勇者の追憶 生い立ち
今でも時々思い出す
私、ア…いや、レギン・ラインフォードは聖神王国と称されるレティス王国の子爵家の長男として生まれた。
優しい両親と妹と暮らした数十年はとても幸福なものだった。もし私が他家に生まれていたら同じように暮らせたかわからない。なぜなら私は加護の刻印を持って生まれたからだ。加護を持つ者は強力な力や優れた能力を持つが数が少ない。加護持ちの力は、その力を利用するために幼い内に洗脳されたり、殺されることが珍しくないことがわかるだろう。特にこの聖神王国は、いや人間種は自分たちを選ばれた種族だと考える者が多く竜帝や獣王といった者の加護持ちを魔に憑かれたものだとされ、処刑または奴隷にされるものが多く(例外として脱走に成功するものもいる)そのからだ(多くは手の甲か右胸)に刻印が刻まれたものは差別故、もしくは強すぎる力故、平穏な暮らしをできる者は少ないと言える。
特に私の家族は貴族だ。穢れとされる加護持ちならば殺し、それ以外の加護持ち(聖神や大精霊の加護)ならば洗脳し利用することは貴族達の中では、平然と行われている。そうならなかったのは私に刻まれた刻印が何の加護かわからない無色の刻印だったのがひとつの理由となるだろう。無色の刻印は殻に包まれた卵と同じだ。何に何が入っているのかわからず、無理な力をかければ割れてしまう(暴発もしくは暴走)からだ。
そして何の加護なのかわからないというのもネックとなる。もし竜帝や獣王の加護持ちならば問題ないがそれが聖神の者ならば大変なことになる。その呼ばれ方からもわかるとおり宗教が力を持つこの国で聖神や聖教で信仰が許されている数少ない神(陽神フレアや月神ルナなど)の加護持ちを罪を犯していないのに害した場合、例え大公であっても爵位剥奪のうえ処刑されることもあるのだ、うかつに手を出せない(刻印は例え死んでいても時期や条件を満たせば変化する)だが私はそれさえ小さな理由にしかならないのだと思っている。それは私の両親が優れた心の持ち主だからだ。
母ソフィア・ラインフォードは優しく、異種族でも困っていれば助けようとする人だ、例え他の貴族達から罵ることになっても。父アルスラインフォードは武人いう言葉がよく似合う人だ。向かってくる敵には一切の容赦なく切り捨てるが、平等と公平を信条とし差別是正、奴隷解放、異種族の権利について精力的に活動している、故に快く思わない者も多い、特に貴族達にとって目の上のたんこぶと言えるが、簡単に潰すことはできない。なぜなら彼が10年前の亜人戦争、六年前の帝国大遠征を退けた英雄であり、ラインフォードが英雄達の血筋であるからだ。王国初期、王の友であり他国あるいは魔獣や魔物を討った2人の英雄のひとりであり、陽神の加護持ち《英雄王》と称されたジーナス・ラインフォードの末裔だからである。(もうひとりは月神の加護を持つ聖教の大神官コープス、彼の存在が聖教が力を持つようになった大きな理由)
そんな両親の子として生まれたがゆえに私は幸せに暮らせた。そして私は両親を、特に父を尊敬していた。いつか父とともに戦い、後を継ぎ英雄のひとりになるのが幼い私の夢だった。だが父とともに戦う夢は結局叶わなかった。
その日私たち家族は隣町を目指して馬車で移動していた。港町アルクスは文化の交流地と呼ばれ、観光地として有名な街だ。父の久方ぶりの休日を使った旅行を私はとても楽しみにしていたし、楽しいものになるに決まっていると思っていた、あのときまで
それはアルクスまで半日といった距離のことだった。襲われたのだ私たちの馬車が、魔獣に
といっても付近によく出没する下位の魔獣ジャイアントラット程度では父の敵にはならずすぐに討伐、もしくは撃退された。だがすぐに悲鳴が上がった。ジャイアントラットは下位の魔獣だが数十多い場合数千の群れで縄張りを移動する性質を持ち、別の群れに襲われた人間がいても不思議ではなかった。だから父は悲鳴の上がった方へ向かっていった。その間私たちは馬車の中で父の帰りを待っていた。馬車は魔獣除けの魔術がかかっており止まっている間は安全だ、安全だと思っていた。間違いに気づいたのは数分後、馬車の壁を破り、魔物が妹を食い殺した時だった。それはひとつの常識だった。魔獣と魔物は違う、魔獣除けは魔物には効果がない。魔物が限られたダンジョンにしかいなかったこの時代皆が知りながら忘れていたことだった。
恐慌に近い状態に陥った私に対して母は冷静だった。すぐに私に逃げるよう叫び、自分はおとりになったのだから。私は駆けだした。母の言葉の意味を考えることもできずただ父の向かったほうに歩き出し、さらなる絶望を知った。
馬車から数m先には、大量の崩れかかった魔物の死骸(魔物の死骸は数分で文字通り消えてなくなる)と明らかに異常な姿をした異種族の少年と少年に胸を抉られた父の姿があった。
その状況を見たとき、私が感じたのは、絶望と怒りと悲しみだった。父の死に対する絶望だ、異種族の少年に、でわない、あの姿は禁忌とされる憑魔魔術によるものだ、そして父の剣に自ら貫かれたその死に顔はとても安らかだ、まるで今までの苦しみから解放されたかのように。この怒りは愚かな貴族達と父の死体を食い荒らす魔獣に、母と妹を殺した魔物に対するものだ。この悲しみは異種族の少年と彼を殺すしかできなかった父の苦しみに対してだ。
私はすぐにそこから離れた、魔獣がこちらに気づくかもしれないし貴族達の私兵がいるかもしれないからだ、同様の理由で街に行くこともできない、ここまでのことをしたのだ、彼らはこちらを皆殺しにするつもりだろう。
だから私は歩き続けた、なんのために生きるのかもわからず、ただあの異種族の少年の顔が頭から離れなかった