支配を巡る激突
司祭長のお膝元であるムンドガル大神殿には多くの者たちが集まっていた。
安全を求めて避難する者――
ブランダルクの未来を祈る者――
神に救済を求める者――
様々な願いを抱え、人々が聖堂の床を埋めている。
異変に怯える者たちの悲嘆が漂う中、聖堂の扉が開いた。
そこから現れたのは一人の青年。その手には黄金の斧槍を握っていた。
周囲の視線が集まる中、青年は祈りを捧げる人垣を割って聖堂の奥へと踏み込んでいく。
警備をしていた僧兵たちが人々を退かせ、青年を取り囲んだ。
「止まれ。武器から手を離せ!」
僧兵たちが不審者である青年に槍を向ける。
その途端、僧兵たちが見えない力に弾かれて吹き飛ばされた。
人々は悲鳴を上げ、そこから逃げ出す。
やがて聖堂には青年だけが取り残された。
青年――オレフは見上げる。
「来たな」
聖堂内を見渡せる上階の祭壇席に司祭長ウルシュガルの姿があった。
「わたしを倒しに来たか」
司祭長の声がオレフと二人だけになった聖堂に響き渡る。
オレフは答えない。だが、その視線はすでに戦いを前にした緊張をはらんでいた。
「そなたの叛意を読むことができなかった我が目は曇っていたということか」
司祭長が言った。その言葉は二人だけとなった聖堂内に静かに響く。
「もう一度だけ訊ねよう。わたしを退け、何を望む?」
「自身の宿願の為――全てはそれだけの為です」
オレフは答えた。
彼の双眸を睨んでいた司祭長の目が閉じられ、小さく吐息が漏れる。
「そうか。そなたはいままで良く仕えてくれた。その事には礼を言おう。そして、これから司祭長たるわたしがそなたの試練となろう。見事、乗り越えてみせよ。ただし、乗り越えたところで何の祝福もないがな」
「もとより覚悟の上――」
祭壇席を囲む手すりが砕け、二人の間に見えない力が衝突した。
それを貫くようにオレフは黄金の槍を投げつける。
矢のように放たれた槍が司祭長を狙うが間一髪、避けられ、狙いを外した槍は天井近くの壁に突き刺さった。
天井から二つの小型球体が落下する。
球体は機械人形に変化しながらオレフの近くに着地し、一斉に襲いかかった。
オレフは手をかざして目の前の一体を吹き飛ばすと、横から迫った人形も自分の能力で司祭長から支配を奪ってその動きを止める。
だが、その隙を突くように新手の人形が出現し、オレフの背後に迫っていた。
避けきれない動きだったが、オレフの背中の外套が内側から破れた。
そこから現れた鋼のツタが人形を薙ぎ払って吹き飛ばす。さらに瞬時に伸びて壁に突き刺さっていた《戦乙女の槍》に絡み付く。
その間に司祭長がオレフの頭上から躍りかかっていた。
オレフは槍を回収したツタを引き寄せて、そのまま司祭長を狙って薙ぎ払う。
司祭長も衝撃波を放ってその反動で槍を避けた。そのままオレフの前に着地する。
「……なるほど、それが奥の手の一つか」
同じ床に立った司祭長がオレフの背中から伸びる鋼のツタを睨む。
「やはり簡単にはいかんようだな」
オレフの行く手を阻むように新手の人形が三体、姿を見せた。
人形の腕から針のような刃が伸びる。
オレフも背中のツタを操って黄金の槍を手で掴むと、司祭長が使役する暗殺用古代人形と対峙する。
やはり司祭長も迎え撃つ準備はしていたようだ。
オレフなら人形を支配し返すことは容易だが、そうすれば隙を突いて隠してある別の人形を繰り出すつもりだ。
周囲を感知しようとするが司祭長に妨害され、どれだけ機械の伏兵がいるのか分からない。 オレフも慎重にならざるを得なかった。
司祭長がほくそ笑む。
「そなたはこちらにはない疑似“機神”能力を持つからな。その分、地の利は存分に活かさせてもらうぞ」
「久しぶりだな。こうして普通に立って景色を眺めるのはよ」
ブランダルクの国境付近に連なる山岳地帯。それを一望できる小高い丘の上にマークルフは立っていた。
「マークルフ様、お身体の具合はどうですか?」
交互に足を伸ばして身体をほぐす彼の傍にリーナが立つ。
二人の後ろには《グノムス》も控えていた。
マークルフたちは治療の進んだ身体の具合を確かめるのも兼ねて、地上に休憩に出ていたのだ。
「……ああ。こうして自分の力だけで身体を動かせるのはありがたい気分だ」
マークルフは自分の眼前に向けた両手をゆっくりと動かす。
「しかし、まだ身体が重いな。すぐに息も切れる」
「しばらく動けなかったのだからな。訓練もなしでそこまで動けるようになる方が普通ではないぞい」
答えたのは《グノムス》の肩に乗っていたダロムだ。
「そりゃ、そうだけどな。しかし、最後まで戦えるだけの身体に戻さねえとな」
戦うべき相手は“機竜”――そして、オレフも来ると考えねばならない。そうなれば、どれほどの激闘になるかは予想もできなかった。
「それは安心せい。戦いが始まるまでには体力まで完全に元通りになる。後はそちらの健闘次第じゃがな」
「やれやれ、ありがたい声援だぜ。しかし、その前にルフィンとリファも捜さないといけねえ」
「リファちゃんは私たちが向かう場所にいるのは間違いないのですよね?」
リーナがダロムに尋ねる。
「うむ。エルマの姐さんが予想する“機竜”の到達地点はあの山岳地帯の向こう。その“機竜”を誘導している〈ガラテア〉の王女もその近くに移動していると考えるべきじゃろう」
「ルフィン君も神馬を駆ってリファちゃんを追っているはず。二人ともそこにいるのですね」
マークルフは山岳地帯を見渡す。
“機竜”の姿はここからは見えないが、確実に到来するだろう。
その前に双子たちを見つけなければならないが、ある程度の地域は絞れても実際に捜すには範囲がまだ広すぎた。
「その時はグーの字、おまえが頼りだ。リファを見つけてくれよ」
マークルフがリファたちと一緒に行動していた時、そのことを知ったエルマがリファの居場所を突き止める方法を見つけていた。
“機竜”や《アルゴ=アバス》の肩当て、マークルフの“心臓”など魔力ジェネレータはその魔力を求めてリファに反応する。
リファの正体と“機竜”の挙動からその事に気づいたエルマはそれを利用し、リファを見つけるために《グノムス》を利用した。
鉄機兵である《グノムス》のジェネレータが本来魔力駆動であることを知っていたエルマは、そのジェネレータを機体から独立させて魔力駆動で動かし、その反応を計算してリファの居場所を突き止めたのだという。
今回もそれを利用してリファを見つけるつもりだ。リファを見つければ彼女を追っているルフィンも捜しやすくなるはずだ。
「しかし、妖精のジイさん。エルマがやった計算をあんたがするのか?」
「いや、ワシでも到底、姐さんの真似は無理じゃ。代わりにグーの字が計算の仕方を頭に叩き込まれておるそうだから、それは何とかなるじゃろう」
ダロムが地面に飛び降りた。
「むしろ心配なのはオレフとやらが何を仕掛けるかじゃな。あの姐さんが天才と認める奴が何を企んでおるのか、想像もつかんわい」
「心配したところで仕方ねえ。来た時に考えるさ。それに――」
マークルフは上半身を回して背中をほぐす。
「司祭長と決着つけるような事を言ってたしな。あの司祭長も一筋縄ではいかねえ相手だ。あの二人が潰しあってくれるなら、こちらとしては大助かりだがな」
「おぬしももうちょっと英雄らしい台詞は吐けんのか? 以前にその二人にまんまと捕まったんじゃろ? 借りを返してやるとか言ってみたらどうじゃ?」
「堅いこと言うなよ。借りを返す機会があればきっちり返す。ただ、向こうで同士討ちしてくれるんなら、それはそれで大歓迎なだけさ」
無言で肩を落とす老妖精を見て、リーナが微笑む。
「心配しないでください。マークルフ様が軽口を言う時はそれだけ戦う気力が湧いてきたということですわ」
その時、上空を影がよぎった。
見上げたマークルフの前を横切ったのは古代の人型兵器たちだ。
数は三体。それぞれが石のような身体を持つ魔物型の像で、機械仕掛けの蝙蝠の羽根を羽ばたかせ、山岳地帯に向かって飛んでいた。
「マークルフ様、あれは――」
「国境付近の他国部隊を迎撃するための兵器だろう。動かしているのは司祭長か、オレフか……どちらにしろ甘い考えはしてられねえか」
司祭長とオレフが相反する事態でも機械群は妨害されることなく活動している。少なくとも機械群で他国部隊を迎撃することについては両者は同じ考えなのだ。
つまり、あの二人のどちらが勝つとしてもこの機械群の活動は止められないということだ。
古代兵器を見つめるリーナの表情が沈鬱なものになる。
“機神”が操る古代兵器が故国で暴れるのを目の当たりにしている彼女にとって、相手が侵略部隊といえども人々が犠牲になるのは辛いのだろう。
「見ていても仕方ねえ」
マークルフは動く石像たちを一瞥すると背を向けた。
リーナが振り向き、彼の背を見る。
「リーナ、いま傭兵たちが国境付近に向かっている。そいつらが犠牲を減らしてくれるはずだ。もちろん、ブランダルクにも侵攻はさせんさ。俺たちは一刻も早く“機竜”とオレフを止めることだけ考えればいい」
「勇士よ、傭兵どもを差し向けて、どうするつもりじゃ?」
ダロムが尋ねる。
「差し向けたわけじゃねえさ。あいつらに儲けになりそうな話を教えてやっただけだ」
「わざわざ危険な場所に首を突っ込んで儲け話になるのか?」
「世間が不穏であるほど傭兵とその需要は生まれるもんさ。国の事はその国の者に任せるべきだが、傭兵は雇われればいつでもその国の当事者になるんだぜ」
マークルフは不敵に笑って見せた。
「よく分からんが、ワシも傭兵稼業に首を突っ込むつもりはない。では行くか」
「そういうことだ。行くぞ」
マークルフはリーナの方に顔を向けた。
その不敵な笑みが少しだけ穏やかなものに変わる。
「……はい」
リーナもそれに合わせるように静かな笑みを浮かべるのだった。
機械人形の攻撃をオレフは避けた。
さらに別の機械人形たちが金属音を響かせながら迫る。
オレフを包囲する機械人形の数はさらに増え、五体が彼を狙っていた。
オレフは跳躍して包囲を抜けると離れた場所に着地する。
「――ッ!?」
近くの柱に埋め込まれた聖人像が倒れ、その下から伸びた機械人形の腕が彼の足首を捕まえた。
動きを抑えられたオレフに向かって他の人形たちが一斉に飛びかかる。
オレフは両手をかざして衝撃波を放ち、人形たちを吹き飛ばすが、その隙を突くように背後の絵画が破れた。そこから新手の機械人形が飛びかかる。
オレフの足首を摑む機械人形を支配して動きを止めると、そのまま足を振り上げた。
足首を掴む機械人形と新手の人形がぶつかり、両者とも払い飛ばされる。
「隙ありだ!」
司祭長が手をかざして衝撃波を放つ。
オレフも咄嗟に衝撃波を放つが相殺しきれず、余波で壁に叩き付けられた。
壁を覆っていた壁掛けがめくれ、そこから現れた二体の人形がオレフの両腕を掴む。
動きを止められたオレフの前に司祭長が飛びかかり、衝撃波を至近距離から叩き付けようとする。
オレフは両腕を捕らえる機械人形を支配すると、迫り来る司祭長に腕の刃で攻撃を命じた。 しかし、司祭長の外衣から機械球が飛び出し、人形へと姿を変えた。人形はオレフ側の二体の攻撃を受け止め、司祭長を守る。
オレフの前に司祭長が両掌をかざした。
「これは逃げられまい!」
司祭長の両掌から放たれた至近距離からの衝撃波がオレフごと壁を穿った。
壁に亀裂が走り、轟音が聖堂内に響き渡る。
「手応えはあった」
司祭長の目の前で自重に耐えきれなくなった壁が崩壊し、瓦礫が崩れ落ちる。
「……これを耐えたか」
瓦礫の中からオレフは身を翻すと、司祭長の頭上を越えて後ろに着地した。
「身を守る術はあるということか。しかし、平気という訳ではなさそうだな」
オレフの手足に鋼のツタが絡んでいたが、それが静かに袖の下に隠れる。
(さすがは司祭長……出し惜しみはできないか)
オレフは痛む足で立ち上がった。
その周囲を機械人形たちが包囲する。
「オレフよ。この暗殺用機械人形とは便利よな。場所を選ばす潜ませることができるのだからな」
司祭長が挑発するように笑う。
機械人形の数は増えたが、認識できるなら数に関係なく支配を奪える。問題は司祭長がどれだけ伏兵を潜ませているかだ。
司祭長側の妨害で機械人形たちの居場所を探知できない。これ以上数で押されると伏兵に対応できなくなり不覚を取るのも時間の問題だ。
司祭長が手をかざし、それを合図に機械人形たちが一斉に飛びかかる。
(次はどう出る?)
オレフは衝撃波を放って機械人形の半数は弾き返すと、残り半数を自分の支配下に置いた。
同時に四方から矢が飛来する。
オレフの支配する機械人形たちが盾となって矢を防ぐと、オレフは二階部分を見渡す。
四方の隅で神殿の僧兵たちがオレフに向けて弓を構えていた。
(やはり、生身の伏兵を出してきたか)
オレフと司祭長は同じ能力を持つため、機械の伏兵はオレフに掌握される危険も伴う。
司祭長なら自分だけの手駒を用意しないはずはないのだ。
オレフは先に僧兵たちを撃退しようと右隅の僧兵に狙いを定める。
その時、自分が支配する機械人形の隙間から何かがこぼれ落ち、瞬く間に鋼の骸骨へと変わった。
(竜牙兵――!?)
骸骨の腕から鋭い針が伸びてオレフを狙う。
伏兵の中にさらに仕込まれていた伏兵の攻撃だったが、オレフは反射的に躱していた。その動きは熟練の戦士のそれであり、針を避けたオレフは床に倒れながらも〈竜牙兵〉に衝撃波を放って粉砕する。
司祭長の顔に驚きの表情が浮かぶ。
武芸の心得のないオレフには今の攻撃は避けられないと確信していたのだろう。
それでも司祭長は手を休めず、全ての機械人形を再び掌握すると床に倒れたオレフを襲わせる。さらに追い打ちで僧兵たちも矢を撃つ。
避けきれないと判断したオレフを中心に、床に巨大な魔法陣が出現した。
「――これは!?」
司祭長が後ろに跳躍し、足許に迫った魔法陣から逃れる。
オレフに狙う機械人形と放たれた矢が瞬時に消えた。
同時にオレフの放った衝撃波が四方に配置された僧兵たちを吹き飛ばす。
司祭長の手駒を片づけたオレフが無言で立ち上がった。
取り残された司祭長が消える魔法陣を見る。
「……なるほどな。〈門番〉を使って機械人形たちをどこかに跳ばしたか」
だが、手駒を奪われたはずの司祭長が不敵に笑いながら指を鳴らした。
聖堂の窓を突き破り、大柄な何かがオレフの前に着地する。
それは牛の頭を持ち、機械の肩当てと手斧を持つ人型の魔物だ。
「やれ!」
司祭長の命令を受け、魔物が斧を手に襲いかかった。
オレフは魔物の支配を試みるが、やはり司祭長側に妨害される。
眼前に振り下ろされる斧をオレフは飛び退いて避けた。
魔物も避けるオレフを追って重い斧を投げつける。
着地してオレフに風を切って斧が迫るが、身をよじって躱した。しかし、魔物の肩当てが光り、斧が旋回して再び狙う。
(誘導型!)
機械の肩当てが斧の軌道を制御する武器と見抜いたオレフは間一髪で斧を避けた。
狙いを外した斧は背後の柱に突き刺さって動きを止めたが、その間にも魔物が頭部の角を向けながら突進して来た。
躱しきれないと判断したオレフは正面から衝撃波を放ち、突進を止めようとする。
「頑強な魔物はこういう使い道もあるぞ!」
魔物の背後で司祭長も同じく衝撃波を放った。
司祭長の衝撃波を背に受けた魔物はオレフの衝撃波を耐え、弾き返されることなくそのまま体当たりする。
「グッ!?」
オレフは魔物の角だけは避けたが、巨体に撥ねられて聖堂の壁に叩き付けられた。
「まだだ! 奴は身体を何かで守っている! 動きを止めろ!」
オレフは床にくずおれるが、司祭長は警戒を緩めることなく魔物に命令する。
近づいた魔物はオレフの首を掴んで彼の身体を持ち上げた。
オレフの首に鋼のツタが巻き付く。それで首をへし折ろうとうする魔物の握力に抗うが身動きがとれない。
その間に司祭長が柱に刺さっていた魔物の斧を引き抜く。
「さあ、これは止められるか?」
司祭長が強化した腕力で斧を投げつける。
斧に狙われたオレフは司祭長に左腕を伸ばした。その袖から矢のように放たれた鋼のツタが司祭長の肩口を切り裂く。
司祭長の支配力が緩んだ。その隙にオレフは全ての意志力を注ぎ込んで魔物を支配した。
斧はオレフの目前で軌道を変え、魔物の首に突き刺さる。
オレフに支配された魔物は悲鳴を上げることなく、首筋から血を噴き出して床に倒れた。
解放されたオレフも床に落ちて膝をつくが、すぐに司祭長を警戒する。
肩から血を流した司祭長はまたしても不敵に笑っていた。
「ここまでしても倒せぬか。しかし、こちらの手札はまだ残っているぞ」
二人の足許に魔法陣が出現した。
「聖堂をこれ以上、血で染める訳にもいかん。場所を移そう。そなたを葬るための舞台、実は別に用意してある」
オレフは気づく。
自分が魔物の支配に集中する間に、司祭長も〈門番〉を掌握して命令をしていたのだ。
おそらく、こちらが〈門番〉を使ってくることまで見越しての罠だ。
エルマの時の二の舞になり、おのれの迂闊さにオレフは歯噛みする。
それに対するように司祭長がほくそ笑む。
魔法陣が消え、二人の姿も消えた。
残された神像のみが祈る者のいなくなった聖堂を見おろしていた。




