7話 名乗るもの(テル)
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「テル! テル、しっかりして!」
……。
「どうしようおじいさま。テルの反応がないわ」
……。
……。
「体が完全に固まってる。どうしよう」
「むう。瞳孔が開いておる。全身硬直……大丈夫とはいえん状況じゃな。ミミくん、とにかく動かさぬように」
「にゃー……」
「タマ、ゆさぶるの中止!」
……。
……。
……。
「それにしても真っ暗じゃのう。予備電源の配線が切れておるのか」
「ずいぶん穴を開けられちゃったわね。蜂の巣だわ」
「倉庫のコンテナの中に避難することになるとはの……外装はほとんど剥がれておるようじゃし、重力発生装置も空調機もやられておる。残念ながら機関部は停止……宇宙空間に漂っておるだけじゃ」
「救命システムをいの一番に潰すなんて」
「相手は確実にわしらを消したいというところかの。しかしアズマは強かったのう。はじめは押されておったがエルドラシアの強化機霊に勝つとは。さすが白金の機霊、東華帝君の複製じゃの」
……。
……。
……。
……。
『モデルとなったその機霊のことは知らないが。エルドラシアの機貴人を打ち破ったのは、たしかに我の功績だ。いや……我を作り出した我が主の腕前が、確かであったというべきだな』
「アズマよ、テルはエルドラシアの機貴人が、青い蓄電石を大量につけておることを知っておったんじゃ。前にロッテくんが、わしらのところにその石をくれたからの」
『だから吸引石を精製できたのだな。蓄電石に蓄えられ増幅されたエネルギーを吸収するものを。我の心臓には、その石がはまっている』
「さよう、おまえさんの中にあるものは、わしらの魂をこの世につなぎとめておるもの……すなわち吸魂石の特性を真似たものじゃ。わしは石の特性を単に利用しただけじゃが、テルはその原理を別のもので再現したのじゃよ。まあ、分析と実現にはかなり時間がかかったようだがの」
『うむ。吸引石が我の心臓につけられたのはごく最近のことだ。それも本当にこれでちゃんと発動するよいのか不安だと我が主は言っていた』
「見事じゃったぞ。相手の光弾をほぼ吸収し、自分のエネルギーに変えて放出する様は、見応えがあったわ」
「おかげで船のお腹に大穴あいたけどねー」
「にゃんにゃん」
『う。皆の者すまぬ』
「それで敵はなんとか倒せたけど、テルもぶっ倒れちゃったのはどういうわけなの?」
『我が主は炎の精霊を使わなかった。ゆえに我の結界は完璧に展開していた。なのに我が主は意識を失った。突然にだ』
「ふむ……これはもしかして……」
……。
……。
「む……見開いたままの瞳の奥で、網膜神経がかすかに発光しておる」
「それって、どういうこと?」
「テルの頭脳は昏倒したのではないようじゃ。エネルギー切れでも、ショックで緊急停止したのでもない」
「にゃー?」
……。
……。
「おそらく脳の神経シナプスは今、超高速でなにかの情報を処理しておる」
「え? それってつまり、なにか計算……してるってこと?」
「表計算モードに入っとるようじゃ。しかしなぜ今……テルは何をしておるんじゃ?」
……。
……。
……リ……我……リ……
『脳内で思考以外のことをしている? 待て、調べてみる』
……セリ……我、玉……セリ……
『む……お爺よ、我は電波を感知した』
「電波とな」
「それ信号ってこと? アズマ、テルはどこになにを送ってるの?」
……我、玉砕……
『特殊通信用の信号に変換されている。まるで断末魔のようにえんえん繰り返して発信しているぞ。我、玉砕セリ……』
……我、目標ヲ……
『我、目標ヲ破壊セリ……敵ノ船ヲ粉砕シタ……任務完遂……我ハマモナク機能ヲ停止スル……』
……えるどら……しあ二……
『えるどらしあ二栄光アレ』
「なんと、ではその信号の送り先は」
「敵の船に送ってるの? あたしたちはやられちゃったって?」
「にゃにゃにゃ!」
『録音信号を装って何度も繰り返している。我々を襲った船に送っているようだ。これ以上追撃されないよう、敵をたばかっているのだろう』
「たしかにこれ以上攻撃されたら、あたしたちほんとに死んじゃうわ」
……栄光……アレ……
「本物の敵は、アズマの反射光弾で跡形もなく蒸発したからのう。それに扮しておるというわけか」
『単に信号を発しているだけではなさそうだ。ちゃんと敵そのものだと誤認識させるコードを解析して、それを貼り付けて発している。それから別の色の信号も発している』
「別の? どこに何を?」
『待て、信号を解析する……』
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『何か圧倒的な蓋のようなものを放っている……遮蔽電波とでもいうものか。この船に向かって押し付けているようだ』
「遮蔽。ということはあれじゃな、船の息を隠しておるのか」
『そうだお爺。この船はかろうじてまだ生きている。黒猫は息をしている。敵は我が主が発した信号が本物かどうか、探りを入れてくる。息を感知されるのはまずい。だから隠している』
「船になにかかぶせて、死んだように見せかけてるってわけ?」
『そうだミミ。我が主はこの船が発するすべての信号を受信し、外へ漏らさぬよう遮断している』
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「大したものじゃ。しかしこの船は推進できん。敵の知らぬ間に近づいてアムルくんたちを救うことはできん。なんとか最寄りの港へ行き着くようにせねば」
『……待て、お爺。もう一種類、我が主は外に信号を出している……まったく別の船の識別コードを出して……』
「ぬ?」
『別の船として、第二級の救難信号を出している』
「二級? 大破レベルの一級じゃなくて、ちょっとエンジン調子悪くて立ち往生してるっていうレベルのSOS?」
「にゃにゃにゃにゃ!」
『……そうだタマ。わざとそうして呼んでいる』
「アズマ、猫語わかるんだ!」
『……いちおう認識できる』
「今まで一度もタマの言葉に反応しなかったから、気づかなかった!」
『……猫の言葉など聞きたくないが今は緊急事態なのでな』
「にゃにゃにゃにゃー!」
「タマ待って、ひっかくのは話聞いたあとー!」
『許可するな。猫の爪は痛い』
「嫌なら猫差別やめなさいよ。差別はんたーい! で、テルは何をわざと呼んでるの?」
『宇宙空間でエンジン故障で立ち往生している、商品たっぷりの船。救難信号キャッチ。とくれば、色めき立つ連中がいるだろう』
「あ。海賊……って、えええ?! そんなの呼んで大丈夫なの?!」
「浮遊石を積んだコンテナはまだ半分以上残っているぞい。そして我々はそのコンテナの中。呼び寄せられし者たちが、うまいこと荷物を奪ってくれれば……」
『うむ。晴れて黒猫と別れられる』
「バカっ! 薄情なこというんじゃないわよ!」
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『痛い……おかっぱの少女よ、何も叩くことはなかろう』
「あんたこそなんてこと言うのよ! 黒猫をおいてくなんて、あたし嫌よ」
『しかしこの船はもう死にかけている。少々破損しているぐらいなら、海賊たちは喜んで船ごと奪うだろうが、この状態では打ち捨てられるだけだ。仕方ないとあきらめるしかない。ならばすっぱり断念できるよう、嫌いなものだからいたしかたない、と考えた方が楽だろう?』
「はあ?! なにいってんのかさっぱり分かんないわ!」
「なるほどのう……思い切るためにわざと嫌うか。なるほどのう」
「おじいさま、今からできるだけこの船を修理して、船も奪われるようにしましょうよっ。同じ猫族として、見捨てるなんてできないわ」
「にゃにゃにゃー!」
『私もこの船が犬であれば、こいつは猫だと思いこんであきらめることはできなかっただろうが……』
「猫も犬も同じよ!」
『む……たしかに同じ哺乳類ではあるが……しかし今や、船内に空気はない。コンテナから出れば、たちまち宇宙空間に放り出される。修理作業など至難の業だ』
「あたしはやるわよ! 直に海賊と交渉したっていいわ」
「ミミくん、この状態で修理するのは無理じゃ。海賊と交渉するのも危険きわまる。来るのは海賊だけとは限らん。最寄りの港から来る救助船が間に合うかもしれん」
「うううテル! 海賊船には信号を送らないで! 港の管制にだけ送ってよ! お願いっ、黒猫を助けて!」
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「お願い…!!」
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「聞こえてるでしょ?! 処理大変なのはわかるけど、全方向の救難信号はやめて!」
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「いや、ミミくん。今のテルには何も聞こえん。脳がプロセスを実行することに集中しておる」
「テル!!」
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「テルの良心を信じるしかあるまい」
『む。なにか来たぞ。コンテナ群の上になにかが降りた』
「にゃあ!」
「今のかなり大きな音ね。海賊? それとも救助船? どっち?」
「にゃー!」
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「ぬう……! 何じゃ今の音は。コンテナが吹っ飛びでもしたのか?!」
『ちっ。海賊の方か? いや……』
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『どちらでもないようだ。この発信信号……』
「にゃにゃにゃにゃー!!!!」
『そうだタマ。我々はこの信号を放つものと先程交戦したばかりだ』
「嘘! じゃあ今なんか降りてきたのって……きゃあ!!」
「ミミくん! 結界を強めるんじゃ!」
『蒸発したのではなかったのか。戻ってくるとは』
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「アズマ!」
『おまえたちは我が主と自身を守れ。倒しきれなかったのは我の不手際だ。急いで処理する』
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「おじいさま、アズマの機霊箱が勝手に……!」
「ぬう、浮かぶとは何事じゃ?!」
「ああ! 勝手に翼を出した!!」
「にゃああ?!」
『ふふふ、本物の狼のような手足はなくとも、我は飛べる
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『心配するな我が主。相手は満身創痍、さほどの労力は要るまい。援護無用、我が主は信号発信と遮蔽に全力を尽くせ』
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『我が主は我に敵を倒せと命じた。そのコマンドを我はただ完遂するのみ』
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『まったく心配性だな。たしかに相手の機霊はまだ生きている。戦乙女が槍を構えているが、今や出力は笑えるレベルだ。機霊への計算妨害波など送ってくれる必要はないぞ。我ひとりで十分……』
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『……ありがとう、感謝する』
「……玉砕、してでも、私は、任務を果たす……! エルドラシアに、栄光を!」
『ヤー! マインヘル! グングニル装填します!』
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「どうした……私の手の先に槍が出てこないぞ?!」
『あ……すみません……そんな……も、もう一度プロセスをやり直します!』
「な……翼を広げた機霊箱が飛んでくる……! なんだあれは! 箱のそばに輝く狼が……! 結界を!」
『や、ヤー……!』
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『すばらしいな。しかしどちらが機霊かわからないぞ、我が主』
「う……狼め!」
『マインヘル!!』
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「すごい音! まぶしい……!!」
「にゃああああ」
「なんと、互いに衝突したか……無茶をする。しかし相手の方には結界が展開されてなかったようじゃな……」
「アズマが、相手の息の根を止めた? 輝く狼が、相手の首に噛み付くのが見えたわ」
「今度こそ完全に勝利したようじゃの」
「機霊箱が動くなんて……」
「ほうほう、テルが作ったもんじゃからのう。何が起こっても驚かんぞい。しかしなんじゃ、あれには手足があった方がよいの。箱ではなく狼の体に入れてやったらいいと思うぞ」
「うん……あたしもそう思う」
う……
「あ、テル……?」
なん……だ? 俺どうなった?
すげえ強そうな機貴人どどんて眼の前に来て、アズマがそれインターセプトして、じゅるじゅる力を吸収して、お返し光線発射したよな?! それから……
「うええ?! なんで俺コンテナの中に?」
「テル!」
ちょっと待て、ミミの顔、涙でぐちゃぐちゃ!
じっちゃんは大きく安堵のため息ついてるし。タマががつんがつん俺の腹に頭すりつけてくるし。俺どうなってたの?! もしかしてあの世に行きかけてたとか?!
『助かったぞ我が主』
「え……ぎゃあ! 俺の機霊箱勝手に飛んでる!」
「え……この機能あるの知らなかったの?!」
知らないよ。全然知らないよ。なにこれすごい。アズマって、超能力者?!
『援護に感謝する。おかげでしぶとい敵を倒せた』
「援護……」
俺そんなことしてたんだ? あれ、そういえば前に一度、記憶なくしたことあったよな。表計算モードになって……うわ、もしかして今回も?
「テル、いろいろしてくれてありがとう。あのね、あたし黒猫を助けたいの。なんとか……」
『心配いらないぞ、ミミ。今、感知した。救助信号を出してこちらに来るものがある』 「にゃにゃーにゃ! にゃにゃーにゃ!」
『そうだタマ。おそらく海賊ではない。最寄りの星にある港から来た、救助船だろう』
「え、アズマ猫の言葉わかるんだ!」
うわあ、思わず叫んじまったら、アズマが変な顔して固まった。こいつ猫嫌いだから変なツボ刺激しちゃったかな。
「救助船! よかった! 海賊が来る前に、運良く間に合ったのね」
『いや。我が主は救難信号を最寄りの港だけに出したのだろう』
「えっ?」
『我はそう思う。我が主は我が思うよりも多機能だ』
多機能って。どっちが機霊かわからない言い草だなぁ。
『しかし我が主の計算思考波は大変特徴的だ。コマンドのあとに必ず署名をつけている。あの名前はなんだ?』
「名前?」
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01100001』
「へっ?」
「ふむ。8ビットの、万国共通プログラム専用文字コード……じゃな」
ああ、電子機器の思考はみんな01のビットで表現される。
電子プログラムを作るときの専用文字をひと文字表現するには、8ビット使うって、太古の昔から決まってるけど……
狼の機霊が真面目な顔して、ずいっと俺に迫ってきた。
『我が主は、テルという名のはずだが』
うん、そうだよ。テル・シング。それが俺の名前だけど、なんかした?
『なぜにA(01000001)s(01110011)r(01110010)a(01100001)なのだ?』
「え……?」
8ビットの専用文字コードは二十六種類。
専用文字は昔々、俺達の祖先が赤い大地の星にくる前に使っていた文字なんだそうだ。
今はもう、電子プログラムを作る時にしか使われてないものだけど……。
「A 、s、 r、 a……」
俺は困惑して、俺を見つめあげる狼を見つめ返した。
「Asra……アシュラ?」
「やだテル、暗黒帝の名前なんか使っちゃって。カッコつけてるつもり?」
ほっぺたを赤く染めて、ミミがばしりと俺の腕を叩いてきた。
これは……俺、どうしてその名前を無意識に使ったんだろう? ミミにとってアシュラは特別な存在なのに。まさか俺、無意識にアシュラになりたいって思ったとか……?
そんなこと、俺考えるの? ミミのことはそりゃたしかに、特別っていうか大事っていうか、他の子とは違う存在だって思ってるけど……
どういうわけなんだろうと首をかしげる俺の目に、ちかちか真っ赤な光が飛び込んできた。
「わあ、ほんとに救助船よ!」
何はともあれ俺たちはなんとか、助かったようだ。
ちらつく疑問を振り払い、俺はもうすでに遠くへ逃げてしまっただろう、アムルたちをさらった船に思いを馳せた。
船はいったいどこまで行っただろうか。
俺たちはどれぐらい離れてしまったんだろうかと。
ぽっかり空いた頭上の穴から垣間見える宇宙は、不気味に黒かった。
俺の不安を忠実に映し出すかのように。