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機霊戦記 ――黄金の女神・暗黒の女神――  作者: 深海
三の巻 運命の女神
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6話 喰らうもの (ルノ)

 目を開けるとそこは、薄暗い船室だった。

 円天井から下がるのはシャンデリア。壁のパネルと床には、ヤグルマギク(コーンブルーメ)の紋様が入れ込まれた織り物。湾曲した形の足をもつ卓や椅子がひとつずつ。

 どこからどう見ても、エルドラシアの帝国様式を具現している一室だ。

 装飾自体はすごいが、非常に狭い。ということは、ここは客室のたぐいではない。

 天界随一を自称する帝国は、どんなところにも国力を示したがる。かつて僕をお守りしていた宰相たちは、鼻高々に言っていたものだ。


『第五防衛宙域に配備しますこたびの新造艦も、すべての部屋に花紋を入れております、陛下』

『すなわち国花のヤグルマギク(コーンブルーメ)をいたるところにあしらいまして、品質と見栄えを第一に…』

  

 千年続く偉大なる帝国は、他の国とは格が違うということを示すため。

 その強さと豊かさを、天地にあまねく知らしめるがため。

 軍船だけではない。国有のものはなんでもどこでも、装飾過多。囚人が入れられる牢獄でさえも美しくきらびやかにするのが、エルドラシアの国風だ。

 さてそれをかんがみると、寝台がないことからして、ここは牢屋と確定してよいだろう。扉に嵌まっているのはなんとも精巧な花模様の透かし板だが、これは他国でいうところの鉄格子にほかならない。


 扉はしっかり閉じられており、うんともすんともいわない。

 独り閉じ込められた僕は、いかほど気を失っていたのか。

 僕とアルをつかまえた者どもが繰り出した技。そしてこの様式。

 まごうことなくこの船は、エルドラシアのものだ。襲撃の目的は単に浮遊石だと思いたいが、嫌な予感がふつふつ沸いてくる。その感覚は正しいのかどうかわからぬままに、狭い空間を見渡せば。壁に架かる花枠をあしらったパネルに、いまいましいものが映しだされていた。


『はるけき天界 花咲く楽土』


 慇懃なる国歌とともに、僕とそっくりな少年の姿が出てきたのだ。

 第五十一代皇帝を名乗っている奴だ。歌に合わせてそやつは背中から黄金の翼を出し、肩先に浮かぶ黄金の乙女とともに、空の高みへ昇っていく。そうして白きフライアの都に、まばゆい光の雨を注いでいた。

 よくできた、合成幻像だ。


『降れよ降れ 我らが皇帝陛下のご祝福 無敵の帝国とことわに』


 囚人の部屋よろしく、その幻像は何度も何度もリピートされた。あきらかに、矯正や洗脳を目的として垂れ流しているものだろう。

 

「くそ! くそ! ここから出せ!」


 腹立たしい幻を映すパネルを、僕は肉球のついた手で思い切りはたいた。

 

「アルはどこだ!」 

 

 やっとのこといまいましい国歌が鳴り止んだ……かと思えば、今度はえんえん、五十一代目の奴の演説が始まった。これもまた、何度も何度も、繰り返された。

 フライアとあまたの属国に住まう民たちに対して、流されたものだろうか。

 両手を広げ、黄金の翼を展開したそいつは、いかがわしい言葉をのうのうと垂れていた。


(ファング)帝国はなくなりました。

 天にそびえる一角は、矮小な共和国へと成り下がりました。

 今こそこの世界を、エルドラシアが導くときです。

 荒廃した赤き大地に降り立ちて、地にうごめく蟲たちを教導しなくてはなりません。

 我ら天に住まいし天使たちを崇める、従順なるものにしなくてはなりません』


 翼を展開して、嫌なものを即刻、この部屋ごと破壊したかったが。僕の手足には、細くぶよぶよしたリングがつけられていた。どうやら機霊化を防ぐ枷らしく、いくらコマンドを唱えようが展開が始まらない。

 ぐうぐう腹が鳴っているのも、僕が機霊となるのを妨げる一助となっているようだ。飢えた卵獣が餌をよこせとわめきながら、僕のエネルギーを食い潰している。

 このままでは、動けなくなるのでは?

 途方にくれかけるも、叩き続けた甲斐あって、幻像パネルにヒビが入った。

 それでようやくのこと、先方から反応が返ってきた。


『モニターが不安定です。今から修理のため、船員をそちらへ派遣します』


 なんとも機械的な声からして、ロボットか。いやそれでも、何かがここに入ってくるのならば、何がしかの状況の変化を見込める。

 それにしても、お腹の空きが尋常ではない。どうにかして満たさなければ……

 



『ぐぎぎぎ! ぎぎぎ!』

「う……?!」


 ハッと気づけば。僕の足もとに何かの残骸があった。

 無残にばらけた鉄の手足。絨毯に広がる管やネジ。

 断末魔をたてるこれは―――さきほど入ってきたものだ。パネルを修理しに来た船員。かぎりなく寸胴に近い形をしたロボット。じゃり。ばり。ばきりと、変な音が僕の口から聞こえる。

 

「ぎぎぎぎ!」

「うぐ?!」


 あ……ああ、そうだ。空腹に耐えきれず、僕はこいつが入ってくるなり……飛びかかったんだった。おいしそうな鉄の塊に。

 やはり僕の体内で育っているものは、金属が好きらしい。それにしても、これを襲ったときの記憶が飛んでいる。エネルギー不足が著しくて、意識がもうろうとしていたのか?

 ひとしきり食べ荒らしたようだが、まだ腹はぐうぐう鳴っている。

 ロボットが作業完了の信号を出さなかったので、ヒビが入ったパネルがまた反応した。

 

『派遣した船員のレスポンスがありません。警備員をそちらへ派遣します』


 ほどなく、船員よりひとまわり大きいロボットがやってきた。これはかなり食いでがありそうだ。

 とくに筒型の胴体が実に……

 ?!

 待て。

 僕は一体何を考えている? これではただの、あさましい捕食者ではないか?

 落ち着け。まずは相手をよく観察してから――――





「ビピピピピピ!!」

「ふぐ?!」


 けたたましい救難信号が耳に入った瞬間、僕は我に返った。見れば警備員たるロボットはもはや無残にばらけていた。たしかこやつは両腕の先からレーザーを出してきた覚えがある。僕はまっさきにそこにかぶりつき、もぎとって、それから……

 

「なにを、するのです、無体な、無体な!」

 

 船員と違ってこやつは喋ってきた。


「助けて! だれか、助けて! もんす、たー!」


 長いコードをずるずる引きちぎる。ちかちか点滅する金属板の連なりにかぶりつく。

 硬いが、その歯ごたえがなぜかたまらない。おいしいと感じるから不気味だ。いやそれ以上に、まだこの飢えが、全然収まらないのがこわい。

 夢中で金属片をかみ砕いていると、花枠のパネルがまた反応した。

 

『派遣した警備員のレスポンスがありません。駆除隊を派遣します』


 今度は複数で来るのか? では瞬時に閉じられる扉も、今度は長いこと開いているかもしれない。

 逃げ出すチャンスができるかもしれぬ。外に出られれば、もっと餌を食べられる。襲ってきた機械兵士はかなりの数だったから、ずいぶんと食べでが――――

 いや、何を考えているんだ僕は。やるべきことはそれではないだろう。

 さらわれたアルを探すこと。それが第一だろう。

 ああでも。

 腹がまた鳴り出した。

 飢えが、止まらな……い……。


 

 

 

「緊急! 緊急!」

「脱走! 駆除を! 駆除……」

「助けて! 助けて! 化け物!!」

―――「ふがっ?!」


 悲鳴にも似た機械の声に、ハッと意識が戻った。

 ああ、また夢中になって獲物を食らっていたのか。部屋から飛び出し、次々押し寄せる機械兵に飛びかかり。腕や足を引きちぎり……。

なんだこれは。機霊の力など少しも出ていないのに。いとも簡単に、分厚い金属を破壊している? この怪力は一体どこから……


「化け物! 化け……!」

「緊……ぎぎぎっ!」


 まさか、腹の中にいるもののせいか? ただ金属を消化できるようになっただけでなく、それをまるで柔らかい肉のように扱えるなんて。


「ああ、餌がいなくなった。なぜ退いていく?」 


 おいしい。もっと欲しい。追いかけないと。

 いや! ちがう! だめだ、もう十分に食べた。探さないと。アルを探さないと。

 アル。アル。僕はアルを救わねばならないんだ。点滅する金属に惹かれてる場合じゃない――


「アル! アル! アレイシア! どこだ!」


 くそ。足が勝手に、音をたてて遠ざかる機械兵たちを追いかける。ひとつひとつ、船室を確かめたいのに。通路の両脇にならぶ花紋の扉が、いくつもいくつも過ぎていく。

 

「白い化け物! おまえは何者だ!」


 ありがたいことに僕を止めてくれる者が現れた。機械ではない兵士だ。

 左肩に戦乙女を浮かべる鎧の騎士。ひと目でエルドラシアの機貴人とわかるその者は、機械兵を守るように十字路になっている通路から躍り出てきて、兜の奥から警戒のまなざしを投げてきた。


「単なる分離型の機霊体ではないようだな。標的の持ち物でないとすれば、おまえは何だ!」

「標的とはだれだ!」

「は! 答えるものか!」


 いや、今の言葉で十分に分かった。やはりこの船は浮遊石ではなく、誰かを狙っていたのだ。

 たぶん――アルを。

 しかしなぜ? まさか僕がこの前見た夢が、正夢になるはずは……。 

 それにしても、騎士の身を包んでいる装甲は実においしそうだ。

 あ……? 体が勝手に動く。相手の結界を引き裂くこれは、僕の爪か? なんて速く動くんだ……


我が主(マイン・ヘル)!』


 反応しきれなかった戦乙女が、血相を変えて重結界を放つ。

 はじかれる寸前、僕は騎士の兜をはたき取った。爪の先から何かするどいうなりを上げて異様な波動が出て行き――


『そんな! 我が主(マイン・ヘル)!!』


 ごとりと地に、騎士の頭が落ちた。


「な……斬った感触なんてなかったのに!」


 驚く僕の手の先から、また波動が出る。悲鳴を上げる機霊の結界がずたずたになり、騎士の鎧がばらっと幾片ものかけらになって斬れた。


『いやあああああ!!』


 床に落ちる鎧の破片を拾い、口に突っ込みながら、僕は主人を失った機霊の狂った泣き声に震えた。


『化け物! なんて化け物なの!?』


 戦乙女はばらばらになったものを僕の眼前で必死にかき集め、光弾で牽制しながら後退した。僕は呆然と、遠ざかっていく機霊を見送った。

 たしかにこれは異常だ。僕はおかしい。力が尋常ではない。機械兵のときはまだ、敵を斬る感覚があった。でも今はほとんど何も感じなかった。手をかざしただけだ。


「捕食して強くなっているのか?!」


 まずい。これではどこかで聞いたおとぎ話と同じ羽目になる。

 どこか……たしか宮殿に居たころ、アルが読んでくれた幻像絵本にこんな感じのものがあった。触れたものすべてが黄金に変わる力を授かった王の話だ。

 王がさわるものはすべからく変化した。そのたいそうな力は、まったく融通が利かなかったのだ。だからうかつに自分の娘に触れてしまった王は、金の彫像を前にして絶望したという……


「加減が効かないのはまずい! このままアルに近づいたらだめだ!」


 シング老が御しきれなかったと言ったのは、こういうわけだったのか?

 今のままではたとえアルを見つけても、さっきの騎士のようにバラバラにしてしまう。

 一気にこの船を制圧するには、格好の状態かもしれないが……

 どうしたら力が弱まる? 

 捕食をやめればいいのか? 断食して力を発散すれば、元に戻れる?

 しかしあの飢え。異常な空腹感を、どうやって我慢できるというんだ? 無意識のうちに敵に飛びかかってしまうほどの、ひどい感覚を。


「くそ! 耐えるしかないのか!?」

 

 僕は歯を食いしばり、口に入れかけた鎧のかけらをなんとか、床に落とした。

 たちまちそれを拾い上げてまた口に運びたい衝動にかられるが、ぎりぎり歯をとじ合わせて耐える。ぐるぐるぐるぐる、腹が鳴る。

 

「うるさい! 黙れ!」


 いらいらして怒鳴れば。びっくりしたかのように一瞬、その音が止まった。


「もう十分に食べた! 食べ過ぎだ!」


 廊下のはるか前方に、白銀の翼を広げた機貴人が二騎あらわれて、光弾を撃ってきた。至近距離では危険だと判断し、遠距離からの攻撃に徹底することにしたらしい。

 おそらくエネルギー何百パーセントかになっているであろう僕は、ぎゅんと騎士たちとの間合いを詰め、拳で殴りかかった。

 さっきよりは、手応えがあった。相手の体に衝撃を与える感触が、かすかにした。

 よかった……エネルギーを使いまくれば、常識的な感覚を取り戻せそうだ。


「待て! うらあああ!」


 たじろぐ騎士たちに飛びかかる。逃げを打つ彼女たちを、僕は容赦なく裂いた。

 敵だけではない。この船も破壊しまくれば、力の消費が早まる。

 ああもっと。もっと。


「きゃあああ!」「おのれ化け物おおおっ!」


 もっと、破壊しなければ。





かくして、司令室らしきところに突入したとき。 僕の力はなんとかいつも通り、猫らしく少々すばやく、爪はそこそこ鋭いぐらいに戻っていた。

 これで大丈夫だと確信が持てるまで、壁を、天井を破壊して。逃げ惑う機械兵をこっぱみじんにして。遠隔攻撃に徹してくる機器人たちを吹き飛ばしたおかげで、私掠船は壊滅状態。まさかたったひとりで制圧できるとは、思いもよらなかった。

 その部屋にいた艦長や士官たちは、僕が船内をめちゃくちゃにしたので恐怖のどん底にたたき落とされたらしく、まるっきり逃げ腰だった。この部屋はそのまま脱出ポッドになるらしく、切り離しのプロセスを進めていたようだが、緊急停止。あわてて小銃で威嚇射撃しながら、部屋の隅に退避し始めた。

 アルは僕と同じく手足をリングで締められ、士官ふたりに両腕をつかまれ、部屋の隅にいた。

 

「る、ルノ! 来てくれたのね!」

「アルを離せ!」

「め! 命令を受けている、それはできないっ」

「離せば危害は加えない! 見逃してやる!」


 交渉するのはつらかった。いまにもまわりの機器にかじりつきたくて、僕の声はかすれていた。

 我慢しろ。食べたらだめだ。我慢しろ。

 呪文のようにえんえん頭の中で自分を戒め、屠ったものを食べないようにしたけれど。 空腹のあまり、今にも倒れそうだった。 

 

「できない! 命令されている! この娘は皇帝陛下のもとへ連れて行くよう言われている!」


 僕は仕方なく、そばの計器をほんの一口二口かじり、アルをつかむ士官の前に躍りでた。細心の注意を払い、決してアルに波動をあてないようにと、慎重に慎重を重ねながら、爪を出して一閃。士官の腕を切り落とす。


「ひいいいい!」「化け物おおおっ!」

 

 とたん、士官たちはアルを放り出し、逃げ出す艦長たちに続いて部屋から消えた。


「ああルノ! 怪物は、あなただったのね」


 救い出したアルの顔は、恐怖に引きつっていた。


「得体の知れないものに襲われたって、船中がパニックになっていたの。私、あなたが無事かどうか、そいつにやられたりしないか、心配でたまらなかったのよ」

「やられるどころか、チートすぎて」


 僕はアルに近づくことを躊躇した。

 力の加減がまだよくわからない。今の捕食と消費が等価だったか、アルに触れてもよい状態になったか、不安だった。ちゃんとプラスマイナスになったかどうか。

 空腹過ぎてよろける僕にアルが手を伸ばしてくる。僕は歯を食いしばり、その優しい手を制した。


「だめだ、触るのはしばらく遠慮してくれ! 制御しきれてないんだ!」

「ルノ……」


 ああ、傷つけたかもしれない。

 暗くかげるアルの顔を見たとたん、僕の胸はぎゅうと痛んだけれど。彼女の憂い顔の理由は、僕にきつく言われたせいではなかった。


「ルノ、聞いて。大変なの。この船、ついさっきあたしたちの船を……」


 アルの瞳はじわじわ、涙で濡れそぼった。


「みんなが乗っている船を、破壊してしまったわ」

「なんだって?!」

「みんなはきっと、あたしたちを助けようとしたのよ。一所懸命、追いかけてきてくれてたの。なのに……」


 金の髪を揺らし、アルは青ざめた顔を両手で覆った。


「なのに、こっぱみじんにされてしまったわ……!」  




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