愛
春が近くなり少しずつ暖たかになってきたこの季節
時間は丁度通勤ラッシュの真っ只中だ
忙しなく動く人々を空から見ていた死神は不思議そうな顔をしている
『どうしたんですか?』
そうダルクが訊ねると死神は忙しなく動く人々を見たまま
『何故あんなにせっせと働くのか不思議に思ってね』
と応えた
ダルクは一瞬驚いた顔をした。まぁ無理もないだろう
死神が人間の事を言うときはいつも決まって罵声か文句でしかなかった
そんな彼女がダルクの知らない内に人間に興味を持ち始めたのだ
それはいい兆候ではある。が同時にダルクは少し寂しげな表情も見せた
『そうですね。彼らに与えられた時間には限りがあります。それも百年程度の短い時間です。人はその間に何を求めると思いますか?』
ダルクの問い掛けに死神は顔をしかめて悩んだ
何を?…金?…財産か?…
『財産?』
死神は自分の応えに納得してはいない。が早く答えが知りたかったのだろう。しかめっ面のままダルクに応えた
『…そうですね…悲しい事ですが、財産を遺す事しか考えていない人もいます…ようは人は定められた時の中で自分の生きた証、宝を遺すため又は捜すため必死に生きているんです』
ダルクは珍しく死神を見らずに遠くを見つめながら応えた
『生きた証、宝、ねぇ…そんなにそれは大事なのか?俺達でいうとそれは何になる?』
『生きる目的がなく、誰かを羨み自分を叱咤しなくてはならないのはとても悲しい事なんですよ。私達で言うと…《名》ですかね…』
ダルクの応えに余計わからなくなったのか死神は更に顔をしかめた
『《名》?…』
!?
っち、馬鹿野郎!
死神は反応を感じるや否や鉄砲玉のように反応がある場所に飛んでいった
『もう…少ししか…一緒にいられないのですね…』
ダルクはそう呟くと天を見上げ死神の後を追った
あれ?…何で私はこんなに急いでるんだ?…
死にそうになってるのは嫌いな人間なのに…
哀れで愚かで……でも強さと美しさを秘めた…
ええい!何を余計な事を考えているんだ!私は!
死神は軽く頭を振ると不確かになった位置を定める為に精神を統一させ始めた
貴方…
リュウト…
タケル…
カズミ…
ごめんね…
母さん…
もうダメかもしれない…
ごめんね…
っち!
死神は盛大な舌打ちをすると波動を感じる場所へと飛び去った
ついた先はとある病院の一室
そこには難病に侵される母と三人の子供、そして夫の計五人がいる
ママ…死なないで…生きて…また笑ってよ…何もしなくていいから…僕達は自分の事は自分でするから…ただ居てくれるだけでいいから…だから…死なないで…ママ…
リョウコ…死ぬな…二人で昔に夢の約束しただろう?…孫に囲まれてながら二人で笑って死のうって…子供達がまた俺達の元に産まれたいって想われる親になろうって…まだ夢の途中じゃないか…死ぬにはまだ早いだろう?…だから…死ぬな…
精神を統一させなくともヒシヒシと伝わる想いの大きさに知らずの内に死神は涙を流していた
しかしその肝心な母親は生きる事を諦めてしまっている
死神はもう一度精神を統一させて母親の精神とリンクした
本来これから行う行動は天使の役割で死神の仕事ではない。が死神はどうしても母親に言いたい事があった
みんな…ごめんね…
この大馬鹿野郎!諦めるなよ!
えっだ、誰?…貴女は?…
んな事はどうでもいい!お前は馬鹿か!?生きる事を諦めるなよ!お前の家族は生きて欲しいと願ってるだろうが!
でも…私はもう…
弱気になるなよ!死にたくないだろ!?夫と約束したんだろ!?二人で孫に囲まれながら笑って死のうって!また自分達の元に産まれたいって想われる親になろうって!
えっ何故それを?…
私は…死神だ…はっきりいって何であんたみたいな奴を助けてるのか自分でも不思議だ。でも今はそんなことどうでもいい!とにかく諦めるな!お前のガキも生きて欲しいって願ってんだ!
リュウト達が?…
そうだ!また十歳にも満たないようなガキが何もしなくていい自分達の事は自分でするから。居てくれるだけでいいからって言ってんだぞ!?ガキが希望を捨ててないのに親が希望を捨ててどうすんだ!
…でも…医者はもう助からないって…
んな事知るか!それでも生きる事諦める必要はないだろうが!死にたいなら今すぐ殺してやろうか!?あぁ!?
生きたい…
想いが小さい!お前のガキや夫の想いの方が全然大きいわ!
生きたい!!私は生きて…夫と沢山の孫に囲まれて笑って死にたい!リュウト達に生まれ変わっても…また母さん達の元に産まれたいって言わせてやりたい!!
『お疲れ様…』
慣れない事をしたせいか酷く疲れたようすの死神にダルクが言った
『ふん、ダルクこそいつもお疲れ様だったんだな』
死神は流れる涙を隠すように俯いて応えた
その日、とある病院で助かる見込みのなかった女性が助かった。と大いに賑わったそうだ
『遂に…この時が来てしまったのですね…』
不意にダルクが言った
『何がだ?』
前振り無しの言葉に死神は疑問を投げかけた
『貴女は…人が嫌いですか?』
日に一度は聞くこの質問
いつもなら嫌いだ。と即答していたが死神は今日ふと気付いた
いつの間にか人を嫌いじゃなくなっていた事に
『嫌い…じゃない…かな…好きか?って聞かれたらまだわかんないけど…嫌いじゃない…な…』
死神は東京の上空から帰りのラッシュを見つめながら言った
『お前の言うとおりだったかもしれない…人って…いいかもな…』
以前の死神からは考えられない言葉だった
『今の貴女になら、話せます。と言うより話さなくてはならなくなりましたね…』
ダルクは天に輝く無数の星を眺めながら言った
『私は…もうすぐ消えます…』
…えっ?…
『何でだよ!?』
死神は立ち上がるとダルクの肩を掴んだ
『一から全てお話します…私も元は貴女と同じ死神でした。死神とは地獄に堕ちた人々の悪しき心の塊です。その悪しき心の塊を取り払った存在が私達天使です。そして私達の使命は新たな死神の心に巣くう悪しき心の塊を取り払う事…そうすると転生の儀を受けることが出来るのです。そして今、貴女の心は清く穏やかです。つまり…私の役目は終わってしまいました…』『そんな…何でなんにも言ってくれなかったんだよ!』
死神はまるで駄々っ子のようにダルクの肩を揺さぶった
『それが規約だからです…貴女は私が消えると同時に新しい天使になります。それと同時に地獄から新たな荒んだ心を持った死神が来るはずです。その心を今の貴女の心のようにする事が出来れば貴女も好きなモノに転生することが出来ます…』
ダルクはポロポロと涙を流しながらそう言った
『貴女と過ごした時は…とても…とても愉しく夢のようでした…』
溢れる涙を抑えるようにダルクは顔を手で覆った
死神もまた流れる涙を抑えるように天を見ている
『…転生したら…何になる気なんだ?…』
死神の潤んだ瞳は迷うことなくダルクの瞳を見据えている
『私は…世界を潤す樹になりたい…』その瞳を同じように潤んだ瞳が見返した
『じゃぁ私はその樹を潤す風になろう』
最後に魅せた死神の笑顔は正に天使の微笑みだった
『逢えたら…いいですね…』
ダルクは必死に笑顔を造った
『逢えるさ!』
死神はポロポロと涙を流しながらも自信タップリに言い放った
『ダルクが言ったんだよ?人は絆を創る事が出来るって…ダルクも私も元は人間なんだろ?じゃぁ絆があるじゃないか』
死神は涙で濡れた眼をこするとダルクにまるで子供もような笑顔を見せた
『そうでしたね。では待ち続けます…貴女が来るのを…永遠に…』
徐々にダルクの体は光に包まれていく
『そういえば貴女は昔、名乗る名などない。と名を教えてはくれませんでしたね…今なら教えてくれますか?』
そこにあるのはいつもの優しい微笑みだった
『ホーリー…聖なる光だよ…』その微笑みに負けない微笑みで死神は応える
『ホーリー…いい名前ね…また…逢いましょう…ホーリー…』
ダルクはそのまま淡い光となり消えた…
ホーリーは舞い落ちるダルクの純白の羽を手に取り握り締めた
『絶対に…逢いに行くから…待ってろよ…ダルク』
ホーリーはその後その羽をグッと自分の胸に押し当てた
ホーリーが天使へと覚醒した頃…
人知れぬ場所で一本の樹が芽吹いたという
持てる力をフルに使ったつもりが私のレベルではまだまだ話を作りにくい題材にしてしまった為三話で完結してしまい誠に申し訳ない(;_;)
しかしながらまとまった作品になってよかった【短いからだろ…とか、短編にすればいいのに…とか言わないで(T_T)】
まぁ何はともあれ読んで頂きありがとう御座いましたY(>_<、)Y




