第五幕
「レウ?」
びくん、と相手の肩がはねた。耳の後ろで二つに結んだ大量の金髪が連鎖反応を起こす。飾りも何もついていない黒いゴムが、かえって目立っている。慌てた様子で元々きれいな髪を整えた。
あぁそうだ、このオレンジ色の瞳はレウさんだ。キャイン・レウ。
僕を《転生者》じゃないかと疑ってきた人。
ちょっと恨みがないわけでも、ない。
「あ、アリス。それに、転校生君。ユウ君、だったっけ?」
包丁でキャベツを淡々と刻んでいくような、はっきりとした声。
癖の入ったクルー語。
そういえば自己紹介の時も、さまざまな言語が飛び交っていたけれどクルー語は彼女だけだった。どちらかといえば一般的な言語だから、分かるけど。
そう、と頷く。アリスは親しげに近寄ると、今ユウを案内してたところなの、と言った。クルー語だ。きゅっと目が細くなる。
氷を透かして見るような、爽やかな笑顔。
「どうしたのこんなところで。ひょっとして、ユウに興味津々、とかー? 新しい物好きだからね、レウは」
笑顔にいたずらっ子っぽい雰囲気が混じり、レウさんはひっと声を漏らした。
一度気を落ち着かせるようにすぅっと息を吸うと、こちらは向日葵のような笑みを浮かべる。
「うん、まあ、そんなところだよ。アリスが他人に興味を持ったっていうのもポイントかな。……転校生君、アリスを頼みますよー? パッと見涼やかだけど、中身はあっつい熱血系ちゃんだからー近寄るとやけどするぜいー?」
そんなことを言いつつ、レウさんはアリスに向かって手を伸ばす。
三歩下がってよけるアリス。
「……ん?」
僕は二人にばれない程度に首を傾げた。変な、違和感。
「レウ、ここ職員室前」
「おっと、ごめんごめん」
ばれたら反省文どころじゃないからね、とレウさんはにかっと笑う。
「レウはスキンシップ多すぎ。あと挑発多い。不用意な触れ合いなれ合いは禁止だって、子供のころ教わらなかったの?」
腰に手を当てて叱るアリスは、レウさんの方が身長が低いこともあって本当の母親のようにも見える。
冗談を言っているような口調で、本当に心配しているように、ん。
僕はほんの少しだけ目を細めた。
母親役であるはずのアリスの口元は、確かに笑っていた。しかし、その目は、明らかに笑った時にできるそれではなかった。
いうなれば、そう。
オオカミが獲物を見つけた時のような、目。
同時に、違和感の正体に気が付く。
「う……分ってる。知ってるから、うん。ごめん、調子に乗りすぎた」
「よろしい」
素直に謝ったレウさんに、アリスは満足げだ。ふっと力が抜けるように、目元が和らいでいく。僕はタイミングを見計らいつつ、アリスに聞く。
「そういえばアリス、この施設って屋上解放されてるってホント?」
「あ、うん。ただ暑いだけだし何もないし、誰も来たがらないけれどね」
アリスの代わりにレウさんが答えた。心なしか、オレンジ色の瞳が揺れているように思える。こちらを試すように、じっと見ている。
僕はただ、その目を見つめ返した。
すっかり表情を和らげたアリスはあー、あそこはねー暑いよねー、と同意する。
「……どうする? 行くなら夕方か曇りの日をお勧めするよ?」
「うーん、一度は行ってみたいかも。この施設で一番高いところなんだし。ごめん、案内してくれる?」
小さく首を傾げ、右の手のひらを胸に当てる。「お願い」のジェスチャー。アリスは仕方がないなあ、と髪の毛を手で軽くすいた。じゃあ、レウ。そういうと、くるりと背を向けて歩き出した。ついていこうとして、レウさんに呼び止められる。
「ユウ君、ってさ、いつの間にアリスのこと呼び捨てにするようになったの?」
「あーと、ついさっき、かな。ちょっと事故が発生しまして」
ふぅん。オレンジサファイアのような、透き通った橙が僕を突き刺す。
あからさまな警戒心。原因は自己紹介の時のあれ、なんだろうなあ。
チャラチャラした男、に見られたのか。
「……アリスに何かしたら、許さないんだから。それを言いに来ただけ」
どうやら探していたものは僕等だったらしい。監視、か。
大丈夫、とだけ答える。
「そういうの、苦手だから」
「あっそ」
さすがに気まずくなったのか、レウさんは背を向けて走り出した。耳が赤く染まっているのがちらりと見える。というか全力ダッシュだった。
あっという間に見えなくなる。軽い金髪が、ふわふわと浮く。
切り取れば一着くらい金色のシャツが作れそうな量の髪の中、ゴムのあるあたりで、一瞬、緑色の何かが光った気がした。
僕も回れ右をし、アリスを追いかける。