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決着

 ログと女剣士の対決は激しさが頂点に達していた。

 輝力と魔力の刃が反発し、見えない衝撃となって周囲の物を砕いていく。

 小剣と剣が両者の吐き出す気合いと吐息を切り裂き、打ち付け合う刃が火花を散らし合う。

 周囲を取り巻く者たちも戦いに巻き込まれないように身を隠しながら、その対決を息を呑みながら見守る。

「すげえな……本当に副長だけはガチだぜ」

 タニアを自分の後ろに下がらせたウォーレンが呟く。

 ログも女剣士もまるで人が変わったように切り結んでいた。

 特にログは順手の二刀流に変えてから、いままでの戦いでは見せたことのない熾烈な攻勢を見せている。

「あれが副長の本当の戦士としての姿なのかもしれねえな」

 タニアも傷の手当てを受けながらログの姿を見守る。

 その気迫はタニアが知る姿ではなかった。傭兵ログは常に控えめで穏やかだったが、いまは相手を倒すために闘気を吐き出し、その剣も見る者の精神すらも切り裂くような躊躇いのない鋭さだ。

 これが過去のログ──惨劇の中を血に染まっても生き残った騎士アウレウスの姿なのかもしれない。

 相手が凄腕の女剣士でなければ瞬く間に相手は倒されているだろう。

 平然と対峙する女剣士も紛れもなく常人の域を超えた剣士なのだ。

 タニアにはこの戦いの行方が全く分からない。

 ただログの勝利を信じるしかなかった。



 二人は間合いを離した。

 ログも肩で息をしていたが、リーデ──いや、“神女”の息も荒くなっていた。

 ログの攻勢を前に彼女も疲労を隠すことはできなくなっていたのだ。

『私がここまで気圧されるとはな』

 神女が左手の光刃を消し、静かに立つ。

 ログも両手の剣を構えた。

 神女の身体が戦士としての鍛錬に乏しいリーデのものでなければ、現在のログであっても対等に戦えたか分からない。

 神女の伝説を文字通り、刀傷を負った肌身をもって感じていた。

『惜しいな。最初から現在のそなたと戦いたかったものだ』

 神女が光刃を出し、踏み込む。

 両者はまたしても切り結ぶ。

 その姿はまるで鏡で写したように対称的であり、それだけ実力は伯仲しているということだった。

『しかし、私もこの身体の娘と約束した以上、戦いは止められぬ。私に殺されたくなければ全てを出し切れ!』

 剣と小剣が押し比べをし、ログが神女を押し返した。

 両者が間合いを離して同時に膝をつき、同じように立ち上がりながら踏み込もうとする。

 だがログの足が一瞬、遅れた。

 間髪入れずに神女の剣が振られ、ログの左太股を神女の剣が掠める。

 踏み込みを阻止されたログと神女は再び距離をとった。

『限界が来たのはそなたが先のようだな』

 呼吸を整えながら神女が告げた。

 ログは頬を伝う汗をそのままに、同じく荒れた呼吸を整えるしかなかった。



「まずいな……副長の方が先に体力が尽きそうだ」

 タニアの隣でウォーレンが言った。

「そんな!? ログさんの方が体力がありそうなのに!?」

 だが、タニアから見えるログの背中は確かに大きく揺れ動いていた。

「俺たちがここに来た時には副長の方がかなりへばっていた。それに副長は両手に剣を持ってるが、相手は右手にしか剣をもってねえ」

 相手の女剣士は左手から光の刃を伸ばしている。重さはおそらくないはずだ。

「あれだけ激しく斬りあえば消耗の差は無視できねえぜ」

 ウォーレンは別の場所に控える王子らしき少年たちの方を見た。

 王子の隣にいる傭兵らしき男と目を合わせ、何かを確認しているようだ。

「タニア、下がってろ。副長には悪いが、いざとなったら俺たちも加勢する。向こうのサルディン隊長もそのつもりのようだ」

 タニアは言い淀む。

 ログを死なせられないのは彼女も同じだ。しかし、この闘いを邪魔することはログの背負ってきた運命を否定するようにも思えた。

「──待って!」

 ログが後ろを振り向き、一瞬だが彼と目を合わせたタニアはそう叫んだ。

「分かりました! 邪魔はしません! 最後まで悔いのないように戦ってください!!」

「おい、タニア!」

「ごめんなさい! でも、ログさんが最後まで戦わせてくれって言ってるの!」

 ウォーレンもログの背中を見るが、やがてサルディンに向かって肩をすくめる。向こうも理解したのか手を挙げて応えた。

「仕方ねえ……副長がそこまで言い張るなんて滅多にないからな」

 タニアは対決の場に視線を戻す。

 彼女には何となく分かる気がした。

 ログが必死に戦っているのは相手が強敵だからだけではない。

 これが彼の殉じる運命であるが、ここで終わるつもりもないことも──

 ログが動いた。

 そして女剣士もそれを迎え撃つ。

 タニアは戦士ではないが、それでも感じていた。

 次が決着の時だと──



 ブランダルクの地を一頭の馬が走っていた。

 それは風のように早く、瞬く間に道なき道を駆け抜けていく。

 その背には一人の少女が跨がっていたが、馬は少女を振り落とすことなく神速とも言える速さで駆けた。

(どこに行くのは分からないけど、誰もいない所に連れてって。“機竜”が墜ちても被害のない場所に──)

 リファはそれだけを願いながら神馬にしがみついていた。

 やがて、馬の速度が落ちた。

 訝しむリファを背にしながら、やがて神馬は立ち止まった。

「どうしたの?」

 リファは訊ねた。ここはどこかの森に差し掛かった場所だ。ブランダルクの外れでもなく、ここが目的の場所ではないはずだ。

 神馬が馬首を巡らし、どこかを見つめる。

 リファも同じ方向に振り向いた。

 向いている先はおそらくトリスのある方角だ。

「リーデ司祭に何かあったの?」

 神馬は答えなかったが、きっとリーデ司祭と“最後の騎士”の戦いに何かがあったのかもしれない。

 やがて神馬が向き直り、警戒に喉を鳴らす。

「あれは!?」

 目の前の樹々の間を巨大な影が横切る。

 それは鉄の身体を持つ巨人だった。

 おそらく〈鉄機兵〉と呼ばれる古代エンシアの機械巨人だ。

「なんで動いてるの?」

 “聖域”内では古代機械が勝手に活動はできないはずなのだ。

 巨人がこちらに気づき、足を止める。

 神馬が駆け出した。

 巨人は行く手を遮ろうとしたが、神馬はその脇を素早く通り過ぎる。

 だが、その先には別の巨人がいた。それも複数だ。

「どうして!? なんであんなに数がいるの!?」

 神馬は巨人たちの間を巧みにすり抜け、リファを連れてその場を離れた。

 神馬が速度を上げると〈鉄機兵〉たちの姿はすぐに見えなくなる。

 何かが起こっているのだ。

 きっとブランダルクを我が物にしようとする者たちが動いている。

「神馬さん! 急いで!」

 リファには何が起こっているのか分からなかったが、“機竜”の存在がそれを引き起こしているはずだ。

「あたしをもっと遠くに連れてって! ブランダルクから“機竜”を引き離して!」

 リファは叫ぶと神馬にしがみついた。

 リーデは“機竜”を自分に誘導させると言っていた。それを信じるしかなかった。



 ログの胸元を剣が掠めた。

 小剣を振るって神女を牽制し、大きく息をする。

 身体に幾つも刀傷が浮かび、血がログの纏う衣装を染めていた。

 神女の刃が届き始めていた。辛うじて肌一枚で避けているが、身体が追いつかなくなってきており、いつ致命傷を受けてもおかしくはない状態だ。

 神女も肩で息をしていたが、まだ動きに乱れは出ていない。

 ログは意を決すると魔法剣を構えた。

『その剣の魔力ももう残ってはおるまい。それがそなたの最後の一撃と見た』

 神女が右手で剣を構える。

『来るがいい。そなたの最後の勝負、受けて立とう』

 ログと神女は互いの隙を狙いながら微動だにせずに身構える。

 周囲の者たちも静まりかえり、城の外の騒ぎだけが耳に届いた。

 ログが動いた。

 間合いに入ると同時に神女が右手の剣を振るう。

 ログは咄嗟に小剣を逆手に持ちかえると、剣を受け流して神女の体勢を強引に崩し、そこに魔法剣の斬撃を放つ。

 ログに残った渾身の力を込めた最後の斬撃だ。

 しかし、魔法剣の魔力が発動しない。

 神女の光刃がそれを受け止めるが、魔力を帯びない刀身は光刃に耐えきれずに折れた。

 だが、ログは構わず斬りかかる。

『それが狙いか!』

 残った刀身が光刃をかいくぐって神女を斬りつける。

 だが、彼女も反射的に後ろに退き、その刃は肩口を掠めるに終わった。

 光刃がログの身体を貫く。

『ここまでか』

 神女の声が響く。

 だが、ログはまだ動きを止めなかった。

 刺されはしたが、急所はわざと外させていた。

 ログは魔法剣を発動する。折れた刀身に魔力が宿り、それを自分を貫く光刃に押し当てた。

『──!?』

 神女の顔に焦りが浮かぶ。

 魔力の刃と輝力の刃がぶつかれば暴発の余波が発生する。この間近で発生すれば両者はただですまない。

 神女は光刃を消し、同時に後ろに下がった。

 貫いた刃から自由になったログは気力を振り絞り、追いすがりながら魔法剣で刺し貫こうとした。

 それは極限まで精神を研ぎ澄ませた両者にとって長い時間が過ぎたようだった。

 だが、両者は悟る。

 神女の方が僅かに早い。ログの折れた魔法剣では届き切らず、寸前で突きから逃れる。

 それを読んだ神女が右手の剣を構えた。

 今度こそ、これが止めの一撃となる──はずだった。

 神女の表情が変わる。

 ログは魔法剣の柄を離したのだ。

(届け!)

 ログの最後の希望を込めた折れた魔法剣が彼の手を離れ、神女を狙う。

 だが、放り投げられた剣では神女を捉えきれない。右肩口を掠めるものの、神女はそれを躱した。

『これはッ!?』

 神女の左襟が吹き飛び、苦痛の表情を浮かべる。

 露わになった肩に浮かんでいたのは光り輝く〈白き楯の紋章〉だった。

 ログは気づいていた。

 神女が出てきてから、彼女を表に出す要として紋章の力が発動し、その紋章に輝力が働いていたことを──

 魔法剣の魔力と紋章の輝力で生み出された衝撃で動きが止まった神女。

 ログは小剣を構え直し、躊躇することなく神女に向かって身体を投げ出す。

 神女も慌てて剣を突き放つが、ログは構うことなく、本当の最後の一撃を放った。

 周囲から悲鳴や騒然とした声が沸き起こった。

「ログさんッ!!」

 背後からタニアの悲痛な叫びが聞こえた。

『……見事だ』

 神女の剣がログの脇腹を切り裂き、神女の懐に飛び込んだログの剣が彼女の身体を貫いていた。

 ログも深手を負ったが、リーデを貫いた剣は間違いなく致命の一撃だった。

『これで……私も終われる』

 リーデの手から剣がこぼれ落ちた。

 ログが慌ててその身体を支える。

「……やはり〈白き楯の騎士〉は……強かったわね」

 どうやら、元のリーデに戻ったらしい。

 リーデが口から血を噴き出す。

 その表情に悔恨はなく、むしろ晴れやかとしていた。

 リーデが右手を震わしながらログに向けようとする。

 ログはその手を掴んだ。

 次の瞬間、自分の周りが光に包まる。

(これは──)

 目の前に逆光に包まれた女性の影が浮かぶ。

 まるで幻覚のような光の空間に立つ女性はリーデだった。そして、その背後に別の誰かが立っているように見えたが、それが女性であること以外、認識できなかった。

『わたしの負けね』

 その声はリーデ本人であり、別の声のようでもあった。

『お父様のおっしゃった通りね。あなたは騎士団の未来を託すに相応しい人だったということか』

「騎士団はもう、ありません」

 リーデが近づき、ログの左手を執った。

『騎士団は滅びても、その遺志はあなたに残った。そして神女リーデの遺志もあなたの手に委ねられる』

 ログは左手に暖かな何かが伝わるのを感じた。

『わたしはあなたに剣を渡した娘を刺そうとした。本気だった。不甲斐ないあなたを見て、それがお父様たちへの冒涜に映ったから……でも、その時、初めて神女様から呼びかけられ、その魂に触れた──わたしは見たわ。神女がおのれの剣で人々のために血を流しながらも戦った姿をね』

 リーデが手を離した。

 ログが左手を見つめる。その甲の紋章は淡い光に包まれていた。

『それで気づいたわ。わたしの姿は結局、神女様が悔やんだおのれの姿と一緒だった。神女様の後ろには彼女と共に戦おうとその背中を追う戦士たちの姿があったけど、わたしにはそんな人は見えなかった』

 リーデが顔を伏せる。

『そうね。ルフィンの姿もない。リファの姿もない。マリアさんの姿もない。あなたの姿もない。誰の姿もない──わたしが進む後に続く者の姿が誰も見えなかった』

「なら、立ち止まればよかったのです。貴女ならそれができたはずだ」

 ログもまた悔やむように顔を伏せる。

『それはできなかった。もう後戻りはできなかった。だから、神女様があなたの試練となって戦いたいと願われた時、神女様と運命を共にすることを選んだ』

 リーデはログの脇を通り、その背後に立つ。

『神女様が切り拓いた道を〈白き楯の騎士団〉は進んだ。その先を一番後に残されたあなたが、もがきながら切り拓こうとしている。その後ろ姿ぐらいは見たくなったのかもしれない』

 リーデの声は寂しげであった。

『最後に神女様からの頼まれ事。あなたの手に御力の欠片を遺すそうよ。近い将来、この地上に破滅の運命をもたらす闇との決戦がやって来る。その時、姉妹である戦乙女と選ばれし勇士を守ってほしい。我が剣を継ぐ者として──だそうよ』

 ログは振り返るが、逆にリーデが背を向けた。

『わたしはここで消える。あなたはわたしが見えなくなるぐらい、行くべき道の先を進んでちょうだい』

「……待っていてください」

 ログはリーデの背に語りかける。

「団長やバルトさんたちと一緒に待っていてください。いずれ、わたしも戻って来ます」

 リーデが肩をすくめた。

『いまさらお父様たちに顔向けできると思っているの?』

「戻る場所は一つの方が良いでしょう。いつか、館の時みたいに皆でまた騒ぎたいものです。次は同じ剣一振りの条件でバルトさんに勝って見せます」

 リーデが微かに笑ったように思えた。

『災難ね、バルトおじさんも……マリアさんにもよろしく伝えて。おじさんには代わりにわたしから伝えておくって──』



「ログさんッ!!」

 気づいた時、ログの目に映ったのは泣きじゃくったタニアの顔だった。

「大丈夫ですか!? すぐに手当てしますから!」

「おい、止血の用意を急げ! 早くしろ!」

 どうやら自分は床に倒れ、タニアの膝に身体を預けているようだ。

 その周りにはウォーレンたちも集まり、ログの手当てを始めていた。

 ログはリーデの姿を探す。

「リーデ司祭!」

 フィルアネス王子の悲痛な叫びが耳に届く。

 すぐ傍の床で倒れている彼女の周りにも王子たちが集まっていた。

「……お別れね」

 血に染まる床の上で、リーデが王子に向かって口を開く。力尽きようとしてもなお、リーデは王子に微笑みを浮かべた。

 王子も何か言おうとしているようだが、言葉が出ないようだ。

「……リファのこと……許してとは……言わない……わたしのことを恨んで……それで終わりにしなさい……」

 一同の視線が王子に集まる。

 王子はリーデの右手を掴むと自分の両手で握りしめた。

「リファは助け出す。だから──リーデ司祭のことを恨んだりはしない」

 フィルアネス王子は涙ながらに答えた。

「最後まで心配ばかりかけて、ごめん」

「……そっか……」

 王子の姿を映したリーデの瞳が閉じられる。

 そして、彼女はもう何も答えなかった。

 王子は彼女の手を握りしめたまま、顔を伏せて涙を流す。

「……殿下。貴方の意志は間違いなく……彼女に伝わりました。殿下が御自身の道を行く姿を見て……彼女も悔いはないはずです」

 ログも苦しい息の中、王子に告げた。

 リーデの肩の紋章が揺らめくように輝く。

 彼女に宿っていた神女の魂が行き場を無くしているのだ。

「すまない……身体を起こしてくれ」

 ログに頼まれ、タニアたちがログの上体を支える。

「……これより、貴女の魂をわたしに封印します」

 ログは封印の言葉を口にし、タニアに腕を支えられながら、紋章の刻まれた左手を向ける。

 紋章が輝き、リーデに宿っていた神女の魂を紋章を介して自分に封印しようと試みる。

 だが、封印の力が乱れた。

 予想もしなかった事態にログは焦りの表情を浮かべた。

「ログさん!」

 タニアが上を向いて叫ぶ。

 そちらに向いたログもまた目を見開く。

 二人の視線の先。吹き抜けになった二階通路の上に誰かが立っていた。

 学者風のいでたちの男。その右手にはユールヴィング家の家宝《戦乙女の槍》を持っている。

 オレフだ。

 そして、こちらに向けてかざすオレフの左掌には、紛れもなく光り輝く〈白き楯の紋章〉が浮かんでいた。


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