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機霊戦記 ――黄金の女神・暗黒の女神――  作者: 深海
一の巻 黄金の女神
19/60

17話 地下遺跡B(皇帝)

 胸が痛い。

 背中が……熱い……。

 ああ、まぶしいな……。

 この地下遺跡……白い蒸気がどこにも見あたらない。蒸気の機関がないのか?

 地下道には、四角い箱のような、住居らしきものがずらり。ずいぶん廃れて汚れているな。がれきやごみが、そこかしこにふきだまっている。


「くそ、俺たちまる見えだぞ!」

 

 僕を抱きかかえて走る、黒い革ジャンの男がぐちる。

 ハル・シシナエ。金髪の人の顔は、苦虫をつぶしたよう。

 周囲がみるみる明るくなっていくことにうろたえている。

 遺跡を照らす光は金色に輝いていて、じわじわ濃度を増している。

 その出どころは、僕の背中だ……。

 

「ちっ。蝿どもが来た」


 目の前に、赤く長い光線がちらつく。赤外線かなにかの策敵装置だろう。

 突然見えたその光線は、横からすっと出てきた。ここは一本道ではなく縦横無尽に道が走っているのだ。光線を放ってきているのは、僕らを追うタイガギルドの連中か。

 裏情報の伝わりの速さからすると、別のギルドのハンターである可能性もある。

 なぜなら僕は今、あまたのギルドから狙われている「商品」……だからだ。

 それにしても……胸が痛い。そして、背中が熱い……。


「見つかる前に始末だな」


 ハル・シシナエが女盗賊をつかまえたときに使っていた銃は、まだ直っていないようだ。あのときのとは別の銃を、赤い策敵光にむかって撃ち放つ。

 青い光の弾道が、どずんと重い音をたてて飛んでいく。

 着弾音。爆発音。くぐもった悲鳴。たちまちそこは、血と暗闇に沈んだ。

 

「こっちだ! 聖域にいくぞ」


 僕を抱え、あまたある通路のひとつに走りこむハル・シシナエ。やはりこいつは強い。

 

 地下遺跡B。


 それがここの呼び名であるらしい。


「このコウヨウはもともと、隣り合ってる二つの地下遺跡に、発掘屋たちが集まってできた街だ。遺跡は掘りつくされたが、最深部にゃギルドが申し合わせて作った、相互不可侵区域がある。武器ぶっぱは絶対禁止、そこで争うのはタブー。ギルドのボスどもが、公式の会談場所につかう聖域だよ。そこに入れば、だれもおまえに手出しはできない」


 深くもぐるのか……。


「と見せかけて、どこかにうまく、トンズラこきたいんだけどよ……くそっ、なんて光だっ」


 ハル・シシナエが、抱きかかえる僕の背中を見てうろたえる。

 口のはしをゆがめ、僕はわずかにほくそ笑む。

 背中から漏れているのは、きらめく光。

 黄金(オーロ)の光がきらきら出ている。しゅんしゅん、かすかに聞こえるのはアルの起動音。

 ふふ、目覚めた。

 右肩の方だけしか、光が出てないようだけれど。まだ開ききってないけれど。

 アルの翼が出かかっている。

 でも僕の呼吸は、かなり荒い。胸が……痛い。


「まぶしすぎるって!」


 シシナエが歯軋りする。

 どんどん黄金(オーロ)の光が増している。アルが僕の命を吸っているのがわかる。

 どくんどくんと脈打つ血液が、黄金の円盤を循環しているのを感じる。

 広がる光。背中の円盤に流れていく生命エネルギー。

 こうなったのはありがたくも――おまえのおかげだ、ハル・シシナエ!

 

「だから言っただろう」


 胸がやけつくようで完全に息が上がっているものの。こやつを痛く後悔させる言葉は、ぴしゃりと吐けた。


「僕のアルは、死んでない!」


 


 


『高祖マレイスニールの裔、第五十代エルドラシア皇帝フンフツィグ・ジークフリート・アムルネシア・フォン・エルドラシアの名にかけて! 』

 

 僕はハル・シシナエに、僕を守る騎士になれと命じた。拒否するなら、おまえを倒すとおどした。

 シシナエは困ったように頭をかき、おまえは俺を倒せるのか? と問うてきた。

 即座に僕は思い切り、こいつを階段からけり落とした。シシナエが落ちていく上に、僕も飛びこみ、どんと地べたに押し付けて。またがって体をおさえこみ、相手の首を両手でつかんで、どうだと問うた。


『はは……すっぽんぽんで馬乗り?』


 背中を打ったシシナエは、苦笑顔。両手をあげて降参のポーズ。

 だから僕はこいつの口から、『やるじゃないか』とか『いいぜ騎士になってやるよ』とか、そんな言葉が漏れてくるのを期待した。

 シングの孫に対する態度からかんがみるに、こいつはそんな反応をしてくれる男だと思っていた。

 正義感のためにギルドを抜け、シングの孫を気づかう言葉をつらねる。

 たぶん、優しい男。

 だからおそらく僕にも「同情して」くれると、心のどこかで踏んでいたのだ。

 なのに――。


『きれいな天使……あのな、俺は騎乗位はきらいなんだ』

『……う?!』


 僕が答えを期待して、首を締める手をゆるめたとたん。にっこりしたハル・シシナエが僕にくれた答えは――


『それにな……』

『うあああっ!?』


 青く光る、銃弾だった……。


『俺、人に命令されるのはもっと嫌いなんだ』


 にっこりほほえんで、僕の胸に銃を当てて、引き金を引くなんて。

 ……悪魔だ……。

 




「騎乗位になったおまえが悪いんだぞ。ほんとダメなんだ俺!」


 そして今。僕の胸を撃ちぬいたハル・シシナエは、まばゆい光を放つ僕を抱きかかえて走っている。廃れきった遺跡の地下道を、なんとも形容しがたい複雑な渋顔で。

 シシナエが撃った青い弾道が、背中の円盤をかすった。そのショックで、アルが目覚めてくれたのだ。


「マウントされんの超むかつくんだよ! マジでさっきは切れちまった! すまん! でも出力は致死じゃねえ設定にしてたから! 急所外してるし!」 


 シシナエはものすごく困っている。

 もっと困れと、心の中で僕は、投げやりに嗤った。

 背中から漏れる光が、細く長い尾を引いて、後ろに流れていく。

 アルは起動に手こずっているようだ。でも確実に、円盤は動いている。

 

 赤い策敵光が、僕らの真横から飛んできた。シシナエは舌打ちして、その光源に向かって銃を放った。

 驚くほど反応が速い。慌てているのに、この射撃の正確さ。こいつがすんなり僕の騎士になってくれたら、どんなに助かっただろう。

 またがったとき力をゆるめないで、本気でねじふせればよかったんだろうか。手をゆるめないで。

 優しい反応をしてくれると思った僕が、馬鹿だったんだ……。

 笑顔で人を撃つなんてひどい。いくら致死レベルにしてなくたって……


「悪いけどな、騎士になれとか上から目線でいわれても、俺みたいなスレてんのには、何言ってんだこいつなんだよ。俺は天界なんざ、情報として知ってるだけで、どんなところか実際見たことがねえ。機貴人になりたいなんて思ったこともない。天界のごたごたにかかわるとか、面倒くさすぎる。出世払いなんてまどろっこしい。できればいますぐ、金が欲しいんだ」


 僕を抱えて走りながら、言い訳がましくシシナエが愚痴る。

 胸の銃創に出血はない。撃たれたところは、小さな穴ができて焦げている。ちくしょう痛い……。

 

「それでおまえを助ける明確な理由がないか、考えてみたんだが」


 うしろの方で物音がする。また狩人だ。シシナエがすかさず片手でばすばすと、気配に向かって銃を放つ。僕を抱えているのに本当に器用だ。


「俺はきれいな子が好きだ。きれいなら、性別は別にどっちでもいい。だからおまえを俺のオンナにするってのは、ありじゃないかとは思う。だがおまえを囲うのは正直しんどすぎる。おまえとその周りのごたごたが、洒落にならねえぐらい面倒くさすぎる。で、冷静に考えると、一発ヤッて売り飛ばすのが、俺にとってはいちばんいい。でもそれは、お前を狙ってるだれもが考えてることだ」


 シシナエの声が、地下道にじんじん響く。

 オンナにするって、僕に女装させてごまかすってことか? 一発やるって、銃か何かで撃つということか? 言葉の意味がよくわからない。


「天界で作られたきれいな人形なんて……だれでも、試してみたいもんだ」


 ため……す?


「みんな天使を汚したいのさ。高慢ちきに、下界のもんを見下してる奴をな。ていうかおまえもう、イサハヤにヤられたんじゃないのか? すっぽんぽんってことは、あいつにむかれたんだろ?」


 汚すだと? ドラゴギルドの黒髪男は、それで僕にあんな態度だったのか?! 泥でもなげつけて、侮辱して笑うつもりだったわけか。たしかにあいつはとても無礼だった……


「うあ、そんな悲しげな目で睨むなよ、きれいな天使。マジで惚れちまうだろが」


 惚れるって……恋をするということか? 男のおまえが僕に? まて……ふざけるな!


「えっとだからまあ、俺としては今後、シングじいさんの店をずっとただで利用させてもらうってことで、おまえをテルにくれてやろうかと思ったんだ。あいつほんとにおまえのことを心配して、絶対助けるって、俺にメールしまくりでよ。ギルドの情報くれってさ……ほんっと、うるせえったらなかったんだ」


 シングの孫が? 僕を? 絶対に助ける……? あの孫が……。

 テル……テル・シング。


「あいつはほんとにバカで無邪気だからな。俺みたいに汚れてねえ。この世界でおまえを売り飛ばそうと思ってないのは、あのテルだけだろうな。なのに……なんだよこれは! マジで、アルゲントラウムはまともに動くのか?!」

 

 もちろんだ。これはまごうことなく皇帝機アルゲントラウムの、黄金(オーロ)の光だ。

 しゅんしゅんという起動音が、かなり大きくなっている。少し空回り気味だが、目覚めるのに少し時間がかかっているだけだ。

 そう言おうとして、声が出せないことに気づく。胸が痛すぎて発声が無理だ……。

 顔をしかめる僕に、シシナエはとんでもないことを言い出した。


「もし本当に皇帝機の性能がまともなら、おまえを俺の相棒にするって選択肢がでてくるんだが」


 なんだ、と? 


「ヨコスカ遺跡攻略はひと筋縄ではいかねえ。最深部にたどりつくには、大陸(ユミル)の蒸気技術だけじゃむりだ。正直俺は、天界の機貴人の協力がほしい」

「な……」


 つまり。ハル・シシナエは不遜にも、アルゲントラウムの力を発掘に利用したいというのか?

 まがりなりにも、エルドラシアの皇帝機を? がらくたを掘るのに使う……だと?! 


「島都市にはもう、おまえの後釜がいすわってる。天界の帝国軍を相手どって戦いを繰り広げるには、いくら強くたって、たった一体の機霊だけじゃどうにもならねえぞ? さきだつもんとか、根回しとか要る。ぶっちゃけ軍隊をつくった方がいい。だからまずは、俺の相棒にならないか?」


 ハル・シシナエは立ち止まり、それがいいとにっこりした。


「報酬は山分けだ。ヨコスカを征服すれば、おまえは大金持ちだ。蒸気船を何隻も手に入れられる。傭兵だって雇える。いまは勝率一割ってとこが、五割以上にはなるぞ。まあその前に、おまえを売りたいって奴らからうまいことトンズラこくか、その機霊の力でぶっ飛ばさないといけないけどな。むろん俺も、相棒として協力する。よければ恋人になってやっても――」

「ふざ……け……!」


 こいつのために、アルの力を使うなんて。こいつはさっき僕を撃ったんだぞ?

 そんな蟲の相棒になる?! そんなこと……できるわけっ……


「どう……僕の騎士じゃ……だめ、なんだ!!」


 くそ、まともに声が出ない。


「言ったろ、きれいな天使。俺は人に使われるのはいやなんだ。でも俺は他のギルドのボスみたいに、顎で人をつかう性分じゃねえ。だから手下はいらない。要るのは、対等の相棒だ」


 こいつと僕が、対等の関係になる? まがりなりにも皇帝の僕が? 十の属国を従える大エルドラシアの支配者が? 下界の発掘屋ふぜいと?


「ばかに……するにも……ほどが……!」

「きれいな天使……はっきり言うが、おまえはもう、皇帝じゃない」

「だま……!!」


 機霊の力を下界の蟲のために使うなんて。こいつは僕に、ドラゴギルドの青銅女のようになれといっているのか?! 堕天使になれと!


「現実をよく見ろ。おまえは今すっぽんぽんで、何にも持ってないんだ。望みのものを手に入れたければ、譲歩するしか――」

「いや、だ……アルを……よごす、なんて」


 シシナエには、この光がなにか、わからないのか?

 だれよりも清らかで、なによりも神々しいこの光が。

 アルの力は汚れた大地のために、あるんじゃない。

 天を翔けるための聖なる力を、暗い地の底のゴミために沈めるなんて!!

 

「いや……そんなの……でき……な……」

「あ……ああああすまん! 泣くな! やべえ! えっと、だから! きつい言い方だったかもしれないが、機霊が動くなら、おまえがここから現状打破するには、それが手っ取り早いっていうか一番っていうか! 俺も助かって一石二鳥っていうか!」


 だまれ蟲! 

 アルがどんなに輝かしいものか、こいつは知らないんだ。そんな考えをもつことがどんなに不遜でおろかなことか、わからないんだ。

 ならば見せてやる。僕らの力を、見せてやる。

 蟲どもの軍隊なんかいらない。そんなものなくたって。こいつが騎士になってくれなくたって。

 だれも助けてくれなくたって……。 

 僕らは。

 僕とアルは――。

 

「お、おい!」

「はな……せ!!」


 僕らは、勝てる。僕らを地におとした奴らに。ふたりだけでも、きっと勝てる。

 

「ちょっ……やめろ! ここで展開(ディストリクト)とか! 地下道が崩れ……」

 

 僕らを、馬鹿にした奴らなど。この光でみんな。みんな。みんな……


「まぶしすぎる! おいおちつけ! うわあっ!!」


 みんな、消してやる!!





 きゅるると、背中の円盤が回転した。

 

『安全装置……解除……』

  

 懐かしい声がきこえる。やっと読み込みが終わったようだ。

 

『プログラム起動……強制終了により破損したシナプスを回復。設定を初期状態にリセット』


 黄金(オーロ)の光量がさらに増す。僕の背中からほとばしる光が、燦然と地下道を照らす。


『初期設定により、第一形態を自動短縮。第二形態、機霊体顕現を開始します』 


 聴きたかった声。

 会いたかった……ずっと会いたかった。よかった。出てきて、くれる。

 肩の上に光が固まる。みるみる大きなかたまりになって人の形をとる……

 揺れる金の髪。二つに結ばれた豊かな髪。白い手足。白い衣……

 仰天しているシシナエが、あまりのまばゆさに両腕で顔をかばっている。


「く……!」

「あは……」


 その腕を外してしっかり見るがいい。

 この清涼な空気を。黄金の風を。軽やかで優しい風を。

 胸の痛みがすうと引く。呼吸が一気に楽になる。さすがだ。たった数回の呼吸で。

 もう、傷は痛くない……

 

『霊光凝縮――』

 

 君は僕を裏切らない。 

 君は僕を馬鹿にしない。

 アル。

 アル。

 待ってた。




 おはよう――。

 

 



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