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対決の時、来る

 胡座の姿で瞑想していたオレフは目を開く。

(彼女の目論見通りにいったようだな)

 リーデが“ガラテア”の少女を“神馬”で脱出させたことを、“ガラテア”の知覚を通してオレフは確認した。

 彼の精神は現在、ブランダルクに眠る古代エンシアの機械群を掌握しようとしていた。長きに渡って人の目に触れることなきそれらも、オレフには手に取るように探知できる。

 それを可能としたのは彼自身に内包された疑似“機神”能力と、“聖域”の決壊によりこの場に満ちだした魔力だった。

(ならば──)

 オレフは“機竜”に意識を向ける。

 先の“魔咆”の一撃で魔力を消費した“機竜”は、軌道を修正してトリスへさらに近づきつつあった。

 これは計画通りの行動だ。

(ここからは俺の目論見を通させてもらう)

 オレフは新たな命令を“機竜”へ放つ。

 本来の計画では想定されていない、彼の独断による“魔咆”の第二射撃の号令だった。



「城の外に出たというのか!?」

 騎士の報告を受けたルフィンが声を荒げる。

 リファの安否を確かめさせようとした矢先、馬に乗った少女の目撃証言が城の者たちから集まったのだ。

「はい。証言を集めますと、少女を乗せた馬はまるで空を舞うように城壁内を跳ね回り、外へと脱出したとのことです。乗っていた少女はその風貌からしてフィーリア殿下に間違いございません」

(まさか、ここに“機竜”を墜とさせないために──)

 ルフィンは思い出していた。

 前にもリファは仮面の女剣士の馬に乗せられて、連れ去られそうになったことがある。 あの時と同じだった。

「それで、どこに向かったか分からないのか!?」

「城の外に出た後は分かりませぬ。何しろ、城外はまだ混乱が収まらない状況ゆえ──」

「畜生ッ!!」

 ルフィンが感情的に吐き捨てる。自分が不甲斐ないばかりに、リファは自分が犠牲になる方法を選んでしまったのだ。

 周囲の重臣たちも激昂するルフィンに口を出すことがはばかられ、黙って控えていた。

「──そうだ! リーデ司祭が近くに来ているはずだ! すぐに探してくれ!」

 ルフィンは命じた。

 あの“神馬”を操っているのはリーデ司祭だ。司祭の目的が城にいる“最後の騎士”に間違いないなら、きっと城に来ているはずなのだ。

 その時、ルフィンの代わりにリファの安否の確認に出ていたサルディンが戻ってきた。

「丁度良かった! 貴方の方からもユールヴィング男爵に伝えてください。リーデ司祭を見つけたら──」

「そのことなら、ログ副長から頼まれました」

 サルディンが難しい顔で答える。

 ただならぬ様子にルフィンは臣下を下がらせ、二人で会話できるようにする。

「殿下、副長からの伝言です。フィーリア殿下の件も含め、リーデ司祭のことは自分に引き受けさせて欲しいそうです」

 ルフィンは詳しく訊ねようとしたが、サルディンの深刻な表情がそれを留まらせる。

「何かあっても決着がつくまではどうか、手出しは無用に願う……そうです」

 ルフィンにも分かっていた。

 神女の化身となったリーデとログ副長──“最後の騎士”の対決が始まろうとしているのだ。



 マークルフとリーナは地下の一室にいた。

 順調に行けば復活した《グノムス》が迎えに来て、治療の準備に取りかかれる予定だった。

「リファはまだ見つからないのか」

 マークルフは苛立ちを隠せずにいた。

 アードが姿を見失ってから他の者たちもリファを捜している。彼女も一緒に《グノムス》で連れて行き、その保護と身体の治療を同時に行うつもりだった。

 扉が開いた。

 入ってきたのはログだ。

「何があった?」

 ただならぬ雰囲気のログを見てマークルフは訊ねる。

「フィーリア殿下が“神馬”に連れられてトリスから脱出したようです」

「リファちゃんが!?」

 ログの報告にリーナが口を押さえる。

「リファ、早まったことを──」

 マークルフは右拳を握りしめた。

 トリスへの“竜墜ち”を阻止するための行動だろう。それが成功するか分からないが、リファはそのためにここを去ったのだ。

「連れ去ったのが“神馬”なら──」

「はい。リーデ司祭がここに来ています」

 ログが全てが分かっているかのように静かに告げた。

「リファちゃんはどこへ連れて行かれるのでしょうか? 早く止めないとこのままでは──」

 リーナが焦燥にかられて訴える。

 確かにこのままではリファは“機竜”の餌食となりかねない。

 リファを連れ戻す方法にマークルフはすぐに気づいた。

「方法はあります」

 無言のマークルフに代わり、ログが答えた。

「……ログ、ついに行くか」

「どういうことですか、マークルフ様?」

 リーナの前でマークルフは苦渋の表情を浮かべる。

「いまリファを助ける方法は一つしかない。“神馬”の支配権を仮面の女剣士──リーデ司祭から奪うことだ。ログが“神馬”を支配すれば、どこに向かっていようと連れ戻すことができる」

 その言葉の意味はリーナにも分かったようだ。

「しかし、恩人の娘さんを倒さな──」

「言うな、リーナ!」

 マークルフは叱責するように言った。

「リーナ姫、お気遣いは無用です」

 ログも言った。

「こうなることは分かっていました。彼女もまた、そうでしょう。わたしが彼女を止めます」

 ログが二人の前で跪いた。

「ただ、これが暇乞いとなるかもしれません。閣下、先代に拾われてより今日まで重用していただき、深く感謝しています」

「よせよ。そういうのはガラじゃねえ」

 マークルフは答えた。

「それに傭兵の暇乞いほど当てにならねえものはないと分かってるだろ? 相手が神女の化身だろうと必ず戻ってこい。この戦いが終わっても“狼犬”の傭兵稼業は終わったわけじゃねえんだからな」

 マークルフが言うと、ログは立ち上がった。

「約束はできかねます。それに去る者は追わず──そうではありませんでしたか」

「それは給金分だけ働くいっぱしの傭兵の事だ。てめえにはまだ今回の給金は払ってねえんだ。まさか、ただ働きで終わるつもりはねえよな?」

 マークルフは言った。

「いいか! てめえは傭兵の神様と呼ばれた祖父様の代からのユールヴィングの懐刀だ。ただ働きなんて傭兵の恥をさらしてみろ。“狼犬”の名にまで泥を塗ると思えよ」

 ログが微かに笑ったように見えた。

「肝に銘じましょう──では、行って参ります」

 ログはゆっくりと敬礼すると、静かに部屋を去ろうとする。

「ログ副長!」

 リーナが呼び止めた。

「貴方のご武運をお祈りいたします」

 それを受けてログは深く頭を下げる。

「ありがとうございます。ご武運が勇士と戦乙女の上にもあらんことを──」

 ログはそう告げると背中を向けて去って行った。

「……あいつはこれからブランダルクの神女と呼ばれた戦乙女に戦いを挑む」

 マークルフがログの去っていく気配を追いながら告げた。

「リーナ、祈ってやってくれ。戦乙女ではなく、あいつの身を案じる仲間の一人としてな」



 ログは城の通路を歩く。

 そこかしこで城の兵や召使いたちが不安そうに話をしていた。城内の混乱は表向きは落ち着きを取り戻していたが、“機竜”が与えた恐怖は深く刻み込まれていた。

 ログは周囲の警戒を怠ることなく、人目のつかない場所を探していた。

 アデル──いまはリーデと名乗る彼女が来るのを待ち構えるためだ。

「副長!」

 城の一階に来たログを呼び止めたのは、ローエンの訊問をさせていた部下の傭兵たちだった。

 彼らは腕や肩口を斬られていた。

「何があった!?」

「すみません! 仮面を付けた女剣士が現れて──」

 ログはすぐに地下牢へと向かう。

 太守を監禁するため地下牢は立ち入り禁止になっていた。番兵もすでに報告に向かったらしく、そこに人の姿はなかった。

 ローエン太守を監禁していた牢の前に立つ。

 鉄格子の扉がが鋭利な何かで切断されていた。

 そして壁の鎖に両手を繋がれたローエンが喉元を刃物で一閃され、血に染まった姿で事切れていた。

 後を追ってきた傭兵たちもログの後ろに立つと、目の前の惨状に首を横に振った。

「……閣下にもこのことを報告してくれ」

 ログは牢内に踏み入ると、外套を脱いでローエンの遺体にかぶせた。

 そして外に出ると両手で両脇に差していた剣と小剣を抜く。

「いいか、ここからは決して手を出すな」

 左手の小剣を逆手に握りながら、ゆっくりと振り返った。

「待たせたわね、アウレウス」

 背後に立っていたのは剣を手にした仮面の女剣士だった。

 傭兵たちは慌てて後ずさるが、ログは剣を構えたまま静かに対峙する。

「行ってくれ。わたしが相手をする」

 傭兵たちは女剣士を遠巻きにしながら、その横をすり抜けて行った。

「……少し話をしたいけど、ここは血の匂いがするわ。場所を変えましょう。戦うにしてもここは狭すぎるしね」

 女剣士──リーデが背中を向け、先に進む。

 ログも逆手に握った小剣を握りしめると、黙ってその後に続いた。

 その時、再び地響きがし、地下室全体が軋んだ。

(“機竜”か!?)

 山の頂を破壊したあの攻撃時と同じ状況だ。その時よりも揺れは小さいが“機竜”がまたしてもどこかを攻撃したのだ。

 ログは身構えるが、先を歩くリーデはこのことが分かっていたのか、驚く素振りは見せない。

「……何を企んでいる?」

「それはオレフに訊くことね。だけど“機竜”が暴れようと戦いの邪魔はさせないわ。貴方の相手はこのわたしよ」



 再び城が揺れ、城内にいる者たちの悲鳴がエルマの耳に届く。

 リファの件はログ副長が引き受けたと聞き、彼女も部下二人と共に部屋に戻って治療の最終確認をしていたのだが、その騒ぎにすぐに部屋を飛び出す。

「姐さん!?」

「どこに行くんで!? そっちは上ですぜ!」

 部下の二人も異変に浮き足立ちながらもエルマを追いかける。

 城内は新たな衝撃に混乱を極めていた。

 下に避難しようとする人々の波に逆らうように、エルマは階段を上がっていく。

 向かったのは、太守の機械鎧によって壁を破壊された場所だった。

 設置されていた立ち入り禁止の柵を越え、壁に大穴が空いた通路の前に立つ。足を踏み外せば落下しかねない場所だ。

「姐さん、危ないっすよ!」

「いつ、また揺れるか分かりませんぜ!」

 少し離れた位置でアードとウンロクが呼びかけるが、エルマはそれに耳を貸すことなく、外の光景を睨み付ける。

 地平線沿いに広がる森の向こうで、空を覆うように噴煙が舞い上がっていた。

 その規模からも現地は見る影もなく破壊されているはずだ。

 間違いなくその地を破壊するつもりで“魔咆”が放たれたのだ。

「ウンちゃん、あそこにあったのは何か分かる?」

 ウンロクは慌てて地図を取り出した。

「え~、あの場所ならおそらく河ですぜ」

「そこって確か、姐さんが言っていた場所の一つじゃ──」

 オレフの狙いが“聖域”の決壊と知った時、エルマは城にあった地形図を拝借して“聖域”のさらなる急所の目星を付けていた。もちろん大まかな推測であったが、いまの攻撃場所はその一つだった。

「オレフ……あんた! 本当に“聖域”を破壊するつもりなの!」

 エルマは思わず外に向かって叫んでいた。

 攻撃された河は、破壊されれば霊力の流れに最も支障が出ると考えていた“聖域”の急所だ。

 “機神”に近い現在のオレフなら高度な計測機械に匹敵する能力があるはずだ。それでも、これ以上の決壊が進めば彼ですら計算できなくなるのは目に見えていた。

「分かってるはずよ! これ以上やれば──」

 この声がオレフに聞こえているとは思わない。

 それでもエルマは言わずにはいられなかった。

「──“聖域”が! 世界そのものが取り返しのつかないことになるのよ!!」

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