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言霊使いと秘石の巫女  作者: Curono
5章 秘石の謎解き
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真実


 一呼吸置いて再び歩き出す二人に、私達も続いた。闇の気配は色濃く、それが瘴気となってこの空間を埋め尽くしているのが分かる。ダジトの炎系のライトの光が強くなければ、きっと私もこの毒気に気分を悪くしていたことだろう。

「ますます闇の気が酷いな……。闇の女神はすぐなのか?」

 ライトの明かりを更に強め、ダジトがむせるように問うと、ミズミが短く答えた。

「今に見える」

 心に響く邪悪な闇の声に紛れて、ミズミの心音こころねが震えていた。背中を見せて私の位置からその表情は見えないが、もしかしたらその表情も沈んでいるのではないだろうか。

 急に視界が開けた。長い長い階段が終わり、私たちはひとつの部屋にたどり着いた。部屋という表現はふさわしくないかもしれない。その空間はまるで球の内側のように、その空間を丸く中を削られていた。ライトでも照らし切れない暗い空間は、初め黒い岩肌がむき出しになっているのかと思っていた。だが……

「うわ……っ……。な、なんだこの部屋……」

 その空間に足を踏み入れた途端、ダジトが口元を押さえながら唸った。それほどにまで醜い光景だった。

 球体の中心は小高い丘のようになっており、それ以外は何もない。真っ暗なその壁面は、ライトの明かりを受けて、時折その光を反射していた。目を凝らせば、その壁面は濡れているかのような光沢があり、まるで呼吸するかのようにその肌が上下していた。細かな黒い筋が見え、それはまるで生き物の血管のようにも見えた。

「い……いったいどうなってんだよ、この部屋は……」

 私と同じ物を見たのだろう。隣の少年が眉をしかめて壁を見渡していた。

「女神と大地をつなぐ部屋……言うなれば胎盤だ」

 答えるミズミの声色が重い。低い声で呟く彼女は、一度立ち止まったが再び部屋の中心へと歩いて行った。先に進まれて、私がそれに続くと、ダジトも嫌々ながらその部屋の中に足を踏み入れる。見ればその足元もわずかながら上下しているような感触がある。踏むと不気味な弾力があり、まるで地面そのものが生きているかのような感触だ。足の裏に伝わるのは重い闇の力――。靴越しにも響くその音は呪いの感覚を蘇らせた。その踏み心地の悪さに背後のダジトが思わず息を飲む。

「なっ、なんだよ……気色悪い……地面が動いてるぜ……」

「女神から、闇の力を吸い取っているのさ。そのまま地上にこの力は流れている」

 ダジトの言葉にミズミが振り向きもせずに答える。私は音を聞いてみた。耳を澄まさずとも響いてくる闇の音は、正直うるさいほどだ。だが、その音はすべて上へ上へと流れているのが確かに聞き取れる。

 私は目線を上げた。球状の部屋の中心に来て、今私たちは中心にある小高い丘を登り始めていた。丘のてっぺんに何かがあるようには見えないが……いるのだろうか……?

 思わず私は問いかけた。

「ミズミ、この丘の上に――」

「ああ、ここに女神の身体がある……」

 すべてを言い終わる前にミズミが答えた。

「まじかよ……なんか……ちょっと怖いな……」

 素直にダジトがそう呟いて身震いする。

 一体どんな姿なのだろう……想像もつかないが、私もこれから見る光景に嫌に心臓が速くなった。しかし同時に疑問もあった。この部屋に来てから、響いてくるのは闇の気配の音だけ――。それこそ亡霊の鳴き声のような音が鳴り響くだけで、それ以外の音の気配はない。まさか、この亡霊のような音を発しているのが闇の女神なのだろうか。だとしたら闇の女神には女神としての意志は……私達のようなものを持たないのだろうか……?

 とうとう丘を登り終えてしまった。しかし――

 視界に写ったのは、丘の中心が奇妙に盛り上がっているだけの景色だった。それ以外は何もない。

「……い、いないじゃん……女神様なんて……」

 思わずダジトが呟くと、ミズミが不意に音を鳴らした。その音に違和感を覚え、思わず私は王を見る。途端、彼女から音が響いた。

(……見えるか……? これが真実だ――)

 心に直接響くその言葉に、私はミズミの視線の先を見た。じっと盛り上がった部分を見てみると――そこに違和感を覚えた。

 盛り上がった部分は細長く、幾つもの太い筋が流れている。その細長い部分の中心よりわずかにそれた部分に光るものがあり、そこから筋は生まれているように見えた。

 まさか、この光っている部分……これは――

「そうだ、光の石だ」

 ミズミが肉声で答えた。途端、ダジトが反応しキョロキョロと視線を泳がせる。

「え、どこ?」

「……この盛り上がった部分に光る物があるだろう? おそらくこれだよ」

 私の説明にダジトがそこに目を凝らす。目を細めしばらくじっとしていたが、生唾を飲みこんで答えた。

「――確かに……光の石の力を感じるけど……でも、これ……」

「闇の力も――感じるだろう?」

 言葉を続けたのはミズミだ。

「そう、闇の女神が持つ光の石は『光・闇の石』だ」

 思い出されるのはズスタの地下神殿で見つけたあの闇の石だ。闇の石が埋められていたあの本には、闇の力と光の力が混在していた。相反する力が共存する不思議な石……。今目の前にあるこの光の石は、あの闇の石と全く同じなのだ。ただ、もし違いがあるとするなら、闇の力を、この光の力で押さえ込んでいるということだろうか――。

 そこまで思い出して、私の脳裏に一つの魔物の姿が浮かんだ。光の風の石があったあの神殿にいた迷路の番人……あの蜘蛛の魔物は闇属性の魔物だった。だがあの魔物は完全に光の力によって制御されていたではないか。それと同じ事が……ここでもおこっているのだろうか……。

「なあ、この石って……一体どうなってんだ? 神殿にあったみたいに収められているわけでもないし……と、取り出せるのか……?」

 隣でダジトが闇族王に質問をなげかけている。しかしミズミは無言だ。ダジトの質問は続く。

「それに……一体これのどこに女神様がいるんだ……? もしかして、この光の石のことを、女神って言っているわけじゃないよな……?」

 その質問の間中、ミズミは微動だにせず視線があの盛り上がった部分に注がれていることに気がついた。――嫌な胸騒ぎがした。

 私もミズミの視線の先にあるものをじっと見つめてみた。光の石が埋められているその奇妙な盛り上がり……その中に違和感を感じて私は目を凝らした。

 ――細い筋が見える。盛り上がった部分の一部に、細く角ばったものが……

 一瞬それに気がついて思考が止まる。その細く角ばった筋は、規則正しく並んでおり、まるで肋骨のように見えたのだ。

 そこまで気がついて、盛り上がった部分を隅から隅までじっと目を凝らしてみた。光る光の石のその上に見える細い筋は対照的に右と左に流れている。盛り上がった部分の中でも細さのあるところには太い筋……その先に丸く見える盛り上がりは……

 私は息を飲んだ。

 小さな四角が規則正しく並び、その先に小さく盛り上がった筋、その先にくぼんでいる二つの穴……

 人の顔だ。骨になりかけた、頭蓋骨のような頭部――

 視線をずらせば、先程までただの盛り上がりにしか見えなかった部分がだんだんつかめてくる。地面に流れる筋と同化してしまっている腕、くぼんだ腹部にも地面からの筋が刺し込んでいて、その下に骨盤のようなものが見える。同じく地面と同化している足――

「まさか……これが――闇の女神……」

 こぼれた言葉は自分でもおどろくほど声が乾いていた。私の言葉に、ミズミは心音こころねだけを震わせた。

(まだ――この身体は生きている。よく見てみろ)

 その心音こころねに私はその頭蓋骨のような頭部に視線を向ける。もはやどくろのように見えるのだが、そのくぼんだ瞳は、薄い瞼に覆われていることが分かる。じっと見つめていると、時折その瞼が震えているのがわかった。

 信じられなかった。この状態で――この身体がまだ生きている……?

「……え……何、どういうことなの、クーフさん……?」

 話がつかめず困惑するダジトに、私は一瞬説明を躊躇った。

「――見ての通り、光の石は大地と結合している。そう簡単に取り出せるものじゃない」

 答えられない私に代わって、ミズミが口を挟んだ。

「この光・闇の石は、光の力によって闇の力を制御する恐ろしい石だ。この石が闇の力を制御して、その制御した闇の力でオレたち闇族を生み出している。それこそこの石の力があれば、世の中のどんな魔物、どんな闇の力も光の力のもと、支配して我が物にすることができるだろうな」

 その説明は酷く納得がいった。この空間に響く闇の音は、放っておけばいくらでも全てを汚染するだろうと思った。しかしそれらが亡霊の鳴き声のような音しか放たないのは、それがどこかで制御されているからだ。それこそ制御がなければ、あの石版を動かした直後に私達に襲いかかってきてもおかしくない程の凶暴性が、威力が、この闇の力にはある。

「この石は、闇族を生み出すほどの膨大な闇の力を制御している。ここから無理に動かそうものなら、それこそ、この世界が全て闇の世界になってもおかしくはない」

 ミズミのその説明にダジトが短く息を吐いた。

「わからなくないな、この空間を埋め尽くす闇の気……今まで感じたことがないくらい酷いもんな……。あ、亡霊の魔物に取り込まれそうになった感覚にちょっと似てるか」

 そう言って私を見る少年に、私は思わず声を上げた。

「ああ、あのウレノの町に行く途中の鉱山跡地であった出来事だね」

 そう考えるとやはりこの空間の闇の気配は酷いのだ。魔物に取り込まれる感覚――それに近いのだとしたら、それこそこの世界が闇に取り込まれるといっても過言ではない。

「て、ことは何? この光の闇の石はここから動かせないってこと?」

 せっかちなダジトの言葉にミズミは頷いて見せた。

「そう簡単には動かせまい。過去にこの闇の力を手に入れようとした者もいたが、それが今はできないようにオレが結界を張っている。それこそ、このオレを殺しでもしなければ、この石は奪えない。尤も――仮に動かしたとしても、この闇の力を手にした途端、身体も精神も破壊されるだろうがな……」

 ミズミの言葉に私は入り口の石版を思い出す。あの石版はミズミが触れて初めて動いた。ということはあの石版に彼女の術が施されていたのだろう。

「なるほどな〜……。じゃ、きっとアニムスたちが来ても奪えないな、ここの石は。……あ、ネスグナが言っていた『持ち出せない』ってこういうことだったのか」

 ミズミの説明に、ダジトがイシシと明るい声で笑う。この暗い空間に不釣合いな笑い声に、見ればミズミの表情が緩んでいる。その一方で私には疑問も浮かんでいた。

 ネスグナ……光の石の守護役だから、光の石について詳しいことはわかるが……それにしても、闇族の石についてまで知っているとはどういうことなのだろうか……。

「これで分かっただろう、ここの光の石の正体が」

 腕を組み、話をまとめるように王が言う。私は考えていた思考を中止し振り向くが、ダジトはまだ納得がいかないような表情で首をひねっていた。

「そりゃ……ここに石があるのはわかったけどさ……。結局闇の女神サマって、この石だったってこと? そうだ、それにその…ガイアサンジスとかいう宝石との関連性も……今ひとつわかんねーけど……」

 その言葉に、ミズミがちらと私に視線を向けた。

「――いいですよ、彼には全てを話してやってください」

 心音こころねで問われる前に私は声を発した。見た目は少年少女だが、光の石の守護役として、事実を受け入れて先に進めるだけの強さが彼らにはある。私の言葉に一瞬言葉を飲み込むミズミだったが、すぐに一つため息を挟んでその重たい口を開いた。

「――話すと長い――簡潔に行くぞ」

 ミズミはそう言って盛り上がった部分をあごでさしながらその目を細めた。

「闇の女神は……今ここにある石とともにまだ身体は生きている。しかし、その魂は石と同化して、眠っている状態だ。いつしか地表に開放されるその目印として、地表に現れたのが、このガイアサンジスだ。言ったろう? この石は女神の魂の一部だと――」

 彼女の指先は静かにその宝石を撫でている。説明を受けながら盛り上がった部分を見つめていたダジトも、私と同じ事に気がついたようだ。無言でその口元を抑え眉を寄せていた。彼女は続けた。

「闇の女神が大地に沈んだのははるか昔の話――いわゆる超古代文明時代の話だ」

 そう、この光の石は――はるか昔の遺産だ。超古代文明との関連が深いアイテムなのだから、その石でもって神になったのだとしたら、それはきっと超古代文明時代の話なのだろう。

「だが、闇の女神が大地に沈んだ理由……それは、そもそもこの強大な闇の力を封印することが狙いだった。超古代文明時代の人々は――世界を光だけの世界にし、理想的な世界を作ろうとした。だが、それで世界の調和が崩れた」

「……なんだか……ネスグナが言ってた話と似てるな……」

 ポツリ呟く少年に私も視線を送り無言で頷いた。

「世界の調和が崩れた時、世界は破滅に向かう。そうやって――超古代文明は滅んだと……そうオレは聞いている」

「――だとしたら……超古代文明時代を終わらせたのは……この光の石だったということですか……?」

 私が漏らした言葉にミズミは初め無言だった。頷きもせず深く息を吸う。

「――強すぎる力は時にわざわいを招く。使い方を間違えば――そういう結果になるということさ」

「……だから……光の石を守れと……オレたち守護役が付けられたってことか……」

 暫しの沈黙を挟んで、ダジトが呟くようにいった。そのダジトの心音こころねに共鳴するように、ミズミが低い声で答えた。

「光・闇の石は、いうなれば使い方を間違ってこういう結果になった。悠久の時を超えてもなお――大地に沈められて開放されることがない、地獄の苦しみを……闇の女神は味わい続けているのさ……」

 重い言葉に私たちは無言だった。言うなれば――呪いのあのさなかにずっと意識を留められている感覚なのだろうか……覚めることの出来ない悪夢を――ずっと見続けているのだろうか――。

 私はあの頭部を見た。女神というのだからきっと女性なのだろう――。性別もわからないほどに形をなくした頭蓋骨のような頭部。くぼんだ瞳。大地の動脈に繋がれてその管となっているだけの肉体――。震えこそすれ、彼女のその瞼は、二度と開かれないような気がした。




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