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“召喚”

 マークルフたちが乗った 《グノムス》の内部空間は紅い光に染まっていた。

 現在も高密度の魔力が満ちており、それがマークルフの胸に埋め込まれた《アルゴ=アバス》の制御装置――“心臓”に作用している。

 “心臓”は魔力を取り込み、装着者を戦闘可能の状態にするべく肉体の再生を急速に促していた。

 マークルフは顔を歪める。

 鈍かった手足の感覚が戻りつつあるらしいが、それは激しい痛みを伴っていた。

「グッ――」

 不意に右腕に激痛が走る。思わず右腕が動くが、リーナがそれを押さえた。

 リーナは肩を寄せ合うようにしながら、マークルフに腕を回してその身を支える。

「……すまん」

 脂汗を浮かべながらマークルフは呟く。

「いいえ。お身体が動くようになってきたのなら、それに越したことはありませんわ」

 リーナが安心させるように笑みを浮かべる。

 だが、すぐにその表情が曇った。

「どうした?」

「ただ、お身体は本当に大丈夫なのでしょうか?」

「心配するな。きっと元通りに戦える。エルマの太鼓判だ」

 マークルフは答えたが、それでもリーナの表情は晴れない。

「違うのです。マークルフ様は“機竜”との戦いで酷いお怪我をなさり、その間も強引に身体を動かして戦ってこられました。このブランダルクでの戦いで、そのお身体を酷使され過ぎています」

「そうするしかなかったしな。だが、この怪我ともじきにおさらばさ。そうすれば万全の状態で戦える」

「……ですが、強引にそこまで治療されること自体、お身体を酷使されている気がしてなりません」

 リーナは続ける。

「強化装甲の使用は装着者の肉体を消耗させます。あまりご無理をされると――ヒャッ!?」

 リーナが狭い空間で身をよじらせた。

「い、いま、ヘンなところ触りましたね!?」

「手が勝手に動いた。不可抗力だ」

「いいえ、いまのはワザとでございました」

 マークルフがシラを切っていると、天井からプリムが顔だけを出してきた。

「どうかしたの!?」

「ああ、いやいや。荒療治の効果が出てきたようでな」

「姫さま、へんな声してなかった?」

「妖精のお嬢ちゃんには難しい話さ。気にするな」

「よくわかんないけど、取り込み中だから、しずかにね。何かあったらいってね」

 プリムが顔を引っ込めた。

 マークルフはリーナの顔を見る。

「……司祭長の言葉を思い出したか」

 彼女はうつむき、小さくうなずいた。

「確かに無理しっぱなしだからな。寿命も少しは削れたかもしれん。だが、何よりもまずは“機竜”を破壊することが最優先だ」

 マークルフは言った。

「それだったらよ、司祭長と話をした時、俺の言った望みは覚えてるか?」

「全てを終わらせて気楽な二代目暮らしを送りたい――でしたか?」

「ああ……でも、俺にはそんな日々はなかなか来ねえかもしれねえな」

「“機神”を滅ぼし、フィルディング一族との因縁も終わらせる――なかなか、難しいことかもしれません。でも、物事にはいつか終わりがございます。いつか先代様よりの念願を果たし、“戦乙女の狼犬”を廃業できる時がきっと来ますわ」

「どれだけ長生きすりゃいいんだろうな」

「その方が念願の悠々自適の生活も長く送れるではありませんか」

 少しは気を取り直したのか、リーナが微笑む。

「……果たして俺にそんな日が来るのかねえ」

 リーナがマークルフの頬を軽くつねった。

「弱気では困ります。マークルフ様がそれでは私も戦乙女を廃業できませんわ」

「戦乙女って廃業できるもんなのか?」

「私も悠々自適の生活をしてみたいですからね。それに歳をとったシワクチャの戦乙女をご覧になりたいですか?」

 リーナがからかうように微笑を浮かべ、マークルフもつられるように笑った。

「その時は一緒に暮らすか」

「すでに城で一緒に暮らしているではありませんか」

「あそこはうるさい奴らばっかりだからな」

「まあ、皆さんも今までマークルフ様の為に奔走してくださったのですよ? そんな事を言っては失礼ですわ」

「走る必要がなくなればいいだろ? 二人で静かに暮らして……まあ、グーの字だけは一緒に置いてやるか。女将とフィーも専属で雇ってな」

「それなら、ついでに傭兵さんたちも雇いましょうか」

「結局、変わりねえじゃねえか」

 リーナの気も少し晴れたようだ。

 だが、マークルフには後味の悪さが残る。

「ぬあッ――!?」

 マークルフの全身を激痛が襲い、身体をよじらせる。

 リーナも懸命に押さえる。

「もう少しのご辛抱です。そうすれば――」

「ああ……すまない。もう少しだけ、そのまま頼む」

 再生の代償。それは人としての寿命だ。

 どれほど払うことになるのか、それは彼自身にも分からない。

 だが、リーナに伝えたような“多少”ですまないことは確かだった。



 ログを庇う傭兵たちとブランダルクの貴族らによる睨み合いは続いた。

「あんたたち、どうするつもりなんだ?」

 傭兵側についたサルディンが騎士たちを率いる貴族に尋ねる。

「剣を交えるつもりはない。だが、それ以上の行動は控えてもらう」

 貴族が答えた。

 彼らにすれば王女を助けに行くことを阻止できれば良いのだろう。

「おまえたち! 下がれ! 余の言葉が聞けないのか!」

 両陣営の間に割って入ったのはルフィンだ。

 リーデの亡骸は彼が纏っていた外套の上に安置されていた。

「この非常時に互いに争っている場合じゃないだろう!」

 しかし、貴族たちも頑なだった。

「お許しください! 非常時だからこそ、ブランダルクの未来のために決断される時なのです!」

 傭兵たちもその態度に業を煮やして声を荒らげる。

「勝手な事言うんじゃねえぞ! あんたら、副長の戦いを無駄にするつもりかよ!」

 一方は国の未来の為――

 一方は剣を執って戦った者の尊厳の為――

 王子が間に入ったとしても双方とも退く気配は全くなかった。

 その時、その場の緊張に割って入るように嘶きが響き、一頭の馬が通路の向こうから現れた。

 その背に乗って手綱を操っているのはマリアだった。

「さっきのおばさん!?」

 タニアたちが驚く前でマリアはログたちの前に馬を進めると、その背から下りた。

「驚くことはないさ。こう見えて、あたしも騎士の妻だったんだ。馬ぐらい操れるさね」

 マリアは手綱をひいてログの前に馬を引っ張る。

「“神馬”を呼ぶんだろ? これでいいかい?」

 傭兵たちが歓声をあげ、一方の貴族たちはどよめく。

「女、勝手な事をするな! 殿下のお世話係だったとしてもこれは許されることでは――」

「あんたたちの許しが必要だってのかい!」

 マリアが叫んだ。

「言ったろう! あたしは〈白き楯の騎士〉バルトの妻なんだ! “最後の騎士”とお嬢様の全てを懸けた一騎打ちを、あんたたちに台無しにさせるわけにはいかないのさ!」

 マリアが啖呵を切るとログの前に膝をついた。

「貴方がお嬢様を止めたんだ。だから、貴方が自分の道を行っておくれ」

「……」

 ログは何も言えなかったが、ただ静かにマリアに頭を下げた。

「待て! それ以上はこちらも見過ごせぬ!」

 ブランダルクの騎士たちが傭兵たちを囲む。

「邪魔はさせねえ!」

 傭兵たちもログたちを守るように展開する。

「やめろ!」

 ルフィンが貴族たちの前に立つ。

「この人たちは余の為に尽力してくれたユールヴィング男爵の部下だぞ! 恩を仇で返すつもりか!」

 ルフィンが両手を広げて制止させようとするが、双方もそれで止まることはなかった。

「これはブランダルクの問題にございます! よそ者に干渉される問題ではございません!」

「よそ者だと!? てめえ! 隊長までコケにする気かよ!」

 互いに非難の応酬となり、剣呑な空気が一気に漂う。

「……手を貸してくれ」

 ログはタニアの肩を借りながら左手で馬に触れた。

 手の甲で紋章が輝き、ログは神馬召喚の言葉を告げる。

 やがて馬の雰囲気が変わり、恭順を示すようにログの前に膝をついた。

「神馬が王女を連れて行った場所まで案内してくれる」

 王女が城を出たと思しき時から、すでにかなりの時間が経過していた。“神馬”の速度ならその間に相当の距離を進んでるだろう。

「……わたしが行こう」

「ログさん! その身体じゃ無理です!」

 タニアが引き留めようとする。

「王女は“機竜”に狙われている。閣下が復活すれば何とかしてもらえるだろうが、それでも追うのは命懸けになる」

 今から神馬で追いかけても数時間を要する。そして、その間に王女が自らの足でどこかに向かったとすれば、さらに捜索に時間がかかる。それまでに“機竜”が到達する可能性は高いのだ。

 傭兵たちも互いに顔を見合わせる。

「だったら、なおさら副長に行かせられねえ! こうなったら俺たちの誰かが――」

「あたしが行くよ!」

 マリアが言った。

「お嬢様がやったことだ! あたしが責任をとるよ!」

「ダメだ! それはできん!」

 貴族がそう告げると、取り囲んでいた騎士たちが剣や槍を構えた。

「ここから抜け出すなら、我々はそれを止めねばならん!」

「てめえッ!」

 傭兵たちも武器を構えた。

 場は一触即発の緊迫感に包まれる。

 マリアも馬に乗ろうとするが、そうなれば間違いなく流血沙汰は不可避となり、躊躇するしかない。

「……俺が行く!」

 そう叫び、傭兵たちの間を割って入ったのは王子だった。

 皆が驚く中、王子はマリアを退けて自ら神馬に跨がる。

「殿下!? いったい何を!?」

「余にまでその剣を向けるとは言うまいな! 神馬よ、頼む! リファを連れていった場所まで俺を連れてってくれ!」

 神馬は立ち上がった。

「お待ちください! 殿下!」

「王子がおられなくては――」

 慌てて貴族たちが制止の声をあげる。

「黙れ! お前たちはリファを助けるつもりはないんだろ! それに男爵の部隊と争うわけにはいかない! だったら、俺が行くだけだ!」

「お考え直しください! これは全てブランダルクのために――」

「そんなにブランダルクを救いたければ、お前たちで勝手に救えッ!!」

 王子は叫ぶと隅に横たわったリーデの姿を見つめる。

 そして悲しげな表情を浮かべると馬の腹を蹴った。

 神馬は包囲する騎士たちの頭上を跳躍すると瞬く間に城の外へと駆け出した。

「殿下!?」

「お待ちください!」

 制止の声も虚しく、神馬の足音はすぐにその場から消えた。

「……何てことだ」

 貴族たちがその場に膝から崩れ落ちた。

「い、いまからでも遅くありません。“最後の騎士”に“神馬”とやらを止めてもらえれば――」

 貴族は騎士の進言にかぶりを振った。

「駄目だ……そんなことをしても殿下は戻って来られはすまい。殿下は我らを見捨てられたのだ」

「殿下が行ってしまわれては、我々は何のために――」

 呆然とする一同を尻目に、マリアがリーデの亡骸の前に立つ。

 瞼を閉じ、眠っているように横たわるリーデの顔を見たマリアは目を閉じる。

「……ルフィンの怒りも当然だよ。何が全てブランダルクのためだい? そのブランダルクの王子の命令を無視し、ブランダルクの守護者の戦いを無駄にしようとし……リファのことだってそうだよ。リファが全ての災いみたいに言うけど、その“王女”の存在を望んだのだって、ブランダルクのためじゃなかったのかい?」

 マリアが両膝をついた。

「それにさ。お嬢様も自分はどんなに恨まれてもこの国のために殉じることを選び、この国を王子に託そうとしたんだ。その全てを踏みにじるような真似をあの子にはできるわけないよ……あの子のことを心の底から心配していたのはリファとお嬢様だけじゃないか」

 マリアはリーデの亡骸を大事に抱える。

「ごめんよ、お嬢様。あたしは余計なことをしてしまったかも……でも、もう、いいですよね。ルフィンとリファだけでも無事でいてくれたら――」

 マリアが涙を流しながら後悔に唇を噛みしめる。

「殿下は戻って来る」

 沈黙を破り、答えたのはログだった。

 一同が皆、ログの方を見る。

「どうして、そう思うのだ?」

 貴族が声を震わせながら尋ねる。

「この国を見捨てたら、その人の願いを踏みにじることになる」

 ログはタニアの肩を借りながら立ち上がり、マリアに抱えられたリーデの前まで進んだ。

「マリアさん。殿下がお戻りになるまで、お嬢様の事をお願いします」

 マリアがログの顔を見上げたが、やがてリーデを優しく抱きしめながら、うなずいた。

(貴女のしたことは認められない。ですが、貴女の存在が殿下を進ませてくれるはずだ。貴女は剣を執らなくとも、殿下の為の“道”を切り拓いていたのです)

 ログは静かに黙祷を捧げる。

 神女になろうとし、神女にはなれず、それでも神女のようにブランダルクの未来を憂いながら逝った悲しき一人の娘の為に――



 オレフはトリスの市街地から外れた郊外の丘に立っていた。

 街には彼が操る偵察用の機械を飛ばしている。

 鳥に偽装した偵察用の機械がトリスの貯水池の上空を飛び、その情報をオレフに伝える。

 池の底に沈んでいた“狼犬”側の鉄機兵は確認できなかった。

 すでに脱出したのだろう。

(“狼犬”と戦乙女も動いている――いよいよ復活してくるか)

 オレフが気になったのは、同じように池に沈んでいた“門番”の一体も姿が見えないことだ。

 一体はオレフの支配下にあり、現在も背後に立っているが、もう一体は動力を切られて彼でも動かせず、放置されたままだったはずだ。

 オレフは池のほとりに重い何かを引きずった跡を見つける。

 その跡は池の近くにある林の奥に続いていた。

(“狼犬”側の鉄機兵を使って“門番”を引き上げたのか)

 オレフは偵察用の“鳥”を林に飛ばす。

 やがて、林の奥に“門番”が横たわっているのを発見した。

 そして、その前にエルマと彼女の子分であるアードとウンロクが立っているのも見つける。

 子分の二人は“門番”の動力部分を整備しているようだ。

(動力を再接続するつもりか)

 エルマはその横で何かの計器をじっと睨みながら向き合っている。

 オレフは彼女たちの企みを監視するつもりで、“鳥”を枝に止まらせた。

 やがてエルマが計器から顔を上げる。

『二人とも動力を再接続して』

 偵察機を通して彼女の声が届く。それを合図に子分の二人が遮断されていた“門番”の動力を再接続した。

(あれを使う気か)

 オレフはすぐに“門番”の支配を試みる。

 目的は分からないが、彼女に“門番”の力を利用させるのは危険と判断したからだ。

 だが、“門番”の人工頭脳を制御したはずだが機体自体が動かない。人工頭脳と機体が遮断されていた。

『――先にこっちを見つけたのね』

 “門番”の異変に気づいたエルマがしたり顔を浮かべる。

「――飛べ!」

 罠と悟ったオレフは危険を感じ、背後の“門番”に転送を命じる。

 しかし、別の強力な制御信号が“門番”へと発せられたのを感知した。“門番”がオレフの命令を拒否し、その信号側の指令を実行する。

「なにッ――!?」

 足許に魔法陣が展開し、“門番”が彼をどこかへ転送する。

 そして、オレフが気づいた時、目の前には銃を向けたエルマが立っていた。

 立っているのは先ほど監視していた林の中だ。

「いらっしゃい。手間をかけさせてくれたわね」

「それも、これで終わりだ」

 背後から別の女の声がした。

 振り向いたオレフの目に映ったのはエレナ=フィルディングの姿だ。

「貴様の力を封印する!」

 オレフに向けられたエレナの手が、まるで彼の心臓を掴むように強く握りしめる。

 次の瞬間、オレフの胸に埋め込まれていた制御装置の機能が凍結した。

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