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言霊使いと秘石の巫女  作者: Curono
5章 秘石の謎解き
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封印の土地


 随分と劣化の進んだ石版だった。草原の草に埋もれ、蔦が所々絡み、地面に近い部分は苔にも覆われていた。表面に何か書かれている。あれももしかしたら超古代文字だろうか。

 近づくにつれ、その石から奇妙な力が発せられているのがわかった。穏やかな森の空気に紛れて風で揺らめくように強弱をつける音は、まるで何かの呼吸のようにも聞こえた。

「あの石版はなんなんだよ、闇族王?」

 石版をあごでさしながらダジトが問うと、ミズミは一瞬彼を見、無言でそのまま私を見た。

 彼女の放つ音でわかる。私は心の耳を研ぎ澄ました。

(クーフ、お前には聞こえるな?)

 心に直接、ミズミの心音こころねが響く。

(ええ……黒い闇の力が眠っているかのような……そんな呼吸の音が聞こえます)

 同じく口を動かさず私も心音こころねを飛ばして答えた。私の答えにミズミは口の端を歪めて笑った。

「あれは入り口だ。お前たちが探している物の在り処さ」

 今度はきちんと肉声で答えると、その答えにダジトもスランシャも息をのむ。

「あの石版が……入り口?」

「……でも、一体どこにつながっているのかしら……?」

 スランシャの言うとおりだ。石版は草原にただ一つ佇むだけで、どこにも入り口らしきものはない。

「まさか、転送魔法でも仕掛けられてるの?」

 私の腕の裾を掴んだままリタが問う。その問いに闇族王は首を振った。

「あの石版の下に道があって、その先に石はある。だが……」

と、そこでミズミはリタとスランシャを交互に見つめて少々困った顔をしてみせた。

「正直、この先にあるものを…女には見せたくない」

「えー、どうして?」

 反射的にリタが口をとがらせると、スランシャも困惑気味に首を傾げる。

「どういうことですの?」

 王はうつむいて深く息を吸った。無言でいたが、その間にも彼女は私に向けて音を飛ばしていた。

(警戒するな。この場所は安全だ。ただ――)

 心音こころねが揺らいだ。苦しげに軋む音は、彼女自身も心を痛めている証拠だ。

(酷な風景を見せることになる。女にはショックが大きかろう)

 どんな風景なのか、さすがにそこまでは音では伝わらない。しかし響く音の揺らぎ方と澱み具合が酷い。彼女自身、その風景に気分をひどく悪くされるのだろうということは想像に容易かった。闇族王のミズミですら、心を痛める風景――。想像するもの正直嫌ではあったが、私はその音に覚悟を決める。何を見ようとも、真実を知るためだ。

 彼女の心音こころねに、私も心音こころねで答えた。

(ここで二人は待たせますか)

(ああ)

 私の返しに、少々安心したような響きを放って、それからミズミは頭を上げた。

「ここから先は危険でな。男だけで行ったほうがいいだろう」

「えー、私も行きたい!」

 リタがすぐに反発し、私の袖を掴む。

「光の石が本当にあるのか、それに今までの話を聞いて、イマイチ見えてこないんだもん。真実がこの先にあるなら、私も見たい」

 真剣にまっすぐ見つめてくる少女に、ミズミは案の定深いため息をついた。

「やめておけ。少なくともオレは勧めない」

 その言葉に、今度は私を見上げてくる。私はそんなリタの大きな瞳を見つめ返し、そっと彼女の肩に手を乗せた。

「ここはミズミに従おう。この先のものは、私達で確認してくる。スランシャと二人で待っていて」

 私の言葉に、でも、とそれでも行きたそうな少女に私は微笑んでみせた。

「彼らを困らせないであげよう。大丈夫、ちゃんと後で二人にも話すから」

 その言葉に、ようやく少女は首を縦に振った。また頬を少し赤らめてうつむきがちではあったが、なんとかいうことは聞いてくれたようだ。

「バラバラに行動するのか?」

 王の言葉に、ダジトが警戒気味に低く問う。そんな彼を横目で見、王はため息混じりに答えた。

「心配するな。メイカを守り役につけておけば、二人をここにおいても安心だろう?」

「…………」

 まあ、そうは言われても、まだ打ち解けきっていない彼が心配するのは無理もない。ダジトが心配そうに私を見上げるので、私は微笑み返してみせた。

「確かにこのあたりは魔物もいないだろうし、賊が襲ってきても、ウリュウさんなら大丈夫だろう。私とダジトで行ってみよう」

「大丈夫か……? そんなこと言って、オレたちをバラバラにして二人をさらったりしないかな?」

 眉を寄せ、警戒気味に呟く少年の肩を叩いて私は強く頷いた。

「ここまで来たら、ミズミの言葉を信じるしかないだろう。それに、本当に彼らは私達に敵対意識はもうない。心配ないよ。寧ろ――」

と、私はミズミの背中に視線を向ける。

「この大陸では、強すぎるくらいの助っ人じゃないかな」

 私の言葉に、不機嫌気味に鼻を鳴らす音が響いた。そんな王の様子に、私よりも先にリタが笑った。

「ミズミ、クーフさんがあんなに褒めてるんだから、素直に喜べばいいのに」

「うるさい」

 そんなやり取りに、思わずダジトの表情も緩む。

「……わかったよ、オレとクーフさんの二人が付いて行けばいいんだな」

 彼の言葉に、ミズミも石版の眼の前に立って振り向いた。

「ああ、光の石とご対面といこうじゃないか。光の守護役とやらがいたほうが、本物かどうかを見極めるのが楽だろう」

 石版の前まで私達が歩み寄ると、奇妙なことに気がついた。石版のすぐ隣に地下への道があるとミズミは言っていたのだが――

「あれ、地下への道なんてないよ、ミズミ?」

 いち早くそれに気がついたリタが首をかしげる。石版の足元は草が生い茂るばかりで階段らしいものは何一つ見当たらない。

「石版の後ろにもないぜ」

 石版の背後に回っていたらしいダジトが、ひょっこりとその金髪頭をのぞかせながら言う。二人の言葉にミズミは静かに答えた。

「光の石のある場所に、そんな簡単に道を開けておくものか。ちゃんと仕組みがある」

 ミズミは石版に右手で触れた。その瞬間だった。石版から重い音が響いてきた。もちろん、みんなには聞こえないであろう。何か力が作動した時に発する、エンリン術で聞き分けられる音だ。

「……クーフさん、もしかして――」

 リタが私の腕にそっと頭を寄せて見上げてきた。私は視線を一瞬だけ向けて頷いた。

「ああ、音が鳴り響いている。強い――闇の音だ」

 そう、例えるならば何かの鳴き声のような重い音だ。石版が動いた直後、それは大きく鳴り響いた。何かに悲しんでいるのか苦しんでいるのか、それとも呪っているのだろうか――。そんな重い重い負の感情を吐き出す、まるで亡霊の鳴き声のような音だ。しかもそれがずっと遠くから響いている――そんな印象を受けた。きっと目的の場所は意外に遠いのだ。

 そんなことを思っている間に外界には変化が起きていた。ミズミが石版から手を離した時には、石版は静かに後ろに動きはじめていた。ズズズと地面を重いものが這う音と一緒に、その地下から聞こえてくる悲鳴のような音が重なって思わず私は眉をひそめた。

「これでこの先にいける。メイカ、ここから先はオレたちだけで行く。リタたちを任せたぞ」

「ハイハイ、しっかり守りますよ」

 うっすらと微笑を浮かべて軽く答える男に、ダジトは一瞬むっとしたように視線を向けた。そんな彼に気づいているのかいないのか、ウリュウは彼には視線を向けず、ただ自分の主人の姿を追っている。

 軽い返事ではあったが、男の響かせる音でわかる。ウリュウは今の王の命令で完全に体制を変えたのだ。周りに対する警戒心を一気に広め、彼の斜め後ろのいる少女二人に対しても注意を払っている。おそらく今魔物がリタとスランシャを襲いに来たら、間違いなくこの竜の牙に命を落とすことになるだろう。

「さあ、案内しよう。クーフ、ダジト、ついてこい」

 ミズミの横顔が苦しげに微笑んでいるように見えた。しかしそれも一瞬。すぐに闇族王は背を向けて徐々にその姿を地表から消していった。そんな彼女に続けて、黒髪のハクライが続く。

「クーフさん、いいんだな」

 念を押すようにダジトが強い目で私を見上げる。私は強くうなづいてみせた。

「ああ、行こう」

 おそらく、この先にあるものは今の私達には想像のつかないものが待っているのだろう。それを受け入れるために、私は覚悟を決めた。静かに息を吸い、私は二人の消えた薄暗い地下を睨んだ。

 覗けば急な階段がずっと下まで続いていて先が見えない。階段の幅は石版の横幅とほぼ同じ幅で、延々と下に続いているようだった。そこまで先に行ったとは思えないのだが、すでにミズミとハクライの姿を確認することはできない。

「クーフさん、ダジトさん、気をつけて」

 リタが心配そうに私達を見上げる。

「大人しくあたくしたちここで待っていますわ」

 二人の言葉に、私もダジトも深く頷いた。

「じゃあ、行ってくる」

「スランシャはウリュウに気をつけろよ!」

 そう言い残し、私とダジトも地下へ続く階段を降りていった。




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