねぇ……」

 その言葉に、ネスグナの瞳が鋭くなっていた。




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