第七幕
「レウさんも、転校生なの?」
「……っ、へ?」
一瞬アリスは目を大きく開きかけて、我慢したらしくすぐに元の表情に戻った。
「いや、レウは入学当時から施設生だよ。ああ見えて、割と頭は良いほうなんだよ? クラスで三本指には入るかな」
へえ、と僕は相槌をうった。いろいろと納得。
「じゃあ、なんでだろうね」
僕はすっとぼけたような口調で言う。
「彼女――ここの人ではない感じがするんだ」
ふっと、風が止まった。
アリスの表情が硬くなる。
髪の毛と同じ色の眉が寄る。唇が小さく動く。こいつ。そう読み取れた。
「どうして、そう思うの」
……さて、ここからかな。僕は自分の喉ぼとけをキュッとつまむ。
「言葉の――香りが、違ったんだ」
「……はぁ?」
「表現が難しいのだけれど、言語の雰囲気というか、クセの感じというか……ニオン語はキツめのグリーンティ、クルー語はレモンティの香りがするんだ。あくまで感覚、だけれどね。でも彼女のクルー語は――ストレートティの香りがする」
いたって真面目な顔で言う僕に、アリスは口を半開きにして、彼女にしてはだらしない表情をしていた。綺麗な紅色の舌がちらっと見えた。
「い、異能力? でも、《アインの印》は使ってないって……なに、キインの人だけの特徴かなにか? そんなの聞いたことがない」
僕は両手を肩まで上げる。「わからない」のポーズ。
「うーん、わかんないな。まだ誰にも言ったことがなかったから」
「じょ、冗談でしょ……?」
「うん、冗談」
「は?」
再び硬直するアリス。
かなり混乱している様子だった。え、あ、うん、冗談? うん? 単語と言葉になってさえいない音が入り混じる。
いつの間にか、風が屋上に戻ってきていた。
口端をひゅっと上げた僕は
「やだなあ、そんなことできるわけないじゃないか」
とだけ言った。目を細め、にやにやする。
からかわれた。
そう思ったらしいアリスの顔が、真っ赤に染まっていく。
「こ、このッ……!」
そこで僕は、すっと表情を真顔に戻した。
大きく右手を振りかぶったアリスを、視線で貫く。
今にも僕を叩こうとしていた腕が、止まった。
え、何。唇が小さく動く。
混乱状態にある彼女にの耳元に向かって、呟く。
「言葉がおかしいのは、本当だよ。僕、耳は良いほうだから」
アリスが大きく息を吸うのがわかった。
「それに、あの場所で会ったのも変だ。クラスメイト達は皆、教室で昼食をとっていただろう? 職員室に質問をしに行った、それもいいけれど、彼女の頭のよさはアリス、君が一番よく知っているはずだ」
「ならなぜ偶然僕らはさっき出会ったのか。答えは簡単だ、偶然じゃなかったから。レウさんが、僕らを監視していたんだ」
見晴らしの良いこの場所では、時間が止まっているようにも見える。
「しかも、アリスはそのことに気が付いているよね?」
青い瞳が大きく見開かれた。
「監視されていたのは、そして監視していたのは、アリスの方だもんね。アリスはレウさんを、レウさんはアリスをそれぞれ警戒していた。……それで他からは仲良く見えるようにするだなんて、大した友情だね。なんでレウさんが怪しんでいるだけのアリスをそんなにも警戒しているのかはわからないけれど――怪しんでいるだけでも、十分だったのかな。慎重派だね、彼女は」
屋上の暖かな空気さえ、止まった感覚に陥る。
「確信はないよ、だってこんなに入学審査の厳しい学校に入ろうとするなんて、バカげているもの。でも――だからこそ、やる価値はある」
周囲の温度が上がっていく。
下では赤い花が、燃えるようにして咲き誇っている。
「キャイン・レウ」
最後の一突きを、僕はアリスに向けた。
「彼女はきっと、《転生者》だ――そうでしょう? アリス」