これは酷い昔話 -鶴の恩返し-
一応R15が付いてますが、念のためです。
昔々あるところに、実直で心優しい男が住んでいました。
そんな彼が、薪売りの帰りに罠にかかった鶴を見つけて助けたところ、晩になって一人の女性が訪れます。
言うまでもありませんが、彼女は鶴でした。
「申し訳ありません。吹雪の中で道に迷ってしまいまして、一晩だけでも泊めてはいただけないでしょうか?」
迷うも何も、村外れの一軒家の前には次の村まで一本道です。目をつむっても辿り着けるレベルです。そして当然のように空は晴れ渡っていました。吹雪だったのは三日前です。
「おぉ、それは大変でしょう。何もないところですが、どうぞどうぞ」
しかし男は超鈍感な主人公体質なので、相手が鶴であると疑うどころか、どう見てもアホな言い分も素直に受け取ってしまいます。そして素直で正直者である彼の家には確かに何もなくて、粗末な食事を分け合って夕食がアッサリ終わると、特にすることがなくなってしまいました。
本来ならお世話をしたりなんやかんやと高感度上昇イベントをこなすところなのですが、ここまで何もなくて食うに困るようでは彼女がどさぐさに紛れて滞在するにしても不都合です。彼女は仕方なく、なんやかんやの工程はすっ飛ばして早々に売れるものを作らねばと思いました。
「あの、奥の部屋にある機織りを使わせていただいてもよろしいですか?」
「あ、どうぞどうぞ」
「では失礼して」
立ち上がり、隣の部屋へと足を踏み入れた鶴は、障子戸を閉める直前に振り返り、厳かな口調でこう告げます。
「私が機織りをしているところを決して覗いたりはしないでくださいね」
「あ、うん」
男はアッサリ頷き、障子戸が静かに閉まりました。
そして反物完成。
「ふぅ、久々にいい仕事しました」
汗を拭って鶴は自らを称えました。それでいいのか。
「いや何でっ!」
自分に激しいツッコミを入れつつ勢い良く障子戸を開けると、男は大の字になって寝ていました。これでは覗いてくれるどころの話ではありません。とはいえ、初日に覗いてバッドエンドではクソゲーも甚だしいので、とりあえず今日のところは好感度を得たというところで我慢することにしました。
しかし二日目、三日目も不発。男は覗いてきません。ちょっと気になって鶴の方から覗いてやると、どうやら寝ているようです。いくら何もなくて、飯を食べたら寝るかアレをするかしかないといっても、全く興味を示さないというのはさすがにカチンときました。
これでは覗いてくれた時をシミュレーションして五通りほど綿密なリアクションパターンを考えていた鶴が馬鹿みたいです。いえ、馬鹿です。
「今日も機織りを使わせていただきますが――」
夕飯を食べ終えた鶴はいつものように立ち上がり、キッと男を睨みつけます。
「絶対に覗かないでくださいね?」
「お、おう」
「いいですか。絶対に覗いちゃダメですからね!」
覗くなよ絶対に覗くなよ、というフリですね、わかります。
これだけ念押しすれば大丈夫だろうと障子の前でほくそ笑む鶴の姿は、包丁を研ぐ山姥とよく似ています。
そして反物がアッサリ完成。
「だから何でっ!」
窓を開け放ち、雪原の向こうに上り始めた太陽に向けて息を大きく吸い込みます。
「何でよおおおおおぉぉぉぉおおおおっ!」
思い切り叫ぶとちょっと気持ちがスッキリしました。そして冷静になると、何だかおかしいことに気付きます。いや、おかしいことだらけでしたが。
鶴は思います。
相手は若い男、連日一緒にいてコレだけの美少女(断言)を襲うどころか、密室にこもってナニかしているという美味しいシチュエーションが気にもならないハズがないじゃありませんか。
これは何かある、そう鶴は思いました。
「ちょっと起きて!」
鶴は男を叩き起こし、問い詰めます。
「どうして覗かなかったの?」
「どうしてって、お前が覗くなって言ったからだけど」
「私があの障子の向こうで何やってるか、気にならなかったの?」
「ん? いや全然」
朴念仁どころの話ではありません。草食どころか霞食ってます。
「一晩でこのな反物が出来ておかしいなーとか思わないのっ?」
「あ、そういえば不思議だねー」
鶴は忘れていたのです。主人公は自分ではなく、この男であったことを。
「ひょっとしてあの向こうで美少女(大事)がオ○ニーしてるんじゃないかとか、普通は考えるでしょ!」
「え、何だって?」
「聞こえない、だと……」
間違いなく、これは鈍感&難聴系主人公の症状です。この相手にヒロイン(笑)の行動へと干渉させるのは、意図的にはかなり難しいことを鶴も知っています。ラッキースケベを待つのが最も手っ取り早いのですが、ラッキースケベでは話が進展せずに終わってしまうというリスクもありました。
つまり、話が終わりません。
これは由々しき事態です。短編がくだぐだ展開で長編に移行するという最悪の状況が発生しかねません。
そんなこんなで、鶴は一計を案じることにしました。
「というワケで、今日も機織りをします」
「あ、うん、何が『というワケ』なのかわかんないけど」
「くくく、そんな余裕ぶっていられるのも今のうちですよ?」
機織りをしすぎて精神が病み始めているようです。機織り怖い。
「何か言った?」
「いいえ、何も。それでは行ってきます」
相変わらずの難聴ぶりを見せられても鶴に焦る様子はありません。よほど自信のある策なのでしょう。
「ふふふ、くれぐれも覗いたりしませんように」
ニヤリ不敵な笑みを残して、ピシャリと障子戸は閉まりました。いつもと様子が違いすぎて、さすがの男も少し気になってしまいます。普段なら姿が見えなくなるなり横になって、十も数えれば意識が飛んでしまうのですが、その日は珍しく障子戸を見詰めていました。
やがてギッコンバッタンと機織りが動き始めます。
良かった何も起こらないやと男が油断した、その時でした。
「た、経糸をそんな強引に広げちゃいやぁっ!」
何か聞こえます。
「緯糸無理矢理突っ込まないでぇええぇぇっ!」
「ああっ、パンパン叩いちゃらめぇっ。緯糸つまっちゃうぅぅううぅ!」
「まだするのっ。そんな何度もしたら反物になっちゃうよおぉぉおぉっ!」
酷い。これは酷い。
「おい、鶴子!」
ついに、ついに念願だった障子戸が開かれました。そしてそれ以上に安直なネーミングにがっかりです。というか、これだけあからさまなのに気付いていない男の鈍感さは、何かの罪でしょっぴかれるべきでしょう。
「近所迷惑じゃないかっ」
これでも一応実直な好青年で村では知られている男です。機織りプレイが趣味などという噂が立ってしまうのは心外でした。
とはいえ、論点はかなりズレていますが、今の鶴にとって問題はそこではありません。
「ふふふふふ、見ましたね?」
「え?」
「私が機織りしているところ、見ましたね?」
「いや、見たっていうか――」
そもそも機織りをしているにしてはアレだったことが問題です。
「残念ですが、機織りしているところを見られてしまった以上、もうこの家にはいられません」
あんなところ見られたら恥ずかしいですもんね。
「なので、私はもう帰らせていただき――」
言いかけて、窓からの視線に気付きます。
夕飯を終えたのですっかり失念していましたが、実はまだ日は暮れておらず、外は案外明るいのです。しかも畑仕事を終えたお隣さんが丁度帰ってきたところに例のプレイボイスが聞こえたらしく、おっさんがギンギンとした眼差しで覗いていました。
男だけ釣り上げるつもりが、おっさんまで釣れたようです。
「いやああああぁぁああああぁぁあああっ!」
悲鳴は村中に響き渡り、それを聞きつけた村人達が集まり、男の家を囲うように人垣ができました。こうして、機織りプレイは村中に知れ渡ることとなったのです。
結局、鶴は帰りませんでした。
機織りプレイは村の名物として、近隣の村からも見物客が訪れる観光資源となったそうです。鶴はそうやって儲けたお金で、男と暮らしましたとさ。
めでたしめでたし。