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言霊使いと秘石の巫女  作者: Curono
5章 秘石の謎解き
103/131

プロローグ 一夜明けて







「神無き時代


 混沌ありき 光と闇の偉大な石が

 神なる力 全てを統べる

 手に入れしもの 創神となる


 世界はそこで終焉となる

 命あるもの すべて消えて」

 



「……遅いわね、リタ」

「ああ」

 ポツリ呟けば、少女の幼馴染の少年も同じ事を思っていたのか、すぐに返事が帰ってきた。

 もう日は傾きだしていた。広いが随分古びて見えるその部屋には、水色の少女、スランシャと金髪の少年、ダジトしかいなかった。窓から差し込む夕日が、寂しい室内を更に寂しげに引き立たせる。西日に照らされ、椅子に腰掛けていたスランシャは目を細めた。

「治療を頼まれて出て行ったわけだから……看病しているのだとは思うのだけど……」

 言いながら、少女は一つため息をつく。大きなソファに持たれるように座っていたダジトは、向かい側に座るスランシャにちらりと視線を向けた。

「……まさかとは思うけど、クーフさんとリタ……あの闇族王に襲われてないかな……」

「……それは……無いんじゃないかしら」

 答えながら、若干その顔色には不安な色が見える。青い宝石のような瞳を一瞬幼馴染に向け、少女は不意に立ち上がった。

「あたくし、見てくるわ」

「あ、オレも行くよ。一人で行動するのは危険だろ」

 合わせて少年が立ち上がり、二人が扉に歩み寄った時だった。急に扉が開いて素っ頓狂に明るい声が響いた。

「お邪魔しまーす!」

 声ですぐにわかった。二人の予想通り、部屋に入ってきたのは緑の髪を揺らし細い目で間抜けに笑う細身の男、ウリュウだった。

「あれ、二人してどうしたの?」

 立ち上がっている二人に気がついて、ウリュウはへらへらと笑みを浮かべて首を傾げている。

「どうしたの、じゃねえよ! クーフさんとリタは何処行ったんだよ?」

「あたくしたちも看病に行こうと思いまして」

 二人の言葉にウリュウは両手の平を彼らに向け、それをひらひらさせて首を振った。

「ああ、今は二人の大事な話の最中だから行かないほうがいいよ〜。それに治療はあらかた終わったしねぇ」

「大事な話? それってなんだよ?」

 怪訝な表情でダジトが問えば、ウリュウはその口元を意地悪く歪めて笑ってみせた。

「あの二人の大事な話なんじゃないの? ボクも詳しくは知らないけどさ。でも今はそっとしとけって、スティラ様に言われちゃってさぁ〜。ボクも追い出されちゃった」

 そこまで言って、細身の男は大げさにため息を付いてまた間抜けに笑う。

「ほら、あの二人って相思相愛の仲なんじゃないの? きっと積もる話があるんだよ〜」

「……それもそうね……」

 ウリュウの言葉に無言になるダジトに代わって、スランシャが思い直したようにそう呟いた。確かにクーフの様子も、先ほど久しぶりに再開したばかりのリタも、近くにいないと不安ではある。けれども――もし今あの二人が二人きりでいるのだとしたら、正直邪魔をしても悪いだろう。そう思い直したのだ。

 そんなことを思って彼女がその細い肩を落とすと、ウリュウは彼女の水色の細い腕を取って身を寄せた。

「スランシャちゃんとボクも、いずれはそんな仲になれるといいよね〜」

「なるか、阿呆!!」

 ウリュウのセリフが言い終わらないうちに、ダジトが二人の間を引き剥がすように、ウリュウの肩を押しのける。

「もー! 相変わらずダジトくんは乱暴なんだから〜!」

「お前が強引すぎるからだろ!」

 そう言って怒る二人をしばらくあっけにとられて見ているスランシャだったが、ふと、ウリュウの様子が、先ほどまでと違うことに気づいて声を上げた。

「あら、ウリュウさん、その腕どうしましたの?」

 そういって彼女が指差す先には、ウリュウの細長い腕があった。その腕には、先日までには見られなかった白い包帯が巻かれていたのだ。

「なんだ、お前、いつの間に怪我してたんだ? てか、お前の腕ほっそいなー」

 ダジトも言われて気がついたのか、その腕をひょいと掴む。少年の大きな手で余裕で握れてしまう、異様に細い腕だ。

「ああーこれね〜。怪我じゃないよ、血をあげてきたの」

 言いながら、男はその細い目をさらに細めた。声のトーンが先ほどまでと違うことに気付いたのか、ダジトの喧嘩腰の口調も変わる。

「……血をあげた……? なんだそれ?」

 訝しげに男をみると、その視線に気づいたウリュウは一瞬だけ微笑んでみせた。

「……ボクの血はね、特殊だから」

 言い終わるやいなや、男の空気はまたあのヘラヘラと軽いものに変わる。そしてするりと少年の手から逃れると、その細い腕を天に突き上げながらご機嫌な様子で口を開く。

「それより、まもなくディナーの時間だよ〜! ささ、スランシャちゃん、おまけのダジトくん、彼らは置いといて先に食事にしようじゃない〜!」

 言いながら男は扉を押し開け、廊下に出る。

「誰がおまけだ!」

 もちろん怒りの声はダジトである。

 そんな声を背後に受けながら、ウリュウはさっさと廊下に出て言ってしまった。廊下の先に響く鼻歌が徐々に遠のいていく中、重い扉が自然と閉まり、部屋には沈黙した二人だけが立ち尽くしていた。

「……それにしても、なんだかちょっと不思議な方ね」

 ポツリとスランシャが呟くと、ダジトは呆れもあらわにため息をつく。

「正直何考えてんのか、アイツはよくわかんないよ、オレ」

「……確かにそうね……」

 答えてしばらく沈黙する少女を横目で盗み見て、金髪の少年は思わずため息が漏れる。

「……スランシャもさ、嫌ならちゃんと逃げろよ?」

「――え……?」

 急な言葉に少女が思わず振り向くと、少々本気で心配しているオレンジ色の瞳と目があった。

「ウリュウ、やたらとお前に絡むからさ……。あ、いや、スランシャが嫌じゃないならそりゃ……構わね―けど」

「……バカ」

 唐突にバカ呼ばわりされて、少年は思わずむっとしてしまう。

「な、なんだよ、人が心配して言ってんじゃないかよ」

 思わず言い返せば、少女はすでにそっぽを向いている。その様子にまたダジトは内心呆れるのだ。相変わらず天邪鬼が可愛くない女だ、本当はウリュウに絡まれて多少なり困っているはずなのに、素直にそう言わずに逆にオレに突っかかってくるんだから……。

 そんな呆れが悪戯心に変わって、思わず意地悪が口をついた。

「スランシャが、ウリュウを嫌ってないなら構わねーよ。あ、実は好きだったりしてな」

「そ、そんなわけないでしょ!」

 思いがけず勢い良く振り返る少女は、本気で困った顔をしていて、その表情に思わずダジトは吹き出した。

「な、なによ……」

 思い切り笑われて、珍しくスランシャは恥ずかしそうに頬を赤らめて唇を噛んでいる。「くくっ……ほんと、スランシャ、素直じゃないよな……」

 少年が笑いで肩を震わせていると、案の定少女の平手打ちが腕に当たる。

「いって〜」

 痛がって腕を押さえて笑っていると、思いがけず、自分の眼下にいた少女が急に真面目な顔で見上げて来た。急なことで思わず首を傾げそうになった時だ。

「ダジトが好きって言ったら、どうする?」

「……は?」

 急な言葉にようやく言えたのはそれだけだった。

「……なんてね……」

 あっけにとられて見つめていた青い瞳はすぐに外され、少年が気付いた時にはすでに少女は扉に手をかけていた。

「……じょ、冗談よ……。はやく食事をいただきましょう」

 振り向きもせず少女が扉を開けて行く様子を、少年はただただ呆然と見つめているのだった。






 眩しい光を感じて、私は目を開いた。あたりはしんとして、遠くで鳥の鳴き声が聞こえるだけだった。私はゆっくりと体を起こす。やわらかなベッドの上に腕をついて起き上がろうとして……一気に目が覚める。

 私のすぐ目の前で寝息を立てているのは、黒髪の男の人――クーフさん――!

「うわっ……――んっ!」

 大声を上げそうになって、慌てて体を支えていない腕の左手で口を塞ぐ。さすがに寝ているクーフさんを起こすわけにはいかないけど、でも、でも――!!

 この状況に落ち着いていられるはずがない。

――だ、だ、だって、私、クーフさんと同じベッドで寝てた――!?

 クーフさんのように毛布こそかけていなかったけど、クーフさんの腕の中で寝ていたことには変わりはない。ベッドに腕を付いたその手の上の方にクーフさんの腕があって、横向きで寝ている彼のもう一方の腕は私のお腹あたりにあるんだもの――!

 これはもしかして――クーフさんに腕枕されてたってこと――? だとしたら――

――ど、どういうこと――私、クーフさんに抱かれて寝てたってこと――?

 どうしてこんな状況になったのか、慌てて昨日のことを思い出す。確か――クーフさんの看病にミズミに呼ばれて――

――そうだ。その時に、母の話を……お互いにしていたんだ……。

 それを思い出して、興奮気味だった気持ちが少し沈む。

 クーフさんから話を聞いて、初めて知った。クーフさんが――彼が私の母を守ろうと戦ってくれたのだと――そして、母の最期を看取ってくれたのだと――

 お互いにずっと涙しか出なくて、ずっと泣き崩れていて――その時クーフさんに抱きしめられて――

 ……そのまま、二人とも寝てしまったって、ことか……。

 思わず深く息をついて、私はちょっと胸をなでおろす。べ、別にやましいことは何一つしてないよね、うん……。ちょっと――残念な気持ちもあるけど……。

 昨日、急にクーフさんに抱きしめられて、それが強くて、でも優しくで、すごく胸がドキドキしたことを思い出す。男の人に――しかも大好きな人にそんなことされたら――またそう思うと気持ちが高鳴って思わず頬が火照る。

 昨日は――母さんのことを思ってそれだけで余裕がなかったけど――落ち着いて思い出してみれば……かなり恥ずかしいことだったなぁ……。

 ちらと隣で寝息を立てている黒髪の男性を盗み見る。白い肌で端正な顔立ちをしている私の大好きな人――。いつもより顔色が白いのは、昨日の大怪我のせいだろう。目元が少し赤く腫れぼったい気がしたけど、きっと私も同じ顔をしているんだろうな。

 そこまで思って、昨日の彼の話を冷静に思い出し、今度は違う思いで胸が苦しくなる。クーフさんが、どうして女性を好きにならないと決めたのか――そこまで思わせる女性は誰だったのか――それが分かって、複雑な思いも芽生えていた。

「クーフさん……」

 ぽつり名を呟くと、それは私の胸を締め付けた。いくら名前を呼んでも、いくら彼に見つめられても――彼が私に見ているのは――母の面影だったのかもしれない――。

 そう思うと、今度は違う気持ちで胸がいっぱいになってしまう。

「クーフさん、私……ここにいます……」

 どうか母ではなくて――私を見ていてほしい――そんな思いが口をつく。小さく呼びかけても案の定、彼の寝息が響くばかりで無言だった。それはもちろん、彼が寝ているからだけれど――

 切なくて、思わずベッドから降りようと体をひねった時だ。

「リタ――」

 急に声がして振り向く間もなく、お腹あたりを引き寄せられた。予想していなかっただけに私はその力にあっけなく引き寄せられて、彼の体にぶつかってしまう。

「わっ――え……」

 気付けばクーフさんの右腕は私の胴体を抱き寄せて、崩れかかった体制の私の肩を左腕が引き寄せていた。

「クーフさ……」

 呼びかける間に、私の体は彼の体にしっかりと抱きしめられていた。長い腕に抱きしめられて、私の胴体は彼の胸に押し当てられた。皮膚に伝わる彼の体温に思わず心臓が大きく鳴る。

「あ、あのクーフさん……」

 彼の顔を見上げるように首を上げると、彼の顔はすぐ傍にあった。それこそ彼の唇が私の頬に触れそうなほどの距離だ。

 ――ダメだ! これ以上……私、耐えられない!!

 私は思わず顔をまた下げて彼の腕の中で深く息を吸う。この状態で冷静になんてなっていられないよ!! 気付けばもう耳まで熱い。

「クーフさん……あのう……」

 呼びかけても返事はない。静かに耳を澄ますと、彼の深い呼吸がまた響いていた。

 ……え?

――もしかして……寝てるの……?

 恐る恐る顔を上げると、彼の瞳はやはり固く閉じられていた。でも穏やかなその表情は、とても優しそうで思わず見とれた。で、でも――寝てるってことは――今のは――寝ぼけていたのかな……?

 そう思うとなんだかおかしくて、私はそっと彼の腕の中で動いてみた。肘をつき、少し体を彼から離すと、そのまま少し起き上がってみる。しばらくそのまま止まっても彼は動かない。

 やはり寝ぼけていたんだなぁ……。思わずくすりと笑みがこぼれた。

 でもさすがにこのまま抱きしめられていたら、私、心臓が爆発しちゃいそうだから、ちょっと起き上がろうと体を持ち上げた。嬉しいけど――でもダメ、興奮しちゃって私、パニックになっちゃいそうだもの――。

 静かに静かに動いて、起こさないつもりだった。でも、どういうわけか――

「――ん」

 寝ぼけたような声がして一瞬クーフさんの表情が苦しげに見えた。でもその次には、彼の腕はまた私を抱き寄せていた。優しいけれど、強く、あの時と同じような抱きしめ方で。

 気付けばまた彼の腕の中に私の体は収まってしまう。

「ク、クーフさぁん……」

 ダメだよ……これ以上は――私、本当に心臓がどうにかなっちゃうよ――!

 思わず彼の名を呟いたとき、静かに息を吸う音がして彼のささやき声が聞こえた。

「リタ――傍にいて……」

 思わず彼を見上げた。思いがけず、うっすらとまぶたは開かれていた。まぶたの奥に優しい瞳が深い青色を放っていて、その色にとらわれて私は一瞬我を忘れる。

「もう、失いたくない――」

 ささやき声と一緒に、少しだけ強く抱きしめられる。その優しい強さに思わず胸が切なく締め付けられた。ドキドキと切なさで、私は唇をかんでいた。

「クーフさん……」

 そっと視線を合わせると、彼は切なげに、でも嬉しそうに微笑んだ。

「リタ――君は、ちゃんと守りきるよ――」

 火照りすぎて顔から火が出るんじゃないかというほど、私の頭に血が上っていた。恥ずかしすぎて俯こうとする私を、また彼は優しく抱きしめた。

 放心状態で動けずにいる私のすぐ耳元で、また規則正しい寝息が静かに響いていた。


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