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繋ぎ止める王の道と絆

 岩肌が続く勾配の中をリファは歩いていた。

 城を飛び出したままの簡素な服は土埃だらけ。

 裸足になって歩くその足も傷が目立つ。

 日が傾き、暗くなっていく曇り空の下、荒れた息を吐きながらリファは頂きをひたすら目指していた。

(もっと、できるだけ遠くに――)

 “機竜”がいつ自分を追い求めて墜ちてくるか分からない。ブランダルクへの被害を食い止めるため、この不毛の台地のさらに遠くへと行くつもりだった。

(――あれは!?)

 リファは足を止める。

 目の前の岩かげから一体の鉄巨人が姿を見せた。

 古代エンシアの兵器はここに来るまでに何回か目撃したが、ここにもいたらしい。

 リファは慌てて逃げようとするが、足が思うように動かずその場に転倒する。

 休む暇も惜しんで登り続け、すでに彼女の足も限界に近づいていた。

 鉄巨人がリファに気づいた。

 巨体がゆっくりと近づいてくる。

 リファは地面に倒れたまま身構える。

 だが、鉄巨人は途中で立ち止まると、リファを無視するように下へと歩き去った。

 どういうことか分からないが、少なくとも自分に危害を加えるつもりはないようだ。

(あたしが同じ古代エンシアの人造生命体だから? それとも――)

 リファは何度も自分の脳裏に通信してきたオレフの事を思い出す。

(あたしがここに来るのは予定通りということ?)

 リファは立ち上がると、再び頂きへ向かって歩き出す。

 利用されているようで腹が立って仕方なかった。

 自分の生涯は結局、ブランダルクの思惑によって生み出された道具としての生涯だったのかもしれない。

(それでも――)

 リファは足の痛みに耐えながら、進み続ける。

 ここに来たのは自分の意志だ。

 鉄巨人たちのように操られたからじゃない。

 “リファ”としてここに立ち、そして歩いているのだ。



「親分! トリスから繋ぎが来ました!」

 隠れ家に身を潜め、各地の傭兵たちに繋ぎを送っていたセイルナックの許に部下が駆けつける。

 ブランダルク国境にいる他国の侵攻部隊とそれを迎撃する古代兵器たち――

 現地の傭兵たちにとっても今後の行方を左右する事態を前に、セイルナックたちはその情報網の要として対応に追われていた。

「男爵からか!?」

「いえ、違います! ログ副長の名です!」

「副長!?」

 セイルナックは傭兵から紙を奪い取り、暗号文が記されたそれの解読をしていく。

「龍聖、何と書いてある?」

 やって来たのはカートラッズだ。

 トリスから離れた“蛇剣士”は今後の情勢を睨み、傭兵たちの顔役であるセイルナックと合流したばかりだった。

「……どうやら、ログ副長はご自分の戦いに決着をつけられたようです」

「そうか、生き残ったか。それでトリスの現状は?」

 セイルナックは解読したばかりの文をカートラッズに見せる。

 それを目にしたカートラッズも眉を潜めた。

「ダンナさん、男爵たちはどうなったのですか?」

 カートラッズの後ろにいたテトアが尋ねる。

「……血統書付きも自分の決着をつけに向かったようだ。ただ、トリスは現在、崩壊に近い状態らしい」

「そんな!? 王子様たちは!?」

 カートラッズはテトアに文を押しつけた。

「龍聖、ガルフィルス王の動きは監視しているのか?」

「それはもちろん。急に人の流れが激しくなっているみたいで、おそらく大規模な動きがあると睨んでいたところです。狙いはトリスでしょうね」

 文を読んだテトアが動揺に顔色を変える。

「ええ!? 王子様、いなくなった――」

 カートラッズの拳骨がテトアの頭に落ちる。

「うかつに喋るな! ともかく、今はログ副長が殿下の帰還を信じて孤軍奮闘している状況か」

 副長からの依頼は“最後の騎士”の噂を傭兵たちの情報網を利用して広めて欲しいとの事だった。

 侵攻して来るであろうガルフィルス王を迎え撃つための、最後の抵抗の呼びかけに他ならない。

「副長さんは“最後の騎士”に戻ってガルフィルス王と戦うつもりなんですか?」

 テトアが頭を押さえながら尋ねる。

「そうだとしてもだ。“最後の騎士”の名声をもってしても混乱を極めた現在のブランダルクにどれだけ立ち上がる力があるか……なにより、血統書付きが“竜墜ち”を阻止して王子を帰還させることができなければ――それも無駄に終わる」

 カートラッズは眉間にシワを寄せる。

「副長さんはそれを承知で――」

「おそらく、ガルフィルスとの対決を“最後の騎士”としての自分の幕引きにするつもりでしょう」

 セイルナックが言う。

「ログ副長はブランダルクに復帰する気はないようでした。だから、それを騎士として仕えた祖国に対する最後の奉公にするつもりかもしれません。それが、どのような結末を迎えるとしても――」

「“龍聖”、そっちはどうするつもりだ? 国境での戦いが起きる今こそ傭兵が動く時だ。顔役の貴様がそれを無視するわけにいかんのだろう?」

 セイルナックが肉付きの良い太い腕を組んで考えていたが、やがてカートラッズの顔を窺うように見る。

「すみません、蛇のダンナ。国境での段取りをお願いできませんか?」

 蛇剣士の口の端が笑みに歪む。

「無論、俺も国境で名を売るつもりだった。しかし、別件で頼まれたからには高くつくぞ。向こうも混乱は必至。舵取りは難しい状況だからな」

「仕方ないですね。その舵取りを頼めるほどの傭兵隊長が他にいませんのでね」

 セイルナックがため息をついて苦笑するが、すぐに部下たちに大声で指示を出す。

「各地に飛ばす伝令に追加だ! トリスに正統の王子と“最後の騎士”が集結した! 国王との最後の対決が近いと大々的に触れ回るんだ! 急げ!」

 動き出した傭兵たちにカートラッズは不敵に笑う。

「身体は弛んでも、気骨までは弛んでいないようだな」

「ログ副長には危ないところを助けられてますからね。あの人の“最後の騎士”としての大博打、こっちもありったけ張らせてもらいますよ」

「良かったですね、ダンナさん。これで“竜皇”のオジキさんを説得する材料ができましたね」

 テトアの言葉を聞き、セイルナックが感激の表情でカートラッズの両手を握る。

「ありがとうございます! 師匠の説得の件、忘れてくれてなかったんですね!」

「ええい! うっとうしい! 貴様はまずその弛んだ身体をどうにかしろ!」



 日が地平線に沈み、夜の帳が下りるブランダルクの遠景――

 頂き付近まで来たリファは立ち止まり、じっとそれを眺めていた。

 今は混乱で大変な事態のはずだが、こうして見渡すブランダルクの姿は穏やかで、そして美しく思えた。

(兄ちゃん……頑張ってね。あたしは何も手伝えなかったけど、兄ちゃんならきっとこの国を良い国にできるよ)

 思い出すのはガルフィルスから隠れ続ける逃亡生活の日々だった。

 不自由で辛い時も多かったが、それを支えてくれる優しい人たちも常に傍にいてくれた。

 匿ってくれた村の人たち。

 マリアやリーデ司祭。

 何よりもずっと一緒だった双子の兄ルフィン――

(リーナお姉ちゃんは生まれ変わって戦乙女になったらしいけど、あたしも死んだら戦乙女に生まれ変われないかな。兄ちゃんを独りにするのもやっぱり心配だし、見守るぐらいできないかな……)

 無理なのは分かっている。

 それに古代文明の産物である人造生命体が望むことでもない。

 それでも戦乙女の勇士である“狼犬”は、自分をブランダルクの戦乙女と認めてくれた。

 だから、せめて伝説の神女のように誇り高く、ブランダルクのために消える決意だった。

 風向きが変わった。

 同時に山頂の向こうから巨大な影が現れる。

 “機竜”だ。

 全身を損傷した機械の魔獣はリファの視界を横切るように大空を旋回する。

 最初に目撃した時は小さな影でしかなかった“機竜”の姿が、その全容がはっきりと分かるまでに迫っていた。

 片側しか光っていない“機竜”の眼がこちらを捉えているように見え、心臓を締め付けるような恐怖がリファを襲う。

(とうとう来たんだ――)

 リファはその場に膝をつく。

 もうすぐだ。

 もうすぐ“機竜”は自分を目がけてこの山に落下する。

 “竜墜ち”の時がついに来たのだ。

「……うぅッ」

 喉から込み上げる恐怖を呑み込もうとするが、涙となってその頬から流れ出す。

(泣くな……これでいいんだ……人も建物もない、この辺境なら“竜墜ち”の被害は大きく減らせる……足手まといだったけど、やっと皆のために役立つことができたんだ)

 自分に言いきかせるが、それでも涙を抑えることができない。

(泣くな!)

 リファは最後ぐらい潔くあろうと胸を張って立ち上がった。

 しかし岩肌と闇に囲まれた山頂の只中に独りでいることにあらためて気づく。

「うぅ……あぁ……」

 リファはついに堪えきれなくなり、その場にくずおれて大声で泣き出していた。

 誰にも知られずに独りで死んでいく。

 どうにもできない恐怖をせめて泣くことで受け入れるしかなかった。


「――やっと見つけた」


 だから、その声を聞いた時、リファはすぐ目の前に声の主がいることに気づかなかった。

 自分の涙を袖で拭いてくれた時もすぐに信じることができなかった。

「まったく、こんなところで一人で大泣きしやがって――」

 半信半疑で顔を上げたリファの眼に映ったのは双子の兄ルフィンの姿だった。

「に……に、兄ちゃんなの!?」

「他に誰がいる」

 リファは動転のあまり、思わずルフィンの足を触っていた。

「化けて出たわけじゃないさ。神馬に連れてきてもらった」

 リファは呆然とするが、やがて思い出したように大声で怒鳴った。

「バ……バカ! 兄ちゃんのバカッ!! 何で兄ちゃんがここに来たんだよ!」

「助けに来たからに決まってるだろ!」

 不意に怒鳴られたルフィンも言い返す。

「助けに来てなんて言ってない!」

「だったら何で大声で泣いてたんだよ! 怖かったんだろ!」

「あたしはブランダルクの戦乙女だし! ぜんぜん平気だし!」

「どこが戦乙女だ! 十二になるまで一人で寝られなかった奴が平気なわけないだろ!」

 双子は大声で言い合うが、やがてルフィンがリファの腕を掴んだ。

「喧嘩は後だ。とにかく逃げるぞ! “機竜”の餌になんかなるな!」

 リファの腕を引っ張ってルフィンが先を走る。

「どうするの、兄ちゃん!?」

 ルフィンが指笛を吹いた。

「神馬がまだいてくれたら逃げられる! 諦めるな!」

 しかし、ルフィンが呼びかけを繰り返すも神馬がそれに応えることはない。

「危ない!」

 リファはルフィンを押し倒し、その上に覆い被さる。

 二人の頭上を何かが通り過ぎた。

 顔を上げた双子が見たのは翼が血に染まった鳥型の魔物だった。

「畜生ッ!!」

 ルフィンが叫ぶ。頼りの綱は断ち切られたようだ。

 それでもリファを逃がそうとルフィンが立ち上がるが、さらに目の前から一体の鉄巨人が近づいて来た。

「兄ちゃん! こいつらはあたしがここを離れないように見張ってるんだよ! 兄ちゃんだけでも逃げて!」

 リファは叫んで離れようとする。

「できるか!」

 引き離そうとしたリファの手をルフィンが強引に掴み直すと、鉄巨人を迂回して走ろうとする。

 しかし、それよりも先に鳥形の魔物が旋回してルフィンを強襲する。

 二人は鳥形の魔物に引き離され、それぞれ地面に倒れる。

「兄ちゃん!?」

 リファは身体を打っただけだが、ルフィンの方は背中を鈎爪で切り裂かれ、血が滲み出ていた。

「兄ちゃん!? しっかりして、兄ちゃん!」

 同時に周囲が影に包まれ、凄まじい風圧が地面に倒れる二人を襲う。

 上空を覆うように再び“機竜”が横切ったのだ。

 もう時間も残っていない。

 リファは残った力で立ち上がると、地面に倒れたルフィンに駆け寄った。

「リファ……大丈夫か?」

「兄ちゃん、あたしのために……ごめんなさい」

 ルフィンが優しく微笑み、リファの頬に手を添える。

「何をバカなこと言ってるんだ……おまえは何も悪くないんだ。全部、おまえに背負わせようとした俺たちが悪かったんだ」

「何で兄ちゃんが謝るんだよ!」

「リファはこのブランダルクの為に生まれてきてくれたんだ……その国の王子の俺がおまえを助けようとしなくて、どうするんだよ」

 ルフィンの目から涙がこぼれる。

「リファ、聞いてくれ。リーデ司祭は――“最後の騎士”と戦って亡くなった」

 あらためて知らされたリーデ司祭の死にリファは動揺するが、それでも何も言わなかった。

 自分を乗せた神馬が消えた時に、その運命をすでに予感していた。

「俺は……あの人の願いに恥じないような王になりたいと思った。御輿として担がれるだけじゃない。誰にも――リファにも胸を張れるような王じゃなきゃ、俺がいる意味はないと思ったんだ」

 ルフィンが唇を噛みしめる。

「……ごめんよ。俺しか助けに来てやれなかったのに……何も、できなかった」

 血の滲む背中を震わせる最愛の兄をリファはそっと抱きしめる。

「いいんだよ……あたしには最後まで兄ちゃんがいてくれた……それだけで、もう十分だよ」

 身を寄せた二人の前に鉄巨人が立ち塞がった。

 双子たちを引き離すため、その鋼の腕を二人に伸ばす。

 互いに庇うように双子たちは抱き合う。

 だが、覚悟を決めた双子たちの目前で巨人の手が止まった。

「……ッ!?」

 地面から一対の鋼の腕が伸び、鉄巨人の両腕を下から掴まえていた。

 驚く双子たちの前で、地面から《グノムス》の姿が迫り上がる。

 鉄巨人の両腕を押し上げながら《グノムス》が双子たちを守るように立ちはだかった。

『――ブランダルクの新たな王と神女の叫び、しかと聞かせてもらった』

 声と共に《グノムス》の胸の装甲が開き、そこから目映い光が鉄巨人に突き刺さるように飛び出す。

 光は鉄巨人を近くの岩肌に叩きつけて破壊すると、空に向かって飛んだ。

 その先にいた鳥の魔物も貫く光に粉砕されて消える。

 光は双子たちが見る前で地面に着地し、やがて人の形となった。

『だけどよ、一つだけ撤回してもらうぜ』

 光が収束し、その中から腕組みする声の主が姿を現す。

『助けに来たぜ、俺たちもよ』

 いつも聞いていた、しかし、いつになく不敵な声――

 それは輝く装甲を纏った“黄金の鎧の勇士”の姿だった。

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