11話 来客 (テル)
熱い。
「テル! 救護車呼んで!」
熱い。焼け……てる?
なんだこれ? ほっぺたも腕もひりひりする。肌が出ているところが、すごく痛い。
目の前を細かい部品が舞っていた。ネジとか。ソケットとか。コードとか。袋とか。粉とか。粒とか。きらきらラメいりスパンコールとか。え、こんなものあったんだって気づいたのはさておき。
おっさんたちに倒された棚のもんが、いっせいに「浮き上がって」散らばってる――
状況を把握するまでに、ちょっとかかった。
ばらばら雨あられと物が落ちてきてようやく、店内で何が起きたかわかった。
アムルが、弾丸のような速さで二人のおっさんに突進していって、発掘屋ふたりの腹に、こぶしを叩きこんだ瞬間……小規模な爆発が起こったらしい。
三人はどこだ? 店内から消えちまってる。
「テル! ほうけてないで、救護車呼んでっ!」
プジの叫びが、店の外から聞こえる。すぐ目の前の路地から。
アムルとおっさんふたりは、店のまん前に出ていた。
仁王立ちになって、はぁはぁと肩を上下させてるアムル。やつが見下ろすその下に、おっさんたちがのびている。いや……気絶とか、そんな生易しいものじゃない。
「は、腹が破れて……る?」
やべえ。紅いものがみるみる、路地一面にひろがってる。
なんてこった。い、生きてるのか? まだおっさんたち、息してんのか? そ、それとも――
「蟲けらめ!」
アムルが地べたに、ぞっとするような声を叩きつけた。
「朕のシングに危害をなすは、朕を傷つけるも同然! 無礼千万なその所業、許すまじ!」
ちん? なんだそれ。口調が、いつもと全然ちがう。体にまとうふんいきもだ。
なんだこの、冷たくてするどい空気。びりびりする。
まるで全身から無数の剣を突き出してるような。
自分は神だってえらそうに宣言してるような。
うあ。俺、びびってる。端末を取り出す手が震えてる。
き、救急番号って、何番だっけ? えっと、えっと……駆けつけ1番、救急9!
「うぬらごとき、わが黄金の光がなくとも断罪できるわ! 朕の手によりて滅すこと、光栄に思え!」
「だめえっ!」
あっ、プジ! 変な状態のアムルの前に飛び出すなんて。あぶないぞおい!
「だめよアムル! 落ち着いて!」
プジのしっぽは驚きと恐怖でぼうぼう。でも果敢に、鬼神のようなアムルを止めに入っちまった。
「これ以上、傷つけちゃだめ!」
「そこをどけ、ハゲネコ! 非道な蟲けらを滅してなにが悪い!」
「蟲けらじゃないわ!」
やばい。アムルの手で放電する光が、びかびかといや増してる。今にも手から放出されそうだ。
「蟲けらなんかじゃない。みんな一所懸命、生きてるわ! たしかにごちゃごちゃしてるし、汚いし、犯罪者は多いけど! でもそれなりに、警察だって自警団だって、法律だってあるの! そういう人たちが悪い人をちゃんと裁いてくれるから、これ以上はやめて! これじゃアムルが、犯罪者になっちゃう!」
「だまれ! そこを退け! なんぴとたりとも、朕は裁けぬ!」
「プジ! さがれ!」
くそ! アムルの両手の光が、はんぱじゃなくなってる!
「おねがいやめて! アムルがこれ以上手を出したら、あなたを保護してるシングおじいさまが、こまっちゃうの!!」
びくんと、アムルの体がゆれた。今の言葉は効果があったみたいだ。
でも、目つき悪男の手の上で輝いてる光は、光量がすさまじくて。
本人がハッとして手をひっこめる前に、ぼろっとあふれ落ちた――
「プジーっ!」
「テル?!」
ちょぼちょぼした毛の感触。飛び出して、なんとか両腕でプジを包み込んだ俺は、感電するのを覚悟した。さわったらほんと痛そうな放電だから、ぜったい体がしびれるだろうと思った。
でも。
「あれっ?」
痛みは、襲ってこなかった。どうなってる……んだ?
ばりばりと、ものすごい音がしてんのに。
見上げれば、白い放電が一面に広がってる。目の前に薄い膜のようなものが展開してて、アムルの手から落ちた光がそれにしっかり、はばまれてる。
「円い……盾?」
ほんのり淡い青色の膜。これは……機霊の結界だ!
――「テル・シング! 大丈夫ですのーっ!?」
背後から甲高い呼び声がした。目の前のアムルがまた、びくりとする。青い目を大きく見開いて、まるで化け物でもみたような顔をしてる。
「い、今の声はっ」
プジを抱えてふりむいた俺の目に――でっかい金属の翼が映った。
でけえ。すんげえでけえ! 通りの幅いっぱいにひろがってる。見るからに天使の羽っぽい形をしてるけど、ピンク色の服をきた小柄な主人の体とは、かなりアンバランス。ひと目で、接合が微妙だとわかる、機械の翼。
「アホウドリサイズ……やっぱすげえ!」
翼の関節はもろに機械めいている。骨格部分は紅銀鉱を使って赤味をだしているが、羽毛一枚一枚は無機質な金属板で筋がない。
「どうですの? 大事ありませんこと?!」
真っ赤なツインテールをゆらし、機霊の主人がかけよってくる。開ききったどでかい翼から、結界を放射したままで。
両手に頬をあてて迫りくるその人がはいてるのは、リボンたっぷりピンクのミニスカート。
その丈は絶妙に短い。見えそうでみえない。むっちり露出してる太ももを覆ってるのは、ピンクのガーター。色気むんむんで生唾ごっくりだ。
胸はV字で谷間がくっきり。揺れる胸のふくらみは、すばらしく大きい。俺のマドンナ、メイ姉さんとまったく同じサイズ。すなわち。俺の理想のサイズ!
「ろっ……」
突如現れた彼女の名を、俺は声高らかに叫んだ。
正義のヒーロー参上を心待ちにしていた、ヒロインのように。
「ロッテさぁああーん!!」
その瞬間のアムルの顔は……なんだかひどく、異様だった。
大きく見開かれた青い瞳が、ほんとにこぼれおちそうだった。
なぜかものすごく驚いていて、ずるずるとあとずさり。
青みがかった結界は、白い放電を中和しきるといきなり膨張した。アムルは急激にふくらんだ結界に、ばちりとはじかれた。革服に包まれた細い体が、悲鳴とともにはるか後方にふっとんでいく。
「なにこれ、どういうことですの?!」
ピンクの服の機貴人が俺の隣に並んだ。足元を見やって、顔をしかめる。
腹をふっとばされた発掘屋どもの意識はない。まだかろうじて息があるていどだ。
ピンクの機貴人は、金属の翼の角度を変えて、青い光の筋をいくつも、下に向かって放射した。
「とりあえず、止血しておきますわね。ていうか、あたしの機霊じゃ、そこまでしかできませんわっ」
「十分っす! こいつら、うちの店を破壊したんです。それであいつがキれたんっす」
「あらまあ、そうですのぉ」
このピンク服の機貴人こそは、お待ちかねの顧客。
リアルロッテ・フォン・シュテレーヘンっていう名前の、「伯爵令嬢」だ。島都市からこっそり機霊のメンテにやってきたんだけど。
「あ……う……ああああっ?」
彼女にふっとばされたアムルは、ひどく動揺していた。
「それにしてもぉ、なんで掌術使いがここにいるんですの? その子、エルドラシア人なのかしら? さっきのバリバリって、エルドラシアの軍人が使う技ですのよぉ?」
わざとらしく語尾をのばして、ロッテさんが指さしポーズで聞いたとたん。
起き上がったアムルは顔面蒼白になって、脱兎のごとく店の中に逃げ込んだ。
ロッテさんのアホウドリサイズの機霊にびっくりしたのか。それともちょうどふおんふおんと、救護車のサイレンが聞こえてきたからなのか。どっちのせいかはよくわからない。
「アムル、大丈夫か? ケガしてないか?」
心配して店に飛び込んだ俺の目に入ったのは、震えて店のすみに隠れるアムルだった。膝をかかえてしゃがみこみ、なんと買ってやった革マスクだけじゃなく、そのへんに置いといた銀色バケツをひっかぶってる。
「あ、アムル? おい、なにしてんだ?」
これはどういう意味だ? 顔を、完全に隠したいってこと? もしかして、我にかえって罪の意識がどばあとわきあがってきたとか? 穴があったら入りたいって心境なのか?
いやでも、そのバケツって。
「アムルそれ、やばいっ。バクテリア鉱精製したやつだから、まだ薬品が残ってるかも!」
「そうよ危険よ、とってアムル!」
俺とプジがあせって訴えても、アムルはぶるぶるふるえて無言の拒否。
「と、とにかくいますぐとれ! な? ちょっと俺、救護車の人に状況説明してくるから!」
「大丈夫よ、ぎりぎり、正当防衛の範囲だから。心配しないで」
俺たちはまた外へ出て、担架におさめられた瀕死のふたりを前に、救護員たちに説明した。
「店をこわされたんで、セキュリティロボットが反応した」――そういうことにした。
翼を閉じたロッテさんが、店の惨状をちらちら見た上で、うまく口裏を合わせてくれた。
救護員たちは、分離型機霊を背負った彼女をじろじろ。背負ってる機霊機はこれから登山するんですか? っていうぐらいでかい代物だから、かなり目立つ。
でもロッテさんは、しごく堂々としてて。
「あなたたち、なによその視線はぁー! まさかあたしを疑うっていうんですの?」
口をへの字にして、金属の翼を展開するそぶりを見せると。救護員たちはそそくさと、怪我人を車に乗せて去っていった。やれやれと嘆息ひとつ、ロッテさんと店内にもどってみれば。
「あ、アムル?!」
バケツをかぶったアムルは、店のさらに奥の奥に、後退していた。まるでジャンク品の山ん中に自分を埋めこみたいかのように、狭い隙間にぎりぎり入り込んでる。
「アムル! バケツとれって!」
「あらぁ、はずかしがりやさんですのね。あなた、堕天使かなんか? 出てらっしゃいな」
「ロッテさん、たぶんあいつ、自分がやらかしたことにびっくりしてるっていうか、後悔してるっていうか」
「あたしもそう思うわ。ものすごく目を丸くして、びっくりしてたもの」
プジがやわらかくニャアと鳴いた。
「大丈夫よ。あの人たち、死なないから。この街の病院って、すごいのよ。だからこわがらないで。テルの怪我もたいしたことないし」
え? 俺怪我してる? うわほんとだ、肌が露出してるところが、爆風に当たってヤケドしちまってるみたいだ。ま、あとで軟膏つけたら治るだろ。
「ほんと心配はいりませんわよぉー?」
ロッテさんがアムルにきこえるように、大声を出した。
「あいつら、ちゃんと助かりますわ。この街の病院、プジちゃんの言うとおりで、絶対死なせないから」「そうっすね、人工内臓とか、サイボーグ部品とか、なんでもかんでもどっさり入れたりつけたりしちゃいますから。入れるなといっても入れまくって、あとでがっつり金をふんだくるってシステムなんで」
「ほんとこの街、あこぎな商売多いんですの。まじで誠実なのは、おたくぐらいですわ」
「へへ。いつもご愛顧感謝ですっ」
来客ってこの人のことだ、紹介するから出てこいって呼びかけても、アムルは隙間にうまったままだ。
あらぁとロッテさんが面白げに肩をこきこき鳴らし、レジスターの卓にどかりと座る。小柄だけど胸はぷりぷり。組んだ足の中は、見えそうで……みえない。
「我ながら、すばらしい出来だぜ」
ロッテさんの完璧なフォルムに、俺は思わず生唾をのみこんでつぶやいた。我ながら、ほれぼれしてしまうっていうもんだ。
「そうねえ。ほんと、すばらしい出来でしたわよ?」
ロッテさんが足を組み変える。うわぁ、すんごくセクシーだ。
「おたくがミッくんをメンテしてくれたおかげで、そりゃあ、首尾は上々でしたわ。実技試験はダントツだったし? ペーパー試験は、テルのカンニング鏡で満点だったし? 面接官は、このナイスバディで目がずっきゅんどっきゅんでー、あたしにぞっこんだったし? そのおかげで、最終試験ではツインテールにするといいって、情報をもらえましたのよ?」
腕組みしてるロッテさんは、ピンクのリボンだらけの服をわさっと揺らし。
ピンクのガーターをはいた細い片足をがん、とテーブルの上に乗っけた。
「でもねぇ……だめだったの。最終試験で、玉座にふんぞりかえるクソガキに馬鹿にされて、ジ・エンド。就職活動、あえなくしっぱぁーい! でしたのぉ……」
むんずと、ロッテさんの手が頭に伸びた。
するっと、赤毛のツインテールからピンクのリボンが解かれる。
さあっと、流れる長い赤毛。
「あたしさぁ、最後のダメ押しに、このさいっこーの胸で、クソガキの頭をはさんであげようと思ってたましたの。わりとまじで。だってぇこれほんと、たゆんたゆんじゃなくて? ほんと、手触りよいですわよね?」
「そうっすねえ。夢みたいっすねえ」
だってメイ姉さんと、同じサイズだもん。見てるだけで鼻血でそうだよ、俺。
「そうよね? ふつう、そう思いますわよね? なのに、クソガキはあたしをひと目見た瞬間、いまにもゲロ吐きそうな顔したんですの!」
「ええっ?!」
「なんていうか、そう、汚物でも見るような目つきっていうの? 失礼しちゃうわよねぇ?」
まじで? しんじらんねえ。この究極の美を理解できない男がいるなんて。
「なんていうかその……そいつ、頭おかしいんじゃないの?」
「あたしもそう思いますの。せっかく。せっかくぅ……」
ロッテさんは歯を食いしばり、いきなり自分の胸を両手でわしづかみにした。
ぷちっとスナップボタンをはずすような音がしたとたん、ふしゅうーと大きな胸がしぼんでいく。みるみるしぼんでいく。
ああ……理想の大きさだったのに。
そこはかとなく哀惜の顔をしてしまう俺の前で、ロッテさんの表情が豹変した。
ちょっと垂れ気味だった眉が弓のようにはねあがる。紅い唇がワイルドに開く。
ぶちり、と音をたてて首のチョーカーをはずしたとたん。
低くて野太い声が、ごっちゃごちゃの店内に響き渡った。
「ちっくしょう! せぇっ……かく、俺様渾身の完全装備で挑んだってのによ!」
※テルとアムル、好みがまったく正反対……。
アムルがロッテさんに示した反応については、第1話をご参照ください。




