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言霊使いと秘石の巫女  作者: Curono
5章 秘石の謎解き
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ガイアサンジス


「ガイアサンジス……?」

 聞きなれない言葉に、思わずリタの声が漏れた。

「なんだそれ? それが闇族王と関係するのかよ?」

 ダジトが首をかしげると、思いがけずミズミが口を開いた。

「ガイアサンジスとは、これのことだ」

 そう言って彼女は立ち止まると、私達の方を向いて自分の首元を指差した。そこには青い海のような深い輝きを放つ宝石が一つ飾られていた。

「あら、素敵な石ですわね……」

 思わず見とれるようにスランシャが言うと、リタがへぇと感心するように呟く。

「ただの装飾品かと思ってたけど……ちょっと違うんだ?」

 その言葉に、ミズミはそっと首元の石を撫でた。細い指の下で、宝石は揺らめくように輝いていた。普通の石ではない。まるで水面をそのまま閉じ込めたかのような輝きだ。おそらくは中に何かを閉じ込めてあるのだろう――。そんな揺らぎを感じる。

「この石は、闇族の王になるものが代々受け継ぐものだ。受け継ぐ者は毎回違う。王を目指す強欲な者たちが殺し合ってこの頂点にたどり着く。言わば、闇族の中で一番強欲で一番強いものこそが手にすることができる、呪われた石なんだよ」

 撫でながら説明するミズミの口調は、どこか自嘲気味に聞こえた。しかしそれでいて、そんな強欲な者たちに向ける嫌悪感もむき出しにしている口調だった。揺らめく心音こころねに、どこか寂しげな音を感じたのは気のせいだろうか。

「そ。闇族王はこのガイアサンジスを我が物にするからね。だから、ボクたちは闇族王を守るんだ。それが結果的に――このガイアサンジスを守ることになるからね」

 立て続けてウリュウが説明するその口調は、随分と無機質的だった。役目であるがゆえに義務的にただ守っているのだろう。そこにウリュウ本人の意思はないように思えた。

「なんだぁ……ウリュウさんてあの宝石を守るためにお仕えしてるんですか」

 少々残念そうにリタが呟くと、ウリュウはケラケラと声を上げて笑った。

「あはは、なんだいお嬢さん。ボクがあの宝石を守るのは意外かなぁ?」

 ウリュウの言葉に、リタは少々うつむきがちに呟いた。

「意外っていうか……私、てっきりミズミの部下として……ミズミだから、従者をしているのかなって思ってたから……」

 本心で思ったことをそのまま素直に述べる少女に、珍しくウリュウが優しい表情を見せた。その心音こころねまでも、珍しく穏やかに鳴り響いた。

「まあ、そりゃあ代々の言い伝えだから、ガイアサンジスを守るのも大事な仕事だけどさ。こう見えて、スティラ様に仕えているのはボク自身の意志なんだけどねぇ」

 そう言いながら横目で主を見る男の瞳には強い光があった。竜といえば精霊よりも強い力を持つ霊獣……いや、場合によっては神に使える神獣とも呼ばれる種族だ。当然プライドも高い。おそらくウリュウ自身、ただの言い伝えを守るだけではなく、自分の意志でこの闇族王に仕えることを決めたのだろう。

 竜すらも納得させるだけの人物――ミズミ・スティラ――。

 正直、彼女のことをそんなに詳しく私たちはまだ知らないのだ。闇族の王でありながらその性別は女性であり、そのことは秘密にしている。それにまだ解けない謎があった。どうしてミズミは、ナナリーを知っているのだろう………。

 そんな私の思考も長くは続かなかった。

「で、ウリュウの正体とその闇族に仕える理由はわかったけどさ、それが光の石とどう関係するんだよ?」

 結論を急ぐダジトはうんざりした様に質問を投げる。その言葉に私もリタもスランシャも、視線をウリュウに向ける。いつもならそれに乗ってからかい気味に答えるウリュウが、この時は真面目な表情で彼を見据えた。

「このガイアサンジスに関わる人物が――その光の石を持つ人だからだよ」

 その答えに私たち全員が絶句した。

 光の石をもつ人物――その人物が――やはりこの闇族の大陸にいるということか――?

 一瞬の沈黙を挟んで、最初に声を発したのはスランシャだった。

「そ、それは……本当ですの……?」

「闇族の人が――光の石を持ってるの――?」

 リタも困惑気味に疑問を口にすると、ダジトも険しい顔であごを抑えこむ。

「まさか、闇族の大陸に光の石の守護役がいるってことか……?」

 そこまで言って、金髪の少年ははっと気がついたように勢い良く顔を上げると、前方の王に向かって声を荒げた。

「ま、まさか、闇族王のアンタが――」

「阿呆。そんなわけがないだろう」

 ダジトの言葉に重ねるようにミズミのツッコミが入る。

「大体光の術に弱い闇族が、光の石を持ってどうするんだ。持っていたところで自分にも害がある。そんなものを闇族が持つはずもないし、欲しがるわけもないだろう」

 尤もな意見に、ダジトの勢いがしぼむ。

「それもそっか……。じゃあガイアサンジスに深く関わる人物って――誰なんだよ?」

 その問いに、私はあることを思い出した。

 そう……たしかあれは、この大陸に来てウリュウに案内されたあの神殿での出来事だ。あの「闇の女神の神殿」であの男はヒントを漏らしていた。しかし……。

 頭に浮かんだ回答に、私は思わず息を飲む。もし私の予感が正解だとしたら、ますます意味がわからない。

「クーフさん……?」

 それに気がついたリタが私の顔を覗き込む。私は一瞬彼女を見、そして迷いはあったがそのままミズミに視線を向けた。

「――まさか――光の石をもつ者というのは……『闇の女神』――ですか……?」

 私の言葉にミズミが満足そうに、しかし冷たく微笑んだ。

「そのとおり。さすがだな」

 思い出したのはウリュウに案内された闇の女神の神殿だ。あそこの石版には超古代文字で女神がなにか力ある石に関連すると――そう記されていたように思う。

 闇の女神が、ガイアサンジスに関連し、光の石に関連するとは――一体どういうことなのだろうか……?

 私の答えに、案の定ダジトが困惑した声を上げた。

「はあ!? 闇の女神って、この闇族を生み出したって言われる神様……だろ?」

「そんな闇の力に特化している神が……光の石を持つだなんて……一体どういうことですの?」

 立て続けにスランシャも疑問を口にすると、闇族王は無言で振りむいた。その顔は穏やかで、しかしどこか寂しげな色が見えた。いつも穏やかなときは緑色に揺れる瞳が、ゆらゆらと怪しい紫色の光を帯びていた。王は静かに私達の顔を見、唇はひとつも動かさなかった。むしろ彼女は私達の心音こころねを聞いていたのだろう。響かせる彼女の音はとても透明で、すっと心の奥に入り込むと、そのまま冷たい水が流れるように心に一瞬ひやりとした感覚を残して通り過ぎていく。

「――ま、お前たちがそこで混乱するのは当然だろうな」

 しばらくの沈黙を挟んで、ミズミが静かにそう声をかけてきた。無言の私達の目の前でミズミはゆっくり背を向けると、そのまま歩き出した。歩くたびに肩にかけたマントが揺れ、その横を静かに風が通り過ぎていく。差し込む光の柔らかさも相まって、森は本当に平和さを感じさせていた。混乱する私達の心の中とはまるで正反対だ。

 そんな私達を置いて、ミズミの言葉は続いていた。

「お前たちが探している光の石……その最後の一つがなぜこの大陸にあるのか……そしてその石になぜ闇族王のオレやこの闇族王の証、ガイアサンジスが関連し……しかも、闇の女神まで関連してくるのか――」

と、ミズミはそこで私達の方に振り向いた。穏やかな表情ではあったが、その瞳がまた揺らめいて見えた。

「すべての真実は、この先にある」

 そう言って闇族王が指差す先には、長い草に覆われた草原と、その中にぽつんと、大きな古い石版が佇んでいた。





 空はいつもの様に高く、青く澄んでいた。キラキラと通り過ぎていく風が相変わらず楽しげに青々しい草を撫でていく。穏やかな空間に広がる白い石畳の上で、少年はひとり天を仰いで立っていた。茶色の綺麗な髪は、風にさらわれてサラサラと揺れていた。

「――まだ……石は無事のようだな……」

 誰に言うでもなく、少年はそう独り呟いた。閉じられたまぶたを開ければ、太陽の光を集めたような金の瞳に空が映る。強い光を湛えた瞳には、どこか不安そうな色があった。

「……最悪の事態が起こる前に……守護役たちに助けを与えねば……」

 言いながら、少年が視線を地面に戻した時だった。

 楽しげに草を撫でていた風の動きが変わる。不安げに一瞬揺らめいて、急に勢いを強め少年の背後に向けて一陣の風が走り抜けた。急な風の変化に少年は目を細めた。

「……なんだ……この違和感……」

 暖かな光が降り注ぎ、鳥の声も響いてくる平和な空間だが、何かが違う。表面的にはわからない何かが、大きく変化していることを少年は感じとっていた。見えない何かを確認するように、少年はゆっくりとあたりを見回す。

「光の結界が揺れている……まさか、侵入者か……」

 そう少年が呟いた時だった。不意に視界の隅に何かが写った。白い石畳、白い石の壁に大きく落ちた黒いシミのように、それは小さいながらに大きな存在感があった。茶髪の少年はその姿を見て思わず硬直した。現れた人物は背丈こそは年端もいかない小さな少年だった。しかし茶髪の少年にはわかる。その人物が並々ならぬ力を持つものだということが――。

「……よく……この神殿に入れましたね……。鍵も持たずに光の結界を超えられるとは、僕も予測出来ませんでした」

 静かに、しかし毅然とした響きで少年が声をかけると、黒い少年は視線を彼に向けた。

 黒い服装で全身を覆い、その黒髪はボサボサで逆立っている。年のわりに鋭い光を宿す大きな瞳は、深い緑色に燃えていた。

「光の力は僕自身の力……あの程度の結界など、僕にはなんの意味もない」

 幼さの残る声ではあったが、それでも冷然とした響きで黒い少年は答えた。視線をずらすことなく、黒い少年はじっと茶髪の少年を見つめ、一歩一歩近づいてきた。

「こんな神殿に何のようです」

 落ち着いた響きで茶髪の少年が問うと、黒髪の少年はにやりと口元を歪めた。

「ここにある光・風の石を貰いに来た」

 その言葉に、茶髪の少年は静かに後退った。



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