奪われた魂
「進軍の用意だ!」
ブランダルク国境付近の丘に陣取っていた他国の部隊。
曇りがちな空の下、その先頭に立つ部隊長が告げる。
斥候より“機竜”がブランダルク内で暴れていると報告を受けていた。
詳細は不明だがブランダルク国軍はまだ動いていないらしく、相当の混乱が予想できた。
これは領土の奪取を狙う他国の部隊にとってもまたとない進撃の好機であった。
部隊はすぐに準備に入り、進撃の用意を整える。
「急げよ! 他国の連中に後れをとるな!」
他国の部隊もすでに展開中なのは伝わっていた。
これからは彼らを相手に戦闘と交渉が行き交う競争になるのだ。
その時、部隊の一角から悲鳴が聞こえた。
「どうした!?」
部隊長が部下を引き連れ、そちらに向かう。
他国の部隊の奇襲を予想したのだが、しかし、彼らが見たのはそれとは全く違っていた。
「何だ!?」
兵士たちが逃げる向こうに立つのは一体の巨人。
全身が鉄の装甲に覆われ、一振りの巨大な剣を手にしていた。
「は、排除しろ!」
部隊長の号令に攻撃が始まる。
弓兵たちが用意したばかりの矢を放つが、矢の雨も鉄の巨人には通用せず、全て装甲に弾かれた。
「こっちにも出たぞ!?」
別の方向からも悲鳴がした。
目を向けると、そちらにも巨大な角を持った山羊に似た魔物が立っていた。
山羊型の魔物にも矢が浴びせられるが、一対の角が真紅に光る。
魔物の目の前で全ての矢が見えない壁に刺さったように止まり、一斉に地面に落ちた。
そのまま魔物は頭を低くすると角を突き出して部隊の中を駆け巡り、兵士たちの姿が悲鳴と共に空中に舞い上がった。
「な、何なんだ!? これは何なんだ!?」
「逃げろッ!」
巨人と魔物の出現によって部隊は瞬く間に士気が崩壊し、兵士たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。
「どうなっているんだ!?」
部隊長も指揮を放棄し、その場から逃げ出す。
だが、その目の前に兵士の一人が立ち塞がった。
「邪魔だ! 何を――」
兵士の抜いた短剣が何かを言おうとした部隊長の喉を切り裂く。
絶命した部隊長は地面に倒れた。
兵士はその姿を確認すると懐から取り出した仮面を被る。
それは司祭長ガルフィルスに仕える使徒の仮面だった。
巨人と魔物が目の前に迫るが、仮面の姿を見ると両者とも動きを止める。
「猊下の計画通りに動き出したな」
仮面の使徒は目の前に並び立つ古代兵器を眺める。
余所に展開している他国の部隊にも同志が潜伏しており、同じように動いているはずだ。
いずれ全てが古代兵器群の襲撃を受けるだろう。
「……しかし、思ったよりは大人しいな」
確かに古代兵器の力は圧倒的だったが、いまの動きでは部隊への被害はそれほどでもない。 当初の予定では首謀者はこちらで暗殺し、部隊そのものは古代兵器の力で壊滅させるはずだった。
「まあ、いい。こちらの役目は果たし――なっ!?」
不意に山羊型の魔物が動いた。
それに反応することもできず、仮面の使徒は魔物の角に刺し貫かれる。
「……な……ぜ……」
古代兵器が暴走したのか。それとも計画に何か狂いが生じたのか。
しかし、それを考える前に使徒は息絶えていた。
「貴様はッ!?」
壮絶な戦いの末、辛勝したログたちの前にオレフが出現した。
オレフもログと同じようにリーデの亡骸に左手を掲げる。
その掌には紛れもなく〈白き楯の騎士〉の紋章が刻まれ、輝いていた。
「“最後の騎士”殿。貴殿には申し訳ないが神女の魂はこちらで預かる。それが彼女との約束なのでな」
オレフの紋章が輝きを増した。
神女の魂がログの封印の力から離れる。
オレフもまた神女の魂を封印しようとしており、二つの封印の力によって魂を引き合う形になっていた。
「野郎ッ!」
傭兵たちがオレフを狙って階段を駆け上がろうとするが、先の床に魔法陣が浮かび上がる。
魔法陣から鉄巨人が出現し、彼らの行く手を阻む。
ログはオレフの力に抗いながら神女の魂を紋章に封印しようとする。
両者の封印術は拮抗していたが、やがて神女の魂はオレフの方へと引き寄せられていく。
(何故だ!? 向こうの封印の方が強い!?)
ログはやがて気づく。
(そうか、あの槍が――)
ログの紋章が宿す光が明滅し、オレフの掌の紋章がさらに輝く。それに呼応するようにオレフが手にする《戦乙女の槍》も淡く輝いていた。
やがてログの紋章から光が消え、槍も一瞬、強く輝くと光は消えた。
「――これで君との約束も果たさせてもらった」
オレフはリーデの亡骸に向けて告げる。
「神女の魂をどうするつもりだ!」
ログは折れた自分の剣を手にし、残った力を振り絞って立ち上がろうとしたが膝をつく。
「ログさん!」
タニアが倒れかかったログを咄嗟に支える。
いまのログには立ち上がる力も残っていなかった。
「……神女になろうとした娘よ、せめて安らかに眠ってくれ」
オレフはリーデの亡骸に向けて悼むように目を伏せたが、次の瞬間にはその姿が消える。
同時に傭兵たちの行く手を阻んでいた鉄巨人も消えるのだった。
神馬がまたしても速度を落とした。
いぶかしむリファを乗せたまま神馬は足を遅め、やがて立ち止まる。
「……降りろと言うの?」
ここは山の麓に差し掛かる丘だ。何も変わったものはなく、ここが目的の場所とも思えなかったが、神馬は動く気配はなかった。
リファが背から降りると、神馬は馬首を空に向けて一度だけ嘶く。
その嘶きは何故か、とても悲しげに聞こえた。
「どうしたの?」
神馬がその場でしゃがむが、やがて立ち上がる。
その雰囲気が変化しているのに気づいた。馬は興奮したように嘶くとあさっての方角に勝手に駆け出していった。
リファは気づいた。馬に宿っていた“神馬”が消えたのだ。
リーデに何かがあったのだろう。おそらく、自分の戦いに決着がついたのだ。
そして“神馬”が消えたということは――
リファの脳裏にリーデ司祭と過ごした日々が甦る。
いまにして思えば、それは王女の贋作と正体を隠した女剣士の仮初めの日々だったのかもしれない。
それでも、リファにとっては大切な日々だった。
彼女の目に浮かぶ涙がそう教えていた。
だが、すぐに涙を拭う。
悲しんでいる暇はない。こうしている間にも、いつ“機竜”がやって来るかもしれないのだ。
リファは独り、丘の上へ向かって駆けていく。
一刻も早く、少しでも遠くへ、人から離れた地へ行かなければならないのだ。
ログは力尽き、その場に崩れ落ちた。
「ログさん!? 大丈夫ですか!?」
「……ああ……しかし、神女の魂を奴に奪われてしまった」
「どういうことなんだ!?」
リーデの亡骸を抱えたフィルアネス王子が尋ねる。
「わたしがやろうとした封印術をあの男にも使われました……奴の方が封印の力が強く、神女の魂はそちらに封印されました」
「そんな!」
ログに肩を貸すタニアが憤りながら叫ぶ。
「ログさんの方が正真正銘の〈白き楯の騎士〉じゃないですか! 何であいつの方に封印されるんですか!」
「……神女の魂は奴の持つ《戦乙女の槍》に封印された。あの槍は神女と同じ戦乙女が身を変えたと伝えられる物。神女の魂の依り代としてあれ以上の物はない……あれを使うことでわたしの力を上回った」
「そんなの反則じゃないですか!?」
ログは王子に抱かれたリーデに目を向ける。
彼女の表情はとても穏やかなようにも見えた。
まるで全てをやりきったかのように――
(オレフに紋章を刻んだのは貴女なのか)
紋章をただ複製することはできない。新たな紋章に力を宿すには同じ紋章を持つ者の洗礼が必要なのだ。
(それに神女の魂もオレフの封印に抗うようには感じなかった……まさか、神女御自身もこうなることを選んだというのか)
ログの疑念をよそに王子が拳を握り絞める。
「しかし! これじゃあ、リファを助けることが――」
「……大丈夫です」
ログは声をかける。
「奴は神女の魂を封じただけで、神馬の支配権まで手に入れたわけではありません……今ならわたしが神馬を呼べます」
「では、リファを――」
「馬を一頭、用立ててください……それに神馬を呼び――」
「ログさん、無茶をしないで!」
ログはタニアの肩を借りて床に腰を下ろす。
「大丈夫だ……急がねば……王女の救出も難しくなる」
「分かった。誰でもいい! 急いで馬を用意してくれ!」
王子が近衛騎士たちに命じた。
一人が馬を探しに駆け出し、通路の奥に消える。
だが、すぐに騎士が後ずさりながら戻って来た。
それに続いて現れたのは近衛騎士に剣を向ける同じ騎士たちの姿だった。
やがて現れた騎士たちは王子たちの前に進み出る。
その背後には一人の壮年の貴族が立っていた。
「どういうつもりだ!」
問い詰める王子の前で貴族は跪いた。
「フィルアネス殿下。どうか、王女の事は諦められるように進言します」
その貴族の声に聞き覚えがあった。
リファを狙ってきた覆面の貴族の声だった。
「何を言っているか分かっているのか!」
「不興を買うは承知の上。ですが、王女にはこのまま消えていただく方が殿下の為と考えるが故に申し上げております」
「馬鹿な事を言うな! リファはこの国の為に自らを犠牲にしようとしているんだぞ!」
「ですが、あの“王女”の存在がこの国を窮地に追い込んだ原因なのも事実でございます」
貴族はさらにログの方を見た。
「“王女”は最後に“機竜”をブランダルクより離れた地へ誘導することを選ばれた。ならばこそ、残された正統なる王子と真なる“騎士”の帰還によって現王を廃し、ブランダルクを再建する事こそが最善の選択だと、我ら一同はあらためて申し上げます」
貴族の後ろに控えた他の貴族や騎士たちも一斉にその場に跪く。
「……リファを見殺しにしろって言うのか? リファが“機竜”と一緒にブランダルクの外で消えてくれれば、それで良いと言うのか?」
王子がリーデの死に顔を見つめながら、居並ぶ家臣たちを前に声を震わせた。
「我らは“王女”を助けるために動くことはできませぬ。たとえ、この場で首をはねられようとも――」
「“最後の騎士”殿にもお願いする。どうかブランダルクのため、殿下をお諫めいただけないであろうか? 貴殿は最後に残されたブランダルクの守護者、この国にとって最良の選択を――」
「ふざけんなッ!! このバカッ!!」
ログに向ける貴族たちの言葉を遮ったのは、タニアがあげた激昂の叫びだった。
思わぬ声に貴族たちも面食らう。
「あんたたち! ログさんがどんな思いで戦ったと思ってるのよ! 相手は恩人の娘だったのよ! 戦ったのはブランダルクのためだけじゃないんだよ!」
タニアはログを支えながら、居並ぶ貴族たちに臆することなく叫ぶ。
「なのに――なのに! 横からしゃしゃり出て、好き勝手な事ばかりぬかすな! カスッ!!」
「小娘! 貴様こそ! 何も事情を知らぬ余所者が勝手な暴言をぬかすな!」
騎士の一人が立ち上がった。
それを見て、ウォーレンたちがログとタニアの前に立ちはだかる。
「タニア、よく言った! 俺らも黙ってられねえ!」
気を吐く傭兵たち。
「待て待て! てめえら、若の事を考えてるのか!?」
彼らの前に王子の側にいたサルディンが出る。
「他国の貴族と揉め事を起こしてみろ。若の立場が苦しくなるぞ? いいのか?」
サルディンがウォーレンに釘を刺すように告げる。
傭兵たちは一瞬、黙るがタニアは引き下がらない。
「だったら、あたしは小間使い辞めてやるわ! それなら勝手でしょうが!」
「おいおい! ただの小娘なら、なおさら斬り捨てられても文句は言えねえぞ」
「言わないわよ! そもそも、あんたはログさんの戦い見てて何とも思わないの!?」
逆に噛みつかれたサルディンが思わずたじろぐ。
「そうだな」
ウォーレンたちもサルディンに詰め寄る。
「俺らも元々は根無し草の傭兵。来るも去るも自由。ここで傭兵契約解除とさせてもらおうか――だが、次の雇い先への土産話に仁義だけは通させてもらうぜ。副長の邪魔はさせねえ」
「あんたらもか。ただではすまないぞ。それに若にだって迷惑かけまくりだぜ」
「俺らが勝手にやるんだ。それにあんたも“若”と呼ぶほどなら分かるだろ? 俺らの知ってる“狼犬”なら男爵の地位を捨ててでも、この喧嘩を買うかどうかをな」
サルディンも副長の壁となって居並ぶタニアたちを見て肩をすくめた。
「……そっちも腹をくくったか。仕方ねえ」
サルディンも振り向き、貴族たちに向かい合った。
「すまない、殿下。“騎士”の影武者も必要なくなったし、やっぱり俺もこちら側だわ」
傭兵たちが喚声をあげると同時に他の騎士たちも立ち上がった。
傭兵たちと騎士たちの間に緊張が張り詰めていく。
「待て! この非常時に争いは止めろ! “最後の騎士”殿! 貴殿もそれで良いのか!?」
貴族がログに訴える。
傭兵たちがログの方を向いた。
ログは隣で心配するタニアの顔を横目で見る。
「……この娘の言葉はわたしの言葉と思っていただこう」
ログは貴族を睨み返した。
「貴殿はブランダルクの守護者としての務めは果たせないというのか?」
「いま、この娘から預かっていたものを返してもらった……わたしは“最後の騎士”ではない。野垂れ死ぬところを“狼犬”に拾われた傭兵の一人――“ログ”だ」
傭兵たちが気合いの声をあげた。
「おまえたち、止めろ! 余の言葉が聞けないのか!」
リーデの亡骸を離せないまま、フィルアネス王子が双方に向かって叫ぶ。
だが、双方も引き返すことはできず、一触即発な火花を散らすのだった。
「エレナ様! オレフが出現しました!」
混乱を避けて城壁の歩廊へと移動していたエレナ=フィルディングは駆けつけた騎士の報告を受ける。
「向こうから城に来たのですか!? それで奴は何を――」
「詳細は確認中ですが、一騎討ちを制した“狼犬”の腹心から何やら奪ったとのこと。その後、呼び出した“門番”と一緒に消えました。行き先は不明です」
「おのれ……奴め、何を考えている」
オレフが動くことを警戒していたが、大胆にも直接この城に出現してくることは予想できなかった。まんまと出し抜かれたことになる。
「それで城内の様子は?」
「“狼犬”配下の傭兵たちとブランダルクの貴族たちが睨み合っています。双子の王女の処遇を巡って争っている模様です」
エレナは唇を噛みしめた。
このような非常時に争っていては司祭長たちに対抗することがますます難しくなる。
「エレナ様――」
騎士が指示を仰ぐ。
「……引き続き、オレフを捜します。こうまで混乱しては我らの手で奴の力を封じるしか打開策はないでしょう。仕方ありません」
エレナは城の外の様子を見つめる。
城下街ではいくつも煙が上がっていた。
市内の混乱が続いている中、オレフを捜索するのは困難を極めるだろう。そもそもオレフがまだトリスに残っている確証もない。
「どうやら、お困りではありませんか?」
エレナの心中を察するように女性の声がした。
声の主は助手である大男と小男を連れた女科学者エルマだった。
「貴女か。“狼犬”や仲間たちの方はいいのですか?」
「男爵は手はず通りに治療が始まるでしょう。副長の件も彼がすべきこと。お任せしてます」
部下の二人が居並ぶ騎士たちに怯む中、エルマが進み出る。
「どうです、フィルディングの姫様? 手を組みませんか?」
「どういうことです?」
「オレフを探すのに手を焼いていると思いましてね。向こうは“門番”を利用してあちこち移動してますからね」
エレナは苦笑した。
「確かに。せめて奴の居る場所が分かれば手が打てるものを――」
「だから、うちらがお手伝いします」
「奴の行きそうな場所が分かるのですか?」
「それはさっぱり。ですが居る場所をある程度までは絞れると思います。後はそちら次第。あいつを無力化できるのはエレナ姫だけのようですから――」
エレナは自信を匂わせる女科学者の姿を眺める。
「……貴女もオレフと何かあるのですか?」
「どうも、あいつはとんでもない事をしでかす気がしましてね。さすがに止めなきゃまずいな、と思ったまでです」
エルマは肩をすくめた。
素振りは多少、芝居がかっているが、オレフについて看過できないのは同じらしいことは見て取れた。
「いいでしょう。ただし、貴女が知っているオレフについての事を教えてください。それが手を組む条件です」
「それはあいつと直に話して、はっきりさせるつもりです。こちらもエレナ姫の切り札とやらを教えてもらうことを条件に出します。ご注文の“門番”は一体、ちゃんと残してあります。本国の準備が整いしだい、すぐに使えるようにね」
エレナはまたしても苦笑した。
「なるほど、“狼犬”と同様、抜け目のない人みたいですね」
地下室で待っていたマークルフの足許の床が光った。
「やっと来てくれたか!」
光る床の中から鉄の巨体が浮かび上がる。
やがて、目の前に《グノムス》が上半身だけ姿を現した。
「グーちゃん! 無事で良かった!」
リーナが安堵の声をあげる。
鉄巨人の胸部装甲が開き、中からダロムとプリムが飛び出てきた。
「遅くなってすまんぞい!」
ダロムたちがマークルフの車椅子に飛び乗る。
「待ちわびたぜ! さっそくだが、ざっと説明してくれ」
「うむ。グーの字の内部を改修して魔力と霊力を変換するコンバータを増設した。リファ王女から取り出した魔力もありったけ投入しておる。魔力から変換した霊力で動けるようにしたぞい」
「そいつはすげえな。グーの字、まずはコケだらけにならずに済んで助かったな」
マークルフが《グノムス》に向かって笑いかけた。
「それに内部空間も高密度の魔力を浴びられるようにしておる。そこで身体の治療をしながら、リファ王女を追うんじゃ。コンバータの力を借りれば地中の移動速度も一時的だが上げられるぞい」
「治療しながら追うなら手間がはぶけていいな。後は間に合うかどうかの勝負か」
「最終調整がまだじゃがな。高効率でその胸の“心臓”に作用するように調整できれば“心臓”が短期間でその肉体を再生させてくれるはずじゃ。ただし、かなりキツいかもしれんぞい。何しろ急速に身体を再生させるのでな」
「我慢すればいいだけの話だろ」
リーナがマークルフの車椅子を《グノムス》に近づける。
「それで最終調整はいつできる?」
「エルマの姐さんがやる手はずだったが、どうやら急用ができたらしくてな。そなたが乗った後でワシが引き続き調整することになった」
「こんなときに、アネさんはどこいったの?」
プリムが《グノムス》の頭に飛び乗る。
「どうしても、自分の手でやらねばならん事があるらしいぞい。ワシに代役を頼むぐらいじゃ。他の者には頼めん事なんじゃろう」
おそらくオレフ絡みだろう。彼女は彼女で、因縁の相手との対決が待っているのだ。
「急ごう。手伝ってくれ」
身体を動かそうとするマークルフに《グノムス》が腕を伸ばし、その身体を掴む。リーナにも助けられながら、マークルフは《グノムス》の内部まで運ばれた。
「私も乗って大丈夫なのですよね?」
リーナがダロムに尋ねる。
「問題はないが、勇士が苦しんで暴れるかもしれんぞい」
「大丈夫です。ちゃんと押さえてますから――」
そう言ってリーナもマークルフの隣に空いた隙間に身体を押し込む。
「うむ、調整のためにしばらく地下に潜ることになる。上の様子は確かめんでよいか?」
「それはあいつらに任せるさ」
マークルフは答えた。
現在もログは戦い、エルマも対決に向かっているだろう。そして、集う傭兵たちも各々で動き出しているはずだ。
「この戦い、身体も動かせない俺一人じゃどうにもできなかったしな。せめて、何があってもあいつらに付き合うぐらいはしねえとな。だから、そっちも頼むぜ」
「分かったぞい。勇士にそう頼まれてはやらざるを得んからの」
胸の装甲が閉じ、内部に照明が点灯する。
同時に周囲が真紅の光に包まれていく。
「――ッ!?」
マークルフは全身に走った神経の痛みに顔をしかめる。
「マークルフ様ッ!?」
「大丈夫だ……こいつは効きそうだな」
光を浴びた身体が次第に疼いていく。特に今まで感覚すらなかった左腕に微かにだが感覚が戻った気がした。それだけ強い魔力が“心臓”を活性化させ、身体の調整と修復を促しているのだろう。
「リーナ、頼む」
マークルフは寄り添うリーナにささやく。
「手足が勝手に動いて怪我させるわけにいかねえしな」
「分かりました」
リーナがマークルフの身体に細い腕を回し、彼の身体を抱きしめる。
「これでよろしいですか?」
「ありがとよ。これなら耐えがいもあるってもんだ」
魔力の作用が少しずつ強くなり、全身に感じる苦痛もまた強くなる。
それでも同時に甦るリーナの柔らかな腕の感触も覚えながら、マークルフはこれから始まる荒療治に備えるのだった。




