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言霊使いと秘石の巫女  作者: Curono
5章 秘石の謎解き
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闇の女神の魂


 地下だから当然と言えば当然だが、道は真っ暗だった。だた道が暗いだけではない。肌にまとわりつく空気の感じが重い。闇の力が溢れ出しているのだろう。それにダジトも気付いたのか、階段を降り始めてまもなく彼は言った。

「ひでえ場所だな。クーフさん、ライトつかっていいか?」

「ああ、頼むよ」

 彼の申し出に私が頷くと、ダジトはすぐに炎系のライトを空中に浮かべた。その暖かそうなオレンジ色の光にやられて、私達の周りにあった闇の力もわずかながら薄れる。

「闇の波動がすごいな……クーフさんもわかる?」

「ああ、相当な闇の力だね」

 ダジトの言葉に答えながら、私は心の耳に届く鳴き声に眉をしかめていた。まとわりつくのは闇の波動だけではない。心の耳に届く音が、あまりに邪悪で呪いを受けた時の感覚を思い出す。石化の呪いを受けた時は、呪いの音が体の内側から響いて、自分以外の何者かに体を乗っ取られるような音だった。さすがにその時と比べればはるかにマシだが、それでもあまり聞いていたい音ではない。

「大丈夫か、ちゃんとついてきているか」

 前方から聞き慣れた声が響いた。見ればダジトのライトの先で、うっすらと青白い光の珠が浮かんでいる。やはりそうだ、エンリン術のライトの術だ。ミズミの細い指先のその上で、エンリン術の言葉の列が表面を流れている光の珠が、私達の視界にもはっきりと写った。

「へぇ、闇族でもライトって使えるんだな」

 素直にダジトが驚くとミズミは口の端を歪めて一笑した。

「それより、お前たち大丈夫か? 闇族ならばそこまで辛くはないが……お前たちのような精霊族だと、このような闇の力が強いところは苦しいんじゃないのか?」

 珍しくミズミが私達を気遣う言葉に、ダジトがイシシと笑った。

「舐めないでくれよ、これでも闇の力を払いのける光の石の守護役だぜ。これくらいの闇の力、どうってことないぜ」

 いつものダジトの様子に思わず私も笑みが溢れる。どうやらダジトもだいぶ心を許してくれるようになったのだろう。

「あはは、それなら良かった。気分悪くなったら言ってね」

 ダジトの言葉に、長身の黒髪の男が無邪気に笑った。喰族という攻撃的な一族でありながら、こんなにも無邪気に敵対心もなく接してくれるとは――。闇族にもこういう人もいるのだと、単純なことだがやけに心に響いた。

「お、おう」

 さすがにダジトも同じだったようで、少々長身の男の態度に面食らっていたようではあったが、私と同じくうれしく感じたようだった。私とダジトはちらを視線を交わし、思わず笑いあった。

「フ、少しはオレ達を信用してくれたようだな」

 私達の心音こころねを聞いたのだろう、背中を向けてミズミはそう声をかけてきた。声色こそはいつもの調子だが、どことなくいつもより明るいような気がした。

「ま、まあな……。そ、それより、これはどこに繋がってるんだ?」

 ミズミの問いかけに戸惑いがちではあるが、基本的に真っ直ぐな性格のダジトは素直にそう答え、すぐに質問を投げかけた。今は仲良く和むことよりも、この先のことが気になる。それは私も同じだった。

 ミズミは一呼吸置いて答えた。

「この道は、闇の女神への道と言ってもいいだろうな」

「闇の女神……って、え、神様がいるところなのかよ?」

「ああそうだ」

 ダジトの質問にあっさりとミズミは答えて階段を降り続けていく。あまりにあっさりした回答に、ダジトは私を見上げて首を傾げる。私も少々困惑した表情をしていたに違いない。ダジトの視線を受けた後、私もミズミに質問を投げた。

「闇の女神という偉大な存在に、私達がお会いできるんですか?」

「――ああ、そうだな……」

 ミズミの回答はいやにあっさりしていた。そのあまりに裏のない答えに、逆にこちらは困惑してしまう。しかし答える彼女から聞こえる心音こころねはあくまで冷静だ。どっしりと構えた覚悟を感じさせる心の音は、彼女が嘘をついていないことを意味している。

「……どうやら、本当のようですね」

「え、まじかよ?」

 私の言葉にダジトはやはり怪しんでいるようでまだ腑に落ちない表情だ。

「ま……でも、光の石は闇の女神が持っているって言うんなら、その女神様に会わなきゃ、石も見れないか……」

 ダジトが独り言のようにブツブツ言うその一方で、ミズミはかすかに笑ったように聞こえた。

「ところで、お前たちは闇族の歴史は聞いたことはあるか?」

 唐突にミズミは私達にそんなことを問う。意味がわからないダジトはまた首をひねる。ミズミの心音こころねの響きは、大事なことを話そうとしているのであろうことはなんとなく察しがついた。しかし何がどうつながってくるのか、私にもさっぱりわからない。

 混乱する私達を置いて、ミズミは独り言のように話し続けていた。

「闇族というのはな、自分たちの歴史をよく知らないんだ。闇の女神が自分たちを産み落とした、ということ以外はな。だが、オレは少しだけ詳しく聞いたことがある。闇族の始まりは、二人の樹族だったんだと」

 その言葉と彼女の声色で私の心臓が速くなった。なぜだろう、嫌な胸騒ぎがしていた。

「二人の樹族は、母である闇の女神の声を聞くことができた。女神は地下深くに沈められていて、外に出たいのだと――そう二人は聞いたのだ。だから二人は女神を外に出そうと決めた」

 ミズミの声は、暗い階段にいやに響いた。心に響く闇の鳴き声が徐々に大きくなっているが、その音にミズミの声が負けないくらい、なぜか強く響いていた。

「そんな樹族の二人の前に、一人の神が現れた。そいつは闇の神と名乗った。闇の神も闇の女神を助けだそうと協力してくれた。一人の神と二人の樹族は女神を救い出そうとした。だが――失敗したのだ。そして、女神の代わりに、邪悪な闇族が生まれてきた」

 一瞬だったが、長身の男、ハクライの心音こころねが揺らいだ。ミズミの深く息を吸う音が聞こえ、間を取ってまた言葉が続いた。

「邪悪な闇族はたくさんの生き物を汚染した。時に殺され、犯され、食べられ――生きるという行動から外れた邪悪な感情や欲望で、地表の命あるものを汚染していったそうだ。それは闇族の同士でもあったし、二人のような樹族も襲われた。そしてそんなことが何十年、何百、いや何千年と続いた時だ。これ以上被害を増やすことはできないと、光の神が現れた」

「光の神!?」

 その言葉にダジトが思わず声を上げる。光の神といえば、光の石にも関わる神だ。驚く私達を置いてミズミの言葉は続く。

「ああ、光の神だ。光の神は、闇族の大陸に結界を張った。闇族がこの大陸より外には出れないようにと――。近年、闇族の進出が騒がれるのは、その結界が切れたからだと――そうオレは聞いていた」

 ミズミはそこでまた一つ深呼吸した。その言葉の切れたタイミングをついて、ダジトが質問を投げかけた。

「じゃあ、その闇族の進出を防ぐために……光の神が関わったってことは、もしかして、その時に光の石が関係してきたってことか?」

 その言葉に、ミズミは背中を見せたまま首を振っていた。

「そんなカンタンな話なら、苦労しないんだがな」

 その言葉に私は固唾を飲む。話はまだまだこれからなのだ。

「そもそも、おかしいと思わないか? 闇の女神は外に出たがっていると、始まりの樹族は言っている。神と言われるだけの存在が、どうして自らの意志で出ることが出来ない? そして、どうしてそれを子供である樹族が助けようとし、闇の神という存在まで出てくるんだ?」

「……確かに……そうですが……」

「でも、神話なんてそんなもんじゃないか? 神様ったって万能じゃないんじゃないの?」

 あっけらかんとダジトが答えると、ミズミもハクライもくすりと笑った。

「お前の言うとおりだ、確かに神とて万能ではない」

 しかしすぐに真面目な口調に戻るとミズミは言葉を続けた。

「完璧ならば、オレたちのような闇族が生まれるはずもなかったんだ。闇の女神を救おうとして、失敗して生まれたのがオレたち闇族なのだとしたら、闇族は神々が望んで生み出した存在ではないということだ」

「そんなこと――」

 思わず口をついた言葉に、ミズミが思いがけず視線を向けてきた。

「闇族というのはな、呪われた種族なんだ。邪悪な闇の力に汚染されて生まれてくる種族なんだよ」

 その言葉を吐く彼女の瞳は紫色に揺らめいていた。しかしいつものアメジストのような瞳は珍しく憂いだ感じがあった。

 思わず言葉をなくす私に、ミズミは一息挟んで言葉を続けた。

「邪悪な闇の力に汚染されて生まれてくる、オレたち闇族……じゃあその母といわれる『闇の女神』は、その邪悪な力そのものじゃないか、そうオレは思っていた」

「ま、そりゃそうなんじゃないの?」

 ミズミの言葉に、ダジトがさも当たり前のように返事をする。しかしミズミはゆっくりと首を横に振った。

「それが……違っていたんだよ。見てみろ、このガイアサンジスを――」

 そう言って、前方のミズミが振り向いて首元の宝石を指さした。それを、私とダジトは凝視する。水面のように揺らめく青い宝石――。私は響いてくる音に耳を澄ます。水面のように揺れる輝きは、規則的に揺らめくような音がしていた。じっと耳を澄ませば、それはまるで寝息のようにも聞こえる。

「……随分穏やかな力を放つ宝石だな」

 力を見ていたのであろうダジトが眉を寄せて感想を述べる。

「どうだ、この宝石から闇の力を感じるか?」

 ダジトの言葉にミズミが逆に問いかける。その問いに思わずダジトは私に視線を向けた。

「闇の力……? いや、オレは感じねーけど……」

「私も感じないよ」

 自信無さげに呟くダジトに続けて、私も首を振る。私達の反応を見て、ミズミはわずかに視線を落とした。

「この石はな、闇の女神の一部……いうなれば、魂の一部みたいなもんだ」

「闇の女神の……魂……?」

 素っ頓狂な声でダジトが復唱する。

「なんか……想像つかないな……神様の一部だなんて……」

 それは私も一緒だった。そもそも神という存在自体、普通に見ることができるはずがないのだから、その一部と言われてもピンとこないのも無理は無い。尤も、それほどにまで偉大なアイテムが存在することすら、世界で見ても稀なはずだ。

「まあ、お前たちのその反応は自然だろうな。オレも昔はただの力ある石だとしか思っていなかった。偉大な力を持つ石で、王だけが持つことが許される石、とな」

 その言葉に、私よりも先にダジトの心音こころねが反応した。ギクリと響くそれは、彼の心臓の音そのもののように聞こえた。

「ただの力ある石……か……。まるで、オレたちが守っていた光の石みたいだ……」

 その言葉に、口の端にうっすらと微笑を浮かべて、またミズミは歩き出した。暗い階段に四人の足音が響く。ずっと心に響いてくる邪悪な声は、うるさいはずなのに不思議と意識はそちらに向かなかった。

 光の石とは一体なんなのか、ズスタの基地にいた時、四人で話したことがあった。あの時も三人の守護役は、石はただ力ある不思議な石だと、正体もわからないままに守ってきていたと言っていた。もしかしたらミズミの持つガイアサンジスも、正体が一体なんなのかわからないまま、ただ王の証として受け継がれていただけなのではないか――。それこそ、闇の女神の一部だと、ただ伝承されていただけで本当はなんなのか、わからないままに――。

 私の思考に答えるように、再びミズミが口を開いた。

「このガイアサンジスはな、持ち主の心を写す。邪な思いを持つ者が持てば、世界は生物に邪な思いを向ける。強欲な者が持てば、生物は強欲に奪われる。残酷な者が持てば、生物は残酷に傷めつけられる。そうやって、この闇族は、残酷な運命の輪に囚われているのだと――そう、オレは聞いた」

 ふいに心に響く邪悪な鳴き声が強くなった。思わず眉をしかめると、隣を歩くダジトも急に咳き込んだ。

「あ、気をつけて、どんどん闇の気が強くなるから、キミたちには瘴気かも」

 ハクライがその黒髪を揺らして振り向いた。その言葉にダジトは浮かべていたライトの明かりを強くする。と、同時に周りを取り巻いていた重たい闇の気が和らいだ。

「クーフさんは大丈夫?」

 薄れた瘴気に一つため息を付いてダジトが問いかけてきた。

「私は大丈夫。さすがだな、ダジト」

 光の術を得意とする光の石の守護役ならではの力だ。特にダジトが得意とする炎系の光魔法は、死の邪気を焼き清めるのだろう。私の言葉に一瞬得意げに笑う金髪の少年だったが、すぐに前を向くとミズミに視線を向けた。そんな私達のやり取りを横目で見ていたミズミは、少年の視線に気がついてまた話を続けた。

「なぜガイアサンジスが持ち主の心を写し、それがそのまま世界に影響するのか――それは、この石がオレたち闇族を産み落とした闇の女神の一部だからさ」

「そのガイアサンジスが闇の女神の一部だってことは何となくわかったけどさ、でもそれと光の石がどう関係するんだよ?」

 いつものせっかちな性格が出て、ダジトは質問を投げかける。その質問に気を悪くするかと心配したが、ミズミはクスリと笑ったように聞こえた。

「女神の魂の一部であるこの石が、邪悪なものでないとしたら……じゃあ闇の女神は一体何なんだということになる。少なくとも、邪悪な力そのものではない」

 その言葉にダジトは深く息を吸う。

「まあ、そうだよな……。その宝石を見た感じ、闇の力は一切感じなかったし」

「ですが、神に魂など……そもそもあるんですか?」

 単純に気になって一言問いかけたつもりだった。思いがけず、ミズミはその心音こころねを揺らめかせた。立ち止まり、横顔のまま視線を向けるミズミと目が合う。

「……もしも――その神とやらが、元は人間だったら――どうだ?」

 ミズミが吐いた言葉に、一瞬呼吸が止まっていた。

「闇の女神が……元は人間……!?」

 暗い洞窟に似合わない大声が響いた。ダジトだ。

「どーゆーことだよ? そもそも人間が神様になれるって……おかしくないか?」

 にわかには信じられず、ダジトの顔には困惑の色が色濃く表れていた。私ももちろん、そんなことがあるはずは――と思って口にしようとした時、それが言い切れないことを思い出したのだ。


「――強大な力を持ち、その昔、この石の力によって世界を支配することができたといいます。そう――世界全ての力を我が物にして、人が……」


「――そんな……まさか……」

 言葉を無くす私に、ミズミは振り向き正面を向いた。その表情は落ち着いていて、それでいて自嘲気味に笑っているように見えた。

「……心当たりがあるようだな、クーフ」

 その言葉にダジトが私の顔をのぞき込んでいた。

 脳裏に浮かんだのは、ネスグナの言葉だ。あの時、確かに彼は言っていた。光の石の力は強大で、それこそ……

「人が……『神』になるほどに……」

 思わず漏れた言葉に、ミズミがニヤリとその笑みを強めた。

「え、何、どういうこと……?」

 まだ私とミズミのやり取りの意味がつかめていないダジトが、私たちの顔を交互に見て首を傾げている。

「ダジト……。あのネスグナの言葉を覚えているかい……?」

 急な話のふりに、ダジトはきょとんと目を丸くする。

「え? ネスグナ? ……ああ、あの光の風の石の守護役……。え、あいつの言葉……?」

 まだ話が見えないダジトに、私は頷いて言葉を続けた。

「彼が……光の石について警告を聞かせてくれたことがあっただろう? 超古代文字で書かれたあの石版には何が書いてあるのかと……」

 その言葉にようやく思い出したのか、ダジトがああ、と声を明るくする。

「あー、あれか! たしか、石を己の欲のままに使うなって……世界の破滅を招くとかどうとか……」

「その時、彼は言っていただろう……? 光の石の力は強大すぎると――それこそ……人が神になるほどに……って――」

 その言葉にダジトの顔色が変わる。みるみる血の気が引いて青ざめていく。

「ま……さか……え……? じゃ、じゃあ闇の女神ってのは……」

「その通り」

 言葉を続けたのはミズミだった。

「闇の女神を生み出したのが――お前らが守護し、探している、あの光の石なんだよ」




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