はじめまして、私はあなたの生まれ変わりです。
もう数週間も前から水道と電気は止まっている。ボロボロのアパートで私には不似合いなハートがいくつもついている日記に何か書くことにした。
「日記なんてはじめて書くから緊張します。まあ他に誰も見ないんですけどね(笑)私はあのときのことを思い出すととても辛い気持ちになります。だから謝りに行こうと思います。…すみません。もう書くことがありませんでした。それではさようなら。」
日記の口調と自分の本当の口調というのは結構違うことが多い。だからこそ余計に恥ずかしくなるものだろう。まあどうでもいいか。
私はその日記に「0612」で鍵をかけ、机の中にしまう。本当に誰も見る人はいないと思う。が、一応鍵をかけておく。私は立て付けの悪いドアを無理やり開けて外に出る。私の気持ちとは真逆な爽やかで気持ちのよい風がふく。すこし恐怖すら感じるほどの晴天。私はあまり太陽が好きではない。どちらかというとすこし曇っていたじめじめしている方が好きだ。
まあもうそんなことなど、どうでもいいことだ。
誰かを祝福するにしたって眩しすぎるほどの朝の陽光。 もう一度、僕は弟から届いた招待状を確認する。会場と時間は間違えていない。少し早いかも知れないが僕は家を出ることにした。今日は弟が結婚をする日だ。準備は早いに越したことはない。
鞄の中身を見たあと、最後に再び招待状を見る。周りからよく心配性過ぎると言われる。自分でも自覚しているが、そういったことを怠って失敗する方が愚かだ。鍵をかけドアが開かないことを確かめて僕は駅に向かった。
いつも通りの道を歩く。僕の住んでいる町は居心地の良いところだ。都会から少し外れたところにある緑がきれいな町。人柄も良い人が多くて、近所の人たちに可愛がってもらっている。僕みたいな貧乏人でも、奥様方の少々長めな話を聞くだけで食べ物には困らない。こんな町を出ていくなんてもったいないな、そんなことを考えていると向こうに不思議な格好をした男がいた。僕はその男が妙に気になった。気になったのはその格好ではない。何かはわからないがその男に明確な違和感を感じたのだ。
そいつは僕の顔を見ると、何かに気づいたような表情をしてこちらに向かってくる。そして僕の目の前で立ち止まり、こう口を開いた。
「はじめまして、私はあなたの生まれ変わりです。」
…何を言っているのかわからなかった。目の前にいる奇妙なやつが突然こんなことを言ったらどんな人間も唖然とするだろう。
僕は輪廻転生だとか幽霊だとか、そんなものは信じていない。
そんなことは非科学的すぎる。この地域で布教を始めた新手の宗教か何かだろう。きっとさっきの違和感もそれによるものにちがいない。僕はそいつを無視して駅に向かう。
「無視しないでください。猫田さん。」
僕は突然呼ばれた自分の名字に驚く。僕の名字はそこそこ珍しい名字のはずだ。だが何らかの手段を使って調べた可能性がある。僕は無視を続けて歩く。
「なんなら本名で呼びましょうか?猫田 竜彗さん。」
本格的に体がびくっとなってしまった。Yesと言っているようなものだ。
「お前は何者だ?」
少し強く、警戒心をあらわにしてたずねる。
「さっきいったじゃないですか。私はあなたの生まれ変わりです。」
「信じられるわけない。だって…」
「科学的に考えてあり得ない、ですよね?」
僕の言いたいことを先に言われてしまった。
「あなたが解明出来てないからって『あり得ない』とか言わない方がいいと思いますよ?…まああなたのような凡人に…非凡な才能と膨大な知識を持つ天才すらわかっていないものを解明出来るとは思いませんけどね。」
こいつ…敬語の癖して毒を吐きやがる…というか生まれ変わりだって言ってるやつが言うセリフじゃないだろ…
「…じゃあ質問させてもらう。お前がもし本当に生まれ変わりならなぜ生まれ変わり元の僕と同じ時代にいる。生まれ変わりなら僕がいる時代より後に生まれるはずだろ?」
その疑問はどう頑張っても説明出来るはずがない。これで論破できると思った。しかしやつはそれを言うのを知っていたかのように説明を始める。
「魂が死んだ後しかいけないと思っているのが間違いなんです。そもそも魂がどのようなものか知っていますか?」
そもそも僕は魂の概念そのものを信じていない。そんな質問をされても困るだけだ。
「…そうでした…魂の存在そのものを信じていないんだった。まあそんなんだったら知ってるわけないか。魂というのは質量がなく触れることの出来ない物体。…つまり時間の網に捕らわれないんですよ。だから魂は時を遡ることが出来るのです。」
こいつの言ってることは一見正しいように聞こえる。それにさっきからちょくちょく僕の心の内を読んでいる…というより元々知っているような発言をする。もしかしたら本当に生まれ変わりかもしれない。こいつはそんな気分にさせる。こういう本当っぽいことを言われると人はどんなに怪しい占い師や宗教でも騙されるものだ。だが僕は騙されない。
「まだ疑ってるんですか?…しかたないですね…あなたは『好きな食べ物は?』と聞かれて『コンクリート』と答えるような変じ…いや失礼、慎重なひとですよね?」
僕は自分の耳を疑う。そんなのは絶対に誰も…それこそ俺しか知らないことだ。もちろんコンクリートを本当に食べるわけではない。これは仕事場にあるPCの『秘密の質問』の答え。パソコンのパスワードを忘れたときに代わりになるあれだ。この答えなら絶対に他人に予測されることはない。
なのにこいつはそれすらも知っているのだ。
「他にもまだ…知ってますよ。今、弟さんの結婚式に向かってますよね?弟さんの奥さん…あなたの……」
「…!なんで…なんでそんなこと知っている!?」
動揺を隠せなかった。僕はもう頭がついていかない。
「なんでって…私はあなたの生まれ変わりだからですよ。あなたの記憶もあなたの知らない未来のことも、全部わかります。」
唇は無意識に震え始め、脳が警鐘を鳴らす。
僕は理解したのだ。こいつは…
「つまり私はこれからあなたが何をしようとしてるかもわかるってことです。…あなたの鞄には何が入っていますか?……ごめんなさいこの質問は違いますね。質問を変えます。」
「僕は今日鞄に何をいれましたか?」
「…な…なにってそんなのお前にかんけ」
言葉を言い切る前にお腹に大きくて鈍い痛みが走った。
最初は意味がわからなかった。だが、さきほどより明らかに近づいている生まれ変わりの男の顔と腹に刺さったそれを見て徐々に脳が理解していく。
どんなものでも凶器になり得る。しかし、これほど分かりやすい凶器は他にはないだろう。それは明確な殺意をもって僕に刺さっていた。
「あ…あ…」
体の力が抜けていく。人の死というのはこんなにもあっけない。
「私は少しだけ期待をしてしまいました。もしかしたらあなたは…ここの僕は僕の弟を殺さないんじゃないかって…。でも僕は私の知っている僕と同じ反応をしました。今のままじゃ僕は変われない。だから私は僕を殺すんです。」
生まれ変わりの僕の目は決意に満ちていた。
僕はその目を見て、自分のしようとしていたことの愚かさに気がついた。だがもう遅いのだ。人は死ななきゃ変われない。
僕の意識は完全に途絶える。
僕は小さい頃から何一つ弟に勝てるものがなかった。兄より優れた弟などいないと聞いたがあんなのは嘘だ。
母親からも「お兄ちゃんなのに」とか「なんでこんなにも出来の悪い子なのかしら」と言われ続けていた。
そんな僕でも夢があった。病気で苦しんでいる人を助けたい、それが小さい頃の僕の夢だ。でもそのときの僕は医者になろうとは思わなかった。周りから「お前に医者は無理」だと言われたのもあるし僕も小さいなりに難しいと感じていたのだろう。
それで僕の将来の夢は薬を作る人になることだった。
もっともその時の僕は薬剤師もなるのが難しいとは思っていなかったのだが。
親を友達をそして、弟を見返すためにも一生懸命勉強をした。
そうすると昔よりも幾分か頭が良くなったし、親もあまりうるさく言わないようになった。
そんな様子を見ていた弟は「僕も薬剤師になる!」なんて言って同じように勉強を始めた。
するとどうだろう?
弟は僕とは比べ物にならないくらいのスピードで頭がよくなっていく。
僕は学年が上がるにつれ段々とわからなくなっていくのにたいし、弟は何一つ苦労なく常に学年の上位をキープ。
僕が希望していた大学に入る頃には弟と同じ学年になっていた。
大学では好きな人が出来た。一目惚れだった。勉強ばかりしていてとっくの昔に恋愛感情など無くなったかと思っていたが、こんなこともあるのかと少しだけ嬉しくなった。
あまり可愛らしい人のいないイメージのあるリケジョだが彼女だけは違う。凛として咲く1輪の花。彼女の美しくも力強い横顔に僕は心を奪われていた。
しばらくして研究室に配属した。弟と違う研究室だ。肩の荷が降りた気分になった。彼女とも離れてしまったのは辛いが、弟と離れただけましだ。
これで弊害なく薬を作れる。
薬の開発は難航した。何度やっても人を救うとはほど遠いような劇薬ばかりが出来た。幾度となく失敗を重ねてついに完成まであと一歩のときだった、あの報告を受けたのは。
弟が薬を完成させた。僕の作りたかった薬は弟が先につくってしまった。新聞やテレビに堂々と写る弟。
しかし、僕が衝撃を受けたのはもうひとつあった。
テレビに写る弟の隣にいたのは紛れもないあの娘だった。
確かに僕は彼女と面識はないし、弟と同じ研究室にいても何の不思議ではない。しかし、楽しそうに説明を繰り返す弟と彼女に不快感を感じぜずにはいられなかった。
屈辱。あまりにも辛い屈辱。二十数年生きてきて一番の屈辱だった。
僕は弟に全てを取られた。
この世のすべてが憂鬱が脳ミソをかき乱すような感覚。
僕は研究室に行くのも嫌になっていた。
そんなあの日、ポストに手紙が届く。
忌々しいあの「結婚式の招待状」。
当然、行く気なんてなれなかった。
その手紙に怒りすら感じ、手紙を引きちぎろうとしたとき、
僕はあるひとつの考えが頭に浮かぶ。それは僕にとっての最高の答えに思えたのだ。
弟に全てを奪われたなら、弟の全てを奪えばいい。
「人を救うはずだった薬の失敗作」は「人を殺すための特効薬」に生まれ変わる。
そいつは僕に勇気と力を与え、それは武器となった。
この武器を僕は鞄にしまい、僕は弟の結婚式に向かったのだ。
意識が戻る。いや正確には違った。意識というものを感じているが体の感覚は全くの別物になっている。まるで浮いているかのように。
ふいに下を見ると自分がいる。どうやら浮いてるってのはあながち間違っていないらしい。
トントンと肩を叩かれた。後ろを振り返るとそこには僕の生まれ変わりがいた。だけど今の僕は冷静だった。
「僕は死んだのか?」
「いいえ、あなたが死ぬかどうかは私が決めます。」
僕が疑問を投げかけるまえに生まれ変わりははなし始めた。
「私は…弟を殺したことをずっとずっと後悔してきました。なぜあのときあんなことをしたのかって。私は自責の念に耐えられなくなり自殺を選びました。弟に謝りに行こうと。しかし結局私はあの世になんて行けませんでした。魂のままこの世をさまよっていたとき、一人の青年に出会いました。私はその青年から時を戻る方法と魂を実体化する方法を教えてもらいました。半信半疑でそれを試すと私はあの町にいました。そんなときあなたがこちらに向かってきたのです。」
今までの僕ならば科学的に考えてあり得ないと言っていただろう。でも今は違う。僕が解明してないだけだ。
「あなたには…今の僕には私のような後悔をしてほしくない。もうあなたの好きな人と結婚することは出来ない。けどせめて、あなたの人を救う薬を作るという夢は追いかけてほしい。お願いします。もう一度だけ夢を追いかけてくれませんか?」
答えはもちろん…
「わかった。もう一度頑張ってみる。次は俺一人で悩まないで弟にも相談してみるよ。」
生まれ変わりはほっとしたような表情を見せる。
「そうですか!ならもう私のほうも答えは出ましたね。私の手を握ってくれませんか?」
僕は言うとおりに手をつかむ。
「私の役割は終わりました。この魂をあなたのためにつかいましょう。」
その言葉を聞き終わるとすぐに体に凄まじい力が入ってくるのを感じる。
「お前、体が…」
「いいんです。もう役目は終わりましたから。」
体に血が駆け巡りあつくなっていく、そして魂が抜けるような感覚が広がって意識が再び飛んでいった。
病院のベッドで目が覚める。
目の前には弟の姿がある。弟の目は少し潤んでいた。
「…!兄さん!よかった…本当によかった…。」
「…奏人か?…お前結婚式は…?」
「兄さんが刺されたんだよ?すっとんでくるに決まってるよ!」
本当にいい弟だ。こんないい弟を殺そうとしてたのだ。改めて自分がしようとしていたことの愚かさに気づく。
「…ごめん。本当に…ごめんな。」
「大丈夫だよ!結婚式なんていつでも出来るしさ。」
「違う…そうじゃない。僕はお前を…」
「大丈夫だよ兄さん。兄さんが何をしようと何があろうと、俺はいつでも兄さんがの味方だよ。」
涙が溢れた。本当に本当に愚かなことをしようとしていた。
「…なあ奏人。」
「何?兄さん。」
「僕さ、もう一度だけ薬作ってみようと思う。だから奏人…」
なぜか緊張していた。少しだけ多きな深呼吸をして、そして、
「兄さんのこと、手伝ってくれないか?」
「もちろんだよ!兄さん!」
幸福だった。ただ、幸せだった。二十数年生きてきてこれほど幸せに思えたことはない。
「それに…うまくいったみたいだしね。」
奏人は小さくなにかをつぶやいたが、僕にはよく聞こえなかった。
「…?なんかいったか?」
「ううん。なんでもない。ただ兄さんが生きててとっても嬉しいなって。」
弟の笑顔はとても眩しかった。彼女が弟に惚れてしまう理由がわかった気がした。
やっぱり弟には敵わない。
私のチープな文章を最後まで見ていただき本当にありがとうございます!感想やレビュー、ポイントをつけていただくと作者は泣いて喜びます!アドバイスなどをくださるととても嬉しいです!どんなにボロクソ言っても構いません!(辛口な意見以外がくるとはおもえないけどww)それではまた次回お会いしましょう!
一応、言っておきますとウイルスーツアクターは来年、一から書き直したいと思っていますので!
そのときは見てくれると幸いです。