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機霊戦記 ――黄金の女神・暗黒の女神――  作者: 深海
一の巻 黄金の女神
8/60

6話 シング・ジャンク店(皇帝)


 しゅん、と音を立て。僕の背後で工房の扉が閉まった。

 扉は分厚い声紋ロック。老人の声を認識して開閉したそれは、黒ずんだコンクリート壁に似せた塗装がされている。カモフラージュというやつだろう。

 やはりここは、どこかの島都市の隠れ拠点に違いない。

 

 鉄骨むき出しの階段を一階分のぼり、細くて狭い廊下に出る。

 ふしゅう、ふしゅうと、左右から蒸気が噴き出ている。工房には歯車がたくさんあったが、ここには長い鉄管の噴出口しかない。蒸気の熱がすごい。肌が焼けそうだ。

 燃焼機関はどこにある? 一体何を燃やしているのだ? 

 僕はじろじろと、うすぐらくて幅の狭い廊下を見回した。

 ここは吹き抜けで、蒼い天が見える。

 黒いビルの高さは十階建てほど。壁面は平らで、金属管がびっしり。つきあたりに、鉄の扉と鉄骨むき出しの階段が見える。


『わしは、シングと申します。わしの孫は、表の店におりますでの』 


 老人曰く、工房は地下全体を占めているが、出入り口は僕が今出てきた北側にしかないそうだ。南のつきあたりにある正面扉は店に、階段は居住スペースに通じているという。

 ビルはこの吹き抜け廊下で東西に分断されており、一階は両翼とも店の倉庫。二階と三階部分が老人と孫の住居。四階から上はすべて貸し家だそうだ。住人は店の両脇についているエレベーターで、自室がある階まで直接昇るという。


「くそ。お(いど)がすうすうする」


 僕はふきぬけ廊下を進み、正面扉を押してみた。

 孫とやらから下穿きを回収せねばならぬが、さて、どこにいるのであろう?

 店なるところは廊下よりも暗く、工房よりもごちゃごちゃしている。

 床に積み重なっているのは大小の箱。中からコード類が幾本も漏れ出ている。

 棚にも、並べられた卓のようなところにも、大小の箱。箱。箱……。

 中には小さな金属やプラスチックの部品がひしめいている。

 壁にびっしり小袋がかかっているが、これも何かの部品のパックらしい。

 いったい何に使うものなのだ? ……わからぬ。

 足の踏み場がなさげな床を縫うように歩き、管と部品の海の中で人影を探したが。

 

「だれもいない?」


 店というからには、ここにある物を売っているのであろうが、店員らしきものはだれひとり見当たらぬ。

 

「店番をしなくて大丈夫なのか?」


 市井の店舗には、店員というものが必ずいるものではないのか?

 「いらっしゃいませ」と、かしこまってお辞儀をし、商品をすすめる幻像を、かつて視聴したことがあるのだが……こんなところに実際に足を踏み入れるのは初めてだが、その認識で合っているはずだ。

 あまりに店内の通路が狭いので、肘が柱に当たった。パネルがびっしりついていて、そのひとつを押してしまったようだ。柱からぴこぴこ、変な音が鳴り始める。

 

「イラサイマセ。オキマリデシタラ、ショーヒンヲトレーニ、オノセクダセエ」

 

 しゃべる柱? なるほどこれが店員か。しかしこれはどう見ても「孫」ではない。

 ためいき混じりにふきぬけ廊下へ戻る。鉄骨むき出しの階段をのぼり、二階の住居部分へ行ってみる。

 踊り場の出口は東西、そして南の三方向に分かれている。東西両翼には廊下が一直線に走っており、灰色の扉がずらり。窓は一枚もない。

 廊下の天井には、裸電球がぷらんぷらん。それでうす暗いながらも、廊下が見渡せる。

 南の出口の先は、店舗の真上部分、ベランダがついた居間に通じていた。

 テーブルと椅子、細長いカウンター。

 奥にあるのはたぶん、台所というものだろう。食器を入れた棚のようなものが並んでいる。

 ここはかつて幻像で視聴した、「帝国下級民の標準的な住居」とさほど変わらぬ機能を備えているようだ。

 しかし。

 

「だれもいない……」


 心が折れそうだが。ずらりと並ぶ東西の扉を、しらみつぶしに探すしかなさそうだ。

 僕は階段の踊り場に戻って方向を決めた。


「イーニー ミーニー マイニー モー

 虎のつま先つかみとれ

 イーニー ミーニー マイニー ……」


 歌いながら、人差し指を交互に指せば。


「モー 」


 ふむ、神のご意志は西か。吹き抜け廊下よりさらに狭い右翼の廊下に入る。

 右手に並ぶ灰色の金属扉は、実に飾り気がない。

 一枚一枚順ぐりに開けようとしたのだが、三つ目のドアに目を引かれた。どくろマークの看板がかかっている。数枚、薄っぺらい絵も重ねて貼り付けてあるが、どれもかわいらしい少女の肖像画だ。


「みな薄着だな」 


 見るとさらにお(いど)がすうすうしてきた。

 近づけば、そのドアの向こうから、変な音が聞こえる。

 ずず? ずず?

 これは……いびきか? なるほど、だれかが寝ているようだ。

 幸い鍵はかかっていなかった。僕は扉をそっと開け、中をうかがってみた。

 廊下と変わらない黒ずんだ色の壁面。どこもかしこも金属管ばかり。

 薄着の少女の肖像画が、壁にたくさん貼られているのだが……それを蓋い隠すように、尻尾が禿げた猫の肖像画が、無造作に貼られている。あちらにもこちらにも。

 これはどういう意味だ? 少女より猫が好きということか? なんと、天井にも猫の肖像画が? その真下に――大きなハンモックがある。何かがいる……


「こやつが、〈孫〉なるものか?」


 そこには革の上着をはおり、ゴーグルを目深に下げた少年がひとり。があがあと気持ちよさそうに眠りこけている。

 あの老人の孫であれば大体このぐらいかと、すんなり認識できるぐらいの背格好だ。

 たぶんこやつで間違いないだろう。

 この状況。すなわち、店番を機械に任せてサボっている、ということであろうか。

 

「おい、起きよ」

 

 戸口に立つ僕は腰に手を当て、そいつを呼ばわった。

 

「起きて、おまえが忘れたものをもってこい。僕の下穿きを返せ」


 ……くそ。反応がない。

 眠りが深いのか?

 もう一度同じ言葉を下してやったが、いっこうに起きぬ。

 仕方がないので中に入り、ハンモックに近づいてやる。

 まったく、この僕に手間をかけさせるとは。我が素性を知らぬとはいえ、不遜であろう。

 

「起きよ。今すぐ目を開けるのだ」


 なんというアホ面か。かように口を大きく開けるとは、なんとはしたない。よだれがダダ漏れではないか。


「我が玉音をいったい何度聞けば、起きるのだ?」


 結局、あきれる僕の声に反応したのは、少年ではなく。その足元にうずくまっている毛玉――


「ふぁー。んー? あらぁ?」


 円形ハゲのネコであった。

 

「しゃべるネコ。ということは、人造物か」

「ええと、あなたは、アタシたちが拾った子ね。起きてきたってことは、治ったのねえ」

「ネコ。主人を起こせ」

「主人? テルは、アタシの主人じゃないわよ。アタシのこ・い・び・と」


 ネコは少年の足元に座るや、大あくび。なんともぶしつけこのうえない。

 

「お前を造ったのはだれだ? あの老人か?」

「おじいさまじゃないわよ。こいびとのテルが作ってくれたのよ」

「そうか。まあ、こいびとでもこびとでもなんでもよい。今すぐこやつを起こせ」

「はぁ?! なんでもよくないわ。ちゃんと認識してちょうだいよ」


 しゃーっとネコが怒る。いくら僕の素性を知らぬとはいえ、我が玉体からかもしだされる高貴な後光は、感じ取れるであろう。なのにごきげんうるわしく、などの定形の挨拶はないし、ため口でべらべらしゃべるどころか威嚇してくるとは。

 なんと出来の悪い人造物か。

 

「余計な世話かとは思うが、あとで主人に忠告してやろう。おまえの頭脳を教育しなおせと」

「はあああ?!」

「頭も尻尾もハゲているし、内臓頭脳がこんな受け答えをするなど、教育(しこみ)不足のなにものでも――ううっ?!」


 なんだ?! いきなり、胸のあたりに違和感を感じたが。これは?!


「ちょ?! テル?!」


 今にもとびかかってきそうだったネコの瞳孔が、丸くなる。

 それもそのはず、ハンモックから少年の腕が伸びてきていて。

 僕の胸を……つかんでいる。

  

「なっ……なにをしている?!」

「……っれえ? メイ姉さ……じゃな……? 胸……ねえ?」

「な、何を言――ま、待て! は、鼻血?! うあ?!」


 寝ぼけている少年の鼻から、なぜか鼻血がたれている。

 夢をみているように見えるが、僕の胸をつかむ手が、思い切り動き始めた。


「あれえ? ないー……」


 な、な、なにをするんだこいつは!

 呆然とした僕がその手をはねのけようとすると。


「なにやってんのよ! テル!!」

 

 機能が微妙なハゲネコが、シャーッと怒りの怪気炎をあげて主人に飛びかかった。


「アタシというものがありながらああああ!!」

「ぎゃひい!」


 銀の爪一閃。

 あわれ少年はネコにひっかかれ、ハンモックから落ちた。僕の、足元に。

 そのとたん。

 僕の鼻をおそろしい匂いが襲ってきた。くさった油? 汗? なんだこれは!

 あまりの臭気に鼻をつまみ、眉を寄せ。僕は思わず……絶叫していた。


「……臭い!!」





 暗闇は、人間の五感にあまりいい印象を与えない。

 工房で目覚めて〈孫〉を見つけるまでに、僕の視覚や嗅覚は、このジャンクビルを「汚くて臭い」ものだと認識してしまった。

 まぶしい工房はごちゃごちゃしていたし、表の店など足の踏み場がない。

 ハンモックのある部屋の壁の汚れ具合ときたら、墨をぶちまけたよう。

 ゆえにこれは、来たるべくして来たとどめと言える。周囲の環境が、我が嗅覚を数倍に強調したのだ。


「あのぉー」


 ギヤマン貼りの浴室から、ずずっと少年の頭が出てくる。

 水滴がついたギヤマンごしに、ぼんやりそやつの体が見える。ずいぶん色黒だったのが真っ白く変わったということは、やはり相当汚れていたのであろう。

 

「いやぁ、ごめんな。ゴミ山ほっくりかえしてきたまんま、ばたんきゅーで寝ちまってさぁ。そりゃクッサいよなぁ」

――「テルは黙ってて!」


 開かれた浴室のドアから湯気とともに、ハゲネコがするんと出てきた。


「アタシも気になってたのよ。テルってば、毎日すごく汚れるくせに、めったにお風呂に入らないんだから」

「清潔を保つのは大事だ」

「それは同感ね」


 ほう? このネコ、衛生観念はちゃんと入って(インプットされて)いるのだな。

 僕は即刻、入浴することを少年に命じた。

 臭くて真っ黒な手で、僕の下穿きをどこぞから取ってきて渡されるなぞ、冗談ではないからだ。


「よろしい、では服を着ろ。髪もちゃんと整えるのだ。身支度を終えたら、僕の右手に接吻して礼を取る事を許す」

「せっ……ぷん?」

「その後ただちに、手に香油をつけ、僕の下穿きを捧げ持ってこい」

「こ? 香油? そんなもんは――」

「石鹸でよく洗ったから大丈夫よ」


 ネコが少年の言葉をさえぎって答える。

  

「パンツは、たぶんまだベランダに干してあるわ。ほんとごめんなさいね。テルったらざっくりてきとう型なのよねえ。でももう許してやって。あなた、自分で取り込んでいいわよ」


 ベランダ? それはたしか……。

 

「ベランダとは、店舗の真上の二階の居間についていた……つまり道路に面している……」

「ええ、日当たりは悪いけど、あそこが物干し場なの」

「な……」


 僕は絶句した。

 この僕の下穿きを公然と、下界の虫どもが通る道路にさらしているだと? 

 あまたの島都市を従える、エルドラシア皇帝のものを?


「な、なぜ僕の下穿きを公開するのだ! 見物料でもとっているのか?!」

「はぁ? 公開?」

「いやもとい。なぜ僕が、自分で取り込まないといけないのだっ!」

「いやー、遠慮しなくていいって」


 少年が、頭をタオルで拭きながらあっけらかんと言う。

 下穿き一枚の恥ずかしい姿を、僕に平気でさらしながら。

 

「そりゃあ、あんたにとっては、ここは人様のうちだけどよ。洗濯物はさ、勝手に取り込んでくれていいぜ。アイロンもかけてくれていいし、床掃除もしてくれちゃっていいよ。いやそうしてくれたら、ものすごく助かるわ」

「テル、それ家事おしつけてるでしょ!」

「うひ。ばれたか」

「な……な……」

 

 なんというやつだ! この僕に下働きをさせるだと?! おのれ……なんと無礼な……!


「でもさ、助けてあげた御礼になんかしてくれると、うれしかったりするからさぁ」

「むろん褒賞は与える! 召使いが欲しいのなら、五、六人ほどここに送ってやる!」

「えっ?」

「だが今すぐには無理だ。だから……」


 僕はぎりぎり歯軋りしながら命じた。


「僕の下穿きは、おまえがとってくるのだ!」


 いったい、エルドラシアの皇帝をなんだと思っているのだ。

 いや、素性はたしかに伏せているが、島都市(コロニア)の機貴人だということはばれているはずだ。

 押しも押されもせぬ天の騎士、すなわち貴族にアイロンがけを頼むだと? 床掃除してほしいだと?

 いったい何を考えているのだこいつは!

 睨みつけると少年はひきつりながらも服を着はじめ、手で髪をなでつけ、二階の居間に僕を通した。

 

「ま、まぁ、とりあえずここに座ってて?」

「もー。天使って横柄ねー」


 僕がすすめられた椅子にどかりと座ると。少年はぼやくネコと一緒にベランダに出ていった。

 その隙に僕は、背中に埋まる金盤に呼びかけた。

 

「アル……」


 ……反応は、ない。

 

「返事してよ、アル」


 ……だめだ。完全に沈黙している。いつもなら、呼べばすぐにしゃんしゃんと、起動音が聞こえるはずなのに。

 アルゲントラウムの損傷の程度はどのぐらいなのか、想像するだにおそろしい。

 よくもエルドラシアの皇帝機を撃ち抜いてくれたものだ。

 一体だれがこんなことを……

 

「アル。目を覚ましてくれ」


 非常時の起動プログラムも作動しないなんて。

 記憶は大丈夫だろうか。

 五十代一千年に渡る戦闘記録。皇帝たちの言動。帝国の歩み。

 黄金の女神はすべて、覚えている。でもこんな状態では、もしかしたら……

 

「アル……」


 修理されてよみがえっても。黄金の少女は、僕の事を……覚えていないかも……

 

「いやだそんなの。いやだ」


 撃たれた直後、その疑いの片鱗はすでに出ていた。

 アルは僕の事を……


『死なせません。マレイスニール』


 僕の事を、高祖の名で呼んだ……。



――「きゃああああ」


 

 突然。ネコの悲鳴がベランダから聞こえてきた。


「落ちた! 落ちたわよおおっ!」


 な?! 何が落ちたのだ?! 直後、ベランダの床が激しく揺れる音が聞こえた。肩にネコを背負った少年が慌てて戻ってくる。

 

「ご、ご、ごめん!」


 サッシを開けたとたん。少年は勢いよく僕に頭を下げた。


「蒸気に噴かれてパンツがとんだ!」

「なっ?!」

「今から回収すっから、ちょっと待ってて! あ、一緒に来てもいいぜ! えっと、えっと、あ? あれっ?」


 がしがしと頭を掻き。少年は頭をかしげて、僕に聞いてきた。



「とこんでさ。あんたの名前って? なんて呼べばいいんだ?」




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