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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

血まみれろッ! ドキドキ×トランプゲーム

 トランプマスターのタカコ相手に、トイレットペーパーマスターのユウトは苦戦していた。

 タカコの放つトランプは、トイレットペーパーの結界を易々と突破してしまう。

 すでに、ユウトの身体には、14枚のトランプが突き刺さっていた。

 頼みの綱のトイレットペーパーも、残り1ロールしかない。

 必殺『3の33乗・三角折りストライク』を放てるのも、あと一回が限度といったところだ。


 正攻法での勝ち目は、ユウトにはなかった。

 このまま馬鹿正直に戦い続けたら、1分と経たずにトイレットペーパーを使い果たしてしまう。


 かつてないほど、リアルな死の気配。

 そのネガティブな観念が、ユウトの頭蓋内を占領しつつあった。


(嗜虐的なタカコのことだ。)

(与え得る最高の苦痛をもって、俺をを嬲り殺すだろう。)

(それも、たっぷりと時間をかけて。)


 ユウトは考えた。

 どうにかして、この最大のピンチを脱しようと画策した。


 考えを纏められないまま、彼は口を開いた。


「なあ、タカコ……取り引きしねぇか……」


 ユウトは眉間に刺さったスペードのエースを引き抜きつつ言った。

 眉間から、霧状の血飛沫がほとばしった。


「俺は、この件から手を引く。分け前は全部お前にくれてやる。だから、命だけは助けてほしい」


 単純な命乞いである。


 タカコは8フィート(約2.4m)もある巨体を小刻みに揺らした。


 声も無く笑ったのだ。


 ただ、それだけである。

 それだけで、ユウトの焦心は一層加速した。


「お断りだね。金も名誉も欲しくはない。アタシが欲しているのは、いつだって殺戮だけよぉ……」


「そこを、なんとか。何でもするから!」


 ユウトは血の吹き出す額を、砂利だらけの地面に擦り付けて懇願した。

 破傷風も辞さない、圧巻の流血土下座であった。


 無論、それがタカコの嗜虐性を刺激することは彼にも分かっていた。

 しかし、抗いがたい死への恐怖が、彼の理性とプライドを捻じ曲げてしまっていた。


「何でもぉ……?」


 案の定タカコは増長しているらしかった。

 その瞳は、昆虫の手足をいで喜ぶ子供の様に、煌々と輝いている。


 タカコは値踏みするようにユウトの全身を見遣った。

 そして、何か面白い事でも思いついたかのように、顔をゆがませた。


「黒ヒゲ危機一髪ってぇぇえ、知ってるぅぅう?」


 タカコは自分のアイデアに心底惚れ込んでいるようだった。

 丸太のような腕の筋肉が痙攣し、膨張していることからも、彼女の興奮が伺えた。


 一枚一枚、トランプを刺し加えられて、惨たらしく死んでゆく自虐の一大パノラマが、ユウトの脳裏に浮かびあがった。彼は、死への恐怖と単純な嫌悪感で、その身が竦むのを感じた。


「知ってるぜ。実家にあるぜ」


 ユウトは奥歯を噛みしめた。

 そうしないと、震えでカチカチと音が鳴ってしまうからだ。


「じゃあ、それをしましょう。アンタの身体でね」


「おいおい。これ以上体に何か刺さったら死んじまう。ゲームにならない」


 ユウトは慌てて異議を述べた。

 延命の代償としての多少の拷問は覚悟している。

 それでも、即死の可能性のあるオファーを承諾するわけには行かない


「逆の発想よ。刺すんじゃなくて、抜いていくのよ」


「なんだって?」


「いま、刺さったままのトランプが、出血を抑えてる。けれど、トランプを抜いて、出血が促進すると、いずれ命を失うでしょう。アタシが抜いた時にアンタが死ねばアンタの勝ち。アンタが抜いた時にアンタが死ねばアタシの勝ち。」


「どのみち、俺は死ぬんじゃないか?」


「鋭いわね。じゃあ特別ハンデをあげましょう。全てのトランプを抜き終えても、アンタが命を保っていた場合――その場合も、アンタの勝ちということにしてあげるわ。その時は、命だけは見逃してあげる」


(黒ひげ危機一髪というより、単なる出血我慢大会じゃねぇか)


 そう思ったユウトであった。

 だが、異議は唱えなかった。


 実は、この時点で彼は、幾ばくかの勝機を見出していたのである。


 もっとも、それは奇跡的な確率の上に存在するチャンスでしかない。いや、奇跡と呼ぶことすら烏滸おこがましかった。生存の可能性は、絶望的に低い。依然として、状況は最悪である。それでも彼は、その一縷の望みに全てを賭けた。


 かくして、地獄のゲームが幕を上げた。


「じゃあ、アンタからどうぞ。」


 タカコに促されたユウトは、自身の左肩に突き刺さっているハートの7を抜いた。

 痛みはあったが、幸いにも太い動脈に損傷は無かったらしい。血が迸るような事態にはならなかった。


「次はアタシね。」


 タカコはユウトのケツに刺さったクラブの9を抜いた。

 こちらも、大出血ということにはならなかった。


(間違いない。)

(タカコはあえて、出血の少なそうな箇所からトランプを抜いている……)

(じわじわと、嬲り殺す為に……)


「フフフ」

 思わず、ユウトは吹き出した。


「どうしたの? 恐怖で頭がイカレたの?」


「ちくわ大明神」


 ユウトは意味不明なことを口走った。


「割と早めに精神が崩壊したみたいね。でもいいわ。アタシ、精神的弱者をイジメるのも嫌いじゃないから」


 タカコはユウトが恐怖により発狂したものと思い込んでいるらしい。

 しかし、ユウトは正気だった。


「おちんぽ暴れヌンチャク」


 ユウトはあえて意味不明な言葉を口走りつつ、腹に刺さったダイヤの4を引き抜いた。

 割と血が出て焦ったが、それでも鋼の意思で狂気を演じ続けた。


 次にタカコ。

 その次にユウト。


 そうやって、交互にトランプを抜いていった。


 ゲームが始まって、12枚のトランプが抜かれた。

 

 残すは、あと一枚。

 現時点で、失血死に至るほどの出血は無かった。


 しかし、最後の一枚だけはそうもいかないだろう。


 残った一枚は、ハートのキング。

 それは、深々と、ユウトの首筋に突き刺さっていた。

 傷の深さから見て、頸動脈に達しているのは明らかだった。


 引き抜けば、大量出血は不可避だろう――。


「ケツ穴(めく)れシャチホコ」


 ユウトはそう呟きながら、一気に最後の一枚を引き抜いた。

 その瞬間、凄まじい勢いで鮮血が迸った。


「シャチホコ! シャチホコ!」


 ユウトはそう叫びながら、熊に咥えられたサケの様に身を痙攣させた。


 元気一杯である。


 だが、その痙攣も徐々に弱まって行った。

 やがて、一際強く身震いした後、彼はゆっくりとその身を弛緩させた。


「ジ・エンドね。いいもの見せてもらったわ」


 タカコが満足そうに呟き、勝利の余韻を噛みしめつつ、踵を返そうとした。

 そして、完全に、ユウトのむくろに背を向けた。


 ――その瞬間、


どぐう(土偶)っ!」


 限界までに折りたたまれて針の様に尖った無数のトイレットペーパーが、背後から彼女を貫いていた。


「こ、これは……『3の33乗・三角折りストライク』!」


「待っていたぜ! お前が油断する瞬間をよぉ……」


 タカコが振り返ると、そこには血まみれのユウトが突っ立っていた。


「なぜだ! 確実に、頸動脈からの大量出血で死んだはず!」

「大量出血? たしかに、血は出たが、大した量じゃないぜ」

「馬鹿な!」

「動脈硬化って、知ってるか。俺は二郎系ラーメンが大好きでよぉ……、体中が悪玉コレステロールのオンパレードなんだよぉ……で、全身動脈硬化だらけってワケ。御多分に漏れず、頸動脈もガチガチに硬化してるんだよ」

「動脈硬化で致命傷を防いだ……だと? ありえない!」

「確かに、それはあり得ねェ。だがな、俺は半年前にステント治療を受けていた」

「ステント?」

「金属製のチューブで、硬化した血管を内側から補強する外科療法だよ。全身動脈硬化まみれの俺は、ほぼ全身の血管にステントを入れられた。だから、頸動脈が完全に裂傷することもなかった!」

「じゃあ、最後にトランプを抜いたとき、くびから血が迸ったのは……一体?」


「あれは切れ痔の出血をぬぐったトイレットペーパーを隠し持ち、グシュっと握り締めただけだ。」


「んな、アホな……」


「貴様もプロテインばかり飲んでないで、たまには二郎系スープでも啜っておくべきだったな」


 ユウトはそう言うと、血まみれの右手を一旦広げて、グッと握り締めた。

 すると、タカコの全身を貫いていたトイレットペーパーが、一斉に身体から抜け落ちた。


 次の瞬間、タカコの全身から大量の血が迸った。


「動脈硬化も、オツなもんだぜ」


 声も無く、タカコの巨体が地面に崩れ落ちた。



***



 かくして、ユウトは死線を克服し、生還した。

 この功績を認められた彼は、翌年にはギャング集団『ジロリアン・ファミリー』の幹部にまで昇格した。

 しかし、その3か月後、ユウトは帰らぬ人ととなった。

 ステントに発生した血栓が脳に達したためであった。


「やはり、医者の言うことはきちんと聞いておくべきでしたね。」


 舎弟の一人がユウトの墓前で呟いた。

 供えられた二郎系ラーメンはゆっくりと冷めて行った。


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