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機霊戦記 ――黄金の女神・暗黒の女神――  作者: 深海
一の巻 黄金の女神
13/60

11話 来客 (テル)

 熱い。


「テル! 救護車呼んで!」


 熱い。焼け……てる?

 なんだこれ? ほっぺたも腕もひりひりする。肌が出ているところが、すごく痛い。

 目の前を細かい部品が舞っていた。ネジとか。ソケットとか。コードとか。袋とか。粉とか。粒とか。きらきらラメいりスパンコールとか。え、こんなものあったんだって気づいたのはさておき。

 おっさんたちに倒された棚のもんが、いっせいに「浮き上がって」散らばってる――


 状況を把握するまでに、ちょっとかかった。

 ばらばら雨あられと物が落ちてきてようやく、店内で何が起きたかわかった。

 アムルが、弾丸のような速さで二人のおっさんに突進していって、発掘屋ふたりの腹に、こぶしを叩きこんだ瞬間……小規模な爆発が起こったらしい。

 三人はどこだ? 店内から消えちまってる。


「テル! ほうけてないで、救護車呼んでっ!」


 プジの叫びが、店の外から聞こえる。すぐ目の前の路地から。

 アムルとおっさんふたりは、店のまん前に出ていた。

 仁王立ちになって、はぁはぁと肩を上下させてるアムル。やつが見下ろすその下に、おっさんたちがのびている。いや……気絶とか、そんな生易しいものじゃない。

 

「は、腹が破れて……る?」


 やべえ。紅いものがみるみる、路地一面にひろがってる。

 なんてこった。い、生きてるのか? まだおっさんたち、息してんのか? そ、それとも――


「蟲けらめ!」


 アムルが地べたに、ぞっとするような声を叩きつけた。


「朕のシングに危害をなすは、朕を傷つけるも同然! 無礼千万なその所業、許すまじ!」


 ちん? なんだそれ。口調が、いつもと全然ちがう。体にまとうふんいきもだ。

 なんだこの、冷たくてするどい空気。びりびりする。

 まるで全身から無数の剣を突き出してるような。

 自分は神だってえらそうに宣言してるような。

 うあ。俺、びびってる。端末(フォン)を取り出す手が震えてる。

 き、救急番号って、何番だっけ? えっと、えっと……駆けつけ1番、救急(99)9!


「うぬらごとき、わが黄金(オーロ)の光がなくとも断罪できるわ! 朕の手によりて滅すこと、光栄に思え!」 

「だめえっ!」


 あっ、プジ! 変な状態のアムルの前に飛び出すなんて。あぶないぞおい!


「だめよアムル! 落ち着いて!」


 プジのしっぽは驚きと恐怖でぼうぼう。でも果敢に、鬼神のようなアムルを止めに入っちまった。


「これ以上、傷つけちゃだめ!」

「そこをどけ、ハゲネコ! 非道な蟲けらを滅してなにが悪い!」

「蟲けらじゃないわ!」


 やばい。アムルの手で放電する光が、びかびかといや増してる。今にも手から放出されそうだ。


「蟲けらなんかじゃない。みんな一所懸命、生きてるわ! たしかにごちゃごちゃしてるし、汚いし、犯罪者は多いけど! でもそれなりに、警察だって自警団だって、法律だってあるの! そういう人たちが悪い人をちゃんと裁いてくれるから、これ以上はやめて! これじゃアムルが、犯罪者になっちゃう!」

「だまれ! そこを退け! なんぴとたりとも、朕は裁けぬ!」

「プジ! さがれ!」


 くそ! アムルの両手の光が、はんぱじゃなくなってる!


「おねがいやめて! アムルがこれ以上手を出したら、あなたを保護してるシングおじいさまが、こまっちゃうの!!」

 

 びくんと、アムルの体がゆれた。今の言葉は効果があったみたいだ。

 でも、目つき悪男の手の上で輝いてる光は、光量がすさまじくて。

 本人がハッとして手をひっこめる前に、ぼろっとあふれ落ちた――

 

「プジーっ!」

「テル?!」


 ちょぼちょぼした毛の感触。飛び出して、なんとか両腕でプジを包み込んだ俺は、感電するのを覚悟した。さわったらほんと痛そうな放電だから、ぜったい体がしびれるだろうと思った。

 でも。


「あれっ?」

 

 痛みは、襲ってこなかった。どうなってる……んだ? 

 ばりばりと、ものすごい音がしてんのに。

 見上げれば、白い放電が一面に広がってる。目の前に薄い膜のようなものが展開してて、アムルの手から落ちた光がそれにしっかり、はばまれてる。


「円い……盾?」


 ほんのり淡い青色の膜。これは……機霊の結界(バリエーラ)だ!


――「テル・シング! 大丈夫ですのーっ!?」


 背後から甲高い呼び声がした。目の前のアムルがまた、びくりとする。青い目を大きく見開いて、まるで化け物でもみたような顔をしてる。

 

「い、今の声はっ」


 プジを抱えてふりむいた俺の目に――でっかい金属の翼が映った。

 でけえ。すんげえでけえ! 通りの幅いっぱいにひろがってる。見るからに天使の羽っぽい形をしてるけど、ピンク色の服をきた小柄な主人の体とは、かなりアンバランス。ひと目で、接合が微妙だとわかる、機械の翼。


「アホウドリサイズ……やっぱすげえ!」


 翼の関節はもろに機械めいている。骨格部分は紅銀鉱を使って赤味をだしているが、羽毛一枚一枚は無機質な金属板で筋がない。

 

「どうですの? 大事ありませんこと?!」


 真っ赤なツインテールをゆらし、機霊の主人がかけよってくる。開ききったどでかい翼から、結界(バリエーラ)を放射したままで。

 両手に頬をあてて迫りくるその人がはいてるのは、リボンたっぷりピンクのミニスカート。 

 その丈は絶妙に短い。見えそうでみえない。むっちり露出してる太ももを覆ってるのは、ピンクのガーター。色気むんむんで生唾ごっくりだ。

 胸はV字で谷間がくっきり。揺れる胸のふくらみは、すばらしく大きい。俺のマドンナ、メイ姉さんとまったく同じサイズ。すなわち。俺の理想のサイズ!

 

「ろっ……」

 

 突如現れた彼女の名を、俺は声高らかに叫んだ。

 正義のヒーロー参上を心待ちにしていた、ヒロインのように。


「ロッテさぁああーん!!」




 

 その瞬間(とき)のアムルの顔は……なんだかひどく、異様だった。

 大きく見開かれた青い瞳が、ほんとにこぼれおちそうだった。

 なぜかものすごく驚いていて、ずるずるとあとずさり。

 青みがかった結界は、白い放電を中和しきるといきなり膨張した。アムルは急激にふくらんだ結界に、ばちりとはじかれた。革服に包まれた細い体が、悲鳴とともにはるか後方にふっとんでいく。


「なにこれ、どういうことですの?!」


 ピンクの服の機貴人が俺の隣に並んだ。足元を見やって、顔をしかめる。

 腹をふっとばされた発掘屋どもの意識はない。まだかろうじて息があるていどだ。

 ピンクの機貴人は、金属の翼の角度を変えて、青い光の筋をいくつも、下に向かって放射した。


「とりあえず、止血しておきますわね。ていうか、あたしの機霊じゃ、そこまでしかできませんわっ」

「十分っす! こいつら、うちの店を破壊したんです。それであいつがキれたんっす」

「あらまあ、そうですのぉ」


 このピンク服の機貴人こそは、お待ちかねの顧客。

 リアルロッテ・フォン・シュテレーヘンっていう名前の、「伯爵令嬢」だ。島都市からこっそり機霊のメンテにやってきたんだけど。


「あ……う……ああああっ?」


 彼女にふっとばされたアムルは、ひどく動揺していた。


「それにしてもぉ、なんで掌術使いがここにいるんですの? その子、エルドラシア人なのかしら? さっきのバリバリって、エルドラシアの軍人が使う技ですのよぉ?」


 わざとらしく語尾をのばして、ロッテさんが指さしポーズで聞いたとたん。

 起き上がったアムルは顔面蒼白になって、脱兎のごとく店の中に逃げ込んだ。

 ロッテさんのアホウドリサイズの機霊にびっくりしたのか。それともちょうどふおんふおんと、救護車のサイレンが聞こえてきたからなのか。どっちのせいかはよくわからない。


「アムル、大丈夫か? ケガしてないか?」


 心配して店に飛び込んだ俺の目に入ったのは、震えて店のすみに隠れるアムルだった。膝をかかえてしゃがみこみ、なんと買ってやった革マスクだけじゃなく、そのへんに置いといた銀色バケツをひっかぶってる。


「あ、アムル? おい、なにしてんだ?」


 これはどういう意味だ? 顔を、完全に隠したいってこと? もしかして、我にかえって罪の意識がどばあとわきあがってきたとか? 穴があったら入りたいって心境なのか?

 いやでも、そのバケツって。


「アムルそれ、やばいっ。バクテリア鉱精製したやつだから、まだ薬品が残ってるかも!」

「そうよ危険よ、とってアムル!」


 俺とプジがあせって訴えても、アムルはぶるぶるふるえて無言の拒否。


「と、とにかくいますぐとれ! な? ちょっと俺、救護車の人に状況説明してくるから!」

「大丈夫よ、ぎりぎり、正当防衛の範囲だから。心配しないで」


 俺たちはまた外へ出て、担架におさめられた瀕死のふたりを前に、救護員たちに説明した。

 「店をこわされたんで、セキュリティロボットが反応した」――そういうことにした。

 翼を閉じたロッテさんが、店の惨状をちらちら見た上で、うまく口裏を合わせてくれた。

 救護員たちは、分離型機霊を背負った彼女をじろじろ。背負ってる機霊機はこれから登山するんですか? っていうぐらいでかい代物だから、かなり目立つ。

 でもロッテさんは、しごく堂々としてて。


「あなたたち、なによその視線はぁー! まさかあたしを疑うっていうんですの?」


 口をへの字にして、金属の翼を展開するそぶりを見せると。救護員たちはそそくさと、怪我人を車に乗せて去っていった。やれやれと嘆息ひとつ、ロッテさんと店内にもどってみれば。


「あ、アムル?!」


 バケツをかぶったアムルは、店のさらに奥の奥に、後退していた。まるでジャンク品の山ん中に自分を埋めこみたいかのように、狭い隙間にぎりぎり入り込んでる。

 

「アムル! バケツとれって!」

「あらぁ、はずかしがりやさんですのね。あなた、堕天使かなんか? 出てらっしゃいな」

「ロッテさん、たぶんあいつ、自分がやらかしたことにびっくりしてるっていうか、後悔してるっていうか」

「あたしもそう思うわ。ものすごく目を丸くして、びっくりしてたもの」


 プジがやわらかくニャアと鳴いた。


「大丈夫よ。あの人たち、死なないから。この街の病院って、すごいのよ。だからこわがらないで。テルの怪我もたいしたことないし」


 え? 俺怪我してる? うわほんとだ、肌が露出してるところが、爆風に当たってヤケドしちまってるみたいだ。ま、あとで軟膏つけたら治るだろ。

 

「ほんと心配はいりませんわよぉー?」

 

 ロッテさんがアムルにきこえるように、大声を出した。


「あいつら、ちゃんと助かりますわ。この街の病院、プジちゃんの言うとおりで、絶対死なせないから」「そうっすね、人工内臓とか、サイボーグ部品とか、なんでもかんでもどっさり入れたりつけたりしちゃいますから。入れるなといっても入れまくって、あとでがっつり金をふんだくるってシステムなんで」

「ほんとこの街、あこぎな商売多いんですの。まじで誠実なのは、おたくぐらいですわ」

「へへ。いつもご愛顧感謝ですっ」

 

 来客ってこの人のことだ、紹介するから出てこいって呼びかけても、アムルは隙間にうまったままだ。

 あらぁとロッテさんが面白げに肩をこきこき鳴らし、レジスターの卓にどかりと座る。小柄だけど胸はぷりぷり。組んだ足の中は、見えそうで……みえない。

 

「我ながら、すばらしい出来だぜ」


 ロッテさんの完璧なフォルムに、俺は思わず生唾をのみこんでつぶやいた。我ながら、ほれぼれしてしまうっていうもんだ。

 

「そうねえ。ほんと、すばらしい出来でしたわよ?」


 ロッテさんが足を組み変える。うわぁ、すんごくセクシーだ。


「おたくがミッくんをメンテしてくれたおかげで、そりゃあ、首尾は上々でしたわ。実技試験はダントツだったし? ペーパー試験は、テルのカンニング鏡で満点だったし? 面接官は、このナイスバディで目がずっきゅんどっきゅんでー、あたしにぞっこんだったし? そのおかげで、最終試験ではツインテールにするといいって、情報をもらえましたのよ?」

 

 腕組みしてるロッテさんは、ピンクのリボンだらけの服をわさっと揺らし。

 ピンクのガーターをはいた細い片足をがん、とテーブルの上に乗っけた。


「でもねぇ……だめだったの。最終試験で、玉座にふんぞりかえるクソガキに馬鹿にされて、ジ・エンド。就職活動、あえなくしっぱぁーい! でしたのぉ……」


 むんずと、ロッテさんの手が頭に伸びた。

 するっと、赤毛のツインテールからピンクのリボンが解かれる。

 さあっと、流れる長い赤毛。


「あたしさぁ、最後のダメ押しに、このさいっこーの胸で、クソガキの頭をはさんであげようと思ってたましたの。わりとまじで。だってぇこれほんと、たゆんたゆんじゃなくて? ほんと、手触りよいですわよね?」

「そうっすねえ。夢みたいっすねえ」


 だってメイ姉さんと、同じサイズだもん。見てるだけで鼻血でそうだよ、俺。


「そうよね? ふつう、そう思いますわよね? なのに、クソガキはあたしをひと目見た瞬間、いまにもゲロ吐きそうな顔したんですの!」

「ええっ?!」

「なんていうか、そう、汚物でも見るような目つきっていうの? 失礼しちゃうわよねぇ?」


 まじで? しんじらんねえ。この究極の美を理解できない男がいるなんて。


「なんていうかその……そいつ、頭おかしいんじゃないの?」

「あたしもそう思いますの。せっかく。せっかくぅ……」

 

 ロッテさんは歯を食いしばり、いきなり自分の胸を両手でわしづかみにした。

 ぷちっとスナップボタンをはずすような音がしたとたん、ふしゅうーと大きな胸がしぼんでいく。みるみるしぼんでいく。

 ああ……理想の大きさだったのに。

 そこはかとなく哀惜の顔をしてしまう俺の前で、ロッテさんの表情が豹変した。

 ちょっと垂れ気味だった眉が弓のようにはねあがる。紅い唇がワイルドに開く。

 ぶちり、と音をたてて首のチョーカーをはずしたとたん。

 低くて野太い声が、ごっちゃごちゃの店内に響き渡った。


「ちっくしょう! せぇっ……かく、俺様渾身の完全装備で挑んだってのによ!」 




※テルとアムル、好みがまったく正反対……。

アムルがロッテさんに示した反応については、第1話をご参照ください。


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