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機霊戦記 ――黄金の女神・暗黒の女神――  作者: 深海
一の巻 黄金の女神
18/60

16話 タマ (テル)


 天に浮かぶ島々は、空のかなたを知っている。

 自在に空を飛べる機貴人たちは、自在に星の海を飛べる船をもっていて、他の星に住むものたちとやりとりしてる。この星にはない物質や技術技法を手に入れてるから、技術の進歩がすさまじい。

 

 下界の、赤い大地に生きてる俺たちは、日々そのおこぼれに預かってる。

 でも、島都市が他星から輸入したもんで精製する、蓄エネルギー結晶や機霊核についてるエナジー吸収膜を手にできることは、まずない。タキオン反応炉も光科学物質も、天界のやつらがぎっちり独占してる。


 ほしいものは奪え。


 そんな考えになるのが人間ってもんだが、翼をもってない下界人の手は、島都市にはとどかない。

 だから下界人は、枯れてしまった大地につみあげられたゴミ山から、独自の技術品をつくってきた。

 遺跡と呼ばれる廃墟にもぐって。使えるものを掘りだして。

 捨てられた残りカスから、独自のエネルギー結晶を生み出した。

 

 それが、蒸気を燃やす機関石だ。

 

 蓄エネルギー結晶をマネたやつだけど、燃やすと、すげえ蒸気が出る。

 そんなわけで下界の街や乗り物はみんな、ぶしゅうぶしゅうと白い蒸気を出してる。武器や兵器も、すべからく。憤怒と欲望と、羨望の湯気をたえず出してる。

 なんで俺が、こんな難しい単語を知ってるかって?

 それはこの三つの言葉が、黒いジャンク街、コウヨウのスローガンだからだ。

 広場で。商店街で。いたるところで今も、スピーカーががなりたててる。


『憤怒と欲望、羨望を、力に変えよう!』


 みんなを鼓舞してるのは、駆動機会社の連中だ。

 日頃からテケテケやメケメケに世話になってるもんだから、下界人はこぞって、会社に協力した。

 そうしてつい数年前、下界人はやっとのことで、空を飛べる蒸気船やブンブンを作り出した。

 空から降りてくる天界の船を、待ってるだけじゃなくて。

 いつでも好きな時に島都市へ行けるものを、手に入れたんだ――。


 遺跡を発掘して材料をとりまくった発掘者たち。百パーセントリサイクルの材料と資源で、空に浮かぶものを生み出した技術者たち。ほんとすげえ。 

 それにしたって、この蒸気船は巨大だ。浮かべるためにどんぐらい、機関石を使ってるんだろ。

 しかもセキュリティに使ってるもんがはんぱないときた。


「これ、上級(ヨコスカ)遺跡にいるやつだ!」


 通路をうめるほどの四角四面の物体――蒸気人形をまのあたりにして、俺はたじろいだ。

 赤がね色の装甲をまとった鎧人形は、箱をつなげたようなシンプルなフォルムで、全身てらてら光ってる。ミッくんの結界(バリエーラ)と衝突したってのに、毛ほどの傷もなさげだ。

 硬い鉄人形はどすどす進んできて、結界ごと俺たちを押しはじめた。

 

「テル・シング、ヨコスカって、やっかいなのがいるところ?」

「そうっすロッテさん! たぶんこれ、中でもやっかいなやつ!」

「スチームドールは、ヨコスカの中層域にいるセキュリティロボットよ!」


 プジのしっぽが爆発してる。

 ネコってびびるとしっぽがぼうぼうになるけど、こいつは今まで見たことないぐらいの乱れぶり。

 初級(スガモ)とはちがってヨコスカは、完全武装しないと入れないところだ。

 つまり目の前の敵に勝てるかどうか、プジはそうとう危ぶんでる。


 赤外線とか飛び道具とかレーザーとか、麻痺ガスとか穴トラップとか。ヨコスカは堅牢なセキュリティシステムで守られてる上に、機械竜だの蒸気人形だのがわんさかでてくる。

 一度システムを破壊して突破したところでも、時間が経てばなぜか「修復」され、倒しても倒しても、遺跡の底から機械兵だの機械動物だのが、とめどなくわいてくる。

 おかげで、ヨコスカの最深部に行きついた発掘者は、ここ百年ぐらいの間だれもいない。

 昔々、あそこでとれる武器とか金属をひとりじめしようとしたやつがいて。ほかのやつらを排除しようと、自働修復セキュリティシステムを作ったり、最深部に警備兵製造工場を作った……ってのが、もっぱらの定説だ。

 本当のところはどうなのかわかんないけど、みんなそう信じてる。

 そんなこわい遺跡の中層にいるやつが、出てくるなんて。 


「さすがタイガギルド! ヨコスカの機械兵利用するとかすげえ!」


 でっかいギルドだもんなぁ。ドラゴギルドやラビッツギルドと、コウヨウの街の支配権をにぎろうと相争ってるし。駆動機会社とは、一番仲がいいみたいだし。近いうちに、街の実権握っちゃうかも。この街にゃ市長とか議員とかっていうものいないから、やりたい放題だ。


「ううっ、なんて硬さですの?!」

『押し返せぬ』

 

 ミッくんが、結界で蒸気人形を押してるけど、ぜんぜんだめだ。馬力で圧倒されちまってる。通路狭くて、半翼展開になっちゃってるのが痛い。

 人形の押しは豪快でシンプルだ。ピストン運動みたいに左右のうでらしきものが、どすこいどすこい、結界玉を突いてくる。


「ミッくん! 出力あげて!」

『了解ロッテ。結界(バリエーラ)の範囲をせばめて濃度を濃くする』

「そそそそれはだめ! テル・シングと猫も守るのよ!」

『むう』

「嫌そうな顔しないの!」

『むう』

「腕組みして悩まないでー!」


 ぶおおと、背後からやばい音がした。プジの目玉が一瞬でまんまるになる。


「テル! うしろからも人形が来る!」

「ひ! 挟むつもりかよ!?」

 

 どすどす突いてくる目の前のものとおなじものが、なんと後方からも迫ってきた。

 床が。壁が。天井が揺れる――


『む!』「ぐは!」「ひいっ?!」「きゃああ!」


 どうんという衝突音。と同時に、結界の表面に青白い火花がばちばち飛び散った。

 ミシシビシシと不穏な音をたてる、通路の壁。や、やばい。ヒビが入ってるぞこれ!

 

『うぬう、きつい!』


 結界で俺たちを守るミッくんの、端正なうりざね顔が、まがったへちまになってる。

 赤がね色の壁のごとき人形が、じりじり結界をせばめてくる。


『守りきれぬ! ロッテ、結界範囲を君だけに』「しちゃだめー!」


 ロッテさんの手から光剣が消えた。ミッくんがしぶしぶ、剣の出力を結界に回してくれたらしい。

だがそれでも、結界はじりじり縮められてく。

 船壁、どのくらいの厚さなんだ? びしびし走りまくるヒビ。ここが割れて崩れてくれたら、抜け出せるけど……それまで待ってたら、俺たちはぺしゃんこだ。


「テル!」


 プジが叫ぶ。分かってるプジ。つぶされる前にこいつらをはじかないとな!

 

接合(ティー)!」


 プジが俺の背中におんぶ状態でひっついてきた。


「テ、テル・シング? まさかその猫っ……」 

「ごめんロッテさん、ぎりぎりまで無理させてっ」

 

 俺の首のすぐ下で組まれたその肉球の手が、みるまに別のものに変化していく。

 黒く細く。鋭い爪をもつものに。


「第一形態展開!」


 コマンドを唱えたとたん、背中に軽く衝撃が来て。

 暗紫の影が、あたりに広がった――





 しとしと、雨がふる。

 けむる白い蒸気を冷やすように。しとしと。しとしと。

 ぎいこぎいこと、ジャンクビルの脇で大きな歯車が回ってる。


『タマ。タマー!』


 家の前の細い路地はでこぼこだって、雨が降るといつも思い出す。水たまりがたくさんできるんだ。

 大きいの。小さいの。深さもばらばら。泥水色の水玉模様。

 今はさけてる余裕なんてない。靴がぬれるのも構わずに、ばしゃばしゃはねちらかして、探す。


『タマー!』

 

 体はぐっしょり、濡れネズミ。

 あわてて急いで、みごとにすっころげ。いたいよこれ。倒れたよこれ。ちくしょう。

 よろよろ起きる。ひざいたい。けがしたんだ。でもかまってらんない。


『タマーっ!』 

『どうしたテル』


 あ。ハル(にい)

 

『タマがどうかしたのか?』

『い、いなくなっちゃって……そとにあそびにでるやつじゃないのに』


 タマは俺が拾ったんだ。商店街の隅っこで。

 ひどい怪我してた。背中が血まみれ。猫同士でけんかしてやられたっていうより、あきらかに人間にやられた感じ。むりやり皮はがされた、みたいな……。ぐったりしてるのを家に抱いて帰って、じっちゃんに治療してもらった。

 元気になったらうちに居ついたけど、外には絶対でなかったんだ。ひどい目にあったせいだろうな。

 せいぜい、店先のベンチでちょこんと座って、通行人を観察するぐらい。ふだんはダイニングのソファを玉座にしてて。そこがお気に入りで、ほとんど動かなかった。

 それなのに。


『ハルにいどうしよう。タマきっと、さらわれたんだ。たすけないと。たすけないと……!』


 きっとベンチに座ってるときに、だれかに持ってかれたんだ。

 だってこの街泥棒だらけだもん。軒先になんか置いといたら、十秒後にはなくなってる。

 それにあいつかわいいもん。すごくかわいいもん。青い目に銀の毛……

 えぐえぐ泣く俺の頭に、おっきな手が乗ってくる。

 

『大丈夫だテル。俺が見つけてやったよ』

『ほんと? ハルにいすげえ! どこ? どこ?』

『地下遺跡Bにかくまってる』


 案内してやるって、ハル兄が俺に背を向けてしゃがむ。俺はうれしくなって、ハル兄におんぶされた。

 ああ……ハル兄の背中、あったかいなぁ……


 にゃあ


 あ。タマ?

 ネコの鳴き声が聞こえる。どこだ?


 にゃあ


 タマ! 俺だよ!

 




「タマじゃないわよ!」


 はう?! 怒りの肉球が、俺のほっぺたに食い込んだ。

 ぷにんとしたえもいわれぬ感触が、俺の五感を呼び覚ます。

 あ……このネコ、タマじゃない…… 

 

「プジ!」

「名前をまちがえるなんていい度胸ね、テル!」


 いや、そんなんじゃないよ。夢だよ。夢をみてたんだよ。タマがいなくなったときの……

 い、いや? あれっ? ちょっと違うか? ハル兄はあのとき一緒にさがしてやるっていったんだ。地下遺跡にいるなんて、言わなかったぞ。

 地下遺跡Bにいるのは……

 

「テル・シング! よかった、目を覚ましたわね」

 

 あ、ロッテさん。えっと俺、どうしたんだっけ? プジとの接合外れてる?

 ええと、プジを第一展開させて、四角四面の蒸気人形を俺たちの結界で前後に押しのけて。それから……

 なんてきなくさい匂いだ。ばちばち何かが燃えてる音。ぐほっ。せ、咳こんじゃうぞ。けむい!

 ここはまだ、タイガ・ギルドの蒸気船の中? それにしちゃずいぶん周りが、広くなってないか?

 

「小型船が、突っ込んできましたの。それにしてもそのネコ、分離型機霊だったとはね」

「へへ。発掘品でつくったんだ」

「性能よさげね。はげてるけど」


 ロッテさんが目をすうとほそめてプジを見る。

 プジはぴとぴと俺の額に肉球をひっつけた。どこも悪くないか確かめてくれてる。


「うん。すっごくいいよ、こいつ」

「やだテル」


 不機嫌だったプジがほおを赤らめて、べしっと最後に一手、俺の鼻に手を押し付けた。へへ、この感触、ほんと好きだなぁ。って、堪能してる場合じゃねえ。

 見回せば、細い通路はくずれてて、目の前に黒くとがった大きなものが、船の中へ向かって突き通ってる。

 蒸気人形をふきとばしたあと逃げようとした瞬間、これがきたもんで、俺はすごい衝撃をくらったらしい。むろん俺もロッテさんも機霊結界のおかげで無傷だった。それでも相当の振動が伝わってきて、気を失っちまったらしい。

 

「しっかしずいぶん手荒な」

「中から、皮マスクに皮鎧の完全装備団がわらっとでてきましたわ。黙って見送ったけど」


 目の前にさし渡ってるのは、一見特大のやじりみたいな形の黒船。尻の部分からもうもうと白煙があがってる。ジェット噴射で勢いつけてきたのか? ハッチと思しきところに、ロゴマークみたいなものがついてる。

 オレンジ色のウサギ……


「ラビッツギルドの紋!」

「タイガギルドが人形皇帝確保に動いてるって情報を傍受したのは、当然、あたしたちだけじゃないから。でもなりふりかまってないわね」


 みんなアムルを奪おうと、色めきたってるんだ……。

 たしかにPPD-AGの価値を考えれば、予想売却額は夢のような桁数だ。相手は天界一の版図を誇るエルドラシアだもん。

 俺……アムルにまた会えたとして、あいつを守りきれるのか? 

 コウヨウの全ギルドを相手にするってことだぞこれ。

 この街にこれからも住んで、あいつをかくまい続ける……ざっくりてきとうにそう考えてたけど。

 そんなこと、できるのか?

 

「ど、どこか遠くに逃げる? うああ、どこかってどこだよ」


 俺、ここにしか住んだことないから、別のところにつてなんてないし。

 コウヨウだけじゃなく、大陸中の全ギルドが食いついてくる物件だろうし。

 できるのか俺……アムルを守りきることが……

 

「テル・シング、ここから出るわよ!」

『いくぞ愚か者』

「テル、また接合した方がいいわ」

「お、おう」

 

 ロッテさんたちが、黒船の尻部分にがっぽりあいた崩れ穴から飛び降りる。

 アホウドリサイズの翼が全展開する音を聴きながら、俺はアムルと合流したらどこへ逃げようか、ちょっと真剣に考えた。

 この大陸に、安全なとこってあるんだろうか。ああ、もっと勉強しとけばよかったな。地理とかそんなの。人が近づけない猛毒地帯とか、どこかにあるって話だけど。そんなとこには連れてけないし。

 この星から出るのがよさげな気がする。天界の星船に乗って、どこか知らない星に……

 でも俺たちみたいのがもぐりこめる船って、あるかな。いやでも、じっちゃんはどうするよ?

 俺が老後みなくてどうすんだ? ってことはじっちゃんにも一緒に逃避行してもらうか? 

 いやいやいやいや。落ち着け、俺。深呼吸。深呼吸。

 とにかく不安だけど。すっごく不安だけど。


「どうにかするしかねえ! 接合(ティー)っ!」

「はいな!」


 プジがまた俺の肩にひっつく。みるみる形態変化したネコは、勢いよくコウモリのような翼を広げた。


「高度200ナノメートル!」

「おう! 少しずつ下がっていこうぜ!」

「了解!」

 

 あきらめるなんて、できない。

 だってあいつは、俺が拾ったんだ。拾ったからには、責任があるんだ。

 守ってやらないと、だめじゃないか。

 タマのときと同じ気持ちを味わうのは、絶対いやだ。

 俺が助けたものが、どこかにいっちまうなんて。俺が見つけたものが、だれかに奪われるなんて。

 そんなの死んでもいやだ。

 わかってる。ただのワガママだこれ。でもいやだ。

 絶対に。守ってみせる――。

 


「ハル兄さんは、どこにいるの?」


 ぎゅおんと黒い翼をはばたかせて、背中のプジが聞く。

 ネオン輝くごちゃっとした街の上を滑空しながら。


「地下遺跡B。三丁目のコの字ビルの脇からおりれば……」


 そういったとたん。はるか前方のビルの合間から、ぱあっと光がたちのぼった。

 白くてきらきらしてて、黒い空へとひとすじ、のびてる柱……

 なんだあれ。まぶしい。目がつぶれそうなぐらいだぞ。

 前を飛ぶロッテさんとミッくんの姿が、遠くからたちのぼった光をあびて、ひどく勇壮に見える。

 光に吸い寄せられるようにビルの谷間にはいったとき。


「テル! あれ!」


 しゅしゅんと、プジが青い目玉を動かした。

 

「あれ、地上から出てるものじゃ、ない!」

 

 俺の胸はどきんと波打った。プジのことばに嫌な予感を感じたからだった。


「ち、地下からよ!」

    


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