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立ち向かうその背に託して

「……じいじ、いったいどうなったの?」

 拾ってきた子猫と共に《グノムス》の内部にいたプリムが言った。

 周囲が魔力の光に包まれ、いままで感じていた振動が不自然に収まったいた。それが逆に何かが起こっていることを示していた。

「プリム、落ちつくんじゃ。落ちついてここで待つんじゃ」

 ダロムが非常警戒を告げるモニターを睨んでいた。

 内部は完全に外部情報と隔離されている。振動が止まったのも隠されていた機能が発動し、《グノムス》がどのような動きをしようとも内部重力だけは一定に保つように働いているからだ。

(グーの字、頼むぞい。いま勇士たちをここで失うわけにはいかんのだ)



「何なんだ……あれは?」

 変貌を遂げた《グノムス》を目の当たりにして、マークルフは唖然とする。

『私にも……いったい、グーちゃんに何が──』

 それは同調しているリーナも同じで、彼女の動揺が手に取るように感じられた。

 《グノムス》の装甲の隙間が紅く輝く。

 空の“機竜”に狙いを定めた両上腕部を中心に真紅の円環が浮かび上がった。

「伏せろッ!」

 “鎧”のセンサーが高圧縮の魔力を捉え、マークルフはその場にいる者たちに叫ぶ。

 円環が収縮し、次の瞬間、両腕から光線が射出された。

 マークルフたちを風圧が通り過ぎる。

 《グノムス》の放った光線は空間を薙ぎ、“機竜”の胴体を斬る。一瞬遅れて爆発が生じ、“機竜”が悲鳴にも似た咆哮をあげた。

「……何て威力だ。本当にあいつ、グーの字なのかよ」

 爆発の煙の中から“機竜”が這い出る。

 命中箇所は黒く焦げ、一部は内部機構にまで及んでいる。

 怖ろしいまでの破壊力だ。“機竜”と“機神”を除けば、これほどの破壊力を持つ兵器をマークルフは見たことがなかった。

 戸惑っていた“機竜”が口腔を《グノムス》に向ける。

「隠れろ!!」

 マークルフが叫ぶと同時に、“機竜”も光線を吐き出した。

 光線は《グノムス》を直撃し、周囲の地形もろとも閃光に呑み込み、爆風が周囲の者たちを襲った。

 地面を砕き、周囲の建物も巻き添えにした破壊は地上を粉塵で覆った。

 やがて粉塵の隙間から、マークルフの姿が現れる。

「……無事か?」

 マークルフは左手の手甲部分から光の盾を展開し、自らの身と背後にいるエレナたちを衝撃から守っていた。

 エレナは呆然としていたが、護衛騎士たちが庇っていたこともあり、無事なようだ。

 エルマの方もオレフが前に立って庇っていた。

 マークルフは《グノムス》の姿を確認するが、砕けて地層が剥き出しになった地面に巨人の姿は確認できない。

 “機竜”が再び顎を開く。

 その口に今度はより高密度の魔力が集まり始めた。

 先ほどのは足止め代わりの威嚇に過ぎない。次の一撃で確実に仕留める気だ。

 もし、あれが放たれたら、トリスの一角は間違いなく壊滅する。

 地上を舞う粉塵が吹き飛んだ。

 地上から放たれた光線が粉塵を吹き飛ばし、再び“機竜”を薙ぐ。

 “機竜”が再び吼えた。マークルフとの戦いで損傷していた箇所に命中し、古傷をえぐられた機械の竜が火花を散らしながら空をのたうち回る。

 “機竜”は砲撃を中断し、その場から離脱を始めた。

 崩壊した地面が盛り上がり、埋もれていた《グノムス》が土砂の中から立ち上がる。

 その全身が赤熱し、空気を焼いていたが、攻撃には耐え抜いており、損傷箇所は見当たらなかった。

 旋回していた“機竜”が軌道を変え、その姿が小さくなり始める。

 《グノムス》が離脱する“機竜”に両腕を向け、追撃の構えを見せた。

「そこまでだ!」

 オレフの声がした。

 途端に《グノムス》の全身から真紅の光が消える。

 自ら片膝をついた《グノムス》は内部の駆動音も消え、完全に機能停止に陥っていた。

『グーちゃん!?』

「てめえ! グーの字に何をしやがった!?」

 マークルフは詰め寄ろうとするが、その前にオレフが後ろに飛び退き、距離をとる。

「“機竜”をこれ以上破壊されるわけにいかない。俺が支配を試みたが、その前に緊急停止されてしまった。“機神”に支配されそうになった場合の安全装置があったようだ」

 マークルフとオレフは睨み合いを続ける。

「──で、“機竜”はどうなったんだ?」

 オレフは遠ざかる“機竜”を一瞥する。

「その鉄機兵の出現で、司祭長も“機竜”をここに留めるのは諦めたようだ。向こうも鉄機兵の支配を考えたようだが、その隙に俺に“機竜”を支配されるのを怖れたのだろう」

「でも追い払っただけ。また、来るわ」

 二人の間に割って入ったエルマが言った。

「ああ。だから、その前に俺が司祭長を止める」

 オレフが告げると、その背後に彼の従える“門番”が現れた。

「司祭長も俺との決着を優先したようだ。それまでは“機竜”は誰の支配も受けない状態が続く。いままで通り〈ガラテア〉の娘を追っていくだろう──ユールヴィング男爵、そしてエルマ。全ての決着をつけるつもりなら“機竜”を追って来るがいい」

「そこに来れば、司祭長に勝ったあんたが待っているわけ?」

 エルマが訊ねると、オレフはうなずく。

「そうだ。この槍はその時までの約束として預からせてもらう」

 オレフの足許に魔法陣が展開する。

「そして、エルマ。一つだけ言っておく。例え君が研究を放棄したとしても、いずれは他の誰かが行き着く。ならば、もう一度、君自身が拾い直すべきだ」

「……うちに何をしろというの?」

「答えはない。だが、君にはそれだけの責任がある」

 エルマはオレフの視線を受け止めながら、うなずく。

「回りくどいわね。いいわ。どうせ、追うつもりだったしね」

「待っている。次に会う時が俺たちの決戦の時だ」

 魔法陣が消え、オレフと“門番”の姿も消えた。

 同時にマークルフの身体に浮かぶ真紅の紋章が消える。包んでいた“鎧”が光の粒子となり、収束してリーナに戻った。

「ちゃんと御膳立てはしてくれるわけか」

 マークルフの膝が崩れ、リーナが慌てて支える。

 “機竜”は再び、リファを追った。そのリファを救出し、“機竜”とオレフを倒す。

 ようやく、決戦の時が見えてきたのだ。

 エルマはオレフの消えた跡を見つめていたが、やがてマークルフたちの方に向き直る。

「無茶されますね。治療を中断した状態で暴れたら反動がきついですよ」

「そう言うな……助けに来てやったんだぜ。グーの字に見せ場はとられちまったがな」

 マークルフは顔をしかめて、その場にしゃがみ込む。

 なまじ身体が治ってきたため、無茶をしたツケが全身の痛みとなって現れていたが、それよりも気になったのはエレナの姿だ。

 目の前でエレナが地面にくずおれていた。

 そのドレスが汚れるのも構わず、打ちのめされたかのように、いつもの気丈さが消え失せていた。

「……うぁ」

 エレナの目から涙がこぼれ落ちていた。

「うぁあああああぁあーーッ」

 エレナが両手で顔を隠しながら泣きわめく。おののく姿は一族の尊厳を背負っていた気概を消し飛ばしていた。その様は過酷な地に取り残され、怯える一人の娘でしかなかった。

「……何があった?」

 指の間から漏れ出る号泣が、妙にマークルフの胸を締め付ける。

「信じていた使命に裏切られた気持ちなんでしょうね」

 エルマが地上で起こった一連のやりとりを説明した。

 一人、危険な地に赴き、司祭長とオレフの力を封印するという役目を一度は果たしながら、一族に裏切られるような形で全てが無駄になり、無惨にも相手に屈したことを──

 エレナの周りに騎士たちが集まる。だが、誰も声をかけることができず、その姿を周囲から隠すことしかできなかった。

「お気持ち、分かるような気がします」

 リーナもその姿に顔を背けながらつぶやく。

「自分が信じていたものを見失った時ほど、辛いものはありませんわ」

「……そうかもな」

 マークルフはいまのエレナの姿に昔の自分を見たような気がした。

 祖父ルーヴェンが亡くなり、自分一人が取り残された時だ。

 祖父はマークルフの誇りだった。それが目の前からいなくなった時、自分一人でどうすればよいのか途方に暮れるしかなかった。

 それでも、自分には“戦乙女の狼犬”という名が残っていた。それを継ぐことで自分は祖父の誇りを受け継ぎ、自らの誇りにした。

 しかし、いまのエレナには何も残っていないのだろう。

「リーナ、肩を貸してくれるか」

 マークルフが言うとリーナもうなずき、一緒に立ち上がる。

「男爵、手を貸しましょうか?」

「いや、俺たちだけで話をさせてくれ」

 エルマの手助けを断り、マークルフとリーナはエレナたちの前に歩く。

「貴様、何を──」

 騎士たちが止めようとするが、負傷した身体を押してやって来るマークルフたちを無理に阻もうとはしなかった。

 マークルフたちが目の前に立つのに気づき、エレナが泣くのを止める。しかし、その肩や喉は嗚咽に震え、こちらに顔を上げようともしない。

「司祭長にしてやられたらしいな」

「……」

 一族を守る使命を背負い、毅然と接してきた彼女が天敵たる“狼犬”を前にしても打ちひしがれたままだ。それだけ、いまの彼女は傷心しきっているのだ。

「仕方ねえ。相手はそれだけ手強かったってことだ」

 エレナは手を降ろしたが、うつむいたままの姿に生気はなかった。

「……何をしに来た?」

 エレナがようやく口を開いた。

「俺たちは“機竜”を追う。そこでオレフと決着をつける予定だ。少なくとも俺やあんたの戦いはそれで一区切りつくはずだ」

 エレナは顔を上げなかった。

「……俺はな、フィルディング一族の連中なんてロクでもない奴らばかりと思っているし、“機神”と一緒に滅びてしまった方がせいせいするとも思ってる」

 エレナは答えない。いつもの彼女なら一族を愚弄する言葉を聞けばすぐに反発するはずだが、もうその気力すらないのだろう。

「でもよ、少なくともあんたは一族の中では最も誇り高い奴だとも思ってる。俺だって使命と誇りを守ろうとする奴には敬意を表する。それがフィルディング一族だとしてもな」

「……何が言いたい?」

「あんたは良くやった、とだけな。少し休みな。できれば一族なんて見切りをつけて出て行ったほうがいいぜ」

 マークルフはそう言うとリーナに顔を向け、共に立ち去ろうとする。

「……慰めのつもりか」

 その背にエレナが声をかける。

「天敵は慰めなんて言わねえよ。天敵たる“狼犬”しか言わねえ、褒め言葉とでも思ってくれ。それも気にくわねえなら、忘れてくれて結構だ」

 マークルフはそれだけ告げると、《グノムス》の方を見た。

 いつの間にか、ダロムとプリムが《グノムス》の足許に立っていた。ついでにどこから迷い込んだのか、一匹の子猫もいる。

「じいじ、グーちゃん、どうなったの!? こわれちゃったの? 直せるの?」

 停止した《グノムス》の前でプリムがダロムに詰め寄る。

「慌てるな。じきに再起動する。心配は無用じゃ」

 ダロムが答えると、プリムに笑顔が戻り、隣にいる子猫に微笑みかける。

 そのやり取りを見ながら、マークルフはため息をつく。

「グーの字の野郎め。あんな力を隠してやがったとはな。エルマ、知ってたのか?」

 近くに立ったエルマが答える。

「はい。先の戦いで修理を試みた時に気づきました。グノムスは霊力を動力源にするため動力機関を換装し、本来の出力を制限しているんです。魔力で起動したあの姿こそ、鉄機兵としてのグノムス本来の姿なんです」

「グーちゃんに隠された姿があったなんて、私も知りませんでした」

 リーナの声にも戸惑いが感じられた。

「エンシア王族最後の生き残りを守る護衛機ですから当然、それだけの兵器であったわけです。もっとも、魔力で駆動すると“機神”に支配される危険があるので、その兵器としての役目は封印されていたようです」

「つまり、オレフたちが復活した以上、もうその力には頼れないということか」

「強力ですが、支配されては元も子もないですからね。いまのように特殊な状況と危機でなければ、グノムスもその力を使用するつもりはなかったのでしょうね」

 マークルフは苦笑した。

「しかし、俺にまで黙ってやがったのは人が悪いな」

「申し訳ありません。この目で実際に確かめるまでは推測ですからね。それに、グノムスもこの事は秘密にしていたかったみたいですよ。特にリーナ姫やプリムちゃんには──兵器としての自分を見られたくなかったんでしょうね」

「へッ。ごつい図体の割に繊細な奴だ」

「マークルフ様! グーちゃんは優しい子なんですよ。お忘れですか?」

「そんなの覚えたつもりもねえがな」

 マークルフが憎まれ口を叩くなか、《グノムス》の内部から起動音が響いた。浮かび上がっていた装甲が閉じ、元の《グノムス》の姿に戻る。

「グーちゃん!」

 プリムが《グノムス》の腕を伝い昇り、その肩に乗った。その後ろを子猫がついて来る。

「起きた? グーちゃん!」

 首を巡らせた《グノムス》にプリムが笑顔を向けた。

「グーちゃん、助けてくれてありがとう」

 会話機能のない《グノムス》は何も答えないが、プリムを乗せたまま静かに立ち上がった。

「グーちゃんのこと、じいじからおしえてもらったよ。グーちゃん、気にすることないよ。グーちゃんは優しいグーちゃんのままだよ。ネコちゃんもグーちゃんのこと、気にいったみたいだよ」

 プリムが《グノムス》の頭に飛び移り、子猫もその肩の上で大人しくなる。

 先ほどの姿が嘘のように、鉄機兵は静かに立っていた。

「……あいつはやっぱり、遊び相手にされてる方がしっくりくるな」

 マークルフはそう言って地面に腰をついた。

「隊長ーー!! 大丈夫ですかい!?」

 向こうの方から大勢の傭兵たちが駆けつけてきた。部下である〈オニキス=ブラッド〉の面々だ。

「いやあ、ご無事でしたか! 心配しましたぜ!」

「よく言うぜ、てめえら。いっつも肝心な時に来ねえじゃねえか」

 マークルフは悪態をつきながらも、目の前に来た部下たちに笑顔を見せる。

「そりゃねえですよ。隊長だって、もっと俺らでも手助けできるような相手と戦ってくださいよ。それにこっちだって副長の件だの、いろいろあったんですぜ」

 傭兵たちが後ろに合図を送る。

 そこには傭兵たちに担架で運ばれて来るログの姿があった。その隣にはタニアもいた。

 担架がマークルフたちの前で止まり、ログが降りようとするが、マークルフは止めた。

「無理するな。てめえもボロボロじゃねえか」

「何とか……まだ死なずに済んだようです」

 ログが答える。

「それにタニアまでいやがるとはな。何しに来た、タニア?」

「何って、ログさんの応援に決まってるじゃないですか! 男爵も、ログさんを放っておいて何をしていたんですか!」

 タニアに反論され、マークルフは思わずたじろぐ。

「やめろ、タニア──ともかく、彼女にも助けられましてね。こちらの決着はひとまずついたのですが……」

「どうした?」

「フィルアネス王子が“神馬”を駆り、王女を追って出て行かれたのです」

「そんな!? どうして、ルフィン君が自ら──」

 リーナが驚きのあまり、声をあげる。

 ログの口から子細を伝えられたマークルフは天を見上げた。

「トリスもこの有り様。そのうえ、ルフィンも不在か……立て直しも容易ではないな」

 マークルフはログと向き合い、命令を下す。

「ルフィンはリファと一緒に俺が連れ戻す。その間、おまえが俺の代わりに傭兵連中の指揮を執れ」

「はい。しかし、ブランダルクに展開する他の傭兵部隊との連携はどうされますか?」

「黙って事態を見守っているほど他の連中も大人しくはねえさ。すでに儲け話の匂いを感じて動きだしてるはずだ。ただ、必要なら手を貸してもらえ。トリスへの“竜墜ち”は阻止したが、ガルフィルスも痺れを切らせて動きだすかもしれん」

「承知しました」

 ログがうなずいた。

 ガルフィルスの名を聞いた時、ログの双眸が険しくなったのを見逃さなかったが、それには何も言わず、マークルフは傭兵たちの顔を見渡す。

「ようやく、ケリをつける所までこぎつけたが……皆の助けがなければ、俺もここまで戦ってはこれなかっただろうな。礼を言っておく。ここにいない連中にも伝えておいてくれ」

 傭兵たちは顔を見合わせる。

「や、やだな、隊長! 不吉なこと、言わないでくださいよ」

「そういうこと言うと、ホントに戻って来れなくなりますぜ」

 マークルフは意地悪く笑った。

「ガタガタ騒ぐな。そうなってもてめえらの給金を踏み倒すだけさ」

「冗談じゃねえですぜ! それ、一番やっちゃいけないことですからね!」

 慌てる傭兵たちの後ろでログが自ら立ち上がった。

「安心しろ。ただ働きは傭兵の一番の恥さらしだ。“狼犬”がそんな事させはしないさ」

 ログはそう告げると、マークルフたちの前に立つ。

「閣下、帰りをお待ちしています」

「そっちも頼むぜ」

 マークルフがリーナに支えられながら《グノムス》へと向かう。

 怪我をしているログの代わりに傭兵たちがマークルフを支えようとするが、その前にエレナがマークルフの行く手に立っていた。

「もう、行くのか」

 その頬に涙の跡が残っていたが、少しは落ち着いたようだ。

「ああ。リファたちが心配なんでな」

 マークルフたちはエレナの横をすり抜けようとする。

 エレナはうつむいたが、やがてリーナの反対側からマークルフに肩を貸した。

「──どういうつもりだ?」

「相手が一族の天敵であろうと、助けられたのは事実だ。返礼はせねばな」

 護衛の騎士がエレナと代わろうとしたが、それはエレナに止められた。

「マークルフ=ユールヴィング、そして戦乙女リーナ──」

 エレナがマークルフたちにだけ聞こえるように小声で言う。

「私が言うべき立場ではないことを承知の上でお願いする──どうか、“機竜”を破壊してくれ。せめて、それだけは果たしたいのだ」

 エレナが頭を下げた。

「言われるまでもない。最初からそのつもりだ」

「そうです。ですから、貸しにするつもりもありませんわ」

 リーナも答える。

「いや、待て。貸し借りは重要だぞ。そんな簡単に言うもんじゃない」

 マークルフが慌ててリーナの言葉を遮る。

「何をおっしゃるのです。ここまで来て、そんな器の小さな事を口にするものではありませんわ」

「貸し借りは大事だぞ。いいか、傭兵稼業ってのはな、貸し借りの数が何よりも物を言う世界であってだな──」

「でしたら、いままでに私にした破廉恥なイタズラの数々、全てここでお返しくださいますか?」

「……」

 リーナに突っ返され、マークルフは押し黙る。

 やがて、マークルフは二人の姫に支えられながら《グノムス》の前まで辿り着く。

 《グノムス》の胸が開き、マークルフとリーナを内部に迎え入れる。

「頼む、二人とも。私も準備が整ったら追いかけるつもりだ」

「分かった。その代わり、後で助けられても借りとは思わねえからな」

「安心してくれ。私は傭兵ではないのでな」

 エレナが少しだけ笑みを浮かべてうなずく。

 胸の装甲が閉じ、やがて彼女と外の光景が閉ざされた。



「初めて見た気がするな。あの姫さんの微笑む姿──」

 《グノムス》が地中に潜行するのを感じながら、マークルフは言った。

「そうですね。何と言いますか、あの方はマークルフ様と似てらっしゃる気がします」

 マークルフは驚いて目を見開く。

「な、なに、言うんだ? 俺とフィルディングの姫さんが似てるっていうのかよ?」

「ええ。性別と性格と品の良さ以外は似てらっしゃると思います」

「それって似てるというのか?」

「似ていると思ったからこそ、黙って見ているのが忍びなく、ああして声をかけられたのではございませんか?」

 リーナにそう言われると、マークルフは肩をすくめた。

「リーナには隠せんな。ああ、確かにそうかもしれねえな」

 リーナも足を寄せて背中を丸めた。その姿が気のせいか、寂しそうに見える。

「もしかしたら、マークルフ様に本当に相応しいのはああいう方なのかも知れませんね」

「お、おいおい!? ここまで来て、何を言うんだ!? 分かった! イタズラは反省するから怖ろしい冗談は言わないでくれ。頼む、俺を見捨てないでくれ!」

 マークルフは大仰にそう言うと、甘えるようにリーナに身体を寄せる。

 リーナの手がマークルフの右手をピシッと叩いた。

「しっかりしてくださいませ! これからが決戦なんですよ」

 そう言って、リーナが微笑む。それはいつもの彼女の笑みだった。

「痴話ゲンカはすんだかの?」

 天井の隔壁からダロムが顔を出した。

「すまねえな、妖精のジイさん。最後まで付き合わせちまってよ」

 プリムは置いてきたが、ダロムは最後まで装置の調整のために同行していた。

「“機竜”が向かうかも知れない場所は姐さんから教えてもらった。準備はよいな、二人とも?」

「ああ。しかし、グーの字も派手に暴れたが問題はないのか?」

「うむ。幸か不幸か、“聖域”の決壊で魔力が流れ始めておったのでな。魔力の消耗は予想よりは少ない。おぬしの治療分は十分に残っておる」

「よし、追うぞ。“黄金の鎧の勇士”復帰戦としてはいきなり大勝負だが、今度こそ破壊してやる。いいな?」

「はい。そして、ルフィンとリファちゃんも助けだしましょう」

 周囲が真紅の魔力に照らされ、再び治療が始まった。

 リファたち、そしてそれを狙う“機竜”に追いつくまでに、完全に身体を復活させなければならない。

 そして、そこで待ち受ける決戦に挑むのだ。


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