断たれた覇道と絆
聖堂の光景が消え、次にオレフの眼に映ったのは周囲を壁に囲まれた閉鎖空間だった。
頑丈な鋼の扉が一つ。そして天井にある採光窓からの陽光が殺風景な地下空間を照らしている。
「そうか、ここを――」
司祭長が支配した“門番”により転移させられた先。オレフはそこがどこかに気づく。
周囲にはすでに先客がいた。
仮面で顔を隠した戦士たちが待ち構え、彼を包囲する。司祭長に絶対の忠誠を誓う仮面の使徒たちだ。
危険な状況だが、逸る気持ちとは裏腹にオレフは身体が重くなり、その場に膝をつく。
自身の中に残っていた魔力が急速に失われていくのを感じた。
「“機神”を封じるは“聖域”――ならば“機神”の複製を封じるならば模造された“聖域”が一番相応しかろう」
司祭長が告げた。
「覚えておろう。何しろ、そなた自身が設計して造り上げた空間だからな」
当然、オレフは覚えていた。
ここはただ一つの目的のため、彼自身が設計した研究施設の実験場だ。
その目的はここで発見した“原初の特異点”を“闇の特異点”に変える実験――“機神”の複製を作ることだった。
その実験による万が一の暴走を防ぐため、この施設内は魔力が極めて希薄な空間となっている。オレフが“聖域”の構造を模して設計したからだ。
「そなたがどれだけ奥の手を隠しているか分からぬ以上、“機神”の能力そのものを封じるのが一番の得策だからな。まったく残念な事だ。これらを生み出せる才能を潰さねばならぬのだからな」
使徒たちが手にした小剣を一斉にオレフに向ける。それぞれが司祭長の命を果たすために訓練された手練れたちだ。
「わたしも普通の人間に戻るが、そなたも逃げられん。おのれが作り上げたものに追いつめられたのだ。諦めもつこう?」
“機神”の制御装置を持つ者は膨大な魔力を使用することで、身体能力を強化することができた。“機神”を制御できる者を守る自己防衛機能だが、“聖域”と同じ魔力の希薄な空間に入ったことでそれも無効化された形だ。
「早く“機竜”を完全に掌握し、計画を修正せねばならん。それにその黄金の槍を用いて対生成機関を使わせる時間も与えられん。オレフ、何か言い残すことがあれば手短に聞こう」
司祭長が手を挙げると使徒たちが包囲網を狭める。
「……言い残すことはございます」
オレフは自ら《戦乙女の槍》から手を離した。槍が床に落ち、乾いた音が鳴り響く。
「ただし、まだその時ではございません」
オレフが一番近くに立つ使徒に左手を突き出した。
その先から光の刃が伸び、使徒を貫く。
他の使徒たちも戸惑ったが、鋼の忠誠を持つ彼らはすぐに司祭長を守るべく襲いかかる。
使徒を貫いた光刃が消えると、オレフは倒れていく使徒とすれ違いながらその手から剣を奪い取る。そして振り向きざまに背後に立つ新手の使徒の剣を弾く。
オレフは間合いをとりつつ、剣を構えた。
その見事な立ち回りに司祭長の目に警戒の色が浮かぶ。
「どういうことだ? そなたは剣を使えなかったはずだ」
歴戦の戦士のように構えるオレフの姿に、使徒たちも警戒の動きを強くした。
オレフは小剣を右手で構えながら、腰に差す護身用の短剣も左手で引き抜く。
「二刀流、そしてその動き……オレフ、まだ隠しているものがあったか」
司祭長は後ろに下がると使徒たちに迎撃を命じる。
オレフは両手に小剣と短剣を握りしめた。
おのれの裡に封印した神女の魂に突き動かされるまま――
山麓に近い荒野を疾風のごとく駆け抜ける、騎馬の姿があった。
乗っているのはルフィンだ。
双子の妹であるリファを追い、ブランダルクの辺境の地まで神馬に導かれてやって来たのだ。
神馬が速度を落とし始める。
「どうしたんだ?」
神馬はやがて足を止め、そこから動こうとしなくなった。
ルフィンは周囲を見渡す。
山に向かう丘陵が続くだけで他には何も見当たらなかった。
「そうか――リファをここで降ろしたんだな」
神馬はリファを運んだ場所まで案内してくれたらしい。だが、リファがずっとここに留まっているはずもないのだ。
ルフィンは険しい岩肌を見せる山を睨む。
“機竜”を誰もいない場所に誘導しようとしたのなら、リファが行く場所はそこしか考えられなかった。
「あの山の上に連れてってくれるか?」
ルフィンが言うと神馬はそれに応え、山へと足を進める。
その時、上空から獣のような奇声があがった。
見上げたルフィンに向かって巨大な鳥が襲いかかってきた。
機械の羽根を持つ魔物だ。
神馬がルフィンを乗せたまま跳躍して鳥の強襲を避けると、岩の続く斜面を駆け上がる。
鳥型の魔物も旋回すると神馬を追った。
神馬がルフィンを振り落とさないように足場の悪い丘を駆け上がるが、魔物の飛行速度は速く、振り切ることができない。
「うわッ!?」
神馬が急に足を止めた。
その背から振り落とされるルフィンの袖を神馬が器用に口で掴む。そして、乱暴に地面に放り投げた。そこは丁度、岩のかげになる場所だ。
ルフィンを強引に降ろした神馬はあさっての方に走る。
鳥形の魔物は神馬を獲物と定め、そちらの後を追った。
両者の姿がルフィンを残して遠ざかっていく。
「……囮になってくれたのか」
ルフィンは岩かげに隠れながら周囲を見渡す。
よく見れば遙か先に鉄の身体を持つ巨人が立っていた。古代の鉄機兵だろう。
(どうなってるんだ? 何で魔物や鉄機兵がいるんだ?)
“聖域”で古代の遺産が活動することは稀だが、それほどの何かが現在のブランダルクで起きようとしているのかもしれない。
(リファは無事なのか――)
もしリファがここに来ていれば奴らに襲われている恐れもあった。
その時だった。
風の流れが変わり、眼下に広がる遠景の草原に巨大な影が横切るのが見えた。
見上げたルフィンは遥か先の大空を飛来する“機竜”に気づいた。
“機竜”はこの山を大きく迂回するように飛んでいるように見えた。
(リファはやっぱり来ているんだ!)
ルフィンは男爵から“機竜”の習性について教えられていた。
“機竜”は標的とする何かを中心に旋回しており、徐々にその包囲を狭めながら最後に標的に向けて落下するらしい。
つまり、この山に標的――リファがいるのだ。
ルフィンは走った。
寝食の時間も惜しみ、疲労も積み重なっていたが、一刻も早くリファを見つけるために斜面を駆け上がる。
“機竜”がこの近くに姿を見せた以上、落下までの猶予は残されていない。
神馬が離れ、“機竜”から逃げる算段もなくなった。
それでもルフィンは古代兵器たちが彷徨う山を進む。
リファを見捨て、自分だけがブランダルクの王に祭り上げられるわけにはいかない。
飾りだけの王になるために、リファもリーデも自分を助けようとしたわけじゃないのだ。
(そんな王になるぐらいなら、俺がいる意味なんてない! リファ、おまえだけが全てを背負って犠牲になることはないんだ!)
オレフの足許に使徒たちが倒れていた。
司祭長の手足となって動いていた精鋭たちも返り血に染まったオレフには敵わなかった。
オレフは血を浴びた外套を脱ぎ捨てると、残った司祭長の前に進む。
司祭長は逃げなかった。
「……なるほど、その力の正体はだいたい読めた」
追い詰められた状況の中でも司祭長はまだ冷静さを崩さなかった。
「正体さえ読めれば対応する術は見つかるというものだ」
司祭長がオレフの周囲に何かをばらまいた。
それは金属片だったが、すぐにそれは変化して鋼の骸骨に変わる。
「わたしの推測通りなら、これで詰みだ」
オレフを包囲する〈竜牙兵〉たちを前に司祭長が告げる。この“聖域”を模した空間では活動できる時間が限られるはずだが、司祭長は笑みを浮かべた。
「こやつらは普通の刃では倒せん。その左手の光刃を使うしかあるまい」
それを合図にするように〈竜牙兵〉が向かってきた。
オレフは左手の光刃を振るって一体を薙ぎ払う。“光”の刃を受けた〈竜牙兵〉は魔力が瞬時に蒸発して消滅する。
その途端、オレフは表情を変えた。
さらに立て続けに飛びかかる〈竜牙兵〉二体をオレフは瞬く間に斬り伏せる。
しかし、その瞬間、オレフは動きを鈍らせ、思わず膝をついた。
「……やはりな。ブランダルクを騒がせた仮面の女剣士――あの者が宿していた神女の力をそなたが手に入れていたようだな」
ブランダルクの神女についての伝説は司祭長も詳しい。オレフの光刃を見て、その力の正体を見抜いたようだ。
「“機神”だけでなく、神女の力まで手にするとは予想もしていなかった。しかし、それがそなたの命取りだ」
司祭長が勝ちを確信したのか、〈竜牙兵〉を盾にして近づく。
「“機神”の力を手にするが故に、そなたの身体は魔力を必要とする。その身で“光”の力を発揮すれば消耗は普通の者よりも激しいはずだ」
オレフが膝をついたまま司祭長の姿を見上げる。その表情は消耗を隠せないでいた。
「機神、そして神女――どちらも常人には手の届かぬ力だ。そう考えれば、これほどの宝の持ち腐れもないな」
オレフは力を失った身体で立ち上がろうとするが、その周囲を〈竜牙兵〉が取り囲み腕の刃を向けた。
この〈竜牙兵〉は司祭長が持つ“機竜”の制御装置で操られている。力を封じられたオレフにはもはや支配することもできなかった。
「……やはり、貴方は恐ろしいお方だ」
「極めて優秀な科学者からいろいろと学ばせてもらったからな。感謝しているよ」
司祭長は自ら腰から湾曲の刀を抜いた。
「せめてこの手で葬ろう。今度こそ言い残す事があれば聞こう」
「ならば、お伝えしておく事がございます」
「何だ?」
「貴方の慧眼は素晴らしいものです。わたしが何より敬意を示すのはそれです――ですが、一つだけ見誤ったことがございます」
オレフの目が司祭長の右手首にはめられた銀の腕輪に向けられる。
「『我が腕輪を持つ者を止めよ』!」
オレフが叫ぶ。
その瞬間、〈竜牙兵〉たちが振り向き、司祭長の身体に刃を突き刺す。
何が起きたのか理解できない司祭長の目が驚愕に見開かれ、その口から血がこぼれた。
そして自ら後ろに退いて刃から逃れると、その場に崩れ落ちる。
「……なぜ……だ?」
致命の一撃を受け、苦しい息のなか、司祭長がオレフに問う。
立ち上がったオレフは〈竜牙兵〉の間を割り、倒れた司祭長の前に跪いた。
「貴方が掌握する“機竜”の制御装置は登録した者しか操作できない。そして、わたしが離反した時にわたしの命令や権限は全て消去されたはずです」
「……確かに……全て消した……はずだ」
「もう一人、消しておくべき命令があったのです。この命令は密かに入力され、貴方にも見えないように隠されていました」
司祭長が気づき、その目が戸惑いに揺れる。
「そうです。貴方は一度だけ、娘であるあの方を招き、その制御装置にお嬢様の権限を入力されています。万が一、自分に何かあった時に備え、お嬢様に“機竜”を操る権限を財産として遺しておかれました。お嬢様はその後、わたしに相談され、今の命令を入力されていたのです。貴方を止めるために――」
司祭長が右腕の腕輪に目を向ける。
「あの子が……」
「あの方は貴方が自分の生活を破壊してしまうのではと、何よりも恐れていました。そのため、その腕輪を持つ者をいつでも襲撃できる隠された命令を保留し、わたしにその発動する言葉を伝えたのです」
「娘も……わたしを裏切っていたというのか」
司祭長が自嘲するように目を閉じる。
「貴方が立ち上がった動機の一つに、お嬢様がフィルディング一族の道具として苦しめられていることにあったのは承知しています……ですが、お嬢様はそれでも望まなかったのです。現在の境遇が辛いものであろうと、自分が愛し、自分を愛してくれる者と一緒にいられる生活をお選びになりました」
「そうか……愛した女を捨てた……実の父よりも……自ら愛した者との苦境を……選ぶか……」
司祭長の口が哄笑の形に変わる。
「そうだったか……愛した女を捨てた男が……いまさら娘のためを想おうが……愚かな男の独りよがりな……行いにしか、みえ……ぬか」
「あの方にこの顛末はお伝えするつもりはありません。このような結末をあの方も決して望んでいた訳ではありませんでした。それに、わたしもそれができないかも知れません」
司祭長の瞳がオレフを捉えた。
「……どうする……つもり……だ……」
「わたしにとって最後になるだろう実験が待っています。それが終わった時、貴方への裏切りをこの命をもって清算するつもりです」
オレフは答えたが、司祭長から言葉が返ることはなかった。
オレフは自らの手で司祭長の目を閉じると、黙祷して立ち上がる。
司祭長がフィルディングの頂点に立てば“聖域”を導く偉大な支配者となっただろう。オレフもその可能性を信じ、一度は忠誠を誓ったのだ。
(貴方の下で科学者として生きることも悪くなかった……それは今も変わってはいません)
だが、オレフは自らの目的を叶える道を選び、その覇道を断ち切ってしまった。
司祭長の亡骸から離れると、床に転がる《戦乙女の槍》を拾い上がる。
(古の戦乙女が身を変えたという“槍”よ。もうじき、御身を本来の持ち主にお返しする)




