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いたずら

作者: 塩生ラムネ

「ゆっくんお疲れ~」

 背の低い本棚の陰から声が聞こえて、僕は立ち止まった。ちょっと後ろに体重をかけて陰を覗くと、文庫本を片手にしゃがんだ先輩がにかっと笑ってこちらを見ている。

「あっ、すんませんお先失礼します」

「いえいえ~、彼女さんと?」

 ぺこっと頭を下げた僕に、先輩が興味本位だという風に尋ねた。

「あぁ、はい。実は・・・」

 僕は頬を緩める。だらしない表情になったのが自分でもわかる。

「そっかぁ。いいね、楽しんできてねっ」

 先輩も僕と同じくらいに頬を緩めて言い、ひらひらと手を振った。

「はい、あざっす」

 だらしない顔のまま頭をポリポリ掻き、先輩にしつこく頭を下げながら僕はバイト先の書店を後にした。


 僕がバイトしている書店は、家の最寄から一駅の、地元では少し大きい駅の駅ビルの中にある。たまに知人に会うという難点はあるけど(僕は自分の働いているところを知人に見られたくない部類の人間なのだ)、駅が尋常じゃなく近いのでとても都合がいい。そして今、まさにその都合の良さが発揮されようとしている。

 そそくさと改札を通り、ホームに降りて電光掲示板が見えるところまで歩いた。ホームの屋根から重そうにぶら下がった掲示板を見ながら、僕は肩掛け鞄を漁って携帯を探す。電車の時間を再確認して、メッセージアプリを開いた。何件か来ていたメッセージはひとまずあとで。これから会う彼女とのチャット画面を開く。

【ゆき;6分の電車に乗るから、10分過ぎくらいにそっち着くよ~ 14:03】

 送ってから三秒くらいして既読がついた。返信も早かった。

【葉月;了解。バイトお疲れ。 14:03】

 気を抜いているとまた表情がだらしなくなりそうで、僕はひたすら口角に力を入れていた。

【ゆき;ありがとう~♪ はよ会いたい!! 14:03】

【葉月;そうだねー 14;03】

【ゆき;はっちゃん今何してる? 14:03】

【葉月;待ってる 14:04】

【ゆき;なんかごめんw 14:04】

【葉月;大丈夫、音楽聴いてるからアホみたいに寂しくない 14:04】

【ゆき;俺寂しい~早く会いたい~ 14:04】

【葉月;暇だから先に店入ってていい? 14:04】

【ゆき;いやだ!待ってて!電車もう来るから! 14:04】

【葉月;さぁね~? 14:05】

 次の返信を打っている途中で、電車がホームにゆるりと入ってきた。一度画面をクローズして電車に乗る。車両には四人ほどしか乗っていなくて、さすが昼間だなぁなんて思う。誰も座ってないシートの端に控えめに腰かけて、僕はまた携帯を開いた。

【ゆき;今乗った!乗ったから! 14:05】

 今度は電車が発車しても既読がつかない。しばらく画面を見つめて、これじゃあすぐ電池がなくなると思い画面をクローズした。顔を上げると、左側に流れていく景色が嫌でも目に入った。


 何も考えることがなくて、自然とさっきの彼女との会話が僕の思考回路を占める。

 文面から漂ってくる雰囲気がなんとなく昨日と違ったなぁ・・・なんて考えながら、昨晩の会話を思い出してみた。お互いにアスキーアートや顔文字をたくさん使って話していた。文面がやたらと華やかだった。でも、さっきの会話は・・・?

 さすがに気持ち悪かったかなぁ。

 楽天家が取り柄の僕でも、これから会う大好きな子にあの対応をされたらちょっと凹む。もちろん、彼女が普段のやり取りではほとんど文字しか使わないのは知っている。そして、必要最小限の言葉しか返さない性だというのも心得ている。しかし、昨日の夜「私も早く会いたい」だの「明日が楽しみで仕方ない」だの言われていたのを思い返すと、さっきの会話ではどうしても虚しくもなるわけで。

 顔を合わせてもあの調子だったらさすがに悲しいなぁなんて考えていたら、携帯が通知を受け取って震えた。

【葉月;東口待機なう 14:08】

 頭の中のもやもやをかき消すようにして、携帯の画面を叩いた。

【ゆき;了解!待っててね! 14:08】

【葉月;さすがに先に行ったりしないわアホ 14:08】

 アホ呼ばわりされた・・・。心がドテッと音を立てて行儀よく座った膝の上に落ちが気がした。ごめんはっちゃん、はっちゃんの塩対応に悪意がないのはわかってるんだけど、今の俺じゃ対応できない・・・。

 一人で勝手に何を悶々としているんだろうと、確かにアホらしくはなるけれど。実は僕のこと好きじゃないんじゃないかとか考えるあたり本当に最低な男だとは思うんだけど。だけど・・・

 また携帯が震えた。

【葉月;待ってるから安心して!!早くおいで? 14:09】

 えらく絶妙なタイミングでまたえらく絶妙なメッセージが届いた。変にひねくれていた僕は、いい年こいて二つ下の女の子にこんな気を遣われるなんて・・・と、今度は妙な方向にネガティブになってしまった。


 東口に出て、彼女を探した。すぐに見つけたけれど、探す視線は一度彼女を素通りした。

 あれぇ?

 視線を下に向けて待っているのはいつもと変わらない。イヤホンが装備されているのもいつも通り。でも羽織っているものはいつものお気に入りのパーカーではなく、少し厚めの黒いコートだった。らしくもなくキャップを被り、トレードマークのポニーテールは封印されて耳の下あたりで二つに結ばれている。何より携帯をいじっていない。

 僕はちょっと小首を傾げて、でもあまり深く考えずに彼女のもとに小走りで行った。

「はっちゃんごめんね、遅くなって。お待たせ!」

「大丈夫待ってない」

 さっきまでの通り、塩対応をいただいた。

「え~、ちょっとは待っててよ~」

「だーから、今耳が幸せなんだって」

 そこではっちゃんは顔を上げた。いつも通りのかわいらしい、ちょっと眠そうな顔だった。

「・・・ふっ」

「へ!?ねぇ今俺の顔見て笑ったでしょ!?えぇっ??」

 はっちゃんの反応に我ながらナイスな間合いで突っ込みを入れると、はっちゃんはケタケタと笑った。

「俺の顔なんかついてる?」

「ちがっ、ふっ・・・今ゆっきーめっちゃ情けない顔してた・・・」

「えっ、えぇ・・・」

 僕の反応を見て、はっちゃんは嘲笑した。そんな彼女もかわいいと思ってしまった。

「会うの久しぶりなんだからさ、なんかこう・・・もうちょっとまともな顔してこない?」

「だってはっちゃんのメッセージめちゃくちゃ冷たいんだもん!」

「ゆっきーほんと言い方が女子・・・」

 おかしくてたまらないという風に、はっちゃんはまた笑った。不快な思いは湧かないで、僕はただひたすらにはっちゃんがかわいいと思っていた。

 ただ女子っぽい言い方をした覚えはなかったから、ちょっと恥ずかしくなった。

「別に、・・・女子っぽくはないだろう・・・」

 僕のつぶやきで、またはっちゃんの笑いに火がついた。

「・・・あーだめだ、久しぶりだからテンションおかしいや」

 そういってはっちゃんは目元をぬぐった。僕の何がおかしくて涙が出るまで笑ってたんだろう。

「ごめんゆっきー、おもしろかった」

「お、おう・・・別にはっちゃんが楽しかったんなら、まあ・・・」

 そこまで言ったところで、はっちゃんと目が合った。じーっとこちらを見ていた。

「どした?」

「ゆっきー頭にホコリついてる」

「えっ、どこどこ」

 僕は反射的に頭をはらった。はっちゃんは「違うそこじゃない」と、さっきとは打って変わった表情で僕の頭に手を伸ばした。

「ゆっきーちょっとしゃがんで」

「はいよ」

 僕は膝に手をついて腰をかがめた。癖でフッと瞼も落ちてくる。

 と、不意に頬にやわらかいものが当たった。くっと押し付けられて一瞬で離れてしまったその感覚にびっくりして、僕は思わず目をあけた。

 すぐ近くに、小悪魔みたいに笑うはっちゃんの顔があった。キスされたんだと気づくのに、そう時間はかからなかった。

「へへっ」

「なっ、・・・!」

 耳まで赤くなったのが自分でもわかった。満足げに笑うはっちゃんの顔の色は、ちっとも変わっていないのに。

「もう~~~!!」

 熱くなってしまって、どうしていいかわからなくなって、はっちゃんの頭をくしゃくしゃと撫でた。はっちゃんはまたケタケタと笑った。

「もうさ、ほんとにもうー・・・あーもう何ー?ほんっとにびっくりしたんだけど!!」

「ゆっきーめっちゃ赤い!」

「当たり前でしょ!もう・・・はっちゃんさぁ、もうほんと・・・大好き・・・・・・」

 言うべき言葉が見つからなくて、うっかり言ってしまった言葉がそれだった。我に返って、さらに恥ずかしくなって僕は両手で顔を覆った。はっちゃんはまたそれがおもしろくなってしまったみたいで、今度は声を抑えるようにして笑っていた。

「え?なぁに?私だってゆっきー大好きだよ?」

 不意打ちには充分すぎるひとことで、僕は完全にノックアウトだった。

 覆った指の隙間から見える彼女の笑顔が、たまらなく愛おしかった。

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