表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
機霊戦記 ――黄金の女神・暗黒の女神――  作者: 深海
三の巻 運命の女神
60/60

8話 支配するもの (ルノ)

『撃沈報告:船籍YAM-FANG-8000

 船名:〈黒猫号〉 

 本船が|Sperren auf〈捕捉〉せし通信信号、六十ミニット前に断絶 

 結果報告:〈黒猫号〉の爆破が完遂されました


 再信号索敵:YAM-FANG-8000 ――|Keine Reaktion〈反応なし〉


|Wiederholt〈繰り返します〉……


 再信号索敵:YAM-FANG-8000 ――|Keine Reaktion〈反応なし〉


 結果報告:〈黒猫号〉の爆破は完遂されました』


 猫の肉球で小さなパネルを押すのはなかなか辛い。口から呻き声が出てしまう。

 |Wiederholt〈繰り返します〉……

 |Wiederholt〈繰り返します〉……

 何度再演算させても、エルドラシア帝国の偽装船の答えは変わらない。

 

 |Keine Reaktion〈反応なし〉……


「くそ! 本当にちゃんと信号を拾ってるのか?」


 びっしり並ぶパネルの上のモニターの中で、黒い鷲が呆れた顔をする。そんなことはございません、私の仕事は完璧ですと言いたげだ。この船のAIらしいが、ツンとすましていて感じが悪い。

 管制室の隅でアルがしきりに涙を拭っている。

 ぶつぶつつぶやいているのは……祈りの言葉だ。

 それは懐かしくもエルドラシアの帝国共通語で、戦地に降りる貴機人の帰りを切に望む歌だった。

 

「どうかあなたが、旗に包まれませんように

 どうかあなたが、その旗を掲げて帰ってきますように――」

 

 死した貴機人の亡骸は、鷲の紋が染め抜かれた帝国旗にくるまれて帝都フライアに戻される。

 そんな慣習が、大昔のエルドラシアにはあったらしい。今行われている戦区戦では、極力損失が出ないやり方で決着がつけられることが多いから、痛ましい告別凱旋をまのあたりにする機会はほとんどなくなった。それでもこの歌は今でも変わらず現役だ。帝国の騎士たちが出撃するときには必ず、帝都の公共放送が「全帝国民の想いを代表して」流している。

 帝宮にいたころ、僕はしばしば、黄金のアルゲントラウムにその放送を中継してもらった。何も知らなかった僕にとってアルは唯一の情報源だった。僕が知るエルドラシアの文化はなべて、彼女が教えてくれたのだ。

 

「大丈夫だアル、きっと何かの間違いだから」

 

 腹の具合に戦々恐々としながら、僕は金髪の少女を励ました。

 かつて僕が崇敬していた無感情な神々しさは影も形もなくなり、もろさやかよわさを隠すことなく、素直に感情を発露させる者となった彼女を。

 涙に濡れた瞳が、こんなに哀しげな光を湛えたことがあっただろうか?

 不謹慎にも僕は、悲嘆にくれる少女の切ない表情に一瞬息を呑んでしまった。

 美しい――

 そんな感想が脳に満ちる。そんなことを感じている場合ではないのに。

 アルの気持ちを少しでも和らげなければと、僕は重ねるように言葉を紡いだ。


「あのシング老やテル・シングのことだ。たとえ黒猫の船が情報通りに破壊されてしまったとしても、救命ポッドを使ってしっかり脱出しているだろう」

「そう、かしら。みんな助かったかしら。ミミちゃんも、タマちゃんも」

  

『再・緊急救難信号探査:結果三件』


 僕は今一度、船の救難信号を確認した。

 信号は先ほどまで三件あったが、一件消失していた。受信したものはただちに最寄りの星域にある宇宙ステーションに転送したから、そこから救助船が出されて救助が完了したのだろう。

 だが、消えた信号もまだ残っている信号も、残念ながら黒猫号の船籍信号ではない。救命ポッドの信号も絶えずチェックしているが、今のところ索敵可能範囲には、宇宙空間に漂うポッドは存在しないようだ……


「大丈夫だ。絶対に」


 じわりと腹の中で何かがうごめく。何でも食らうというのなら、どうかこの不安を喰ってくれと思いつつ、僕は黒い鷲が映るモニターをにらみつけた。

 シングの孫たちを探す他に、ここでしなければならないことがある。

 この船の真の目的。それを探らなければならない――

 

「アル、しっかりしろ。君は、機霊だった頃に自分が何をしていたか、覚えているか?」

「機霊だったとき、に? ルノを……護っていたわ」

「うん、そうだ。黄金のアルゲントラウムの護りは完璧だった。それどころか君は、エルドラシア帝国のシステムと繋がっていた。信じられないことに君は、帝国からあらゆる情報を取得していたんだ。そのアクセスコードが分かれば……」


 黄金の女神の記憶は、アルにしっかり継承されている。だが、機霊システムはどうだろう?

 今はもうすっかり普通の人間になっているアルが、膨大なコードを呼び出すことは可能だろうか?

 あふれる涙で、顔をぐしゃぐしゃにしている少女に。


「待って……思い出してみるわ。ええ……そうよ。私、いつも帝国の情報を読んでいたわ。膨大なそれを取捨して、あなたが聞いて喜びそうなことを伝えてた。戦区戦の出撃映像とか……」

「アクセスコードを思い出せるか? エルドラシアのシステムに入れるか試してみたい」

「たしか私は……とても特殊なプログラムを組んでいたの……こちらからは何も干渉することはできないけれど、すべての情報を吸い出せる強制ドナーよ。あれを構築するには、ずいぶん時間がかかったわ」


 ぐるるとお腹が鳴る。飢えしものにうるさい黙れとぴしゃりと言い放ち、僕はアルの肩に取りついた。

 

「機霊化する。演算機能を発現させるから、やり方を教えてくれ」

「分かったわ。接合(ティー)……!」

 

 アルと接合したとたん、我が視界はたちまち電脳の世界へと飛んだ。


顕現(マニフェスタージ)!」


 アルのコマンドに応えてネコ耳をもつ銀髪の機霊体を出力すると、暗闇の中に、輝くマス目の空間が広がり行くのが見えた。

 ここはほんとに果てがない……

 我が女神の声が、頭上から降ってくる。


「コードはね、たしか歌を、記号化したの」

『何の歌だ? さっき歌っていたものか?』

「いいえ。もっと古い歌よ。それを変換したものを、私は帝国のシステムに聴かせて願っていた……どうか私に見せて。私に教えてと……」


 もしかしてそれは――

 問う前に、黄金の女神だった少女は鼻をすすり上げて涙を抑え、かすかな声で歌い出した。


 『Auf Wiedersehen

 Mein kleiner Vogel』


 ああ、この歌は。

 

『Im Boden

 Bitte schauen Sie sich den Traum

 Ein sehr glücklicher Traum』


 かつて、夢の中で聴いたことがある――

 

 『Bitte schauen Sie sich den Traum

 Ein sehr glücklicher Traum』


 僕には分からない古い言葉の歌だ。

 夢の中で見た黄金の少女は、まだ機霊になっていなかった。哀しげに誰かの墓の前でこの歌を歌っていた。

 けれど――もしかしたら……

 地上(ユミル)に落ちて意識を失っていたあのとき。アルゲントラウムは実際に歌っていたのかもしれない。

 僕が夢を見ている間に、機能不全に陥ったアルはなんとか蘇ろうとして。帝国のシステムにアクセスしようとして。この歌を歌っていたのかもしれない……

 

「小鳥を籠から出す歌なの。好きな夢を、素敵な夢をご覧なさいって。羽ばたいて夢を見てきたら、それを私にもこっそり教えてっていう歌詞なのよ」


 黄金の髪の少女は、首にかかった僕の白い手をそっと撫でた。


「ママが……そう、ママが教えてくれたの。おばあちゃんが亡くなったときに、お墓の前で歌ってた……だからあたしも……歌ったの」


 ああそうだ。

 夢の中でアレイシアが見つめていたあの墓は、友達のもの。

 あれは、おかっぱ少女の墓だった――

 

「マレイスニールやアシュラさんにも教えたわ。アシュラさんは、私よりももっと、何度も何度も歌ってた。ミミちゃんのお墓の前で……」


 懐古の囁きが吐息の中に溶けていく。優しい少女は生者に遠慮したのだろう。おかっぱ少女を愛するテル・シングに。

 あいつはまだ死者などではない。きっと生きている。祖父やおかっぱ少女やけなげな猫とともに、きっと元気で居るはずだ。

 僕は願った。僕らのために。

 生者よ、どうかその証を見せてくれと。

 

 

 


 白いネコ耳がついた、銀髪のニンゲン――機霊として顕現した僕にとって、プログラムを構築することはさほど難しいことではなかった。

 何しろ思考しただけで、光る槍だの光弾だのが顕現するのだ。僕の思考は瞬時にコード化され、機霊石の中で起こる半導体(チップ)の燃焼を、外に引き出す抜け道を作り出す。

 送受信を行う半導体(チップ)が扱う熱量は、火器を司るものよりごくごく極小で容量が軽い。そんな通信に乗せるプログラムだから、光の槍を作り出すほど重くはないはずだが……

 

『む? 教えてもらった歌をすっかりコードに変換したのに……飛んでいかないぞ?』

「命令を飛ばすコードが要るのよ。歌のコードよりもむしろ、それを作るのに苦労した覚えがあるわ」

『え……』


 まったくもって、瞬時にプログラムを構築し、凶悪なウイルスをばらまいて煌帝国のシステムを蹂躙したテル・シングはたいしたものだ。つまりあいつは作ったものを放つ射出機も、同時に手早く作っていたというわけか。

 

「私は宮殿の端末にアクセスできたから、そこからシステムに入りこめたけれど……その時使っていたコードが使えるかどうか、試してみて。コードを思い出してみるわね」


 少女の中で演算脳ではない脳みそがフル稼働し始める。記憶がよみがえるのを待つ間、僕は今一度、救難信号を再確認した。


 :結果三件

 :船籍コードEZ-692 

 :船籍コードWEB-1028

 :船籍コード……


 だめか。やはりどれも、黒猫号の船籍ではない――

 

『五十二回目です』


 突然、つんとすました鷲がモニター画面の隅に現われて、うんざりした口調で言ってきた。

 

『は?』

『救難信号確認、五十二回目です。あなたは、画面の文字が読めないのですか?』

『なんだと?』


 なんだこのAIは。ずいぶん感情的だ。機械らしからぬ反応ではないか?

 

『黙れ。君は僕のコマンドを実行するだけでいい』

『それは私の職務ですが、パスワードをご存じ無い方のご命令を、これ以上聞く訳にはまいりません』


 うさんくさい奴だと言いたげな鳥の視線は、なんとも陰険だ。思わず爪を出しそうになった我が手を、アルがぽんぽんと叩いてきた。

 

「ルノ、コードを少し思い出せたわ。今から言う数式を試してみて」

『了解、頼む』

 

 僕は電脳の世界に目を向け、積み木を始めた。

 聞こえてくる音を0と1の羅列に変え、慎重に積んでいく。アルの声が途絶えたころ、それは上へと伸びゆく階段の基部と化していた。

 

「ごめんなさい、続きはちょっと無理……」

『大丈夫、今ので十分だ』

 

 コードにはあきらかに、一定の規則性があった。それに則って繰り返し繰り返し、帯を複製して上に積み上げていくと――

 突然、階段のてっぺんから光の架け橋のようなものが矢のように伸びていき、はるかなる頭上を貫いた。システムに手を伸ばす電波信号が放出されたらしい。

 ぱしぱし音を立て、まばゆい閃光が橋の先で炸裂する。何かにぶち当たって激しく放電していると思いきや、橋の先に丸い大穴が開いた。0と1が無数に渦巻く空間が垣間見える。

 

『最寄りのシステム……この船のシステムにぶつかって穴を開けたんだな?』 


 急いで階段を駆け上がり、光の架け橋を渡る。広がりきった反動か、今度はじわじわ閉じかける穴に、我が身を強引にねじ込んだ瞬間、周りで光が爆ぜた。

 

「痛い……! システムの迎撃かっ」

 

 我が体は、しびれ上がった状態で下に転がり落ちた。あたり一体、色鮮やかな七色のゆらめきが地べたからゆらゆら、無数に立ち上っている。

 機霊の目は猫の目とは違う。真紅の色もちゃんと見える……

 

『侵入者! 侵入者! 危機! 危機!』


 ひゅんと、頭上を黒いものが飛んでゆく。


『鷲か! 待て!』

 

 鳥の影からびりびりしびれるものが落ちてきた。一瞬身動きが取れなくなるも、僕は急いで体をほぐし、逃げる鷲を追いかけた。


『待ってくれ! 危害を加えるつもりはないんだ!』

 

 走る。走る――ぐるぐる渦まく七色の0と1の中でひたすら、僕は疾走した。

 四つ足の方が速いと気づいたとたん、我が容姿はいつもの白猫(ルノ)と化し、黒い鳥めがけてひた走った。だが、走るだけでは高度が縮まらない。このままではずっと平行線だと思ったとたん。


『きゃあああ?! なんですかあなた?! 猫じゃないのですか?!』

『ちがうっ、機霊だ!』


 背中から、機霊の竜翼がにょきりと生えてくれた。

 度肝を抜かれた鷲が、音を立てて羽を乱す。 

 

『ね、猫じゃないですって? あなた、こまっしゃくれた煌帝国の船ではないというのですか?』

『船? 違う、僕は船のAIではない!』


 かの国で造られた船のAIはみな、ネコであるらしい。対してエルドラシアの船のAIは、国の紋にちなんで鷲であることが多いのかもしれぬ。となれば……

 

『僕はお前の敵じゃない! おまえとおなじ、翼あるものだ!』

『でも手に、肉球がついておりますし』

『一般の鳥とはちがう。僕は――元老院の鳥だ!』


 僕が飾り物の玉座に在ったころ。我が帝国の政治を司っていたのは元老院だった。帝都フライアで連日議会を開き、すべてを決める議員たちの衣の色は、真っ白だ。神聖なる白、潔白なる白。

 白は、帝国中枢を象徴する色に他ならぬ。

 

『我が身の白さを見るがいい、黒き鷲よ』

『しかしあなた様のようなものは、見たことも聞いたことも』

『ないのが当然であろう。下々の船に元老院のシステムが干渉することなど、めったにないことだからな』


 黒い鷲のはばたきが停まった。

 

『つまりそれは。要するにすなわち。これは抜き打ちの、監査ですか? あなた様は、通信の出所を隠して近づく覆面の監査システム? まさか何度も救難信号を確認させたのは……私の忍耐力を試していたということですか?! これは噂に聞く、淘汰の前触れなのですか?』


 頭をうなだれよろよろと、鷲が僕の前に舞い降りる。僕のことを上層の監査システムだと思い込んでくれたようだが、淘汰だと? なんとも嫌な雰囲気の言葉だ。


『お願いします。どうか私を消さないで下さい。淘汰はどうか、ご容赦ください』

『それは……ここをじっくり見てから決める』


 まがりなりにも皇帝をしていた経験が生きたようだ。

 身に染みついている尊大な物言いが、僕の「それっぽさ」を補強してくれた。もはや黒い鷲は萎縮しきって頭を垂れまま。翼をたたんでヨチヨチ、千鳥足で僕の案内を始めた。

 

『で、ではさっそく、母屋をご覧ください……』

 

 0と1が渦巻く空間に、見事な大木が現われる。

 黒鷲の巣であり、船全体のシステムを具象化したものだろう。その樹は実に見事な枝ぶりで、緑の葉が活き活きと広範囲に茂っていた。

 

『私が製造されましたのは、一世紀前でございます。現在は第一線からは退役いたしましたが、長年にわたる増築(アップデート)により、我が家はかような大木となっております』


 幹の中は塔のよう。すっかり空洞で、帝国のあらゆる種類のシステムへと繋がる部屋がいくつもあった。鷲曰く、今回の任務は最上階の部屋を訪れる、紫の鳥から命じられたという。

  

『紫というのは、現在の皇帝陛下を象徴するお色です。すなわち紫の鳥というのは、勅命を伝えてくる大使さまでございます』

『なるほど。帝宮のシステムから直接、指令を受けたのだな』

『はい、まことに光栄なことでございます。陛下は先帝陛下とは全く違いまして、現在我が帝国の絶対君主なれば、帝宮よりの勅命は、必ずや遂行しなければなりませぬこと、重々理解しております』


 ふん。先帝うんぬんのくだりは余計だ。

 てっぺんの部屋に在りしは、ごつごつした樹の幹に埋まった大きなモニター。そこに紫色の鳥の影が映っていた。画面下部には、エルドラシア帝国で使われる共通文字もくっきり。勅令なるものが燦然と輝きながら浮かび上がっていた。


『……燃える水の星より帰還する、黄金の少女と白き猫の身柄を確保せよ……第五十一代エルドラシア皇帝……』


 やはり。この船の目的は、浮遊石ではなかった。

 あいつ(・・・)自身が、アルだけではなく僕をも狙って事を起こしてきたらしい。

 うすうす感じていたが、まさか最悪の予想が当たるとは……

 しかしどうしていまさら? あいつ(・・・)はアルはまがいものだと決めつけて、僕と一緒に捨て去った。

 なのになぜだ? 僕らは、要らないもののはずなのに……


 相手の真意を知りたくて、モニターに猫の手をつっこんでみると、紫色の鳥がパッと飛び立った。

 じんじんとひどい妨害抵抗が、我が手を攻撃してくる。

 と同時に。

 聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

〈あら。なにかしら、この変な接続は。ずいぶん乱暴ね〉


 ただ手を入れただけなのに、相手に気づかれた?!

 反応の速さもさることながら、僕は鳥の口から発せられた声におののいた。


〈だれが見に来たの? ずいぶん遠いわね。ふふ。この波動……うれしい、あなた(・・・)なのね? アムル……〉


『……!!』


 僕の気配を読まれた?! なんて感知力だ。

 慌ててモニターから手を抜いた僕に、舞い飛ぶ紫の鳥はくすくす笑いを浴びせてきた。

 

〈接続を切っても無駄よ、できそこないのあなた。いとしいあなた。ねえ知っていて? 魂の信号は瞬時に空間を超える。同じ魂同士であれば、すぐそばにいるがごとし、距離なんて関係ないのよ。ゆえにあなたがどんなに遠くに在ろうとも、我が伴侶は瞬時にあなたに会えるの。夢の中でね――〉


 その声でいやらしく笑うな。なんだその、小馬鹿にしたような態度は。僕のアルはそんなねちっとした話し方はしない……


〈ああ、あなたの息づかいが聞こえるわ。驚いて戸惑って、私を否定しようとしている気配が。でもね、私こそ、そうなのよ。切にあなたたち(・・・・・)が望んだもの。アレイシアの――〉


 黙れ――!

 僕はその言葉を聞くのを拒否した。それだけは、認めたくなかったからだ。

 そんな僕などお構いなしに、紫の鳥は明らかにはしゃいでいた。 


〈うふふ。ねえ、早く来て。私のもとに来て、いとしいあなた。私も私の伴侶も、完全に元に戻る(・・・・・・・)には、割れたかけらを回収しなくてはならないの。だから、早く来て。ねえ、私たちと、ひとつになりましょう?〉


 黒い鷲の手前、動揺を見せるわけにはいかない。幸い鳥の声は接続した僕にしか聞こえないようだったので、なんとか場を取り繕った。

 高飛車な鳥に向かって、固いしぐさで敬礼をする。あたかも、皇帝を崇敬しているように。

 勅令を伝える鳥だと?

 かつてただシステムを眺めていたアルとは違い、彼女(・・)はいまや、あらゆる方面に大いに干渉しているような気がする。

 しかしいまいましい鳥は、なんと言っていた?

 どんなに遠くにあっても、我が伴侶は僕に会えるだと? 夢の中で? 

 まさか……僕がかつて見たものは、あいつ(・・・)の夢は、単なる夢ではなかったのか?

 何か通信のようなものだったのか? あいつ(・・・)が……現エルドラシア皇帝が送ってきたもの……だとでも?

 僕らが生存していることに気づいて、触手を伸ばしてきた(再接続してきた)ということか?

 だとしたらいつ、気づかれたのだろう? 奴らが放っている無数の密偵が、偶然僕らのことを見つけでもしたのだろうか。

 いまいましい。実にいまいましい。それに、あの言葉はどういう意味だ?

 

〈同じ魂同士であれば――〉


 僕の体はかつてマレイスニールの複製だったが、魂はちがうはずだ。

 僕の魂は、マレイスニールその人ではない。全く別の、僕独自のもの。

 あいつ(・・・)なんかとは土台、違うはずだ……

 

『監査の白い鳥猫さま。こちらが、一般管制室です』


 困惑の極みに追いやられた僕を、黒い鷲がひとつ下の部屋に案内する。

 

『帝国のシステム以外のすべての信号は、ここで受け取ります』


 幹に埋まったモニターのひとつには、救難信号の詳細がずらりと並んでいた。

 

『現実の管制室のモニターで見るものよりも、詳しいな。信号文そのものが載っている……』

『はい。ここで受けたものを私がまとめまして、表に表示させていただいております』

『これは……』


 やはり、システムに踏み込んでよかった。

 信号文をつぶさに読み込んだ僕は、時間的に最も新しく発信されたものに釘付けになった。

 そこには驚くべき単語が並んでいた。


 ……

 sos sos

我ガ名ハASRA

 我求ム緊急ノ救イヲ

 我ガ名ハASRA

 救イヨ来タレ

我ガ名ハASRA

 sos sos

 ……


『なんだこいつは……』


 この不気味な署名の連呼は一体なんだろう?

 船籍は、黒猫とは違うものだが……この署名を打つ者は、たったひとりしか思い浮かばない。

 船は捨てたのか? それとも、この船にばれぬようごまかしているのか? 座標はどこだ?

 

『あ……信号が消えた……!』

『はい。たった今某宇宙ステーションより、この船舶の救出を完了したとの信号を受信しました』

『いますぐそこへ!』


 僕は鷲に命じた。

 ともあれテル・シングは生きているのだ。あいつの状態が今はどうであれ、生きているのだ。

 きっとシング老やミミたちも。

 

『あの――監査の鳥猫さま』


 僕の心を満たした喜びはしかし、たちまち忌々しいものによって妨害された。

 船を動かそうとした黒い鷲が、突然オロオロし始める。


『あの、動きません……船が、方向転換しません……私のコマンドが突然、ことごとく……遮断されて……一路、当初の帰還目的地へ行くよう、ロックされて……』

『……!!』


 誰の仕業か悟った僕は、再びてっぺんの部屋へと走り昇った。

 幹に嵌まったモニターの中で、紫色の鳥がゆうゆうと舞い飛んでいる。

 思わずモニターを叩けば、鳥はせせら笑ってきた。

 いまいましくも、我が女神(・・)の声に高慢な色を混ぜこみながら。びんびんと、高らかに。



〈だめよ、いとしいあなた。さあ、帰ってきて。私のもとに〉 





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ