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短編ごちゃまぜ

ちぐはぐ夫妻の珍妙な新婚生活

作者: しきみ彰

 幼女と熊。

 顔を合わせた二人の特徴を言い表すなら、それだった。


 縁談をセッティングした親族すら、ちぐはぐな姿に首を傾げてしまう。

 とりあえず、と言うように軽く話しをすませると、彼らは本人たちを置いて部屋から出て行ってしまった。


 片や、十を迎えたかどうかの可憐な幼女。

 片や、顔に大きな傷を抱えた熊のような男。


 異質なふたりは無言のまま顔を見合わせる。

 そんな沈黙を破ったのは、鈴のように軽やかな幼女の声だった。


「とりあえず、はじめましてですわ。わたくし、ネリネ・メルシスと言いますの。こんな見た目でも……ええ、こんな見た目でも! 三十六の! 年増でしてよ!!」


 幼女――ネリネは、年齢のところを無駄に強調して告げた。それに答えるように、熊男が頷く。動じた様子はない。それが余計に熊熊しくみえた。


「ああ、話は聞いている。わたしはギルバート・ウルフェスだ。歳は四十二。……あなたさえ良ければ、嫁にきてくれると嬉しい」

「……本当ですの?」

「ああ」

「結婚した後に「やっぱり幼女はちょっと……」とか「幼女かわいいぐへへ……」とか言いませんこと?」

「もちろんだ。わたしは騎士。約束は違えぬ」


 珍妙なやり取りを続けた後、ネリネはホッと息を吐いた。そして腰掛けていたソファから立ち上がり、深々と礼をする。


「ギルバート様。呪われたわたくしのような者を娶ってくださり、誠にありがとうございますわ。これからよろしくお願いいたします」


 そんなネリネにつられるように、ギルバートも騎士らしく腰を折った。


「こちらこそ、わたしのような男のもとに嫁いでくれてありがたく思う。これからよろしく頼む、ネリネ」


 そんな珍妙な顔合わせを経て。

 見た目幼女中身三十六の令嬢と、見た目熊中身四十二の騎士は、結婚することになった――



 ***



 ネリネは、頭のイカれた幼女趣味ロリコンの魔術師に愛されたせいで、十歳のまま見た目年齢が止まった不憫な令嬢だ。当の魔術師は、ネリネの呪いを解く前に自ら命を絶っている。なんとも憎たらしい男だ。

 お陰様で縁談は断られ続け、縁談が叶ったとしてもすべての男は幼女趣味ロリコン幼女趣味ロリコンはイカれた魔術師のせいでトラウマになっていたネリネは、厭らしい視線を浴びつつ「お断りさせていただきますわね」と断った。

 そんなこんなで、親の脛を齧り続けて数十年。罪悪感にまみれ続けて数十年。独り立ちしたかったネリネに、とうとう春が来た。


 ネリネはウルフェス伯爵家に輿入れをした。


 見た目幼女な年増が嫁いできたことに、屋敷の人間は好奇の視線を向けつつも丁寧に迎え入れる。彼らとしては、強面の熊主人に嫁ができたことが奇跡に近いのだ。たとえ相手が呪われた令嬢とて、精神年齢が三十越えなら問題はない。問題ないとしてしまう家だ。

 彼らはそれほどまでに、未だに嫁がいない主人に困っていた。


 でなければギルバートに、今まで婚期が訪れなかった説明がつかない。


 そんなことはいざ知らず、ネリネは幼女らしく小さな歩幅でやってくる。金髪に碧眼の整った顔立ちにフリルたっぷりのピンクのドレスを着た彼女は、まるで人形のように可愛らしかった。


 そんな彼女を迎え入れたのは、幼女の二倍以上の身長を持つ熊男だ。

 ギルバートはぴっちりとした礼服を着たまま、無言を貫いている。頬に傷がある顔はおどろおどろしい。

 しかしネリネは欠片たりとも怖がることなく、スカートの裾をつまみ上げた。


「お久しゅうございますわ、ギルバート様。この度はお出迎えありがとうございます」

「いや。……疲れたであろう。今日は休むと良い」

「まぁ、ギルバート様。わたくし、そんなに矮小ではありませんわ!」


 ネリネは胸元で拳を作り、瞳を輝かせた。その顔に恐怖はない。彼女は見た目とは裏腹に、精神がとてもしたたかであった。伊達に三十年生きていない。幼女は婚活を成功させるために努力し続ける、とても真面目な性格の持ち主なのである。


「わたくしずぅっと、家族に迷惑をかけてばかりでしたから、誰かの役に立ちたいと思っておりましたの! ですから是非、妻として行なうべき仕事を務めさせてくださいませ!」


 ここでネリネの勘違いを述べるなら、「家族に迷惑をかけてばかりだった」というところであろう。彼女は実を言うと、実家にかなり貢献し続けた敏腕令嬢である。

 ネリネのお陰で実家の領地には特産物が出来、家も栄えたのだ。すべてがすべて、彼女自身の嫁修行が原因である。本人はまったくと言っていいほど、その事実に気づいていないが。


 そんなことはさておき。

 言っていることは、貴族令嬢としては正しい。

 しかしその見た目のせいで、何やら必死に大人になろうとしている幼女に見えてしまう。

 そんな彼女を見ているだけでも面白いのに、夫となったギルバートは至極真面目な顔をして言うのだ。


「ふむ。ならば、ウルフェス家のことは任せても構わんか? わたしはこの顔のせいで、人脈が少なくてな。ネリネにやってもらえると、とても助かる」


 するとネリネは、瞳を輝かせて喜んだ。


「もちろんですわギルバート様! わたくし、精一杯務めさせていただきますわね!」


 使用人たちは皆揃って、噴き出しそうになる口を引き結んだ。

 そう、決して笑ってはいけない。このふたりは至極真面目に対応しているだけなのだ。


 だからその見た目と中身がちぐはぐなことも。一見すれば熊と戯れる幼女に見えることも。

 言ってはいけない。いけないのだが。


「さぁ、お屋敷を案内してくださいませ。ギルバート様!!」

「ああ。……ネリネ、少し待て。庭から先に回ろう」

「まぁ、お庭ですの? それは楽しみですわっ」


 そんな会話とともに行ってしまった幼女と熊を、使用人たちはあたたかい眼差しで見送った。



 ***



 こうしてネリネの奮闘が始まった。

 と言ってもギルバートは城勤めをしているため、彼女がいるのは王都だ。彼女がいた地方の領地とは違い、改革をする必要はない。

 その代わりに幼妻は、屋敷の改装と伝をつくることに全力を注いだ。

 そんな中ネリネが直ぐに気づいたのは、夫の無頓着さである。


 早速幼女は就寝前に、ギルバートに突撃した。


「ギルバート様。どうしてこの屋敷の主人にもかかわらず、積極的に夜会に出席なさらないんですの?」


 普段とは違いラフな格好をしていたギルバートは、扉を開け放つや否ビシッと叫んだネリネに目を白黒させる。

 夫は視線を左右に揺らしながら、たどたどしくいう。


「いや、それは……わたしが行くと、空気が悪くなるのだ。どうやらわたしの顔は、他者から見たら怖いらしい」

「まぁ、なんて失礼なんですの!?」


 ネリネはまるで我が身に降りかかったことのように、ぷりぷりと怒ってみせた。


「ギルバート様は確かにお顔は怖いかもしれませんが、わたくしを見目のみで判断なさらない稀有な方です! ご安心くださいませ。これからはわたくしが一緒に参ります故、そのような肩身の狭い思いはさせませんわ!」


 ネリネはできる限りギルバートが過ごしやすいよう、環境を整えようと踏んだのだ。数日過ごしてみて分かるのは、彼がとても気の良いひとで、他人と関わりを持ちたいと思っていることである。しかしその顔のせいで、友人は少数しかいないらしい。


 見た目幼妻はそれではダメだと、握り締めた拳を振るったのだ。


 はじめは萎縮したじろいでいたギルバートも、ネリネの熱弁に負け渋々頷く。

 彼女は「やりましたわ!」と心中でガッツポーズを決めた。

 そしてこれから自らの伝を頼りに、ギルバートの印象の改革をはかるべく知恵を張り巡らせる。

 そんなふうに奮闘しようとする妻を見て、ギルバートは眉をハの字にした。



 ***



 それからのネリネの行動は素早かった。

 まず、率先して茶会に参加することから始めた。そこで彼女はめいっぱい、ギルバートの良いところを晒したのだ。


 ネリネは呪われていたがこのような性格ゆえ顔を隠すことなくアクティブに過ごしていたため、どちらかと言うと令嬢たちや夫人たちから同情されていた。すでに基盤は出来上がっていたのだ。

 そんな彼女を娶ったのだと言うことだけで、ギルバートの評判はうなぎのぼりであった。

 さらにネリネ自身からの言により、「ちょっと怖くて近寄りがたい騎士」から、「ネリネ様の中身を見れる良い殿方?」というふうに変化していったのだ。


 そんなふうに言いふらしまくってから望んだのは、城で行われる夜会だ。届いた招待状を、ネリネは意気揚々と受け取り参加する旨を伝えた。


 そんな張り切り過ぎていた妻を心配したのは、ギルバートである。

 彼は珍しくネリネの部屋に来訪し、とつとつと話を始めた。


「その……ネリネ。わたしのためを思って、張り切ってくれるのは、とても嬉しいのだが……少し頑張りすぎではないか?」


 ネリネははて? と首をかしげた。

 今の彼女にとって重要なのは、自分の身よりもギルバートの印象向上だ。自分のように呪われた存在を、しかも嫁にしたところで体が幼すぎて子が成せないというこの体の自分を、彼は娶ってくれたのだ。感謝の気持ちを行動に変えるのは、なんらおかしなことではないだろう。

 そのためネリネは満面の笑みを浮かべて言う。


「心配してくださりありがとうございますわ、ギルバート様。ですが夜会まで、後少しですの。もう一踏ん張りなのですわ。大丈夫です! わたくしこれでも、体の丈夫さには自信がありましてよ!!」


 やつれた顔に笑みをたたえ言い切られると、ギルバートはもう何も言えなくなってしまう。


「そうか……だとしても、体には気をつけてくれ」


 それだけ言い残し、夫はのっそりと部屋から出て行った。



 ***



 そして夜会当日。

 ネリネは見事に、高熱を出して寝込んだ。



 ***



 そんなネリネが目を覚ましたのは、夜会の次の日の夜だった。

 高熱のせいで重たい瞼を持ち上げれば、何やら固いものが自らの手を握っている感触がある。

 ネリネの手を押し潰すまい、と気遣うように、たこの多い大きな手は小さな手を包み込んでいた。

 ギルバートだった。


「ギルバート、さま……?」


 熱に浮かされたままつぶやけば、ギルバートが心配そうにネリネの額を撫でる。


「大丈夫か……?」

「まだ……体が熱い、です……」

「そうか……」


 かれはそうつぶやくと、傍らに置いてあった水の入った容器から湿った布を取り出し、絞る。そしてそっと、ネリネの額に乗せた。

 気持ちの良い感触に目をつむったとき、ハッと気づく。


「……ギルバートさま、夜会は……」

「……ああ。妻が熱を出してしまったから、という理由で、急遽断らせてもらった。すまない、体調が悪いことに気づけずに……」


 ネリネが一番初めに気にしたのは、己の体より何より、ギルバートが楽しみにしていたであろう夜会を、自らの体調管理不足で潰してしまったことであった。

 彼女の瞳からぽろりと、涙が落ちる。

 次第に嗚咽を漏らしながら泣き出したネリネに、ギルバートはぎょっとした。


「ネ、ネリネ。どうした。どこか痛むか?」

「ち、ちがい、ます、う、ほん、ほんとうに……ごめんなさい……っ」

「……ネリネが謝ることなど、何もない」

「で、すがっ! これでよう、やく、ようやくギルバート、さまのよさを、皆さんにつたえられると、思った、のに……!」

「……そんなことよりもわたしが大切にしたいのは、ネリネだ」


 ネリネは思わず「え?」とこぼした。えぐえぐと声を漏らしながら、あまりのことに泣き止んでしまう。

 するとギルバートは大きな指で涙を拭いながら、ネリネの手を握り自らの額に押し当てた。

 まるで祈っているかのようであった。


「夜会などまたいくらでも参加できる。しかしネリネ、あなたはひとりしかいない。わたしは別にあなたに無茶をしてもらいたくて、娶ったのではない。少しでも自由にのびのびと過ごして欲しくて、そんなあなたのそばにいたいと思ったから、嫁にしたいと思ったのだ。……あなたはあなたが思っている以上に目立っているのだぞ」

「……以前、お会いしたことが、ありましたでしょうか?」

「いや。わたしは見ているだけだった。明るく優しいあなたが必死になって努力し続けているのを、見ているだけだった。わたしのような者があなたのように高貴なひとに触れて汚れてしまうのが怖くて、苦しんでいるあなたを放っておいたのだ。わたしはネリネが思っているような、優しい人間などではない」


 いつになく饒舌なギルバートはそう言うと、悲しそうに笑みを浮かべる。


「こんな最低男だということを知って、わたしのことが嫌いになったか?」


 ネリネはその言葉の奥に「嫌いになって欲しい」という心の叫びのようなものを感じ取り、ゆっくりと首を横に振った。


「いいえ。どちらにしてもギルバート様は、わたくしの唯一無二の夫ですわ。嫌いになど、なるはずがありません。……それに本当に最低な方は、わたくしのことを思って身を引いたりなど、いたしませんわ」

「……ネリネ」

「申し訳ありませんでした、ギルバート様。わたくしったら、はやとちりでしたのね。ギルバート様のお気持ちを置いていって夜会に参加しても、楽しくありませんもの。……はい。これからは、気をつけますわ。ですから……ひとつ、お願いがありますの」


 気恥ずかしそうに言うネリネに、ギルバートは首をかしげた。


「なんだ?」

「その。……もう少しだけ。もう少しだけ、お側にいてくださいませ。ひとりは、心細いのです……」


 それはネリネがギルバートに初めて吐き出した、心の声であった。

 ギルバートの顔に笑みが浮かぶ。熊のような顔が柔らかくなり、彼女は不覚にもときめいてしまった。

 そんな妻の心情などつゆ知らず、ギルバートはこくこくと頷き手を握る。


「そばにいる。だから、今はゆっくり休んでくれ」


 おやすみ、ネリネ。


 そんな柔らかい声とともに、ネリネの意識は沈んでいく。

 眠る前に見たのは今までで一番あたたかい、ギルバートの笑顔だった。











 それから二年の月日が過ぎた。

 ネリネの呪いはまるで解ける気配を見せず、幼女のまま。

 ギルバートの見た目も、顔に傷を負った熊のままである。


 しかしそんなちぐはぐなふたりは、社交界ではちょっとした有名人となっていた。

 その理由が、これである。


「ギルバート様、一緒にお庭でお茶を飲みませんこと?」

「……ああ、分かった。今行く」

「本日は、ギルバート様がお好きな蜂蜜入りのパウンドケーキをたっぷり焼きましたの!」

「それは嬉しいな」

「はい!」


 元気で明るいネリネと、それを優しく見つめるギルバート。

 この姿がたびたび、夜会で目撃されるようになったからである。


 ちぐはぐな見た目でありながらもしっかりとした夫婦に見えるふたりは、すぐに貴族たちの話題にのぼった。

 お陰様でギルバートの印象は「怖そうな殿方」から「ネリネ様を優しく見守る騎士様」に変化し、当初の予想をはるかに超えて目的を達成したと言う。


 十年、二十年経ってもふたりの愛は変わらず、それが貴族たちの間で後々に語り継がれるほどのものになるのだが。

 それはもう少しだけ先の話である――

作者が大学の空調のせいで風邪を引き、そのとき浮かんだネタを書き綴りました。ノリと勢いだけで書き上げた短編となっております。

見た目犯罪でも、精神年齢は高いから問題ないよね、という話。

あとあと気づいたのですが、ネリネと言う名前は花の名前です。花言葉を調べてみて、びっくり。とっても今作のネリネに合っていました。こういうことってあるんですね。

ノリと勢いで書いたため粗が多いかと思いますが、いかがでしたでしょうか?


最後までお読みくださった方、本当にありがとうございました!!

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