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機霊戦記 ――黄金の女神・暗黒の女神――  作者: 深海
一の巻 黄金の女神
5/60

3話 蒼鋼玉の目 (テル)

 ざっく、ざっく。


 銀色スコップで、俺は今日もゴミ山を掘ってる。 


 ざっく、ざっく。


 頬に垂れる汗をぬぐって、曇ってきたゴーグルをおでこにあげて。

 今日もひたすら掘りまくってる。

 大昔に人間が捨てまくったゴミはそれはもう、じゅぶじゅぶに発酵してていい感じ。

 臭いしどろどろしてるとこあるし、蒸気みたいなのぶしゅーっと出てるし。

 普通の奴にとっては、鼻つまみのゴミ。

 でも、技師見習いの俺にとっては宝の山だ。


「テルぅー。もう帰りましょーよー」


 ぱしん、ぱしん。

 先っぽが銀色金属丸出しのふさふさしっぽを地に叩きながら、飼い猫のプジがぶうたれる。

 両手両足をそろえ、ちょこんと正座している殊勝な格好だが、猫ってやつは尻尾だけは嘘をつけないようだ。


「おじいさまが心配してるわよー」


 腕に嵌めてる端末(フォン)を見たらば、五時五分前。

 うん、非常に正確な腹時計だぜ、プジ。

 こいつ、ごはんの時間だけは、正確に体内時計感じ取るんだよな。

 じっちゃんブレンドの合成カリカリって、ぶっちゃけリサイクル燃料製なんだけど。プジは、食ったらほんとうに、おいしく感じるらしい。

 超てきとーに人工知能つくって頭部にぶっこんだのに、味覚が偶然ついちゃうなんて、びっくりだ。

 プジは全部拾い物で造って、材料費ゼロ。

 目はガラス球じゃなくて、なんと本物のサファイア。

 古代遺跡から掘り出した機械兵士の目をぶっこ抜いて、そいつを嵌めこんだんだよな。

 金属ファイバーの人工毛はうまく生え広がらなくって、むらがでちゃったんだけど。これが微妙なむら具合で、いちおうシャム猫っぽく見えてる。


「テルー。もう日が暮れちゃうってばー」


 びたんびたん、イラだたしく動く尻尾。

 なぜかその先っぽと、おでこの一部だけは全然毛が生えなくって、まるっぽ金属はだかんぼ。

 なんで生えてこないのか、よくわかんねえ。

 プジは、ストレスハゲなのよー、とか言うんだけど、造ったときから禿げてる。


「ねえテルー。ごはーん。ごはーん食べにかえりたいのぉー」 

「あーもう、ニャンニャンうっさい。もうちょっと、ここ掘ってからなー」


 ざくうとスコップを突き立てて、俺は「ごみ山」の瓦礫をよいせとすくう。

 

「今日の発掘はあそびじゃねーの。仕事だからさ」

「なによ仕事って。今日はずうっと掘ってるだけじゃない」

「メイ姉さんに、❘二人用反重力推進機メケメケの修理たのまれたんだよ」

「うそぉ、テルがー?」 

「ちょっ、なんだよその、おもいっきし疑ってるよーな目つきは」

「メケメケって、エンジン複雑よー? テルに修理できるの?」

「てきとーに冷却材ぶちこめば直るさ。熱暴走してるだけだから」

「ほんとにー?」

「おい丸はげネコ。おまえ、自分の創造主の腕を信じてないな?」


 プジが、ハゲって言わないでよ! と、尻尾をばしばし。

 テルがてきとーなせいでハゲになったんだからねーっ、と怒り心頭だ。

 青いネコ目がしゅんしゅん唸る。

 へいごめんな、とおざなりにひらっと手を振り、俺は瓦礫の山にまたスコップを突き立てた。

 ここはすんごい昔に、紛争で滅んじまった街。

 塔のような建物がそこかしこ倒れて、崩れて、風化してる。

 「ごみ山」は、大昔の発掘屋が、あたりのゴミや資材や建材を無造作にかき集めたもんだ。

 めぼしいもんや再利用できるもんは、もうあらかた、すでに持ち去られちまってる。

 うっちゃって積み上げておかれてるのは、さびた鉄筋やコンクリや木材や、もとのもんがなんだったのかちょっとよく分かんない、朽ちたもんが多い。

 でもたまーに、拾い落としや掘り出しもんが見つかる。

 それに……


「よっしゃぁ! あったあったー」


 風化遺跡の「ごみ山」の中には、じんわり繁殖するものがある。

 とくに瓦礫が密集してる奥底にあるのが、この真っ白な半有機体の金属だ。

 日光の熱を吸い込んだ「ごみ山」の表層にあっためられて、蒸された木材やプラスチックなんかにぶわっと繁殖する。

 

「バクテリア鉱ちゃん、会いたかったぜー。冷却材には、これがうってつけだよな。熱を奪い取るから」

「ねえテル、それって、熱で増殖するんじゃないの? そのまま修理に使って大丈夫なの?」

「大丈夫さ。繁殖抑制剤をてきとーにぶちこむから、心配なしってわけ」

「もぉ! てきとーにって、また目分量で作業するつもり?」

 

 呆れるプジを尻目に、とろんとした白い流金属をスコップですくいあげ、特製バケツに投入。スコップを背に負い、バケツにかぽんと蓋をして両手で抱えた。

 

「よっし。うちに戻って精製だー」


 半日掘り続けて、「ごみ山」に大穴を開けた甲斐があったぜ。

 へへへ。メケメケが直ったら、メイ姉さん、きっと喜ぶだろうなぁ。


「いくぜプジ!」

 

 俺は靴のかかとのスイッチを押し、しゃがんでうりゃあと飛び上がった。

 改造シューズの超脚力で、山のふもとまで一気に跳躍。

 華麗に着地して、それからバイク型の一人用反重力推進機(テケテケ)に飛び乗る。

 

「まってよぉーテルー!」


 プジがひょひょいと、瓦礫が飛び出てるとことを器用につたって、こっちに降りてくる。猫が俺の肩に飛び乗ると同時に、俺は右足をがっしん踏み込んで、テケテケのエンジンを入れた。

 

「ひゃほうー♪」


 ひゅおんと、小気味よい起動音をたてて、テケテケが走りだす。

 お尻から「てけてけてけてけ」と、のどかに排気を噴き出しながら。

 うん。まあその。テケテケはその名のとおり、速度はあんまり速くはないけどさ。

 乗り心地はいいよほんとに。ゆるやかに頬に当たる風がきもちいい。

 腕をまくった革ジャンにあたって、ひいやりする。


「あー。今日も今日とて、天使さんたちは一所懸命戦ってますなー」


 暮れなずむ赤黒い空の向こうで、ぱあっとまばゆい閃光が瞬く。

 ここから東部3,5マイルメーター付近は、島都市(コロニア)のやつらがよく使う「戦場」だ。

 蛍のような光がたくさん空に散り、ストロボのように空をぱしぱしまばゆく照らしている。そのまたたきを横目に、俺のテケテケはほどよい速さで地を駆けた。

 空を飛び交う天使たちが「スラム」と呼んでる、大きな大きな、街へ向かって。

 

「今日は一段と、まぶしいわねえ」


 プジが東の空を眺めて眉をひそめる。

 サファイアの猫眼がせわしなくしゅんしゅん言ってるから、拡大視でもしてるんだろうか。

 俺たちは風化遺跡から、真っ赤でじゅくじゅくな大地に敷かれた舗装路を、ひたすらまっすぐ南下した。

 三十分もすると、空がだいぶ暗くなってきた。

 真正面には、真っ黒くてでっかいお山のようで、毛ばだってるような塊が見えてくる。

 俺とじっちゃんが住んでる、コウヨウの街だ。ここら付近では一番でっかい街で、住んでるやつらはざっと百万人。

 かつて風化遺跡の建材を組み上げて作られたそれは、遠目からみるとまさに黒い「ごみ山」。

 ごちゃごちゃしてて、そこかしこから蒸気がぶしゅぶしゅ噴き出してる。

 街の道路やビルをつなぐ回廊が絶えず動いてるからだし、「工場」もたくさん稼動してるからだ。

 街が近づくと、細かった舗装路がぐぐっと広くなる。

 他のテケテケやでっかいメケメケが、合流する幹線からちらほら入ってくる。

 

「よーう、シング爺の孫! おまえまた、スガモ(初心者用)遺跡に行ってきたのかー?」


 ひゅいーんとエンジン音をたて、発掘屋のおっさんが一人用反重力駆動機(ヒュンヒュン)で俺のそばに一瞬がぶり寄り、颯爽と横を過ぎ去る。

 

「まあ、おまえがヒュンヒュンに乗るのは百年はえーな。がははは」


 大きなお世話だ。

 無視しつつも、ハンドルのグリップを回して、テケテケの出力をさりげなく上げる俺。

 こいつをヒュンヒュンに改造するには、エンジンに光結晶をぶちこまないといけないんだよなぁ……

 あの結晶を上級者用遺跡で掘り出せれば、発掘屋として一人前っていわれてるんだけど。俺はまだ、そんな深部に潜れたためしがない。

 颯爽と追い抜いてった、あのゴーグルおっさんみたいのが入ってる発掘屋ギルドが、いいもんが出る遺跡に陣取ってるからだ。採掘料を取るは、いい掘り出しもんはみんなピンはねされるは、ひどいもんだ。

 俺もどっかのギルドに入れば、いい目を見られるんだろうけど。

 頑固なじっちゃんが生きてるかぎり、それは無理ってもん……


――「あら? ねえテル」


 突如。俺の肩に乗ってるプジが、青い猫目の瞳孔をまん丸にした。


「ねえねえ。なんか落ちてくるわよ」


 ネコのまん丸目玉はびっくりしてる、というサイン。

 プジはその大きな目で東の空をじいっと凝視している。


「あん? 天使の小競り合いか? そんなの日常茶飯事だろ?」


 俺は脇目もふらず、テケテケのハンドルのグリップをぐっしぐし回して、さらに出力を上げた。

 戦場で戦う天使たちは、撃ち落とされたら流れ星のように地に落ちるもんだ。

 でもプジは、ちがうのよーと、東の空をじっと凝視した。


「戦場じゃなくって、すぐそこよ?」

「はあ? すぐそこって、拡大して見てるから近く感じるんだろ? 肉眼じゃそんなにはっきりとは……もしかして、天使が戦闘区域からふっとばされたのか?」

「ううん、ちがうわ。あの戦場からじゃないわよ。すごく上から落ちてきてる。輝いてるわね」

「上から? それ、天使じゃないの?」

「わかんない。まぶしすぎて、中の形が見えないのよねー」


 プジの猫目がせわしなくしゅんしゅん稼動する。

 だがまぶしすぎて、もと機械兵士の眼をもってしても、それが何かは判別不能らしい。

 天使じゃなければ、本物の流れ星……つまり、隕石の可能性もあり?

 もしもそうだったら――

 とたんに俺の顔はにんまりにっこり。一瞬にして、目がきらーんと輝いちまった。

 

「材料! 加工材料ゲットできるじゃん! 隕鉄欲しいいいい! プジ、落下地点にナビ頼むわ」

「えーっ。ごはん……」

「結構近くなんだろ? そんなに時間かかんないって。じっちゃんに言って、特製カリカリ、倍にしてもらうからさー」

「もー」


 ぷんすかなプジがしぶしぶ、青い猫目で座標を測る。

 他の発掘屋に嗅ぎつかれないよう、俺はテケテケの調子を見るふりをして、そうっと舗装路から外れた。

 

「x750、Y133。今、地表に激突」 

「えっ? Y133? まじで近――」

「テル! 衝突衝撃波が来るわよ!」


 言ってるそばから、爆風のごとき突風が落下点から吹いてきて。


「おおわ!?」 


 俺のテケテケが横倒しになる。

 

「テル! 中心点の熱摩擦がすごい。爆風が来るわ!」

「ひい!? 地面に穴がぁっ! 開いてるうっ!」


 倒れたテケテケからよろりと這い出した俺の目に、落下点を中心に広がり来る爆発と、きらきら輝く何かが映る。

 落下点にあるのは、丸い、黄金のかたまり? 球体みたいだ。

 って、のんきに観察してる場合じゃない。


「プジ! 展開(ディストリクト)して結界張るぞ!」

「了解!」

接合(ティー)!!」


 プジが俺の背におおいかぶさって、俺の胸元で手を組む。

 とたんにプジの体が光りだす。毛がひっこんで。手の形が細く長く変わっていき。

 その背から、コウモリのような黒い翼が生えてきて。

 みるみる、左右に大きく広がる――

 

結界展開スケード・ディストリクト!」

 

 ぐわっと黒き翼を展開し、まるで悪魔の使いのごとき姿になったプジが、周囲に結界を張ると同時に。

 落下点からぶおおおっと巻きあがるすさまじい熱波が、俺たちが立ってるところに到達した。

 赤い大地に生えてる枯れ草が、ぱっ、ぱっ、と焼かれて消し炭になってる。

 一瞬遅かったら、俺もヤケドどころじゃ済まなかったろう。 

 

「ひい! 俺のテケテケ! 結界の中に入ってねええ」

「あっ……ごめんテル。溶けちゃった?」

「あ、大丈夫みたいだ。バケツがひっくり返って、バクテリア鉱がはりついてる」


 そのおかげで助かった。この流体金属は熱を食ってくれるから、たぶんテケテケは焼かれることなく、また動いてくれるだろう。

 それにしても。


「これまじで、すごい……隕石じゃね?」 

 

 なんつう高エネルギーだ。どんな材料が取れるか、わくわくする。

 ごうごう吹き荒れる熱波をしのいだ俺たちは、風が収まるや、爆心地へと飛んだ。

 機霊化したプジが、ばっさばっさとコウモリのごとき翼をはばたかせる。

 俺たちはあっという間に、がっつりあいた大穴(クレーター)のまんまん中の上空に至った。


「熱が急速に引いていくわ」


 椀状に開いた大穴の底にいるものを眺めおろすなり。俺たちは息をのんだ。


「おいプジ。これは……なんか、隕石じゃなさげ?」 

「倒れてる……」


 そこにあるものを、プジがしゅんっと青い目を眇めて睨み下ろし。

 低く唸るようにつぶやいた。

 

「モノじゃない。生物。人間――だわ!」





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