一目惚れ
一目惚れだった。
今まで効率重視で選んでいたけれど、私は偶然見かけたその鞄に一目惚れをした。
効率重視、そう世の中可愛くオシャレな鞄が溢れている中、私は毎日運ぶ重たい教科書とノートを入れ運ぶ為の鞄は効率重視で選んでいた。
重いものと言えば肩掛け鞄は論外だった。なにせ凄く肩にくる。肩が疲れるたびに反対の肩に掛けなおすのも面倒なので、鞄と言えば背負うものを選んでいた。
もちろん細い紐の鞄なんて論外だ。両肩に重さを分散しているとは言え、その細さが食い込んで痛いからだ。だから肩紐はもちろん安定の太いものばかり選んでいた。
そうなると出てくる鞄は大体が、大きくて物が良く入り太くて肩の負担も少ないもの……世に言うリュックサックタイプばかりを選んでいた。
そんな私が一目惚れをしたからという理由で選んだ鞄は、私の中での効率度外視の斜め掛け鞄。でも何故かこれに一目で惚れてこれからの通学鞄はこれで決まり!と速攻で買い、これでないないな女子力も多少はアップップーとか朝何時も一緒に登校する幼馴染の美佳ちゃんと話ながら私は何時も通り教室へと向かった。
高校生活も2年目を向かえて、湿気と暑さが始まりだし衣替えを迎えた6月頃、そうそれまでは何時もと同じだった。
同じクラスの『神崎結人』に声を掛けかれるまでは、俗にいうイケメンで誰にでも人当たりが良いという意味で性格も良くて、先生の評判も上場で上級生・下級生もちろん同級生の女子からもキャアキャア騒がれてるという意味での有名人なその彼に声を掛けられるまでは、間違いなく私は何時もと同じ日々を過していた。
その神崎君に声を掛けられて呼び出しの定番NO1か2を争う屋上で改めてご対面をする。私は屋上出入り口付近に立ち、少し離れた場所に立っている彼と向かい合う。これで春一番とか秋風とか木枯らしとかふいてたらまさに、決闘の立会い場面に相応しい雰囲気だろうとか内心思いながらも、正直声を掛けられる理由が思い当たらずに『え?本当に決闘だったらどうしよう』という考えが頭を過ぎった頃、神崎君から声を掛けられた。
「その突然こんな所に呼び出してごめんね、あの、そのさ……」
普段ハキハキと何でも応える神崎君にしては珍しくしどろもどろとしながら、ときおり顔を隠すように手を動かす様は漫画とかでよく見る『告白する女の子がよくとる仕草』に似ていて、あれ?もしかして私告白されるの?いやでも、今まで神崎君と目が合うとか見られてるとか、さらには会話をした事があるとか思い当たる範囲で神崎君と私に何か接点があるかと聞かれると、ないの一言に尽きるくらい私と神崎君は本当にただの同じクラスメイト枠でしかなく、神崎君が私に興味があったとかありえない域にしか感じれない。
「……その、一目惚れなんだ」
その後に続いた神崎君の言葉に目玉が飛び出そうになる。
その言葉こそありえない、何せ私は学校内でとかクラスで目を惹くほどの美少女という訳ではない、自画自賛しても精々『クラスで無難とか普通とかの域』の平凡な女子高校生である。
それに一目惚れにしても、4月に同じクラスになってから2ヶ月経ってるけど、やはり神崎君からそういった目で見られてた記憶はないし、いや私が気がついてないだけかもしれないけれど、一目惚れされる容姿ではないのは自信ありありなので
「いやいやいやないないない」
思った言葉がそのまま口に出ていて、全力で神崎君の言葉を否定していた。
「本当なんだ今日初めて知って、余りにも理想的で他の人に見られたり気づかれたりされたくないから、だからこんな事を言うのは凄く失礼だと判っているけれど……」
少し視線をずらし手の甲で頬をさすりながら言葉を告げる神崎君は、顔がいいだけにうっすらと赤くなっている目元とかがやけに視界に入り、イケメンは照れると色気が増すのかと慌てて私も視線を逸らす。
「舟越さんのパイスラに一目惚れしました!そのパイスラを独占する為に僕とお付き合いください!」
おお!言い切った告白を言い切った!ってあれ、どうしよう私これはうんと返事をすればいいのですか?いやでも神崎君とお付き合いするあかつきには、自称(?)ファンクラブとかいう、まあ要するにそういった神崎君の周りに居る女性達からの定番とかよくある嫌がらせと戦うわけになるわけですか?
それは面倒くさいけど、私もまあ神崎君の事はある意味目をつけてたから、その為ならそういった苦行は我慢してもいいような…………と思考してる途中で気がついた
ところでパイスラって何ですか?
パイパイパイパイスラパイスラスラスラパイパイスラ?いやそれは中学入った頃に数学で加法と減法と乗法の計算の仕方として覚えさせらプラスとマイナスのやつだ、絶対にそれじゃないって事は新しい数学の記号か何か?でも今習ってる所でパイスラなんて記号はなかった気がするし、それと私に一目惚れとどういった関係があるのかさっぱり意味が判らない。
「神崎君、ごめんだけどその『パイスラ』って何?」
「え?」
照れながらも少し驚いたような顔をしたと思ったら、視線がまた色々と彷徨いながらも何か決心をしたように私の顔をじっと見る。
イケメンが真剣な顔をするとよく判らない迫力があるなと、やはり変な所で感心をしながらも、その真剣な表情に釣られて私も神崎君に真面目に向き合う。
「パイスラというのは、肩掛けカバンをたすき掛けにして強調された胸の事を表す単語で、そのパイスラ状態の舟越さんの胸はまさに僕の理想そのもので……」
やばい、このイケメンはヘンタイさんだった!
脳がそう理解した瞬間、何も言わずに近くにあった出入り口に咄嗟に逃げ込み、出入り口から続く階段を一気に駆け下りた。
「そんな訳で美佳ちゃん、神崎君はヘンタイだった!」
学校帰りそのまま友達の美佳ちゃんの家に駆け込み、私は事のあらましをそのまま喋った。
「うん、でも素直に自分の性癖をばらす神崎君はある意味大物だね」
美佳ちゃんはパイスラの意味を知っていたらしく、私の一連の出来事を聞きながら神崎君の告白シーンを再現して話しているときに盛大に麦茶を吹いた。そのせいでまだ咽てる。
「いやでもないわ、流石にパイスラを独占したいからお付き合いしてくださいは、流石にないわ」
「そう?でもその程度の性癖なら、由梨ちゃんもいい勝負だよね?」
美佳ちゃんは私に指をビシーっと向けて言い切る。思わず私も何も反論できずに黙り込んでしまう。
そうだ、何度も美佳ちゃんには熱く熱く語った記憶がある。何せ内容は神崎君の事だったし性癖といわれたら間違いなく性癖だ。
何せ私は神崎君の顔には興味ないけれど、彼の背中からお尻に掛けての腰のラインが堪らなく好みで、それに気がついてからは常に観察してて、美佳ちゃんにシャツ越しに見える腰のラインがたまらんハァハァと常に報告してた。
ちょっと私、過去に戻ってその報告をするのを辞めさせよう!やばいよヘンタイだよ私も!
でも本当に神崎君の背中からお尻に掛けての腰のラインが堪らなくいいんだよ、特にブレザー脱いだこの季節からシャツ越しに見えるラインやばいよ、もう触って確かめたいくらい良いんだよ!
「割れ鍋に綴じ蓋だと思うよ私は」
その一言で目玉がポーンと飛び出た。
胸目当てと腰目当てのカップルか!確かに同類だし良いかもしれない!
「とりあえず由梨ちゃんは何も言わずに逃げてきてるから、きちんと返事してあげなよ」
美佳ちゃんにそう一言いわれて、それもそうだと頷きながら私は家に帰った。
次の日の放課後次は私が神崎君を呼び出して屋上へと向かう。
先に私がついたのか屋上にはまだ誰も居なくて、昨日神崎君が立ってた辺りで私も仁王立ちをして待ち構える。もちろん告白の返事をする為にだ。話しかけるだけで神崎君のファンの子達の視線が凄かったけれど、神崎君よくあの視線の中で私を昨日誘えたな。
流石に湿気による暑さとほがらかな陽射しで汗ばみ始めて「屋上失敗した」とか思いながら待つ事十数分くらい申し訳なさそうな顔をした神崎君が
「遅れてごめん」
と言いながら出入り口から現れた。
そして昨日私が居た場所と同じ位の所に立ち口を開こうとする。私はそれを手を前に突き出してストップという意思表示を見せると、神崎君は開き始めた口を閉じた。
「神崎君が何か言う前に、私の方が先に言いたいことがあるの、昨日の告白は『嘘とかドッキリ』じゃない?」
私の言葉にコクコクと頭を動かす神崎君を見ながら、昨日あの後家に帰って、実は嘘とかドッキリ系でパイスラも仕込みネタだと思ってたけど、そうではないみたいなので私もなら、と心に決める。
「私も一目惚れだったの、同じクラスになって初めての体育の時間の時に、神崎君が汗を服のにタオルがなかったからって体操服で拭うときに、少し見えた腰のラインにクギ付けだったの!」
流石に顔を見ながら言うのは恥ずかしいし、こんな事を暴露するのも恥ずかしいので、俯いてしまった視線は自然と自分の足先を見てしまう。
「神崎君がパイスラフェチだというなら、私は腰のラインフェチなの、スケート選手とか水泳選手とかの背中から腰のラインを見て、ああ、なんて魅力的なラインって楽しむ派なの、そして神崎君のその腰のラインを視姦させてください!むしろ触らせてくださいどんな感触なのか確かめさせ貰えるなら、むしろこちらからお付き合いさせてください!」
グワっと拳を握り締めながら、顔を上げて最後までいいきったー!ドヤッってしながら神崎君を見ると、神崎君は片手で顔を隠して肩を震わせていた。
うん、流石に今言った内容はドンビキだよね、私でもドンビキすると思うけれど、やっぱりこういった事は最初に暴露したほうが問題がスッキリするかと思ってですね、…………要するに自爆の道を選んでみた訳ですよ!もしこれが原因で断られても、私も神崎君も互いにフェチがばれて痛み訳で後腐れなく、元の無関係に戻れる訳だし??!
ごめん無理ありすぎる!私なんでこんな告白の仕方をしちゃったのー全部ない女子力のせいだ!!!
「……ごめん、ちょっと……笑いが、とまらなくて、…………まって、もらって……いい?」
「あ、うん」
あ、肩が震えてたのは笑ってたからですか、少し拍子抜けして握り締めた拳から力が抜けて、背中をこちらに向けて笑が収まる神崎君を呆然としながら見守る。そして暑さと恥ずかしさで熱くなったせいか、おでこに前髪が少し張り付いてるのに気がついて、ハンカチで汗を拭き取ったあとに適当に指で前髪を流してごまかしてみる。
女子力なくても、流石にこんな時に前髪がおでこにペッタリとはりついてるのは見られたくないかもしれない。
「あー待たせてごめん」
指で目元を拭いながら神崎君がこちらに顔を向ける。涙出るほど笑ったのですか。
「舟越さんがやたら僕を見てる理由が判って納得したよ」
「え?私そんなに見てた?!」
「うん、まあ見られるのには慣れてるから、気にはしてなかったけど、他の女子とは視線が違うから何でだろうとは思ってた」
「私としてはチラ見してるつもりだったのに、ガン見だったのか」
なんて事だ、本人にバレバレだったとは、盗み見失敗にも程がある。
「返事ありがとう、断られると思ってたから、正直言うと嬉しい」
「え?あ、うん」
「でも舟越さんの告白の内容が、僕への返事なのか趣味の暴露なのか意表を付かれてしまって……」
また神崎君の肩が震え始める、そんなにツボったんですか。
「……えーとお付き合いの条件は視姦と触ってみたいだったよね?なんだったら今すぐ触ってみる?」
神崎君がずいっと私の方に寄って来たので、思わず後ろにずさっと足が動いてしまう。流石に今すぐ触るとかそういう勇気はない、だってなんかほら、恥ずかしいじゃないか、今更だって言われそうだけど。
「いや、それはまたの機会で!」
「そうじゃあ僕も思う存分、これからは舟越さんの胸を見させてもらうね」
ああうんパイスラの見学ですね、そういう条件になるんですか?
なんだろう私の腰のラインを見るは美的な意味でのフェチ枠でもおかしくない範囲だと思うのだけど、舟越君のパイスラは凄く性的に聞こえてしまうのは。
同じ視姦なのに何が違うのか、場所か?見学する場所のせいか?!
そして私の一目惚れした鞄は、舟越君の「パイスラは僕の前以外では禁止」という言葉により、使用禁止になってしまいました。