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赤の悪役令嬢、白の王子

「愛しております。シルフ様」


僕の婚約者イフリーはそう言ってにっこりと笑った。



緑の庭園の中、赤い髪と赤い目が鮮やかで美しい。

僕は燃えるような炎に包まれる錯覚を覚えて視線を下に向ける。


「僕もだよ。イフリーが好きだ。ねえ、アリアさんを突き落としたのはイフリー?」


僕がそう呟くと、イフリーが更に笑みを濃くした気配がする。


炎の錯覚が増す。

僕は………燃え尽きてしまうのかもしれない。


+++++


………第2王子として婚約者となる侯爵令嬢イフリー・タージ・ノクリスと会ったのは同じ8歳の頃だった。


ノクリス家の緑あふれる庭園にて内々の顔合わせでだ。


「シルフ・シールア・サイスだ。よろしく」


決まったセリフでの挨拶しかできなかった。

髪も瞳も赤い綺麗な少女に緊張したのだ。


その綺麗な少女からは返事が返ってこない。

わずかに口を開き潤んだ目で僕を見ていた。

挨拶を促す大人の言葉も耳に入らないようで、僕をジッと見つめている。


「あの………?」


不審に思って女の子に再度声をかける。


「妖精さんはいたのね………!」

「え………」


女の子は胸の前で手を組み合わせて僕を見つめ続けている。


「妖精と結婚できるなんて!」


僕は不安になってきた。

女の子と僕は話しているつもりだったが、妖精と話しているのだろうか。


周りをキョロキョロしても誰もいない。


「私はイフリー・タージ・ノクリスと申します。シルフ様、よろしくお願いします」

「わっ」


手をギュッと掴まれてびっくりする。

女の子と手を握り合った経験がないので、恥ずかしくて顔が火照った。


「うん、よろしくね」

「シルフ様、大好きです」


イフリーの赤い目がまっすぐに僕を見つめてくる。

その勢いに飲まれるように、僕は頷いた。


「うん、多分、僕も」


イフリーは本当に嬉しそうににっこりと笑った。


+++++


それから、イフリーと僕は正式な婚約者となった。

婚約者として長い時間を一緒に過ごした。

そしてそれは13歳になり、国の運営する学校へ入学しても変わらなかった。


侯爵令嬢のイフリーがいつも側に居る。

その他に、男の友達もできた。

国の騎士子息や宰相子息。名だたる商人の一人息子。


対して、女の子とはイフリー以外とほとんど喋った事はなかった。


だから、だからなのかもしれない。

ああいう配慮のない事件を引き起こしてしまったのは。


+++


「あっ………!」

「ごめん!」


ドサドサと持っていた本が床に散らばる。


ある日の放課後、僕はついてこようとする従者やイフリーを振り切って1人で図書室に来ていた。

棚の角を曲がったところで誰かにぶつかり、持っていた本が落ちた。


「ごめんなさい。アタシがボーッとしてたから」

「違う。僕が本に気をとられてたから」

「手伝うね」

「うん………?」


違和感を感じる。


僕が落とした本を拾ってくれる子が気安い話し方をした。

王子の僕にそういう話し方をしてくれるのは、イフリーと従者くらいだ。


相手はピンクブロンドの髪をした女の子だった。

見たことがない。

考え事をしながら本を拾っていると、指先が女の子と触れてしまった。


あっ、と声を小さくあげて手を引く。


「あはは、反応が面白い。女の子に慣れてないの? 髪の毛がキラキラした金髪で緑の宝石みたいな目で、『妖精』みたいだねー」

「妖精………」


イフリーと同じことを言われて少しびっくりする。

女の子は無邪気なようにニコニコしていた。


「あっ、ごめん。名乗らなかったね。私はアリア。シルフ王子様でしょ?」


僕はこっくりと頷く。


アリアさんのようなタイプの女の子は見たことがなかった。


「この学校って身分関係ないみたいだし、友達にならない? 王子様面白いし」


アリアさんがニコニコしながら手を差し出してくる。

握手という事だろうか?


僕は友達にという事ならとその手を握ろうと手を伸ばし………、


「シルフ様! 探しましたわ」


ばんっ! と図書室の引き戸が開かれる。

その勢いは淑女たるイフリーにしては珍しい。


「イフリー。僕はただ図書室で本を借りていただけだよ」

「ええ、さすがはシルフ様です。自由時間にも本を読んで勉強なさっている事、私は尊敬いたしますわ」


これはもう部屋に帰った方が良さそうだ。

僕を褒めるイフリーの笑顔がちょっと怖かった。

待たせてしまったのかもしれない。


「行こうか、イフリー。では、失礼。アリアさん」

「またね」


アリアさんに挨拶をすると、笑って手を振ってくれる。


女の子の友達ができるなんて楽しそうだ。

僕も笑顔で図書室を後にした。


「今のはこの前編入してこられた一般の方のアリア・リリノワさんですね」

「ああ、通りで見た事がないと思った」

「可愛い方ですね」


図書室から寮に向かいながらイフリーと会話する。


イフリーの言葉にさっきの女の子は編入者だったのかと納得した。



その日の夕食前だった。


珍しく食堂の夕食にイフリーが迎えに来ないので、従者を連れて食堂に向かっていた。


「シルフ様………!」


前方の階段の下の方からの騒がしさに警戒して、従者が声をあげる。


僕を守るように前に出た。

一般以外優先の階段下で何やら大勢が騒いでいる。


「なによなによ! 痛い痛い!」

「怖い! 私はただこちらは一般以外優先の階段ですから通ると問題がある事も、と」


アリアとイフリーの声が一際大きく聞こえる。


「問題ってあんたが起こしてんじゃない! 何よ、出会った初日に悪役令嬢が階段から突き落とすなんて」

「まあ、違いますわ。私はそもそも階段を上がってシルフ様を迎えに行こうと」

「ぶつかってきたんじゃない! 足も引っ掛けてきて」

「違いますわ。ああ、どうやったら信じて頂けるのかしら」

「白々しい。問題がありますよってぶつかって足引っ掛けてきて。そういうのはイベントの最後にやんなさいよ!」


何やら階下で言い合いをしているようだ。


「イフリー。どうしたの?」


言い合っているイフリーに声をかけながら階段を下りていく。


「ああ、シルフ様。この方が私の目の前で落ちていってしまわれて」


イフリーが困ったように首を少しかしげて僕を見る。

その横でアリアさんが目を吊り上げている。


「違うわ。あんたが突き落としたんでしょうが」

「イフリーが?」


僕はアリアさんの抗議に目を丸くした。

足首を抑えて座り込んでいるアリアさんに聞き返す。


「違うのです。シルフ様信じてください。この方が突然私にぶつかって落ちていったのです」

「この悪役令嬢が!」

「何をおっしゃられているかわかりませんわ」


また、イフリーとアリアさんの言い合いが続こうとしていると、人混みをかき分けて先生が姿を現した。


「あー、アリア・リリノワ。医務室に行って医者に診てもらおう」


合計3人の先生方がやってきて、担架に手際よくアリアさんを乗せた。


「違う! ここで悪役令嬢と決着をつけておかないと」

「わかったわかった」


侯爵令嬢である僕の婚約者イフリーと一般の方のアリアさんのトラブルを無理矢理収めようとしたのか、アリアさんを担架に抑えながら去っていった。


+++++


その後、従者から聞いた話では、アリアさんは学校を退学して侯爵家からの多額の見舞金と共に田舎の方へ越していったそうだ。


僕はアリアさんが少し気になったもののイフリーや従者と共に日常に戻っていった。


僕の胸に少しの不安を残して。


+++++


そして、結婚式の前日、2人きりの時間も欲しいとノクリス家の緑あふれる庭園でイフリーと過ごしていた。


「シルフ様と結婚できるなんて、私は世界で1番の幸せ者でございます。どうぞ末永くよろしくお願いしますね」


いつものようにイフリーはにっこりと笑う。


その燃えるような赤い目は僕をまっすぐに見ていた。

いつも僕だけを真っ直ぐに見てくてれいる。

その燃えるような目で見られると、その熱さが移ったような気がした。


僕も、イフリーを好き………だと思う。


「僕も、よろしくね」

「シルフ様、愛しております」

「僕も好きだよ」


会った時からずっと僕を見つめている女の子。

もしかしたらその炎の激しさにアリアさんを悪意なく焼いたのかもしれない。


僕は過ぎ去った日をふとそんな風に思い出した。


「ねえ、アリアさんを突き落としたのはイフリー?」


イフリーが鮮やかに赤く笑った。

僕の質問には答えない。


「シルフ様、愛しております。私の心を見せられたら、シルフ様への愛で一杯な事がお分かりでしょう。アリアさんとはどなたかしら?」


僕はイフリーの答えにそっと目を伏せた。

僕はイフリーからの愛で燃え尽きるかもしれない。

読んでくださってありがとうございます。

ブックマークやポイントありがとうございます。

嬉しいです。

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